私という一頁の物語   作:スナエ

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保健室の先生

 あの保健医は、なんだか不思議な人だった。よく相談事を聞いたり、サボりを容認するので、生徒人気がある。

 俺は、そんな現海砂子が嫌いだった。

 

「当真くん」

「はい」

「ベッド空いたけど」

「足曲げなきゃなんねーから、ソファーのままでいい」

 

 そのソファーからも、足ははみ出ている。

 

「そう」

 

 砂子先生は、授業へ出るように促すことはない。以前、「保健室は逃げ場のひとつだから」と言っていた。

 

「砂子先生は、逃げた先の責任は取れんのかよ?」

 

 意地の悪い質問をする。

 

「取れないよ。だからね、逃げ切ってもらう」

 

 上半身を起こすと、デスクに座り、マグカップでお茶を飲みながら、平然としている彼女が見えた。

 

「逃げ切る?」

「全ての嫌なことからは、逃げ切ることが出来ると私は思ってる。じゃなきゃ、私みたいな奴が生きていけるはずがない」

 

 現海砂子は、夏休みの宿題からも受験勉強からも就職活動からも逃げてきたのだそうだ。それに、対人関係からも逃げているらしい。リアルに親しい他人はいないと言う。

 

「それって、ろくでもなくねーか?」

「そうかもね」

 

 やっぱり、砂子先生は平気な面してる。自分がろくでなしであることを認め、それを特に恥じていないみたいだ。

 

「ろくでなしが先生やれてんなら、俺でもなれそうだな」

「なれると思うよ。ろくでもない教師なんて、吐いて捨てるほどいるしねぇ」

 

 少し、冗談めかして言う。いつの間にか、お茶うけのどら焼きを手にしている。

 

「当真くんは、なにから逃げてるの?」

「俺は、別に…………」

 

 しまった、と思った。

 砂子先生の眼鏡の奥の瞳が、俺を捉えている。

 

「何もかもから逃げたって、どうせ死にやしないんだから」

 

 呑気にそう言って、どら焼きを食べた。

 俺が逃げたかったもの。逃げるべきだったもの。それは、あんたからだ。

 

「砂子先生、俺は逃げ切れねーみたいだけど?」

「逃がしてあげる」

 

 人の悪そうな笑みを浮かべて、彼女は言った。

 いや、ダメなんだよ。あんたが、俺を特別にしてくれなきゃ、ダメなんだ。その他大勢の生徒のひとりじゃ、意味ねーんだよ。

 俺は、無意識のうちに砂子先生に近付いてしまった。逃げなきゃならなかったのに。

 捕まっちまった俺は、彼女から遠ざかることも、今より近付くことも出来ない。

 

「なあ、もし俺が、砂子先生のこと好きって言ったら、どうする?」

「面白くない冗談だなぁ」

 

 ほらな。本気だと思われない。相手にされない。

 その白衣の下は? 皮膚の下は? あんたは、どうすりゃ俺に全てを見せてくれるんだ?

 ここは、逃げ場所じゃない。俺に、逃げ場なんてない。

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