私という一頁の物語   作:スナエ

63 / 92


 啓蟄が過ぎて、春めいてきた頃。

 長期遠征選抜試験の臨時部隊の隊長と話すように指令が下っている。

 スケジュールを組み、最初のクライアントが来る時がきた。

 

「おはよう、王子くん。どうぞ、かけて」

「おはようございます、砂子さん」

 

 王子一彰くんは微笑み、一礼して席に座る。

 紅茶とフィナンシェを出してから、カウンセリングを始めた。

 

「なにか、不安とか懸念事項はある?」

「ありません。楽しみです」

「そう」

 

 王子くんらしいな、と思う。不安がないなら、私が言うことはない。

 あとは、雑談しながら様子を見よう。

 

「美味しい紅茶ですね。ベリー系かな?」

「それね、ベリーとキームンティーだよ」

「なるほど。いい香りだ」

「いいよね」

「砂子さんは、紅茶党ですか?」

「まあ、そうかな。コーヒー飲めないから」

「そうですか。ぼくも紅茶党ですよ」

 

 王子くんは、楽しそうに言った。

 うーん。マグカップじゃなくて、ちゃんとティーカップにすればよかったかな?

 きっと、彼に似合うだろうな。

 

「砂子さん、白衣着てますけど、実験するんですか?」

「うん。まあ」

「人で?」

「まさか。自分が被験者だよ」

「それは仕事で? 趣味で?」

 

 疑問が次々飛んでくる。

 

「中間。私の研究は、メンタルトレーニングとトラウマの克服」

 

 あとは、完全に趣味の科学哲学とか思考実験とか。

 心理学は、何百年も前の事例を未だに使わなくてはならない学問だ。現代では、人道的に出来ない実験ばかりだから。

 

「興味深いですね」

「そう?」

「はい。砂子さんなら、人身掌握もお手のものなんじゃないですか?」

「いやいやいや。私、人の心分からないし」

 

 苦笑するしかない。それが出来たら、もっと楽に生きられただろう。

 

「でも、砂子さんって関わる人数に反して、あまり悪感情を抱かれてない気がするんですよね。ぼくもそうですけれど」

「人は、自動販売機に何か思うかい?」

「……それは、人がやることじゃないですよ」

 

 核心を突かれたなぁ。チェックメイト。

 王子くんは、涼しい顔で紅茶を飲み、フィナンシェを食べた。

 

「誰も、砂子さんのことを自動販売機だなんて思ってませんよ」

「そうかなぁ?」

「そうです」

 

 こちらを射抜くような瞳。王子くんに他意はないだろうから、私が萎縮してるだけ。

 私は、人間が好きで、人間を煩わしく思っていて、全ての物語を解体したい。歪な人間だ。

 

「……私のことは、私がどうにかするから、大丈夫」

「はい。そうですね」

 

 やれやれ。賢い子だなぁ。引き際を分かってる。

 なり損ないの私は、中途半端だね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。