キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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いつも感想、誤字脱字修正ありがとうございます。
何とか予定通りに更新できました。



67. キシリア様は夢想家

 

 宇宙世紀0084年、地球連邦軍において新兵器のトライアル計画…「TR計画」が始動した。

 TR計画の内実は、改暦前から続く超長期的計画である「トライステラー計画」遂行に向けた研究と検証を、連邦軍の設備と人員でやらせるというものであり、計画の企画立案の決定権はアナハイム・エレクトロニクス社が実質握っていた。

 しかしそれは表向きの話。実際にはアナハイム社はビスト財団の意向を受けて動いており、その裏で最上位決定権を担っていたのはルオ商会であった。

 

 宇宙世紀0094年現在、TR計画の中核を担っているのはアルフ・カムラ。EXAMシステム搭載無人機の開発に携わっていたが、ビスト財団の圧力で実刑判決を免れたものの、イシロギの裏切りでオークランド研究所を追われた研究者であった。

 一方で本流のトライステラー計画は、オーガスタ研究所の元研究員ローレン・ナカモトが所有していたデータが加わり、さらにUC計画を吸収した事で最終段階に移っていた。

 

 そしてそれらの研究過程で出来た技術が、強化人間人格OS「BUNNyS」であった。

 

 つい先日にBUNNySは、TR-6の原型機であるガンダムTR-S[ヘイズル・フレア]での検証実験を終えた。この後、完成形であるガンダムTR-6[ウーンドウォート]へとBUNNySを移設させる予定であった。

「ウーンドウォート・ラーの試運転のデータから、実際の換装時の制御を学習させました。これでガンダムTR-6は完成するでしょう!」

 ウーンドウォートを前に、アルフはステファニー・ルオへ誇らしげに宣言した。

「随分とまあ、強化人間を浪費したものね?」

「致し方ありません。TR-6の万能化換装システムを統括制御するためには、並列思考能力、学習能力、自律性を備え、『成長できる疑似人格OS』が必要ですので」

 多数の強化人間の意識を生命ごと奪ってデータ化して取り込み、集積したことで完成した非人道的な開発経緯を持つBUNNyS。しかしステファニーはMSの統括制御OSとしての機能より、意識と生命…即ち“魂”の取り込みと保存機能の方が重要であった。

 どこかしら憐憫を滲ませた視線を落とし、ステファニーはそっとヘイズル・フレアに触れる。しかし次の瞬間、冷え切った視線をアルフに向けた。

 

「フェネクスの方には“NT-D”の搭載は終えたのかしら?」

 

 動揺したように視線を彷徨わせ、アルフは吃りながらも口を開く。

「そ……それが…改良型HADES搭載無人機とのBUNNySの同期化に時間を要しまして…」

「遅延の連絡は聞いてないわ。私に対して不備を隠蔽するとは、舐められたものね?」

「無理なんですよ! 換装制御機能まで加えたら、AIベースのHADESではフリーズが…」

「だったら、無人機の方は換装機能は要らないわ。そして、本体からの指示はHADESを介せば良いでしょう?」

「っ! 承知しました。本体側にもHADESを搭載します」

 理念を放棄し効率を求め短期的成果に特化した弊害か、「失敗しない=最高の価値」と定義されている。リスクを恐れた故に創造的思考を排除し、安全な無難行動しかとらない。それどころか、自己防衛のために責任から逃避して改竄や隠蔽する始末…

 理念なき集団は腐り朽ち果てるのみ。救い難い現状を再確認し、ステファニーはアルフに汚物を見るような視線を向けた。

「時間が惜しいわ。バンシィに搭載した、EXAMの基礎設計をもとにした“改良型NT-D”の試作機があったわよね? それをフェネクスに積んで、最終調整しなさい」

「ユニコーンに乗せた、BUNNySの基礎設計をベースとしたNT-Dの方が完成度は高いかと…」

「それはMSの挙動に対してのみの視点よね? 搭乗者を喰らう欠陥品を、父上の乗るフェネクスに搭載しろとでも?」

「発生する可能性は0.0001%ですよ? テストパイロットで一度確かめた後に判断しても…」

「万が一、テストパイロットが取り込まれたら? そうなった場合、こちらが求める性能を安定して発揮できるとでも?」

 有無を言わさぬ突き刺さるような目を向けられ、アルフは慌てて一礼をした後に小走りでその場から立ち去った。

 

「己が才能に酔う者で助かったわ。NT-D…“NewType Destroyer”。連邦の連中同様に、ニュータイプの駆逐が目的という“表向き”の理由に疑う事はない…」

 数多くのニュータイプが所属する地球圏共同特務隊「シャロン・フェアリー隊」。その活躍と名声が高まる一方で、彼らの突出した能力に対して危険視する者が少なからず存在し、特に地球に在住する特権階級でその傾向が強かった。

 それゆえにビスト財団が主体となって進めていた「UC計画」は、表だった妨害を受けることなく進められることができ、その研究成果を引き継ぎ特殊な機体管制システム「NT-D」が完成した。それこそがトライステラー計画の中核。

「真の名は“NewType Depository”。選ばれし者の魂を、“新世界”に持っていくための“方舟”…」

 正統性を失った地球連邦政府。責任逃避が恒常化している為政者。思考を失い刺激の反応装置に成り下がった市井の民。。

「理念を装飾とし、理念を資本化し、理念を喰らった人間が世界を支配し、それが是正される見込みはゼロに等しいわね…そうだとしたら……」

 一度目を閉じ、再び開いたステファニーの双眸には、慈愛に満ちた光が灯っていた。

「貴方たちだけでは寂しいわよね? 大丈夫、これから仲間が増えるから…」

 優しくヘイズル・フレアを撫でて、ステファニーは静かにそう告げた時、幼さが残る少女の声が格納庫に響き渡る。

 

「仲間…ニュータイプを積極的に狩って、生命データ化して格納・保管するなんて、常軌を逸しているわ」

 

「世界構造の“フォーマット”…その先の“新世界”に連れて行く方法はそれしかないわ。代案はあるのかしら、ミシェル?」

 振り返ることなく、声の主が義妹であることを看過するステファニー。そしてそのままミシェルの方を見ることなく、ステファニーは言葉を続ける。

「心配しなくていいわ、貴方のお友達も“理想郷”へ連れて行く約束は守るわ。同じ高みに至れる素養がある“ニュータイプ”ですもの」

「それより、なぜメガラニカを奪取した時、マーサ・ビスト・カーバインとカーディアス・ビストを逃したの? そこから情報が漏れて、近いうちにここも抑えられるわ」

 ミシェルが占いの結果も踏まえて言い切った時点でようやく、ステファニーが視線を向けてきた。

「メガラニカの掌握と探索を優先させたからよ。ここまで至れば情報が漏れたとしても、どうとでもなるわ」

「………本当に捨て身なのね」

「『進化した人類が、各々の“輝ける星”を掴み、生まれ変わる』。古き世界の全てが虚無に消えるというのに、固執する必要はあるのかしら?」

「計画を発動するより前に、押さえられたら意味が無いのでは?」

 懸念故に眉間に皺を寄せてそう言うミシェルに対して、ステファニーは軽く笑う。

「こちらに構っていられない程の“盛大な花火”を打ち上げる予定よ。その打ち上げ要員も確保しているわ」

「……まさかソーラー・レイは⁈」

「監視衛星等のデータ中継系をハッキングして偽情報に差し替えたけど…長距離出力試験が発覚するのも時間の問題。近々に引っ越しするわよ。リタにも説明しておきなさい。あなたの“オトモダチ”ならね」

 そう言い捨て、ステファニーは端末を操作し、めぼしいニュース画面を確認する。

「また暫く猶予はあるわ。相手は地球圏外の方で忙しいみたいだから」

 

 木星圏でO2/H2Oプラントコロニー安定稼働。経済成長の兆し!

 

 宇宙世紀0094年。木星圏内宙域。

 サイド1、4、6の共同体であるバビロニア共栄圏が所有、木星船団公社が新規に運用を開始した、サイド6のルナ・ライン先端技術研究所製作の「ジュピトリスⅢ」を中心とした船団が航行していた。

 

 最重要資源であるヘリウム3を送るため、木星船団公社が運用していた資源採掘艦「ジュピトリス」を中心とした木星船団は、構成する艦船の規模と性能故に、1船団の維持が限度であった。そして地球圏までの航路は片道2年、往復だけでなく荷の積み卸しにも時間を要することから、木星圏のコロニーへの物資の補給機会は5〜6年に一度しかなかった。

 しかし宇宙世紀0089年、サイド2、3、5の共同体であるジオン共栄圏が、船舶のメンテナンス及び乗務員を含めてリースという形で、木星船団公団へと運用委託した「ジュピトリスⅡ」が就航してから状況は変わった。

 当時、地球へのコロニー落としテロの騒動で、中破したジュピトリスはドッグ入りを余儀なくされた。その代替に近い形でジュピトリスⅡが就航した訳だが、最新技術を結集して造られた船団は、わずか一年半で木星圏に到着した。

 そしてその時、ヤシマ・カンパニーが売り込んだ設備が木星圏を一変させた。その設備とは…

 

「O2/H2Oプラントコロニー…か」

 

 木星コロニーに到着した最新のジュピトリスⅢから降りた若き留学生、カロッゾ・ビゲンソンはコロニーの近くに浮かぶコロニー群に視線を向けた。

 

 ヤシマ・カンパニーとジオン共和国のルナ・ラインが共同で開発したO2/H2Oプラントコロニーは、生活圏のコロニーと接続した「生活用水浄化プラント」、工業プラントと接続した「工業用水浄化プラント」と「水・酸素生成プラント」の3種類が存在する。それぞれから生産された水と酸素はパイプを通り、「環境インフラ制御コロニー」で濾過と殺菌後、製品チェックを受けた上でタンクに充填される。そして水と酸素が充填されたタンクは、木星の居住コロニーへと定期的に運ばれていた。

 その様を環境インフラ制御コロニーから眺めるカロッゾら見学者に、職員が説明の続きを始めた。

「O2/H2Oプラントコロニーの第2群も新規の居住コロニーと共に建造中だ。それに伴い木星圏における人口制限を撤廃、採掘拠点も増設される見込みになっている」

 丁寧な説明をしたダグザ・マックールは連邦軍の元士官で、最初にO2/H2Oプラントコロニーを売り込みに来た交渉団の1人という。

「ヤシマ・カンパニーが、メンテナンス業務の技術移転を進めていると伺いましたが…」

 カロッゾの隣にいたジオン共栄圏からの留学生…フォンセ・カガチからの問いにダグザは「そうだ」と肯定した上で補足する。

「ヤシマ・カンパニーの目的は、新たな市場の開拓だ。自力で環境インフラを整備し、健全な経済成長を木星圏に望んでいる」

「技術メンテナンス契約で、木星圏の影響力を握るものかと思いましたが…」

 

「それでは『支配』と同じだ」

 

 カガチの心配を断ち切るようそう言い、ダグザはさらに言葉を続ける。

「確かにヤシマは、アフターサポートと新規コロニーの建築を請け負っている。しかし運営自体は木星船団公社が担うと、最高責任者であるクラックス・ドゥガチと契約している」

「ルナ・ライン社が、定期的にプラントコロニーの維持に必要な消耗品を売り付けていると聞きましたが」

 地球連邦と同様に、環境インフラを盾に高額で売り付けて、ヘリウム3を買い叩いているのでは…というカロッゾの懸念を汲み取りつつ、ダグザの隣にいたコンロイ・ハーゲンセンが口を開く。

「年に一度、地球圏でのヘリウム3の取り引き価格を元に木星開拓船団と交渉した上で、O2/H2Oプラントコロニーとヘリウム3の取り引き量を決めている。ルナ・ライン…というよりジオン共栄圏が求めるのは、ヘリウム3の優先“取引権”だからな」

 その言葉を聞いてカロッゾは確信する。

 O2/H2Oプラントコロニーを持ち込んだヤシマやジオンの狙いは、木星圏が新たな経済圏として発展することである…と。

 環境インフラを自力で循環・維持できるようになれば、戦略物質の最大かつ唯一の供給源である木星圏は、飛躍的に発展することは明白。新たな技術が生まれる揺籠となる、地球圏とは独立した新たな経済圏の誕生に立ち会える栄誉に、カロッゾはこれからの木星圏での日々に未来を馳せるのであった。

 

 翌年、ヤシマ・カンパニーの援助で「木星自治学園」が創設。

 ジオンやバビロニア各共栄圏に留まらず、地球や月からも留学生を受け入れ、技術的または思想的エリートが育まれる新たな文明圏が成立することとなる。

 

 ********

 

 サイド3「ジオン共和国」、首都バンチ。

 ズム・シティ、ザビ邸。その敷地内にある私キシリア・ザビの私邸へと、久しぶりに滞在していた。

 木星圏へのO2/H2Oプラントコロニーの稼働経過とその影響について、マ・クベから連絡を受けるためであった。

 順調に発展の兆しを見せる木星コロニーの動向について定期的に報告しているのは、木星開拓船団の最高責任者であるクラックス・ドゥガチと交渉を任せた、ジャミトフ・ハイマンであった。

 ジオン独立戦争時の戦犯として死刑判決を受けていることから、今では名を変えているジャミトフについて語るのに抵抗があるのか、報告書を読み上げるマはジャミトフどころか変名後の名も口にすることなく報告を終えた。

 

「ジャミトフが赦せぬか?」

 

 ぽつりと呟くように私が口にした言葉を聞き、マは一瞬息を呑んだ。

「……報復より実利。あの男の命ひとつで、未来の安定が買えたのです。私が貴女を敬服しているのは、情に流されぬ理性を超えた理念そのもの。貴女が赦すのであれば、私が怒りを覚える理由など…」

 半ば言い訳じみたように…いや、理性で感情を抑え込むようにマは話し続ける。やはりそうなのだ。人とは理性で分かっているとしても、感情から心の揺れは生まれるもの。

 ならば今の私はもう……

 

「私の代わりに、怒りを抱いてくれているのですね?」

 

 私の言葉を聞き、マは目を見開き話すのを止めた。

「……キシリア…様?」

「マ……私は……まだ此処に居ても、良いのでしょうか?」

 私は半ば縋る気持ちで、右手薬指の指輪に触れる。それに気づいたマは、静かに表情を緩めた。

「そのお言葉は、“此処に居たい”と貴女が願われている証左。であれば、どのような手段を用いても貴女の居場所を護りましょう」

「マ・クベ?」

「貴女が願われるのであれば、どのような望みであっても必ず実現させる。それが、今の私の“願い”です」

「それがお前の“願い”…か」

「はい」

 

 窓から吹き込んできたコロニー内に吹く人工の風が、静かに窓のカーテンを揺らした。

 

「……互いの願いを口にする…この穏やかな日々が、あの時の私が真に望んだ“未来”なのかもしれません」

「左様ですか。私自身にとっての“良き未来”は、今のこの瞬間かもしれませぬな」

「良き未来……ですか…」

「あの時、貴女が私に宛てた“手紙”に記した願い、叶えられたでしょうか?」

 

「そうですね。だから……今の私の願いは、貴方が“新たな”未来を見つけること…かもしれませんね」

 





第17話、第48話と温めていたO2/H2Oプラントコロニーがようやく実を結びました。第47話で軍事裁判の判決が出る前にジャミトフは木星へ逃亡、第55話での記載した通りドゥガチと接点があり、第60話でキシリアはジャミトフに交渉をお願いした形です。
外伝でのEXAMシステムの派生と、各種計画の統合に時間を苦労しました(汗)。本作における各システムと計画との設定は、第56話と第65話を中心として、第25話(EXAM)と第47話(HADES)にも少し説明があります。ちなみにアルフのオークランド研究所の件は第54話参照。

次回は来週水曜日に更新予定。遅くとも来週土曜日には更新できるかと…

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