「重國よ」
「なんじゃ源蔵」
「時が流れるのは、早いねぇ」
「ジジ臭いのう」
「ジジイだからねぇ」
源蔵は重國と一緒に朽木家にお邪魔していた。
珍しく銀嶺殿からのお誘いで朽木蒼純殿のご子息である白哉君が産まれたときに挨拶をした以来である。
六番隊隊舎にある朽木邸の縁側で乳母達にお世話されながらキャッキャッと走り回る幼い白哉君を見守りながら一息ついていた。
「白哉くん、もう走り回ってるよ。この前までさ、まだ赤ん坊じゃなかったっけ?」
「…………儂らにとっては、いつまでも小童のままじゃよ」
「儂らはスケールが千年単位だからねぇ」
そこに銀嶺殿が奥から持ってきた茶菓子を二人に配ると重國の横に座った。恒例の挨拶と事務的なやりとりはもう済ませているため、後はのんびりタイムである。
ちなみに蒼純夫婦は真央施薬院というところで治療を受けていて、響河殿は銀嶺殿の代理を務めているため不在である。
「四楓院家には夜一殿。志波家には一心殿に海燕殿。次代を担うであろう若い世代が次々と育っておりますな」
「次代といえば京楽隊長に浮竹隊長もどんどん頭角を現してるしね。本当に将来が楽しみだよ」
「まったく何を言うとる。儂らもまだまだ若いもんに負ける訳にはいかんわァ!」
「はいはい、そだねー」
「…………冷たいのぅ」
五大貴族にとって子供が産まれることは、お世継ぎ問題に直結する超特大の話題である。その重大さは誰もが想像出来ることだろう。
縦にも横にも強く繋がりがある大貴族や切っても切り離せないほど深く関わりのある商家のように信頼関係がきちんとしてるところにはそういう挨拶回りがあるのだろうが、子供の内に想定される危険が無くなり、お披露目というお祭りがあるまで基本非公開である。
創世神話の如く、今の世界を形作った者達だ。
それから幾星霜過ぎようと彼らの影響力は凄まじいものがある。なんせ五大貴族の扱いは一部の下級貴族にとって神との邂逅と表現する者もいるくらいだ。それを利用しようと企む悪党は数知れない。
ちなみに源蔵は一部の五大貴族のジジイ共とは気軽にド突き合う仲である。
そもそも源蔵は重國と共に二千年以上前からの付き合いである。そうなるともう誰が偉いとかどんな立場だとかどういう仕来りがあるとか会うたびに変わっているのだ。
常に護廷のことで頭がいっぱいで忙しい二人は護廷隊に属しているならともかく、一々塗り替わる情勢を最低限にしか把握していない。
龍堂寺家、霞大路家、痣城家のこともある。
各々の御家問題はそれはもうドラマが出来るほどのドロドロ具合で、お前らで勝手にやってろよ! 尸魂界を巻き込むんじゃない! と辟易しているのが内心である。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
二人はこれ以上の火種を増やす訳にはいかん、と貴族に会うたびに地雷原を進むように慎重に会話をして、制圧戦をするように空気を読みあって、全身全霊で礼儀に気を使って立ち回ることになる。
そう考えると朽木家の口下手さはある意味で正しい戦略と言えるのかも知れない。誤解とかすれ違いとか闇落ち止められないとかデメリットも大きいだろうけども……。
面倒くさくなってきている二人はもう大事以外呼ぶなスタイルが確立している。最近、珍しく冠婚葬祭のような式に出るとモーゼもビックリ、ヤクザのお出迎え宜しく二人が歩けば道が出来るようになった。護廷隊の外でジジイ二人はまさに化石扱い、というか本当に生きる化石である。
どこの世界でも関係性が薄くなると噂と伝説が先走って一人歩きしては無駄に大きくなる。
重國はやろうと思えば尸魂界を終わらせられる恐怖の存在だし、源蔵は尸魂界の弱みを握りまくって別の意味で終わらせられる恐怖の存在である。
本人達はその気は全くないのに、実体より伸びた影ばかりをみんなで見ているのだ。幽霊の正体見たり枯れ尾花である。枯れっ枯れである。おかげで交流は減った。文字通り触らぬ神に祟りなし、ということだろう。
だがしかし、案外その扱いも悪くない。それはそれで気が楽なものだ。
白哉くんは一通り遊び終わるとしばらく銀嶺殿の隣に座っていた。しかしジジイ三人衆がのんびり話し合っているとすっかり寝てしまったようである。
「蒼純を思い出すのう」
「今はあんなに立派になって…やっぱり時間経つの早くねぇ?」
「あの、思い出すといえばなのですが、そういえば今日、卯ノ花殿の生け花教室がありましたな」
「ふむ、確か長次郎もそう言っておったような…………」
「…………そーだったっけ? なら、長居しすぎたぞい」
「やはり老いたか」
「叱られたくないのう」
「私の確認不足、申し訳ない」
「いやいや、連帯責任ですとも」
「それは頼もしい」
「「「はっはっはっ」」」
こうして護廷の志を共にする者達とは交友が続いている。有り難いことである。
「いい天気だねぇ」
「そうですなぁ」
「そうじゃなぁ」
その後めちゃくちゃ謝り倒した。
ほのぼの