私という一頁の物語   作:スナエ

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いつの日か土産話を

 9月19日。本日、最後のクライアントは、三輪秀次くん。彼は、よくカウンセリングルームに来る。

 私は、椅子に座る彼に、紅茶とクッキーを出した。

 

「砂子さん……まだ夢を見るんです……あの日の夢を…………」

 

 彼の姉が殺された日を、夢で追体験するのだそうだ。

 

「姉を守れなかったオレは、酷い弟です」

「それは違う。君は、あの日、武器を持たないただの子供だったんだ」

「今でもオレは、無力な子供のような気がするんです」

 

 三輪くんは俯き、両手で顔を覆う。

 近親者を殺された者が抱くトラウマ。“自責の念”と“無力感”だ。

 

「三輪くんは、強くなったよ。守りたい者たちを守れるくらい」

「でも、姉は戻って来ない……」

 

 声を震わせて、彼は言った。

 まだ痛む傷を、必死になんとかしようとしている君の力になりたい。

 

「死者は生き返らない。けれど、その人を悼むことが出来るのは、生者だけだよ。君が生きている限り、お姉さんの存在した事実は消えない。宝石のような思い出を忘れないで」

「宝石…………?」

 

 三輪くんが、わずかに顔を上げる。

 

「お姉さんとの、楽しい思い出。大切な記憶。それを、しっかり抱き締めていて。悲しみや怒りだけに囚われないでほしい。よかったら、お姉さんとの思い出を聞かせて?」

「……はい」

 

 ゆっくりと、三輪くんは、過去を語った。私は、それを静かに聞く。

 長い間、そうしていた。日が、だいぶ落ちている。

 

「外まで送るよ」

「ありがとうございます」

 

 マグカップと皿を片付け、白衣を脱ぐ。カウンセリングルームに施錠してから、私と三輪くんは、並んで歩いた。

 外は、少し肌寒い。

 

「今夜は、中秋の名月だね。月は綺麗だ。遠くにあるけど」

 

 空を見上げて、私は言った。

 今年は、満月だから、より美しく見える。雲もそれほどなく、お月見するには丁度いい。

 

「思い出がどれだけ遠い日になっても、その輝きは損なわれないはずだよ」

 

 例え、記憶が薄れても、亡くなった人の笑い方や声を忘れても、残るものがあるんだ。それは、ただ、輝いていたという事実。

 ぼんやりとでも、美しかったものを、私たちは覚えていられるはず。

 

「私には、死んだ後に土産話を持っていきたい親族はいないけど、もしもいたなら、この月のことを話すよ」

「オレも、姉に、この月の話をしたいです」

 

 美しい景色を見た時。美味しいものを食べた時。面白い物語を読んだ時。それらを共有したいと思った人は、大切な人だ。

 いずれ、人は皆死にゆく運命だから。あの世で再会出来たらいいね。

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