一年戦争が勃発した経緯をご存知ですか?
宇宙移民が虐げられているだとか、地球連邦政府が腐敗しているとか、眉なしカリスマの独裁とか…情報が錯綜して混乱している人は少なからずいるのではないでしょうか?
そんな戦争の引き金を引く一族に転生してしまった私に、平穏はあるのか…
9. キシリア様は政務官
宇宙世紀の開幕から行われている宇宙移民政策。その事業において最も重要な役割を担っているのは、コロニー管理公社であろう。
コロニー公社ことコロニー管理公社は、スペース・コロニーの生命維持システムを操作するために創設された、地球連邦政府のコロニー管理省を前身としている。旧世紀の宇宙島建設企業連合体や、旧国連の隕石迎撃計画を母体として誕生した経緯から、多国籍の技術者が組織の大部分を占めており、それを連邦政府の役人が管理している。
コロニー管理省から半官半民組織になったが、コロニー公社の内部…と言うより管理職の役人の腐敗が進んでいた。その理由として、各コロニーに配置されているスタッフたちが、固定化されていることが挙げられる。つまり宇宙移民第一世代から脈々と、親から子へとコロニー環境の維持に関わる業務が受け継がれていた。そしてそれは連邦政府の役人も同様で、そのまま特権階級として君臨していたのだ。
もちろん連邦政府の役人に手抜かりはない。任地のコロニーの有力者に対して、外交経費という名目で購入した美術品を贈り、手回しをしていたようではあるが……
宇宙世紀0072年。サイド3、ジオン自治共和国。
首都ズム・シティのオフィス街の一等地に所在するコロニー公社サイド3支部、その上層部とも言える連邦政府の役人たちの前に、私キシリアは書類を一つ一つ丁寧に並べて見せつけた。
「我々に贋作を贈りつけて、経費を着服するとは随分と舐められたものですね」
大部分を占めていたとされるローゼルシア派への贈答品は、宇宙港の事故調査の名目で連邦軍に接収された上に処分されていた。しかし幸いにも、ザビ家を始めとしたザビ派に所属する家には記録と共に残っており、コロニー公社からの贈答品を全てマ・クベに鑑定してもらい発覚したわけである。
「……キシリア・ザビ嬢」
「今の私は、サスロ・ザビ内務大臣付き政務官としてここに来ております。その呼び名はいただけませんね」
「し……失礼いたしました! キシリア政務官っ‼︎」
「貴殿らの組織の運営資金は、我々が納めている連邦政府への税金の一部で賄っていましたよね? 我々の血税で私腹を肥やすとは……ね?」
凄みのある笑みを向けると、役人の1人が失神を起こして倒れ込んだ。兄ギレンのような即死レベルではないが、私キシリアの睨みもまた相応の殺傷力を有しているのだ。
……また眉間に皺が寄ってしまった。寝る前に美顔スチーマーで丹念にケアをしておこう。
後の話し合いは、スムーズに進めることができた。
端的に言うと「連邦政府に通報されて懲戒免職されたくなければ言う通りにしろ」と脅すことで、今いる役人たちは役職はそのままで、こちらが送り込む補佐官が全ての実務を行うと言う形で収まった。因みに役人への給与の支払いも、これまで通り行う予定である。定められた額以上は出さないので、今までのような優雅な生活を送ることは不可能だが…
「それ以上に価値があるのはこちらです」
私が執務室の机の上に広げた書類を、側近のカイル・クラインと副官のマ・クベが覗き込む。
「サイド3、3バンチ『マハル』?」
「貧民層の者が多く住んでいるコロニーであると記憶しておりますが…」
「居住者の大半がスペースコロニーの建築・補修の下請けを行う業者やその家族。コロニー公社が連邦政府の紐付きであるため今まで手が出せず、ジオン国民としての戸籍登録が殆ど進められないまま放置されてきました」
私が言わんとしている事を酌んだらしく、こちらに視線を向けたマが口を開く。
「これまでの最下層の者たちと同じように、戸籍登録すると?」
「今後のことを考えると、工作員が付け入る環境を潰しておく必要がありますからね」
私の言葉を聞き、明らかに面倒だと言わんばかりの表情をして、カイルは眼鏡を押し上げつつ口を開く。
「コロニーごと切り捨てれば……」
「ジオニズムを掲げている以上は、追い詰められていない限りは避けるべきです。何より彼らは、初期のコロニー建設から現場の最前線で活躍した技術者集団。抱え込んだ方が利となる」
「それ以外の者も紛れ込んでいるようですが?」
「それも含めてサイド3に居る民を隅々まで国民として登録しなければ、構築している管理体制が穴だらけになります。現時点の状況をデーターベース化して、有事発生後に入り込む輩の炙り出しに使えなければ意味がありません」
「確かにそうですが……」
「それに今後の連邦との関係性を鑑みれば、自国内で経済を回して維持できる体制が必須。故に、戸籍登録し、学校へ通わせ、職を与え、仕事に応じた賃金を払い、消費を促し生活を営む、我が国の経済を支える者が一人でも多く必要なのです」
近いうちに対峙する仮想敵を当てにした経済基盤から脱却して、内需で賄える国家体制を築く必要がある。
機械は休みも給料も不要だが、消費者にはなり得ない。奴隷、または低賃金で働かせた上で無理やり生産物を買わせ搾取するやり方は、反乱を引き起こし最終的に破綻する。良き生産者であり良き消費者にもなる、健全な経済を支える国民を出来るだけ多く生み出すことが、急務であると私は考えていた。
「しかし…初期投資は相当なものとなるかと…」
「それは問題ないでしょう。地球連邦政府への税金は、いつも通りコロニー公社サイド3支部を介して納税したばかり。そして次の納税をする頃は…」
連邦政府へ税金は、10年ごとに纏めて支払っている。10年以内に蜂起する予定なので、税金を踏み倒せる寸法と言う訳である。念の為、コロニー公社が管理費名目で中抜きしていた分に留める予定ではあるが、それでも動かせる資金は充分過ぎるほどある。
「確かにそうでしょうが…」
「そもそも、コロニーで滞りなく生活を営む環境を維持する運営費として、我らは税金を納めてきた。それを直轄とも言えるマハルをスラム街にするような、無能かつ怠慢で経費を懐に入れる者たちの代わりに、我らが適切に使用するまでのこと」
「しかし、ギレン部長には……」
「既に相談済みで了承を得ています。我が国の国力増強へと確実に繋がりますからね」
こう言ったらこちらの意見を聞き入れやしないと、半ば諦めるような表情でカイルとマはほぼ同時に見合った。そんな仲良しの二人に、私はにこやかに仕事を言い渡す。
「さて、二人にはその草案の作成に取り掛かってもらいます。半年前の事案と似た状況ですから、それを参考にすれば良いでしょう。私はサスロ内務大臣に報告がありますので、後は頼みましたよ」
悲鳴に似た声が聞こえた気がしたが、それを聞き流しつつ私は執務室を後にした。
「国内の仕事もこれでひと段落、水面下で進めてきた仕込みも効いてくる頃合い……そろそろ行きましょうか、地球へ」
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キャスバル・レム・ダイクン。
彼はジオン・ズム・ダイクン前議長とその側室であるアストライアとの間に生まれた。
父ジオン亡き後、数奇の運命を辿りつつもダイクン邸を無事に引き継ぎ、ジオンの後継としての教育を受けていた。
そして今、政敵でもあるザビ家を訪問している訳であるが…
「キャスバル兄さん‼︎ 見て見て、ハマーンと一緒に花冠作ったの。セラーナちゃん、喜んでくれるかしら」
「……そうなんじゃないか?」
「もう! ちゃんと見てないじゃない‼︎ いいわ、お母様に見てもらうんだから!」
「……アルテイシア、今はガルマの勉強中だ。静かにしてくれ給え」
兄キャスバルの言葉を聞き、テーブルの上でテキストを開いて唸っているガルマを見て、アルテイシアは謝罪の言葉と共に足早にその場を去っていった。
そしてハマーンを含む10名ほどの子供らと遊ぶアルテイシアの姿と、子供たちに菓子を配る母アストライアの姿を見て、キャスバルはため息を一つ吐いた。
キャスバルがダイクン家を継ぐ後ろ盾となる。
そう告げた時のキシリアと交わした条件は、キシリアと婚約する事、そして実母のアストライアの身柄をザビ家が預かる事であった。
当初は母を人質に取られたと警戒したが、実情はキャスバルもアルテイシアも、日中であれば好きな時に面会する事ができた。キャスバルと婚約者であるキシリアの面会時に、母アストライアが責任者となったザビ家の託児施設にアルテイシアを預けると言う名目であったが…3回目の訪問時に託児施設の手伝いを頼まれてからは、実質家族で過ごす時間を満喫するようになっていた。
「……あの女……何を考えているか分からない」
「どうしたんだい? キャスバル」
解き終えた課題を渡しつつ、ガルマが尋ねる。
「いや……何でもない」
そう言いガルマの解答を確認するキャスバルがキシリアに頼まれたのは、10歳前後の子供らの家庭教師。昨年まではサハリン家のアイナも一緒に居たが、彼女の兄ギニアスの病が完治したため、託児施設の利用頻度は減り、今ではガルマの勉強を主に見ていた。12歳で既に特別養成学校の内容の勉学をほぼ修学しているこの優秀なザビ家の末子は、キャスバルを年上の友として慕ってくれている。特に彼の姉であるキシリアとキャスバルとの婚約について、「君ならば義兄として認められるが、あの壺狂いはダメだ!」と、かなり前向きに捉えてくれていた。
その「壺狂い」は、ここへきた当初のキャスバルにとって師のような存在と言えるが、頑なにそれを認める事はできなかった。
「……今日は来ていたのだな」
ガルマの課題が終わり解放されたキャスバルは、いつものようにザビ邸にある第一書庫へと足を運んだ。そしてそこに居た先客の一人が、「壺狂い」ことマ・クベであった。
キャスバルの姿を認めたマは一瞬目を細め、共にいた彼の従者…ウラガンに第二書庫へ複数の資料を取りに行くように依頼した。
二人きりとなった時、マは静かに口を開く。
「進路の方は決まりましたかな?」
「……仕事に追われている貴殿の手を煩わせるほどではない」
キシリアからの無茶振りで、毎日仕事に忙殺されている事は、キャスバルも知っていることであった。
とは言うものの、マの言うとおり今後の進路についてキャスバルが悩んでいるのは事実であった。キャスバルは特別養成学校の高卒資格どころか、大学入校資格をも取得していた。そして国防軍が正式に確立したことに伴い、士官学校が設立されていた。中卒資格以上の場合は4年制、高卒資格以上は2年制であり、そこへ進むのも吝かではないと考えていたのだ。
「参考になるかどうかは分かりませんが」
唐突に話し始めた自身を見るキャスバルの視線を確認するや否や、マは言葉を続ける。
「私は次の仕事が終わった後、士官学校へ入り直す予定です」
「一度卒業したのではないのか?」
「私やキシリア様が学生の時は、特別養成学校の中の武官コースしかありませんでした。今のままでは、キシリア様を支えるための知識も技量も不足しています」
マの言葉が示している事を、キャスバルは即座に察する。
「キシリア…殿は、いずれ軍に身を置くのか?」
「ザビ家は武官の血筋と聞いております。しかし今現在、ザビ家で武官を務めて居られるのはドズル様のみ。ガルマ様は性格的に向いておられませんし、彼自身も内政で支えたいと仰っておられます」
「……アレも武官より文官向きだろう。お前もそうだが」
「キャスバル様もご存知かと思いますが、キシリア様は防衛軍の前身の一つ、保安隊の隊長を務めておられました。そして武官と文官のやり取りが円滑でなければ、安定した兵站は望めません。文官としての能力を持つ武官が、今の我が軍に求められているのですよ」
「…………」
「ああ、ご心配なく。どちらも無難にこなせる程度には器用ですので、キシリア様だけではなくこの私も」
そう言い深い笑みを浮かべるマに対して、キャスバルは苛立ちに似た言いようのない不快感を覚えるのであった。
第二章開幕です。
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