キシリア・ザビ閣下は・・・   作:桐錠

75 / 76

最終話です。
本話で「キシリア・ザビ閣下は・・・」は完結となります。
ここまでお付き合いいただけたこと、厚く御礼を申し下げます。



75. エピローグ「円環」

 

 宇宙世紀0106年。

 サイド3、首都バンチ。ズム・シティ。

 旧宇宙港跡地。その慰霊碑にギレン・ザビは、白薔薇の花束をそっと置いた。

 

「お久しぶりですね。ギレン様」

 

 背後から声が聞こえ、ギレンが振り返ると、マ・クベの姿があった。

「サイド3に戻っていたのか?」

「はい。先日、オデッサとグラナダでの引き継ぎ作業を終えました」

 そう言いマは、持参していた白百合の花を慰霊碑に捧げる。

「……貴様も毎年律儀だな」

「キシリア様は毎年来ていたと伺っております故」

「……貴様も私も、面倒な女と関わってしまったな」

「それは否定しません。しかも“出逢い”を後悔したことが、一度たりともないのが更に性質が悪い」

 コロニー内に吹く人工の風が、白薔薇と白百合を揺らす。

「……これから向かうのか?」

「ザビ邸でミネバ様にお会いしてから、サイド6へ向かう予定でございます」

「そうか……貴様には世話を掛けたな」

 間接的とは言え、ギレンが自身に対して礼を言ったことに驚き、マは目を見開く。

「……何だ?」

「いえ。ルー嬢を一族に迎えてから、丸くなられたと思いまして…」

「グレミーが身を固めた故に、肩の荷が降りたことは否定はしない。娘らも自立したからな」

「アリシア嬢らは火星と伺っております。そしてマリーダ嬢は木星でしたかな?」

 マがそう言うと、不愉快そうにギレンは鼻を鳴らす。

「まさかカーディアス・ビストの倅の後を追うとはな…」

「木星圏の統治体制が整うまで、手伝いを申し出るとは悪いこととは思えませんが。それにアルベルト殿は、商人どもに食い荒らされぬよう、抑えに回っているマーサ殿やウォン殿の役に立っていると伺ってますが」

 具体的な名を告げると、ギレンは眉間に皺を寄せる。随分と表情を読み取れるようなったと時間の経過を感じ取っていた時、マの通信端末に連絡が入った。

 

 ザビ邸、ミネバの私邸。

 昔はキシリアの私邸であった屋敷の執務室へと案内されたマは、若干の感傷と共に執務机に視線を落としていた。

「お待たせしましたか?」

 扉が開くと共に、涼やかな女性の声が聞こえてきた。その立ち振る舞いはキシリアを彷彿させ、マは思わず言葉を詰まらせた。

「……いえ、ご無沙汰しております。ミネバ様。バナージ殿やヨナ殿は息災ですかな?

「一昨年以来でしたか? バナージは義父と共にビスト財団を、本来の美術財団として立て直しています。貴方から教えていただきました審美眼が、役に立っていると…」

「それは重畳。彼は優秀な生徒でしたからね」

 昨年まで5年間月に一回頻度であったが、マは美術品の真贋の見極めについて、バナージに教え込んだ。その時の事が、懐かしさとともにマの脳裏に過った。

「ヨナはリタと共にミシェルの手伝いを…まだ当分時間が掛かりそうですね」

 ルオ商会の財産が連邦政府に没収される事を知った一部議員が、ハイエナの如く掠め取る動きが見られていた。

 そこでミシェルはルオ商会を解体して、純粋な商会部分はイルマに移譲。ルオ家の財産の大部分を、息の掛かった非営利団体へ寄付した。

 現在その非営利団体から、ルオ商会の裏の被害者であるコロニー落下事件の被害者へと分配を始めていた。ただ、被害者が膨大で充分な額を分配できないと、ミシェルは目標額達成まで資金の一部を投資等で増やしている最中であった。

 

「ハマーン理事長から話は伺っております。今まで預かっておりました“カリョーヴィンの起動キー”を、お渡しいたします」

 ミネバから手渡された扇子型の起動キーを、マは懐かしげに一瞬目を細めた後、貴重品を扱うように大事にジュラルミンケースの中に入れた。

 その時、マの首筋から零れ落ちたネックレスに通された指輪に、ミネバの視線が止まった。

「……あれから10年ですか。ラプラス事変からの混乱を、よく収めましたね」

「ほとんどの期間が軍の再編成に費やしてしまいました。キシリア様の理念が何処まで伝えられたか…些か疑問ではありますな」

 そう言いマ・クベは、ネックレスを首元に戻しつつ少し表情を崩す。

 

 ラプラス事変。

 そこでキシリア・ザビを喪い、精神に深い傷を負ったマ・クベは療養を余儀なくされた。そしてリハビリと各所への報告を終え、各地の混乱が収まり始めた3ヶ月後、マはザビ邸のキシリアの私邸に赴いた。軍事機密も多々含まれている、キシリアの執務室内の遺品整理のためであった。

 その時ミネバは、キシリアから託された伝言をマ・クベに伝えていた。キシリアがカリョーヴィンの中に指輪を残した際、メーティスを介してラー・カイラムの艦載AIアテナへ、そしてミネバに伝えられた言葉を…

 

「ラプラス事変後、ミネバ様が教えていただいたキシリア様からのお言葉は、正直半信半疑でした」

 ミネバと同じことを追憶していたらしく、そう言いマは服越しから指輪を摩る。

「この世界から『旅立った』先で待つ。指輪が導く“鍵”であると」

「マ中将……」

「先週、退役いたしました。此度の作戦は『捨て身』となります故、軍高官の肩書きのままでは、些か外聞悪い。それに……っ…」

 そこで一瞬眉間に皺を寄せると、突然言葉を切って、マは急いでハンカチを取り出して口元を押さえた。

 複数回咳き込み、朱に染まった部分を隠すように折り畳んで、マはハンカチをしまった。

「………失礼致しました」

「いえ…その……お身体の方は?」

「最後の任務くらいでしたら、まだ保ちましょう。あの時、キシリア様がカリョーヴィンで庇っていただなければ、即死だった事を思えば上出来ですよ」

「しかし…」

「メガラニカ跡地で見つかった“反物質”、放置することはできません。安全に処理できるのは、あの時の対消滅データを記録し、キシリア様の能力を再現できるカリョーヴィンのみ。それに…」

 そこで言葉を切ったマは、キシリア喪失後では初めて見せる笑みを浮かべた。

 

「カリョーヴィンを動かせるのは、制御AIメーティスの“サブ・マスター”である、この私だけです」

 

 サイド6、リボーコロニー。

 シャロン学園、シャロン・フェアリー隊本部。

 

 敷地内に片隅にひっそりと存在する、最初期に建てられた格納庫。

 マがウラガンと共に中に入ると、紫色の装甲を持つ一機のMSが鎮座していた。

 カリョーヴィン。キシリア専用のMS。

「サイド間航行用のブースターも取り付けてくれたようだな」

「はい、先日のアマダ殿からの連絡通り、ここからメガラニカ跡地までの航行に問題はありません」

「それは結構」

 埃が取り払われたカリョーヴィンのメンテナンス用制御装置をウラガンが起動させている間に、マはパイロットスーツへの着替えを終えていた。

「ウラガン。済まないが私の荷物を家に届けてくれないか?」

 そう言いマは、先ほどまで自身が着ていた服の入ったカバンを渡そうとしたが、ウラガンは受け取る気配を見せない。

「……やはり私は反対です」

「……ウラガン」

「今からでも、カリョーヴィンの制御AIメーティス単独でできるように、ルナ・ライン先端技術研究所へ掛け合って…」

「反物質は自然発生したのではない。あの時私が居たことで加減した結果、キシリア様が“歪み”を完全に消しきれなかったからだ」

「………しかし……」

「反物質は拡大しつつある。これ以上時間が経てば、カリョーヴィンであっても相殺できなくなる」

 そして急遽立案された計画であり、全て承知の上でマは志願したのであった。カリョーヴィンを扱える者が今では自分しか居らず、ラプラス事変の対消滅時の遅発性被曝症で、自身の余命が僅かであることも理由であるが、それ以上に……

 

「なあウラガン。色々と出来すぎていると思わないか? まるで“あの方”の導きのようにも思える」

 そう言いマは、胸元からネックレスに通された指輪……マがキシリアに贈り、そして最後に返された物を取りだして見せる。

 

 指輪は静かに淡く銀色の光を放っていた。

 

 格納庫の扉が開かれる。

 コロニー外壁へと繋がっている通路を抜けた先は宇宙空間であった。

『ウラガン、貴様には世話になったな。礼を言わせてくれ』

「マ・クベ様……旅路の先、“あの方”との再会を祈っております」

 ウラガンがそう言うと、通信機越しでマは静かに笑った。

 

『ありがとう……我が友よ』

 

 その言葉と共に、マはカリョーヴィンの推進器を点火する。そして一気に通路を抜け……漆黒の宇宙空間へと機体を飛ばした。

 

 カリョーヴィンのブースターの推進光が見えなくなるまで、ウラガンはモニター越しで静かに敬礼する。

「行きましたか?」

 背後から聞こえた声に振り向くと、アムロとアルテイシア、キャスバルとララァ、そしてジュドーとハマーンの姿があった。

「念の為、シロッコとカミーユに護衛をさせています」

「ご配慮感謝致します。ジュドー学園長」

「……止められなかったな」

「はい……申し訳ございません。皆様の見送りの機会を潰してしまいました」

「構わんさ。君とも長い付き合いだ」

 そう言いキャスバルは、格納庫に飾られたジオン公国とシャロン学園のエンブレムに視線を向ける。

「あの旗の下で戦場に身を置いていた頃は、穏やかな時代が来るとは、夢にも思わなかったな」

「そうですね。ただ……あの御二方にはもう少し、平和な時間を過ごしていただきたかったです」

 そう言うララァの言葉に、誰も答えることはできなかった。

 

 キシリア・ザビとマ・クベ。

 2人がこの格納庫で語らっていた過ぎし日の残響を感じつつも、ウラガンらは格納庫を後にした。

 

 メガラニカ跡地。

 カリョーヴィンの全球モニター越しに映る残骸跡を見るだけでも、10年前の“あの時”を思い出し、マの胸に軋むような痛みが走った。

《目標確認、反物質のエネルギー量は想定の誤差範囲内》

 カリョーヴィンの制御AIメーティスの声で、マの意識は過去の追憶から引き戻される。

「実行は可能か?」

《問題ありません。サブ・マスター。“指輪”をこちらに》

 メーティスの言葉と共に、操縦桿脇に投入口らしき穴が出現する。

「……どう言うことだ?」

 予定と異なる動きに対して、マは怪訝そうな視線を向けて尋ねる。

《マスターは対消滅で発生するエネルギーを、時空間の跳躍に利用することで影響を押さえました。今回もそれと同じシーケンスを実行します》

「それと指輪と何の関係が……」

《マスターが“跳んだ先”へ、サブ・マスターをお連れします》

 メーティスの言葉を聞き、マの思考は一瞬止まる。

 

「キシリアの……“跳んだ先”?」

 

《但し実体の跳躍はできません。マスターの時と同様に、貴方の心と記憶の一部を、“同位体”に届けることは可能です》

 メーティスの言葉を聞き、マは手を震わせつつネックレスから指輪を外す。

「メーティス。今回の作戦に私が志願していなかったら、どうしていた?」

《未選択の結末など、私には分かりません》

 その答えを聞き笑いを噛み殺し、マは投入口に指輪を滑り込ませた。

「メーティス、作戦開始だ」

《了解》

 メーティスはカリョーヴィンのミノフスキー粒子操作能力を起動させる。光を帯びた波が幾重に重なり、その先で球状となって歪み消える空間が明確となる。

「突入する」

《対消滅シーケンスに入ります》

 

 カリョーヴィンの機体が貝虹色に輝き、そしてその輪郭を溶かしていく。そしてマの身体からも貝虹色の光の粒子が解れ舞い散り、そして……

 

《サブ・マスター……刻の向こう…マスターの処へ……》

 私はマスターを護れませんでした。

 だからせめて…マスターの願いを…

 

「どうした、()?」

 

 名を呼ばれて気がつくと、少し離れたところに学生らしき集団が目に入った。

 確か……同級生?

 混乱しつつ周囲に視線を向けると、アスファルトの道、立ち並ぶ店、行き交う人々と車両……そして映像ではない本物の空が広がっていた。

「おーい。行かないのか?」

「あ……ああ、すまない。急用を思い出して…」

「そうか? じゃあ、また明日な!」

 余所余所しい態度を気にすることなく、同級生らはそのまま先へと行ってしまった。

 

 残され一人状況を整理する。

 身体は軽い。ここ数年悩ませていた倦怠感はなく、店のショーウィンドウに映った自身の姿を見るところ、20歳くらいか?

「いや待て……何を考えている⁈ 私は日本に留学に来て……」

 宇宙世紀? ジオン?

 なぜサブカルチャーの世界の情報が、急に流れ込んできた⁈

 深呼吸をしてもう一度自身の姿を確認しようとした時、目の前のショーウィンドウの奥に、指輪が陳列されていることに気づいた。

 

 それは、記憶にある“あの指輪”と良く似たデザインの代物であった。

 

 店員の明るい声に送られて、袋に入れられた小箱を一瞥し、ため息を一つ吐く。

「なぜ買ってしまった……?」

 最後の一つと聞き、アルバイトの給料日前にも関わらず購入してしまった。アルバイト代の振込までの日数の食事代に頭を悩ませていた時、近くを通り過ぎようとした女性のつぶやき声が聞こえた。

 

「また今年も外れた……今年こそ行きたかったのになあ、自衛隊音楽まつり」

 

 思わず振り向くと、女性は通りの角にある建物に入ろうとしていた。

 建物は小規模の郷土博物館で、近くに遺跡があるとかで、そこの出土品が細々と展示されている。その中にある一つの土器を、先ほどの女性は懐かしそうな表情で見つめていた。

 

 “あの世界”での出会いが鮮やかに蘇る。

『良い。すまないがその者から解説を受けたいのだが』

 誤った表示を博物館の館長に指摘し、食い下がっていた時に耳に届いた彼女の声…

『しかし随分と詳しいようだ。彼の言うとおり、それは深鉢形土器と言う煮炊きに使われた物であろう』

 “あの世界”の歪んだ構造に立ち向かい、幾多の戦場を駆け抜け、そして…

 

 一度瞼を閉じ、呼吸を整え、意を決して女性に声を掛ける。

「お詳しいのですか?」

「いえ……ちょっとした思い出がありまして」

「イミテーションのようですな。文化財を守るために、本物は保管されていると説明書きで明記されている…“ビスト財団の資金洗浄”ではないようだ」

 その言葉を聞き、女性は驚いた様子で振り向いた。

 こちらを見詰める怜悧な瞳の奥には、“キシリア・ザビ”と同じ光が宿っていた。

「差し支えないようでしたら、名を伺ってもよろしいでしょうか?」

「………“今回は”名乗らないのですね?」

 

 嗚呼………

 

 手の震えを抑えつつ、先ほど導かれるように購入した指輪を取り出す。

「返却不要です。どうか、持っていてください。それが私の願いです」

 女性は少し苦笑し、何の躊躇いもなく指輪を受け取った。そして懐かしげに目を細めて指輪を眺め、そのまま左手の薬指に嵌めて手を差し伸べてきた。

「……共に居てくれますか?」

「よろこんで」

 指輪がはめられた手を取りつつ、少し躊躇いがちに次の言葉を紡ぐ。

「その……この後お時間は? 博物館を一緒に回りませんか?」

「……是非」

 

 手を繋いで歩き出す二人…

 

 博物館の窓の外、メジロが飛び立ち枝を揺らす。一層華やかに桜の花びらが、はらはらと舞い落ちたのであった。

 

 

 

ー 完 ー

 





本話の中盤以降では「ON YOUR MARK(澤野弘之)」をかけて書いてました。
連載開始から約7ヶ月、最後までお付き合いしていただき、ありがとうございました。

本作で一番気に入った章は?

  • 第一章「ムンゾ自治共和国」篇
  • 第二章「ジオン自治共和国」篇
  • 第三章「ジオン公国」篇
  • 第四章「ジオン独立戦争」篇
  • 第五章「シャロン学園」篇
  • 第六章「BEYOND THE TIME」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。