私という一頁の物語   作:スナエ

34 / 92
未来

 林藤さんに、「砂子さんに会いに行け」と言われたらしい。

 迅くんは、風刃を手放したそうだ。師匠である最上さんの形見を。

 

「ぼんち揚、美味しい?」

「はい」

 

 表情・味覚に異常なし。でも、どこか違和感がある。

 

「私の未来って、どうなってる?」

「元気そうですよ」

「そっか」

 

 ああ、分かった。声のトーンが少し低いんだ。

 風刃には、かなり執着していたはず。それを割り切れているんだろうか?

 迅くんの計算では、風刃を手放してもお釣りがくるんだろうね。でも、君が未来のために何もかもを犠牲にしてはならない。

 

「ちゃんと、未来には君も元気でいる?」

「おれ?」

「自分のことも勘定に入れないとダメだよ」

「おれは…………」

 

 迅くんは、口を引き結んで、黙り込んだ。

 

「最善というものの中には、自分の幸せも入れておく方がいい。勝手なことを言うけど。君に重荷を背負わせてる癖にね」

「そんなこと……」

「なくないだろ?」

 

 君に、その肩の荷を下ろせと言えたらいいのに。

 

「ごめんね、迅くん」

「砂子さんは、いつも正直なんだから」

 

 わざとらしく軽薄に笑う様が、なんだか悲しそうに見えた。

 

「あ、ごめんって言ったけど、ゆるさなくていいから。忘れてもいいし」

「分かってますよ。砂子さん、いつも大人代表みたいに謝るから」

 

 口に入れたぼんち揚が、小気味いい音を立てる。呑み込んでから、緑茶をすすり、対話を再開。

 

「そういう役目なんだよ、私は」

「そうですか。おれも、こういう役目なんです」

「……さて、世間話でもしようか?」

「はい」

 

 私たちは、いつも通り、なんてことない話をした。好きな雪遊びは何かとか、クリスマスの思い出のこととか、フィンランドに行ってみたいかとか。

 一瞬だけでもいいから、君よ、ただの子供であってくれ。

 これは、傲慢か? せっかく君は、役割を果たしているのに。それを、忘れてほしいだなんて。

 時間いっぱい、私と迅くんは話した。

 

「それじゃあ、またね。いつでもおいで」

「はい。ありがとうございました」

 

 廊下に出て行く彼を見送り、ドアを閉める。

 

「はぁ…………」

 

 19歳の子供なんだぞ? ボーダーってのは、ろくでもない。体制側にいる私も、ろくでなしだ。

 無力な大人で、ごめんなさい。ゆるさないでください。

 せめて、君が穏やかに眠れるように。私は、私の出来ることをしよう。

 いつか、今を振り返った時に、楽しかった思い出がありますように。

 君の描く未来に、君が笑っていられますように。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。