半年余り、お付き合いしていただき感謝の言葉もありません。
本話で本編は終幕。次話のエピローグで本作品は完結となります。
内部からミナレットの自爆を受け、核パルスエンジンへの誘爆による爆縮で、メガラニカはその構造物の7割以上が破壊されていた。
しかし一部残存した瓦礫の中に、完全な球殻状の構造物が静かに漂っていた。
「っ‼︎ 残っていたか‼︎」
メガラニカ内部の“封印区画”は、建造当初から他区画とは独立している。加えて、独立した電力源と厳重な隔壁があり、重力遮断層も備えた外殻崩壊に耐える構造であることから、ウーミンは残存している可能性に賭けていた。
構造物のMS用のハッチを開け、光の羽を散らし形状が崩れつつあるフェネクスを奥へと進ませる。
最奥の開けた空間、そこで半ば転げ落ちるように降り立ち、フェネクスが光の粒子となり散る様を背を感じつつも、ルオ・ウーミンは宇宙ステーション「ラプラス」の跡地に鎮座する台座に辿り着いた。
「被害は免れていたか…」
損傷箇所が見受けられない台座。その中心に宇宙世紀憲章の原本…通称“ラプラスの箱”が安置されていた。
“世界構造の情報保管庫”へのアクセス権は、本来は倫理と思考と寛容を兼ね備えなければ得られない権限。それを“理念”という“接続キー”に落とし込み、自在に付与する装置として“ラプラスの箱”を作ったウーミンは……Type-Z5“虚数化”に変容していた。そしてその結果、“世界構造の情報保管庫”への正規アクセス権を喪っていた。
以降はType-Zに至る素質がある者を“端末”として用いて、“世界構造の情報保管庫”の表層部からの情報を入手するしかなかった。
その後“ラプラスの箱”は手元に戻るが、ウーミンはそれを用いて“世界構造の情報保管庫”への“接続キー”を得ることに躊躇していた。Type-Z5は世界構造の改変者。自身が接触した結果、世界構造との接続点である“ラプラスの箱”がどうなるか予測する事ができなかったからだ。
「準備が整ってから、最深部にある“リセットキー”を発動するつもりであったが………もう…いい…」
“理念”を正しく受け取り、正しく扱える原石である“ニュータイプ”を、リセット後に再構築された新世界へと解き放つ計画を進めていた。計画の中核であるニュータイプの“魂”を保管する“方舟”のNT-D、そして安全に世界構造と接続する媒体であったフェネクスは、もはや存在しない。
過去においては、最初の計画同様に民衆に“理念”を植え付けることも模索したりもした。そのために、ジオンの独立直後の軍を離れたキシリアを確保し、“ラプラスの箱”の代替にType-Zの彼女を“世界構造の保管庫”の接続キーとしようとしたが、拉致計画が頓挫して断念するしかなかった。
であれば……
「この手しか残っておらん。それに今更、何が起きたところで…」
ウーミンは“ラプラスの箱”に触れて、“世界構造の情報保管庫”へアクセスする。そして最深部まで、目当ての情報……“リセットキー”を探したのだが…
世界構造の“リセットキー”はなかった。
「っ⁈! どういうことだ? “リセットキー”が消えた⁈ 何故⁈」
「もう“歪み”はないからです」
騒ぐウーミンの背に向けて、ようやく追いついたキシリアは、静かに言い放った。
「貴方が発動させようとした“リセットキー”は、人類を裁く神の手ではない。世界構造に著しい不具合を齎す“歪み”に対する、“防衛反応”に過ぎないのです」
そもそも“世界構造の情報保管庫”はバックアップサーバーのようなもの。故に“リセットキー”は、恒常性維持が困難となった場合に出現する再起動プログラムに過ぎない。
Type-Zは“世界構造の情報保管庫”へのアクセス権の所有者であり、“人類を裁く権利”や“世界を壊す権限”を有している訳ではないのだ。 Type-Zという存在は……
「世界構造の調律と修復を担う“管理人”。それが我らの役目では?」
キシリアの言葉を聞き、ウーミンは“ラプラスの箱”に拳を叩きつける。
「……修復など出来ぬ。何をやっても“リセットキー”は消えなかった」
「それでは何故、今になって消えたと思いますか? 簡単な話。メガラニカとフェネクスが無力化したからです」
その言葉を聞き、信じ難いと言わんばかりにウーミンは身体を戦慄かせた。
「……馬鹿な⁈ 造る前から既に“リセットキー”が……」
「何年経ったと思っているのです? その頃に存在した“問題”など、既に解決済みです」
辺りを静寂が包む。
ウーミンは理解した。新たな可能性など生み出せないと見下していた人類が、問題を克服していたことに。
そして気づいてしまった。それは……
「私が……私自身が“歪み”になっていたと言うのか⁈」
「貴方が調律と修復を諦め、この世界から“逃げ出す”方策を、周りの影響を顧みずに強行したことが、歪みの原因となった」
選ばれし者を乗せる“方舟”を制作するため、手段を選ばず行動した。どうせ消えゆく世界なら…と、是正しなければならなかった“理念の道具化”すらも利用した。記号化された理念の押し付けで、思考を奪われた人が“壊れる”と承知の上で…
結果、ルオ・ウーミンは世界構造の歪みを加速させた。
「……せめて“希望”を残したかった。Type-Zに至る可能性を秘めたニュータイプを、新たな世界に送り出したかった…」
「私の復活事例から“可能”と判断したのですか? 精神体をデータ化してNT-Dに保存したとしても、そこから自動で復活するわけではない」
保存されたものを手掛かりに、“世界構造の情報保管庫”からデータが引き出し、再構築されただけのこと。そして…
「人格の再構築には“自我”が不可欠です。そして自我の維持には、“外”から呼びかける“他者”が必要なのです」
独立戦争でEXAMシステムと相打ちで斃れた私が、もう一度立ち上がれたのはマやアムロらの呼びかけがあったからこそ。
「方舟の乗員以外の者が居ない世界で、一体誰が方舟の“外”から呼びかけるのですか?」
鴉を放つか? 鳩を放つか?
陸地が見えたところで、梯子が無ければ誰も方舟から降りれない。
ウーミンは静かに両膝を地面に着けた。
「私は…一体どうすれば良かった?」
「倫理を守り、筋は通すべきでした」
「私は……誰も救えなかったのか?」
「BUNNySの破壊時に解き放たれた最後の思念は『ありがとう』だそうです」
自身らを解放してくれたアムロらに対してか、それとも……今となっては誰も答えを出すことはできない。
「…一つ訊きたい。君はシャーラか?」
「いいえ。私はキシリア・ザビです」
キシリアの即答に対して、ウーミンはようやく少し笑みを浮かべた。
その時、“ラプラスの箱”が収められている、宇宙世紀憲章の原本の台座が小刻みに振動を始めた。
「変容を始めた“ラプラスの箱”は、通常の方法では破壊できない」
「そのようですね。このままでは大惨事となる。欠片も残せない以上、取れる方法はただ一つ」
「それも承知の上か……私の方はもう限界のようだ」
そう言うウーミンの身体…戦闘時に受けた損傷を埋めていたミノフスキー粒子による擬似構造が崩れていく。
「先に逝く。さらばだ、キシリア・ザビ」
フェネクスと同様に、ウーミンは羽根を思わせる光を撒き散らして消えていった。
「やれやれ…厄介な置き土産を遺していきましたね」
虚数化した存在が、“世界構造の情報保管庫”への正規アクセス端末と接触した。つまりウーミンが触れた結果、“ラプラスの箱”の構造は“正数”と“虚数”の重ね合わせ状態となり、整合性が破綻して反物質化を始めていた。
反物質が物質と接触すれば、質量そのものがエネルギーへと変換される。この質量から変換される放射線量を考慮すれば、数万キロ圏内の存在は全て命を落とすだろう。
「……どの道私は、亡骸を遺す事すら許されないのですね」
一方インレ戦の後始末の最中にマ・クベは、艦隊へ合流途中のカミーユ達から戦果報告と、キシリアがメガラニカ跡地に1人残ったことを聞かされた。
そしてマは、「情報収集のために先行する」…と、ウラガンの制止を振り切る形で一人ギャン・エーオースで出撃していた。
「キシリア様! 応答を願います‼︎」
ギャン・エーオースの追加大型ブースターを切り、マ・クベは瓦礫が浮かぶメガラニカ跡地を捜索する。
程なく生命反応をセンサーが感知し、瓦礫に当たって停止しているクシャトリアを見つけた。急いで通信を繋ぐと、通信窓にプル、プルツーそして意識を失っているギレンの姿が映し出された。
「君たちは⁈ …何故此処に⁈」
マがそう尋ねると、顔見知りの姿を見て安堵した様子でプルは口を開いた。
『エキドナ……セリーヌ母様から最後の通信が入って…』
『父上を救出した後、キシリア叔母上を迎えに行こうと思って…』
プルツーの言葉を聞き、マは決断する。
「……キシリア様の居場所は分かりますか?」
2人が指差した先、すぐそこに球殻状の構造物を見つけた。
「承知した。私のギャン・エーオースを使いなさい。それで離脱を…」
『それではマ中将が……」
「問題はない。さあ、急いで離脱を』
不安そうに自身を見るプルに対してそう言い、マはコックピットのハッチを開けた。
マはプルたちが離脱する姿を見送る。
「キシリア様…」
そしてパイロットスーツの小型推進器で移動し、辿り着いた球殻状の構造物の人用小型ハッチを開けて中へと入る。
通路の最奥で開けた場所に出て、その空間の中央に1人の女性の姿を見つける。
キシリア・ザビ。
ハニカムに似た台座に嵌め込まれた石碑に対して厳しい表情を見せていたキシリアは、マの姿を見るや否や顔色を変えた。
「っ⁈ マ・クベ、なぜ此処に⁈ 早く此処から離脱を…」
「キシリア様、一体何を⁈」
狼狽えた様子を見せるキシリアに対して、マは目を細めて近づきつつ尋ねる。
「“ラプラスの箱”……宇宙世紀憲章の原本を消滅させます。ウーミンが無茶をし過ぎた。変質して通常の物理法則から外れ……反物質になりかけている。今すぐ対消滅の相殺作業に取り掛からなければ…」
「……畏れながら、対消滅に使用する物質には、何を使う御予定で?」
マの追求から逃れるように、キシリアは視線を“ラプラスの箱”に戻す。
「……適当な物質では、対消滅の莫大なエネルギーが発生する。そのエネルギーを相殺する形で被害最小限になるように制御するには…」
「貴女の“身体”を使うつもりですね?」
キシリアは何も答えない。
それがマの言葉に対する肯定であることは、明白であった。
「……先日のソーラー・レイを防いだ折、貴女に向けた態度を謝りたいと、教え子たちが言っております」
「ジュドーから聞いている。今回、皆は私の作戦の元で戦ってくれました。それだけで充分、謝罪は不要です」
「その伝言を私にさせるつもりですか? 申し訳ありませんが、お断り致します」
その言葉を聞き自身へと視線を戻したキシリアの目を見つめ、そのまま静かにマは続きの言葉を言った。
「私も此処に残ります」
「相殺しきれないエネルギーの余波が発生する。命を粗末にすることは許しません。今すぐ立ち去りなさい」
「その命令は聞けません。貴女の行く道を最後まで共に居ることこそ、私の望み」
「マ・クベ……」
「私の存在理由は、貴女の傍に在ること。貴女がいない世界に価値など…」
「……貴方は“人であろうとした私”が居たこの世界を、否定すると言うのですか?」
「っ!! それは……」
その時、隠蔽を解除したカリョーヴィンがマの背後に姿を現した。
「カリョーヴィン? キシリア様っ⁈」
カリョーヴィンはマを捕えて、そのまま持ち上げる。
「ッ離せ! やめろっ! ……私はっ‼︎」
抗議の声に意を介する事なく、カリョーヴィンはマをコックピットの中へ運ぶ。そしてコックピットのシートへ放り込まれるマに、キシリアの静かな声が届いた。
「今まで私に尽くしてくれたこと…傍に居てくれたこと…居場所を守り続けてくれたこと…感謝してもしきれません」
扉が閉じてロックがかかり、コックピット内の全周モニターに映るキシリアの姿へと、マは縋りつく。
「キシリアっ‼︎」
「我が祖国を頼みます。そして……」
マ・クベ…
あなた自身の“人としての道”を歩んで…
一瞬だけ、眩い光が辺りを満たす。
その白い光の波は宇宙を白く染め、やがて反転させる。
次の瞬間、激しい衝撃に襲われ、マ・クベの意識は呆気なく途切れてしまった。
『……キシ……マ………応答…………』
ぐらつく頭に響くような、割れたスピーカー音が聞こえる。
『マ・クベ中将‼︎ ご無事ですか⁈』
ようやく音の正体と意味が結びつき、急速にマは覚醒する。
「…………ウラガンか?」
マの声を聞き、一瞬息を呑む音が聞こえたのち、副官のウラガンのやや乱れた声が通信機から聞こえてきた。
『中将っ……良かった‼︎ キシリア様もご一緒ですか? 』
…………キシリア?
その名を聞き、マは弾かれたように上半身を起こす。カリョーヴィンのコックピット内は酷い有様で、全球モニターの殆どが割れ、ノイズが走っているか、沈黙して闇を映していた。破損状況の深刻さを伝える警告ランプが、内部を赤く照らしている。
その時、マの目の前に小さな光が過ぎる。
それは銀色の輪。
キシリアに贈った物であることに気づくや否や、マは右手で指輪を掴む。冷たい金属を感じつつ目の前で開くと、幻ではないと告げるように、指輪に仕込まれている発信機が短い光を発した。
獣が叫ぶ声が遠くで聞こえた気がした。
マの絶叫に反応するかのように、コックピットを中心にカリョーヴィンの外装を覆っていた光が、薔薇の花弁のように散り消えていく。
メガラニカ跡地にぽっかりと何もない球状の空間が広がっており、その中心の光の花弁が消えた奥から大破したカリョーヴィンが姿を現した。
シャロン・フェアリー隊のνガンダムとサザビーにより、カリョーヴィンの残骸は牽引され、マ・クベ中将は救出された。
その後、周辺宙域を含めて捜索活動は行われたがルオ・ウーミン、そしてキシリア・ザビの痕跡すら見つけることは叶わなかった。
本話の特に終盤では、「UNICORN (澤野弘之)」をかけて書いてました。
次回はエピローグ「円環」を明日(11/9)12:00更新予定です。
キシリアとマ・クベの行方を、最後まで見届けて頂けると幸いです。
本作で一番気に入った章は?
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第一章「ムンゾ自治共和国」篇
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第二章「ジオン自治共和国」篇
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第三章「ジオン公国」篇
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第四章「ジオン独立戦争」篇
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第五章「シャロン学園」篇
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第六章「BEYOND THE TIME」