キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

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本編は次の第74話まで。
そしてエピローグの全75話で完結予定です。



73. キシリア様は説得者

 

 ミシェル・ルオ。

 

 養子になる前の元の姓は既に覚えていない。その頃の記憶の中に残っているのは、ヨナ、リタ、そして落ちてくるコロニー……

 3人で過ごした軍の施設、怖くて辛くて逃げ出そうとして失敗して……そこで出会った1人の女性。

 その名はステファニー・ルオ。

「この世界は貴方たちを拒絶する。だから貴方たちが一緒に居ることは叶わない。でも……協力してくれるのなら、3人一緒に過ごせる“理想郷”に連れて行ってあげる」

 いつ殺されるかと言う恐怖。実験動物扱いを受ける屈辱。生きるのに必死な状況で唯一残されたのが、3人の友情…

 ヨナとリタを奪われ、孤立に追い込まれれば、自分は“人間ではなくなる”と、ミシェルは本能的に考えていた。幼いミシェルが精神的に追い込まれていた状況の中、人の心が読めるリタの「この人は本当のことを言っている」と言う言葉が、ミシェルを決心させた。

 

 ミシェルとリタはルオ商会へと身を移し、ヨナを迎えに行こうとしたが……オーガスタ研究所は閉鎖し、ヨナの居場所は分からなくなった。

 

 ルオ商会の会長の養女となったミシェルは、商会と関連組織の内情を知っていくことになった。それは、ステファニーと同じ目的で動いているのは、会長で養父であるルオ・ウーミンだけであること、そして大半の者がリタを“道具”にしか考えていないことを…

 ミシェルは己が地盤を固めて、地位を上げることに苦心した。そしてリタを「自身の道具」と位置づけ、他者の手が伸びないように工作をした。しかし皮肉にもそれが“孤独”に追い込み……ミシェルは人間としての感情を喪った。

 

 その末に、ミシェルはようやくヨナの居場所を突き止める。シャロン学園、ヨナをルオ商会へと引き込むつもりで、ミシェルは学園祭に足を運んだ。

 そこで見たのはまさに理想郷で幸せに暮らすヨナの姿であった。

 

 裏切り者。

 

 ミシェルの心はその言葉で埋め尽くされた。やがてヨナが身に置いているのは“偽りの理想郷”と思い込むようになったミシェルは、ステファニーの語る“世界の終末”と“新世界への方舟”の計画に傾倒し、それが唯一無二の「3人が幸せに暮らす方法」と思い込むようになった。

 やがてミシェルはウーミンの“端末”となり、リタはフェネクスに搭載されるNT-Dの部品になった。

 

 そして……

 

 ミシェルが目覚めると、狭い格納庫の簡易ベッドに寝かされていることに気づいた。

 そして隣に安置されている医療カプセルが目に入り、そしてその中に居る者の姿を見て驚き、思わず声を上げた。

「リタ⁈ 何故……」

 

「気がついた、ミシェル?」

 

 声が聞こえた方を見ると、狭い出入り口を潜ってパイロットスーツを纏ったヨナの姿があった。

「ヨナ……どうして? ここは一体?」

「僕の専用機、リゼルディフェンサー医療カスタムの後部コンテナの中。簡易医務室で生命維持装置も完備されている」

「私は……」

「覚えていない? 君はナラティブに乗って、僕に戦いを仕掛けてきた。ステファニーの精神干渉の影響でね」

 その言葉を聞き、ミシェルは断片的に記憶を思い出す。確かに計画に最終段階に移行し、計画成就の肝となるメガラニカの防衛のため、ミシェルはナラティブに乗っていた。

 しかしそれと、自分が今現在この場にいる因果が分からない。

「メガラニカは破壊された。その余波で飛んできたデブリから僕を守って、君のナラティブは大破した。そして僕が君を救助したんだよ」

 その言葉を聞き、ミシェルは戦慄き言葉を溢す。

「……嘘………」

 そして弾かれたようにヨナの脇を通り過ぎて、後部コンテナとコックピットを繋ぐ通路を通り抜ける。そしてコックピットの全球モニターに映し出されている、メガラニカの残骸を見て絶句した。

 そしてミシェルは、再び後部コンテナの簡易医務室に戻ってきた。幽鬼のように黒髪を乱し、俯き表情を見せないまま、ミシェルは手近のスパナを手に取り、リタの眠る医療カプセルに振り下ろし……

 

「ミシェル‼︎」

 

 医療カプセルの強化ガラスに当たる前に、ヨナはミシェルの腕を掴み止める。するとミシェルはそのまま膝をつき、右手から離れたスパナが床に音を立てて落ちた。

「もう終わりよ……平和な“新世界”に…“理想郷”に行けるはずが…」

「何もせずに逃げた先が、どうして理想郷だと言い切れる?」

「シャロン学園で何不自由なく生きてきた貴方に、何が分かるの⁈」

「君の苦労は確かに知らない。でも……少なくとも僕や仲間が“世界の終末”を望んでいない事は確かだ。君は……間違っている!」

 ヨナがはっきりそう言うと、ミシェルは自身の非を認めないと言わんばかりに、鋭い視線をヨナに向けた。

 そんなミシェルの様子を見て、ヨナは一瞬懐かしそうな眼差しを向けた。

「……最初に僕が居たのは、ルナ・ライン先端研究所に併設されていた託児所だった。今を考えると……その頃の僕は、ある意味“人”じゃなかった」

「一体何を……」

「条件反射で謝ってばかりで…きちんとお礼が言えなくて……『ありがとう』を言うのが、とても怖かったんだ。それを言ったら“借り”を作ったと認めてしまうから……いつか『借りを返せ』と言われて、それを口実に奪い尽くされると信じ込んでいて……ただただ怖かった」

 ヨナの吐露を聞き、ミシェルは押し黙った。それは、彼女自身も感じていることだからだ。

 過ちや非を認める事は、自身の弱みを見せる行為であり、他者から下に見られて食い物にされ、蹂躙される恐怖故に“恥”を理屈で封じ込んでいた。そのような態度を見せるミシェルに対して「恥知らず」「恩知らず」と、ステファニーは蔑むような視線を向け、それに対してさらに傷ついたりもした。

「悩んでいたら、フラナガン博士が教えてくれた。それは自己防衛反応であって、オーガスタ研究所で“実験体”として扱われていたのなら、当然だ…って」

 突然ヨナが臨床心理学を話始めて、ミシェルは珍しくキョトンとした表情となる。

「……怖さと屈辱が続くとね、人って“人”をやめてしまうんだって。恥や恩義、罪悪感…人間関係を支える“高次感情”を切って、動物的な生存本能が中心になるって…博士が言っていた」

 人間である証左でもある高次感情は「他人を思いやる余裕」…つまり安全が保障された平和な環境でなければ維持できない…と。

「あんな環境だったら、僕らが『恥や恩義』を感じにくいのは仕方がないと思う」

「……そのくらいの理屈知ってるわよ。でもどうにもならないでしょうが?」

「……そうだね。でも…」

 そこで言葉を切り、ヨナは痛々しい視線をミシェルに一瞬向ける。

「君は……“それ”を利用したね?」

「っ‼︎」

 そのヨナの言葉を聞き、ミシェルは言葉を失う。

「ルオ商会が支配体制を続けるためにミシェル、君は手を貸した」

 人間の社会的防衛反応を逆利用し、「恥」と「恩義」という上位感情を消し、「横の連携」を維持する倫理を断絶する。長期的に安定した支配体制を維持する上で、倫理の空白地帯を意図的に作る事は常套手段であった。

 貧困化による極限状態は、生存競争を優先させて上位感情を麻痺させる。その貧困を“自己責任”と刷り込めば、罪悪感の再配置は完了する。

 そして……

「君は占いで、特定の顧客から得た情報を巧みにリークして、顧客間の相互不信を誘導した。人同士の恩義を断ち切って、ルオ商会の権力に縋るように」

「私……は…」

「君は情報を流して“恩”を売った。恩を支配者への隷属に置き換えれば、搾取を受け入れることを“美徳”と思い込む」

 ヨナはもう子供ではなかった。

 ニュータイプ能力を活かして心療内科と心理学を修めたヨナは、シャロン・フェアリー隊では出撃時では衛生担当をする一方で、対外諜報も担当していた。

 

「次々に人を獣に堕としてしまった君を見て、僕は……哀しかった。でも……それでも僕は、また3人揃って笑い合えるようになりたいと、願っているんだ」

 

 哀しかった……か。

 私では到達できなかった感情だ。

 

『なかなか将来有望であろう?』

 

 和やかにキシリアは話しかけているが、同時にキシリアの乗るカリョーヴィンは、フェネクスのミノフスキー粒子操作回路の改変しようとする。

 銀の蓮のような軌跡を描く回路の隠蔽を暴き、ウーミンはフェネクスの金の羽で霧散させた。

「まさかメガラニカを破壊するため、ミナレットを贄にするとは…な。君は“理念”を棄てると言うのか?」

 そう言い今度はウーミンがカリョーヴィンの粒子操作回路を侵食しようとするが、敢えなく霧散させられる。

 そうした“回路”の残骸がフェネクスとカリョーヴィンの周囲を取り囲んでおり、あたかも2機を覆う球形の結界が創り出されているかのように見えた。

『改暦前の科学技術の最高峰であったミナレット、宇宙世紀開闢時の理想を公開するメガラニカ…過去の“理念”を押し付ける代物』

 キシリアの静かな声と共に、カリョーヴィンはビームランスからビーム弾を放つ。

『己が思考を取り戻し、理念を“考え始めた”人々には不要です』

 ウーミンはシールドファンネルで大半の弾を霧散させ、進路上のミノフスキー粒子を一気に整列させる。

「人は楽な方に流れるもの。安心を得るため、有象無象の大衆は“理念”を買うことは止められん」

 フェネクスのアームド・アーマーDEの翼を広げ距離を詰め、同時にテールパーツでカリョーヴィンを引き裂こうとするが、幻影となってかき消え、同時にカリョーヴィンの幻影は増殖する。

『押し付けられた理念はただの“記号”。それで得られる安心は“思考の死”を招く』

「望まれたのであれば、“解”として“理念”を提示する他あるまい。それに…」

 ウーミンはそこで言葉を切り、フェネクスのビームサーベルの刀身を一気に伸ばし、避けきれなかったカリョーヴィンの右脚を貫いた。

「人は脆弱だ。永遠に完結しない思考の持続に耐えられるわけ無かろう」

 純然たる現実…開闢前から今に至るまでの100年間、宇宙世紀を見続けて至った結論を、ウーミンは突きつける。

 しかし、キシリアは動じなかった。

『思考し続けた先に見えた理念こそ、理性を生み出す根源。理性が止まった社会は、倫理の死を迎えます』

 斬り返すが如くカリョーヴィンはビームランスを伸ばし、フェネクスの装甲の一部を裂き、右腕を斬り飛ばした。

 

『“解答”ではなく、考える“手掛かり”だけで良かったのです。何度もやり直せるのが、人間の特権なのですから』

「…………理想論だ」

 

 次の瞬間、ウーミンはサイコ・シャードでフェネクスの右腕を再構築し、一対のアームド・アーマーDEをカリョーヴィン目掛けて飛ばした。

 

「リタ。攻撃を開始しなさい」

《……了解》

 

 キシリアはミノフスキー粒子操作で、フェネクスのシールドファンネルが放つメガキャノンを捌いている。

 しかしカリョーヴィンはフルサイコフレームではないため、サイコ・シャードを使えない。機体を修復できるフェネクスと異なり、確実に蓄積されたダメージへのフォローもしている関係上、対処に遅れが見え始めた。

「メガラニカは最早要らぬ。君さえいれば……」

 次の瞬間、攻撃に使っていたアームド・アーマーDEをシールド機能へ反転。カリョーヴィンを閉じ込めた。

 キシリアは粒子操作でカリョーヴィンを捕らえている磁場を無効化しようとするが、ウーミンが上乗せで妨害する。やがてミノフスキー粒子操作の主導権争いが、拮抗する。

 そして……

 

「リタ、NT-Dにキシリア・ザビを取り込め」

 

 メガラニカと共に“ラプラスの箱”が無き今、Type-Z3を超えた能力を有するキシリアを“代替品”とする。

 フェネクスのビームサーベルが、カリョーヴィンのコックピットに届こうとしたその時…

 

 突如フェネクスの動きが止まった。

 

「どうした、リタ⁈」

《……ヨナ……ミシェル?》

 その名を聞き、ウーミンはどこからか感応波の干渉を受けている事に気づく。

 

 La……La……

 

「………まさか……⁈」

 そこでようやくウーミンは、バンシィに乗っているララァの存在に気づく。

「単体……いや、複数人で増幅させている⁈」

 バンシィの左右に並ぶ、ゼータキュアノスとZZZガンダムに気づき、ウーミンは直ぐさまサイコミュ・ジャックを起動しようとする。しかし……

『私相手によそ見とは余裕ではないか?』

 演算能力を割けば、折角捕らえたキシリアを逃す事になる。

 補助するはずのNT-Dに組み込まれたリタは、ララァを介したヨナとミシェルの呼びかけで、寧ろウーミンを裏切る危険性すら浮上し……

 そこでウーミンはようやく、フェネクスの前に降り立ったユニコーンの存在に気づいた。

 バンシィと共振し、サイコフレームが緑色に発光しているユニコーンの両手が、フェネクスのコックピットを掴む。すると接触部位が次々に灰状に崩壊していった。

「一号機の起動実験で見られた“ソフトチェストタッチ”……そうかこれは、“情報爆撃”の一種だったのか⁈」

 情報爆撃。

 キシリアが実施した情報圧によるEXAMシステムの制圧方法。カミーユとジュドーの感応波を、ララァが共振により反復および増幅し、バナージが操るユニコーンを介してフェネクスに情報圧を流し込んでいるのだ。

 戦闘での損傷部位が、ミノフスキー粒子に置き換わっているのが裏目に出た。サイコ・シャードの形成と固定化に対する指示を上書きし、そして崩壊へと導く。 

 先ほど裂かれて一度は修復した筈の装甲の一部も崩壊し、露出されたNT-D本体が納められた筐体へと接続、リタの精神体を捕らえていたNT-Dシステムの中核にある“檻”の情報を上書きして無力化した。

 

 やがてNT-D本体が納められた筐体が露出し、システムに囚われていたリタの精神体を繋ぐ檻を情報で押し潰した。

 リタの精神体は、ヨナとミシェルの呼びかけに応じて、光の小鳥となってNT-Dから飛び立つ。そしてリゼルディフェンサーの格納庫の中、医療カプセルの中で昏睡状態の自身の肉体に溶け込んだ。

 

 NT-Dからリタの精神体が解放され、フェネクスのミノフスキー粒子操作能力の発動が消失した。

 ミノフスキー粒子で破損部位を埋める事で不死化していたフェネクスの機体は、鳥の羽根に似た光を散らして崩壊し始めた。

 

 精神を極限まで削るミノフスキー粒子の操作主導権争いから解放され、キシリアはカリョーヴィンのコックピットのシートに深く座る。

 その時、突然制御AIメーティスが話しかけけてきた。

《マスター》

「どうしましたメーティス?」

《“ラプラスの箱”の反応を確認しました》

 メーティスの言葉が終わると同時に、フェネクスが突然その場から離脱した。

「気づかれたか……」

『キシリア様。フェネクスが移動し始めたけど追わなくて…』

「追ってはならん!」

 尋ねてきたカミーユに対して、キシリアは言葉少なく制止した。

「フェネクスは私が追う。他の者は、急ぎこの宙域から離脱しなさい」

『しかしそれでは……』

『……承知しました。キシリア様』

 反論しようとしたバナージの言葉に被せるように、ララァは即座に承諾した。

 

 その様子に何かを感じとったらしく、他のメンバーも続いて承諾の意を見せたのであった。

 

『キシリア様』

「どうした、ジュドー。早く離脱を……」

『ちゃんと帰ってきて下さいよ。ハマーンのヤツ、あんたに余所余所しい態度をとったことを後悔していて…謝りたいって言っていた』

「そうか…………善処する」

『あのさあ……その政治家みたいな言い方…まあいいか。それじゃあまた後で』

 そう言い残し、ジュドーはZZZガンダムをウェブライダー形態にして、先行して離脱した仲間の後を追った。

 

 それを見送る事なく、キシリアはフェネクスの後を追うように、その場からカリョーヴィンを離脱させたのであった。

 





次回は土曜日に更新できそうです。
最後までよろしくお願いします。

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