キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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何とか予定通りに更新できました。少し長めです(汗)。
次話から急展開に入り、一気に終幕へと向かう予定です。
最後までお付き合い願えると幸いです。

※「トライ“テス”ラー計画」と「トライ“ステ”ラー計画」と資料によって表記に揺らぎがありますが、本作では「トライ“ステ”ラー計画」に変更することにしました。



68. キシリア様は解放者

 

 宇宙世紀0096年。

 サイド3「ジオン共和国」、首都バンチ。

 ズム・シティ、ザビ本邸。

 

「リアナ・マス、シャア・アズナブル。貴方方に課した、エドワウ・マス並びにセイラ・アズナブルの監視任務を解きます」

 

 私キシリア・ザビは、目の前に居る男女に静かにそう告げる。

 長年私の影武者を務めルナ・ライン社の幹部であるリアナは、何かを言いかけるも押し黙り、表ではジオン軍の中隊長であり裏ではキャスバルの影武者を務めるシャアは、推し量るような視線を抜けた。

「一応聞きましょう。なぜ、このタイミングで?」

「先日、火星都市『アルカディア』へ視察に向かわせた、アウトロー・チェスター中佐から報告を受けました」

 父デギン・ソド・ザビは、独立戦争以前から外宇宙全域にジオンの後方領域を確立するべく火星の開発に尽力していた。そしてジオン独立後、私はルナ・ラインの旅客部門を動かして、火星と地球圏間の民間定期便を設立させた。

 定期便の第一便の折に火星の入植地であるアルカディアへ、O2/H2Oプラントコロニーを元に制作した惑星開拓用の環境インフラプラントを売り込んだ。そしてマリナー・シティにも設置したタイミングで、低重力生成結晶の生産プラントをアルカディアに建設。そして試験生産された人工水晶および人工ルビーが、地球圏で生産されている人工結晶よりも遥かに高品質であることが確認され、火星における主要産業の目処が立った。

 しかし、火星開拓事業から将来的に撤退すると言う法案が、地球連邦議会の中であげられた。その動きをいち早く掴んだのが、エドワウであった。

 

「火星開拓事業の継続に尽力してくれた功績で、エドワウが負っていた過去のマス邸襲撃事件に対する罪は精算されたという判断です」

 

 宇宙世紀改暦以前から開拓地として注目されていた火星ではあったが、資源的価値は木星やアステロイドベルトより低く見られていた。その認識が残ったままの地球連邦政府は、ジオン共栄圏所有のジュピトリスⅡとバビロニア共栄圏所有のジュピトリスⅢの就航、そして修復と改装を終えたジュピトリス改の復帰による木星圏への航路増便をもって、火星を切り捨てようとしたのだ。

 火星産人工結晶を“アルカディア・ブランド”として登録し、基幹輸出産業として確立する矢先であったことから、その価値を根気強く説明し、火星開拓事業の継続を勝ち取ったのがエドワウであると、全ての経緯を含めてチェスターは報告してきた。

 キャスバルもマも、マス邸襲撃事件で私が瀕死の重傷を負った件について蒸し返すことはなかった。

 

 私の説明を聞き、監視目的でエドワウとその妹セイラと婚姻を結んだ、リアナとシャアは共に安堵の息を吐いた。

「両家への離縁の手続きは私が…」

「お言葉ですがキシリア様、その必要はありません」

 私の言葉を毅然と遮ったのは、シャアであった。

「若き日の一時の情熱より、今ある穏やかな関係を続ける事を私は望みます」

「私も同じです。息子もエドワウも、今の私の家族です」

 続けてそう言うリアナの眼差しには、曇りや迷いは一欠片も見えなかった。

 

「……今までの献身、改めて礼を言わせてほしい。リアナ、シャア」

 

 リアナとシャアとの話を終えた私は、ザビ邸敷地内のバラ園へと足を運んだ。

 兄ギレンは既にガゼボの方で私を待っていた。

「予定通りに来たな」

「はい。それでお話というのは?」

「……ミナレットのことだ」

 旧世紀の研究施設衛星「ミナレット」の今後の処遇について、ギレンは私に尋ねてきた。

「もちろん処分します。セリーヌのクローンたちはフラナガン博士の養子になりましたし、シャロン学園に通う姪たちも生活基盤をザビ邸の方に移しました」

 ミナレット内で内密に育てられた姪たち…異世界の情報のプル・シリーズは、ギレンから一通りの教育を受け、本年度からザビ邸のギレンの私邸へと住まいを移した。今はシャロン学園の寮で生活しているが、長期休みの度に帰宅する予定となっていた。

「少しずつ全機能の停止作業に移る予定です」

「……ミナレットの統括OSもか?」

「最終的にはその予定です。制御AIエキドナが扱う迎撃・防衛システム、あれだけでも充分脅威となります。下手に残せば未来に悪影響を与えるでしょう」

 私の言葉を聞き、ギレンは眉間の皺を深くする。

 ギレンの婚約者であったセリーヌ・ロムの精神体は、エキドナと融合している。そもそもセリーヌの肉体自体は30年以上前に死を迎えており、今の状況は精神の残滓が辛うじて世界に留まっているのに過ぎなかった。

 ギレンもそれは理解している。

 しかし彼としては珍しく、感情に理性が追いついていない様子であった。

「……ギレン“兄さん”、この際ですから全てお話しします」

 突然、成人する前の呼び方に変わったことから、ギレンは何かに警戒しつつも私の方へと視線を向けた。

「全て……とは?」

「何故私が、ミナレットの情報を知っていたか…ということです。ミナレット探しに誘ったあの時、既に私はType-Zの兆候があったのです」

「……どういうことだ? あれは本邸の書庫にあった古書から得たと…」

「違うのです。あれは……“世界構造の情報保管庫”で得た、私の前世の記憶です」

 いきなり“前世の記憶”とか言い出したところで、ギレンは聞く耳を持たないだろう。しかし今の兄は、私が“世界構造の情報保管庫”を利用できるニュータイプ“Type-Z”であることを理解している。30年前以上前の時点で兆候があった事に対して一瞬片眉を上げたが、一呼吸で平静を取り戻したらしくギレンは静かに口を開く。

「……お前は旧世紀から宇宙世紀への改暦前後の情報を持っている…と?」

「はい。研究施設衛星『ミナレット』の所長としての情報があります。あそこは『トライステラー計画』の研究が行われるために造られた研究施設であることも…」

「トライステラー計画…地球連邦政府で専用の予算が回されているな」

「はい。計画の目的は、人類に進化を齎すこと」

 その言葉を聞き、ギレンは一瞬目を細める。

「……ジオン・ズム・ダイクンの提唱より大分前だな」

「半世紀以上前ですね。様々な解釈を元に、さまざまな文言へと変化しておりますが、『輝ける星を掴み、人類は生まれ変わり進化し、新たな世界を迎える』というのが当初の目的」

「輝ける星?」

「“世界構造の情報保管庫”のことです。そこから得た正しい理念を己がものにすれば、理性を持った新人類へと至り、理想郷が生まれる」

 その言葉を聞き、ギレンは不愉快な感情を滲ませ、吐き捨てるように言う。

「くだらんな。理念とは己が存在の意味を問い続けた先で、各々が得られる解だ。思考することに意味があると言うのに、解答に偽装された“記号”を押し付けられて何になるのだ? 安堵し思考停止する未来しか見えぬな」

「そうですね。まさに本末転倒。しかし前世の私以外に気づく者がいなかったのです」

 テーブルに置かれたティーカップに伸ばされたギレンの手が止まる。

「……計画は実行されたのか?」

「実行に移す前に妨害されました。ラプラス事件によって」

 私の言葉を聞いたギレンは一瞬思考を巡らせた後、確認を取るように徐に口を開いた。

「……宇宙世紀憲章の原本に仕込んだのか?」

「原本の石碑は、ミナレットで造られた特殊合成鉱物による人工結晶体です」

「改暦セレモニーの放送は、ほぼ全人類に流されたと聞く。まさかその時に……」

「憲章の文言にキーワードは仕込まれていました。その起動前に、宇宙世紀憲章の原本が置かれていた首相官邸…宇宙ステーション『ラプラス』は爆破されました」

 私は静かにそう語り、冷え切ったギレンの前の紅茶を温かいものと交換した。

 

 少し残っていた冷め切った紅茶を飲み干し、そして私は追加の紅茶を注ぐ。そこでようやくギレンもまた紅茶に口を付け、ぽつりと呟くようにギレンは尋ねる。

「ニュータイプとは……トライステラー計画の発案者らが主張する人類の進化か?」

「クルスト・モーゼスはそう考えたようです。そして過激な行動に走らせた」

 二度と聞きたくは無い名前を聞き、ギレンの双眸に一瞬憤怒が過ぎった。それを見ぬふりをして、私は言葉を続けた。

「予測しているかと思いますが、セリーヌ・ロムはニュータイプでした。彼女が精神をエキドナ…機械に宿して自我が残存している様を見て、クルストは半狂乱になったそうです」

「……その程度で精神が崩れるような奴ではなかろう?」

「ミナレット内に保管されている、トライステラー計画の情報への閲覧履歴がありました。時期から推定すると、閲覧者はクルストで間違いないかと…」

 ミナレットはトライステラー計画の中枢。計画に繋がる数多な実験データと予測データが残されていた。

「彼の閲覧履歴があった情報には、精神を機械に宿し、その身を機械として、やがては外宇宙へと進出すると言う内容がありました。そしてその予測では、適応できないオールドタイプは駆逐される…と」

「クルストは、ニュータイプが人類を滅ぼすと考えたのか?」

「おそらくは。加えて私のType-Zを目の当たりにして、“己が理解を超える”と理解した瞬間に、理解不能な進化であると恐怖を抱き、排除を決意したのでしょう」

 結果、彼が生み出したEXAMシステムは世界を滅ぼしかけた。

 

 独立戦争の末期、EXAMシステムを止めた事に対して後悔はない。

 ただ…その代償として、感情の揺れ幅が小さくなっていく現状を実感する日々は、正直耐え難かった。

 他者の影響で成長し、他者の成長に寄与し、そしてやり直せることが“生きている”証左であると、私は考えて生きてきた。しかし…

「っ…………」

 いずれは何も感じなくなる私は、果たして“生きている”と言えるのか? その末に“異常視”した民衆が敵意を見せた時、私は容赦なく排除行動に移るのでは?

 

「ギレン兄さん……私は……怖い」

 

 思わず漏れ出た弱音を聞き取ったらしく、珍しく目を見開いた状態でギレンは私を凝視した。

 ……聞いてしまったか。いや……それならば兄に頼む方がいいだろう。

 私は静かに胸元から小箱を一つ取り出す。

「兄上、これを託します」

「……これは?」

「ミナレットの自爆スイッチです」

 私は“人”である限りは、ミナレットの管理をし続ける覚悟を持っている。しかし全機能を停止する前に、私が“人”で無くなった時は? その私が、ミナレットを使って暴走してしまったら?

 

「私が人間で無くなったと判断した時は、兄上が処分していただけませんか?」

 

 ********

 

「ようやく処分に来たか、ルオ・ウーミン」

「昔話に来ただけだ。サイアム・ビスト……いや、サイアム・マーキス」

 

 部屋中央、生命維持装置に繋がれた老人…サイアムの元へと、高齢男性…ウーミンが歩み寄る。

「この際だ、私に聞きたいことがあるのでは?」

「山ほどあるさ。なぜテロリストであった私を匿ったのか、連邦との交渉で“ラプラスの箱”を使うように助言したのか…」

 宇宙世紀の開幕、改暦セレモニーの折。首相官邸が置かれていた宇宙ステーション『ラプラス』が破壊された事件。そのテロ実行犯の唯一の生存者であるサイアムは、偶然に宇宙世紀憲章の原本を手に入れていた。

 それは第七章第十五条…「将来的にスペースノイドを政治に参画させる未来施行条項」を地球連邦政府が意図的に削除した事実、即ち自治に関する理念条項の削除を証明する代物であった。つまり“恒久条項の改竄”という設立契約違反を突きつけ、地球連邦政府が“非合法”と証明する特大の爆弾であった。

 その事実が知られたら、地球連邦政府を革命で転覆させる行為は“合法”となる。連邦が設立される前後の50年、反乱が頻発していた当時の情勢では、致命的であると言えた。

 故に「ラプラスの箱」という名称で、サイアムは連邦政府を脅し続け、ビスト財団を設立するに至っていた。

「交渉の末に連邦が差し出した“技術特許の独占権”は、君が働きかけた結果と聞いている。そして……」

「その特許の一部をアナハイム社に譲渡し、巨大複合企業へ育てるよう指示したのも、私であったな」

 懐かしむようにそう言った後、ウーミンは哀れむような視線をサイアムに向けた。

「君の姉、シャーラ・マーキスに頼まれたのだ。死後、所有している特許を弟に移譲するように…と」

 その言葉を聞き、サイアムは思わず目を見開く。

「……あれは…姉の遺産の保険処理だったというのか⁈」

「そうだ」

「馬鹿な⁈ あの女は家族を捨てて…」

「その頭脳を望まれ、家族の身の安全と引き換えにシャーラは計画に参加した。計画を成し遂げたら家族を迎えに行くと…当時の政府が彼女の仕送りを着服した結果、貧困故に弟がテロリストになっているとも知らずにな」

 そこでサイアムはある事実に思い当たる。

「待ってくれ……あの時すでにシャーラ姉さんは亡くなっていたのか⁈ 何故死んだ⁈」

 そう尋ねるサイアムに対して、ウーミンは感情の一欠片もない視線を静かに向けた。

 

「ラプラスと共に吹き飛んだのだよ、彼女は」

 

 ウーミンの言葉の意味を徐々に理解するにつれて、サイアムは当時の情報を思い出しつつ戦慄き口を開く。

「そんな馬鹿な……当時発表された死者の中にその名は…」

「ミナレットの総責任者である彼女の死が、公になる事は避けたかった。故に、手を回して記録を改竄させた」

 空いたミナレットの所長の席に、余所者が入る事をウーミンが拒んだ結果でもあった。

「シャーラのクローンを造り『新しい身体へ移行途中』と言う体裁を整えた過去すらある」

 その言葉を聞き、サイアムはある事実に気づく。それはシャーラの面影を強く受け継いだ、ウーミンが「娘」と紹介した女性で…

「まさか……ステファニーは⁈」

「信じなくても構わぬ。だが……赦してはいない。彼女を奪ったのはお前だ。お前が端金で姉を殺した事実は、消えることはない。何より赦し難いのは……」

 そこで言葉を一度切り、ウーミンは双眸に憤怒を滲ませる。

「君が宇宙世紀憲章と言う理念を“正義の象徴”ではなく、“商業的脅迫カード”に貶めたことだ」

「やり方を教えたのは貴方だ!」

 ウーミンの鋭い糾弾に、サイアムは半ば反射的に反論する。

「同時に第七章第十五条の重要性も教えたはずだ。時期を見計らい力を蓄え、連邦政府の非正統性を告発すると期待していた。まさか“脅迫状”としての効果に酔いしれ、権力と財力を際限なく高める事に執着し、己が行為の正当性を示すため“争いは人類を進化させる”と主張したことは想定外であった」

 ウーミンの言葉に、サイアムは反論できなかった。

「人々が理念を持つ事を夢見たシャーラの屍で得た財力を利用し、理念を貨幣化した君には失望した」

 ウーミンは追い討ちを掛けるようにそう言うと、サイアムは震える両手で顔を覆った。

 

「罪を償え、サイアム・マーキス」

「この後に及んで…何をしろと?」

「メガラニカの最奥、『ラプラスの箱』を安置した神殿への扉を解放しろ」

「……何故⁈」

「“方舟”は完成した。宇宙世紀に“終末”を…」

 





エドワウ・マスについては14〜18話に襲撃の一件があります。
火星への定期便と産業確立は48話、ミナレットは62〜64話、シャーラ・マーキスとラプラスの箱の石碑は64話、ラプラスの箱の考察は65話に説明がありますので、興味のある方はご参照ください。
本話が一番気を使って書きましたが。多分これで伏線回収は終わった…はず?
次回は翌週の月曜日更新予定。
早ければ土曜日、遅くても翌週水曜日を予定。

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