沢山の絶望をあなたに 作:エレオノーレ・フォン・ゼートゥーア
雰囲気に呑まれてしまったがあの女魔導師は何だったのだ?!
トイレの隅で吐いているからこそ、戦場を知ったばかりの私と同じ新任の魔導師だと思って声をかけたのだが、実際は参謀本部付きの大佐殿だったではないか。
上官への無礼に
何という失態!!
上官のであった、それも新任ではなく戦前から成果を上げてきた古参の精鋭魔導師だと誰が察する事ができる、しかもその原因は
確かにあの存在は、幼気な男心には強烈過ぎる代物といえよう。
初めて女子から向けられた性欲が己に対してではなく、得体の知れない未知の概念を通して、向けられたものだったなら男女関係なく死してなお永遠と魂を穿つ楔となるだろうさ。
だが嘔吐するほどだろうかと思ったが人それぞれだろう、如何に強力な兵士でもPTSDには抗えない。
さて、私は先ほど心の中で人を蔑んでまで上前口上を垂れたが、今度は私が吐きそうな気分だ。
何と今度は、私の目的地である軍大学の書斎の一席、そこに准将閣下が居られたのだ。
大佐に続き准将である、今日は上官に不意に遭遇する日だ、今度こそは無礼のない様にしなければならない。
自分のミスは許し難い、屈辱でしかないが、かといって醜態を晒すことも人間望ましくはないのだ、今度こそ上手くやろう。
これこそ千載一遇の好機である、いつの時代も上に理解ある友を得る事に損は無いのだ。
「失礼致しました准将閣下!!」
「ああ良い、今は卒業生として、先輩に対する敬意で構わん。」
「ありがとうございます!!
自分はデグレチャフ学生、帝国より魔導中尉を拝命しております。」
「ゼートゥーア准将だ。参謀本部戦務参謀次長を拝命している。」
参謀本部の戦務参謀、後方のお偉方トップ集団の一人ではないか、立ち会いも悪くない、全くもってついている。
「お目にかかり光栄であります。」
心よりそう思う、何しろ参謀本部の人事を司る連中と同じくらいに連中は権威がある。
企業で言えば経営戦略を形成する中枢部門、そこの住人と職務外で知見を得られるのは社会に生きる人間としてついていると形容する他にない。
「中尉、君は何か急ぎの用事があるかね?」
「いいえ准将殿、本日は知見を得るための自学目的であります。」
言うまでもないことだが、人間という物は伝手を求めて近付いてくる人間を嫌うもの。
ここは、素直に相手の知見を得られたことを幸いとして、せいぜい好印象を得るにとどめるべきだ。
お互いに良好な職務関係を構築する事が利益になると思っていただけるように、自己アピールはしたいが、それを示すには相手方に求められてからするものである。
「いい機会だ座りたまえ、若い者の意見も聞きたい。」
「はっ、失礼いたします。」
「さて、貴官のことは少しばかり耳にしている。随分な活躍のようだな。」
「はっ、過分な評価を頂いております。」
『白銀』という身も悶えたくなるような忌々しい二つ名。
帝国軍の命名センスを徹底的に再検証するべきだと確信しているが、少なくとも目立つ事は目立っているらしい。
少壮の精鋭ということもあり、多少知名度が上がったのは出世に幸いか?
ただ目立ちすぎると出る杭は打たれるので、調整する為に注意する必要があると思われる。
「ふと思うのだがね中尉、この戦争はどうなるだろうか。」
世間的な会話として軍人が戦局を語るのは、まあ世間話の様なものだ。
だが相手がこちらに関心を示しているのだ、素直に自分の意見を表明する事ができれば、ある程度意欲的と見てもらえるものである。
馬鹿な事を言っても、その思想を変えられると示せれば交渉としては安いものだ。
「お言葉ですが、閣下の御言葉は含意が広すぎます。」
ヒトという生き物は正確さに対して偏執的なまでにこだわるのだ、加点を狙うのもいいが、失点を防止する事も同じぐらい大切なのだ、それも公に奉仕する組織なら尚更である。
「言い換えよう、貴官はこの戦争の形態をどう予想する?」
「僭越ながら、自分は言及すべき立場にないと考えます。」
そして自らの職責を越えた発言は自粛するべきだ、勿論積極的な集団思考の類は推奨するべきである。
無能な人間であろうとも、集まれば、専門家並みかそれ以上の知恵を出せるのだから。
方向性の決まった単なる多数決では集愚の意見となりかねないので、その点は注意せねばならない、ナチスの様な国家規模での衆愚政治を演じるのは御免である。
「諮問しているわけではないのだ、自由に述べよ。」
「お言葉に甘えて失礼いたします。」
やりたくないが、必要以上に固辞するのも逆に失礼にあたる、なにより語ることのない無能以下と見なされかねないのはまずい。
黙っていても分かってくれるだろうというのは甘えだ、親と子でさえ通じないのだ、初対面の人間同士でそれを成すのは不可能だろう。
「今次戦争は、大戦に発展するものと確信します。」
「ほう、もしや世界大戦か?」
「はい、主要列強の大半を巻き込んだ世界規模での交戦に至るかと。
へっ...?」
この世界ではこれが世界大戦の嚆矢となる、間違いなく列強同士の本格的な戦争になるのだ。
大戦と形容して間違いない。つまり、常識的に考えて、世界大戦になるということを認識しているに決まっている。
列強と列強が覇権を求めてぶつかるのだ、陣営別に本気で戦わない訳がない。
つまり、私より先にそう思い立った人間が居たという事か?あ
「...根拠は?」
「は、帝国は列強として新興ながらも、周辺の列強と比較し単独では優位を誇っております。」
言うまでもない事と油断してはいけない、認識のズレは全てを破壊してしまうという事をもっと堅実に認識するべきなのだ。
たかが中尉を相手にここまで真剣にこちらと会話をなさろうとしてくださるとは、驚くほどの寛容さ、これ以上の出会いはないだろう、故に絶対にモノにしなければならない。
「帝国は他の列強と一対一ならば負けることはなく、確実に勝利が収められるでありましょう。」
「共和国に対しては勝利できるだろうな。」
言いにくいことを言葉にしてくださる、上位者が話の続きをある程度示唆してくれるおかげで話が進めやすい。
「ですが、連合王国や連邦がこれを座視するとは考えにくいのが実像であります。」
「『覇権国家』か、なるほど行き着く先はそこか。」
んんん?!
なぜ私の思案したそれの答えを、この人間は知っているのだ?!
この世界では一度目の世界大戦を経験していない、だというのに何故その答えに辿り着く!!
「はいその通りであります。」
「ふむ、では君に聞こう、敵国が我々の技術水準に追い付き、同じ戦術に至ればどうする。」
「では、我々は戦術の先の戦略規模での戦闘を行うべきであると進言致します。」
「つまり?」
「前線が停滞したのなら後方を、後方の防備を敵が固めたのなら拠点を、拠点の防衛を固められたのなら生産地を叩きます。
戦争の規模を広げ、手の届かぬ部分を突き、確実に敵国に損耗を与えるのです。」
突破浸透襲撃なぞ、正直狂気の沙汰だと思うが、最新兵器群による実現が成されている以上、私はそれを『理解している』と示す価値はある。
実際にやるのは自分ではないだろうし、無茶は言うだけならばいくらでもできるのだ。
五○六を見たまえ、彼なんぞ太平洋とインド洋で散々好き勝手にやらかして暴れた挙句、最終的に大将そして元帥にまで昇進したじゃないか、。
...或いは連合国最高のスパイと称された無茶口だか、うん何か違う気がするし、思い出せないが、まあいい。
あれほど無責任になれれば人生も苦労しないのだろう、まあ五○六は二階級特進を遂げているのだが。
「なら、我々はどの様な手段を講じられると思う?」
「今戦争において火砲並みの火力を展開し、歩兵以上の俊敏性と旧式戦闘機並みの運動性を有する魔導師は後陣の戦力として最適な兵科です。
例えば通常の空挺部隊に魔導師を紛れ込ませる、爆撃機の中に同型の輸送機を紛れ込ませ、対戦闘機の捨て石もしくは爆撃の戦果拡大の為に運用するなど、確実に戦果を上げる一助となるでしょう。
もしくは人間一人搭載できれば問題はないので、脆弱性の目立つ潜水艦や専門性の高い特殊部隊等に配備する事で、全体の軍質の底上げや穴埋めが可能になると思われます。」
正直に言うが装甲師団や装甲擲弾兵旅団を含む戦闘団と協力しての機動防御は本当に大変だった、戦闘機や爆撃機と共に襲ってきたネームドと殺し合いをやらされた時など、厄介さをつくづく思い知ったものだ。
「なるほど、上手なことだ。」
「恐縮であります。」
ここで恐縮しておくべきだろう、それ以外の選択はない。
相手の反応は悪くない、手元の書類に何か書き込み始めたところを見るに、問責する気はなさそうだ。
少々皮肉屋というか、捻くれ者の様な雰囲気を感じるな。
「仮にだが、魔導師を先の条項を満たす任務を与える為に、魔導師の規模はどの程度欲しいか。」
「増強大隊が適切であると確信します、兵站への負荷が少なく、かつ戦力として最適な単位になるかと。
増強大隊ならば部隊の再編成、及び予備兵力の担保を容易く成す事が可能であると考えます、任務の性質上最も過酷な戦場に投入される為、部隊の編成に余裕を持たせておく必要があると思われます。」
「検討してみるとしよう、若い意見は常に面白い。」
「ありがとうございます。」
午後、同じ場所で。
「「「ゼートゥーア閣下?」」」
いつになく考え込んだ様子を懸念したのだろう、これ程悩んだのは娘の暴虐以来か。
幾人かの参謀が気がつけば自分の顔を心配げに注視している、部下の前だというのにと思いつつ、一方で衝動的な出会いをした事の余波が未だに頭に渦巻いているのだ。
「風聞とは、存外正しいものだな。」
「はっ?」
新任少尉がエース・オブ・エースにして銀翼突撃章保持だと?
...まあ魔導師だ、突出した天性の才能があれば可能かもしれない、だがそれ程の才児二人目が現れるのは何というか薄ら寒さを感じる。
陸軍鉄道部に絶賛されるほどの論文を書いたというのは流石に無理があるだろうと思った、十中八九代筆だと確信していたのだが。
試すつもりで声をかけたが予想外も甚だしい、彼女も娘の同類か。
敵兵どころか民間人を狙う戦争なんぞ考えつかなかった、過激にも程があるだろうが、一考すれば恐ろしく可能性に溢れた案だといえる気がする。
仮に彼女達が正しかったとしよう、帝国を捨て石にして世界を燃やす事で活路が見出せるのなら、私達はライヒの為に地位を明け渡さなけばならないだろう。
狂気に身を任せねば戦争に勝てないというならば、何でもやるのが自分の仕事なのだ、だが彼女達が進んでそれをする気はないのだから代行するしかない。
「超限戦、『全ての境界と限度を超えた戦争』だ。
国家軍隊国民その垣根を越え、人類全てが争う可能性を検討してほしい。」
それを避けようとしているのがあの子達なのだから、不幸な巡り合わせとも言えるな。
子供に弄される己の無能が怨めしい、彼女達と私では何が違うというのだ。
オヤジ殿は行けるところまで行くと決めたみたいです