私という一頁の物語   作:スナエ

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帰還兵

 朝、目が覚めなければいいのにと願いながら眠りにつく夜があったことを覚えている。

 それは、過去のことだけど。鮮明に記憶している。

 私は、あの過去を踏み越えて、立っているのだ。誰にでも、あんな夜のようなものが降りかかることがあるのだと、私は考えている。

 過去は、礎。今は、どこにもない余白。未来は、自分で輝かせるもの。忘れない。私の覚悟。

 君たちが夜の中にいるなら、ランプをひとつ渡そう。それが、私の役割。

 

「砂子!」

「はーい! もう出るよ!」

 

 弟は、私が長風呂をしていると、死んでいないか確認しに来る。ふたりの取り決めで、なかなか風呂から出なかったり、起きて来なかったりした時は、様子を見に行くことになっているのだ。

 浴槽から、上がる。古傷だらけの手足が目に入った。別に、大層なドラマはないけど。半袖も着られるし。

 部屋着を身に着け、とある可愛い悪魔を模したヘアバンドを着ける。熱風に耐えられないので、髪は自然乾燥でいいや。

 長めの黒髪が乾いた頃、スマホでSNSを見るのをやめて、寝る準備を始めた。

 冷たい水で、睡眠導入剤を飲み、歯を磨く。ヘアバンドを洗濯ネットに入れて、洗濯機の中にシュート。

「おややや~」と、自室のパソコン前のゲーミングチェアに座っている弟に告げる。

 

「おやみみ~」

 

 なんで私たちは、「おやすみ」を毎晩テキトーに言うんだろう。いつからかも覚えてない。

 寝室の電気を点けて、枕の横にスマホ。デスクの上に眼鏡を置いてから、ベッドに仰向けになる。

 明日も、美味しいものを食べよう。

 

 朝、5時に目が覚める。アラームもないのに。

 眼鏡をかけて、洗面所へ向かう。

 今日から、7月。でも、鏡に映っているのは、いつもの自分だ。そりゃそうなんだけど。

 身支度を整え、いくつものソーシャルゲームにログインし、朝食を用意する。

 弟は、今日は、正午過ぎまで起きて来ないだろう。

 テキトーに時間を潰して、出勤する。

 カウンセリングルームの前に、風間蒼也くんがいた。

 

「おはよう。もしかして待ってた?」

「はい。おはようございます」

「どうかしたの?」

 

"俺はいずれ、人殺しになるんですか?"

 

「カウンセリングに来るまでもないけど、何か話したいとか?」

「はい。砂子さんは、夜眠れてますか?」

「薬飲んで、朝までぐっすりだよ」

「そうですか。それなら、いいです」

 

 問診? どうしてそんなことが気になるんだろう?

 

「前に一度、相談したことあったでしょう」

「うん」

「最近また、あのことが頭に過るんです」

「それで、眠れない?」

「はい」

「時間空いてるから、飛び入りでいいよ」

 

 扉を開けて、入るように促す。

 

「失礼します」

「はーい。座ってて。色々用意するから」

 

 白衣を着たり、紅茶とお菓子を用意したり。せかせか動く。

 

「お待たせ」

 

 風間くんに、マグカップとお菓子を渡した。

 

「ありがとうございます」

「それで、さっきの話なんだけどね」

「はい」

「人型近界民を、人間だと定義するなら、そうなるね」

「…………」

「君は、悪人じゃない。ただ、これは戦争だってこと」

 

 ボーダーが避けている言葉。戦争。戦時下。兵士。少年兵。

 

「私が敵だったとして、それを君が殺した。私は、君の夢に出て、尋ねる。なんで私を殺した?」

「務めだから。必要なことだったから」

「これは、合理化と受容のプロセス。私を殺すことは、戦時下では必要なことだった。戦争が悪なんだよ」

「……納得しました」

 

 渡したランタンの燃料が切れたら、また来るといい。

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