昔、尸魂界には鬼がいた。
燃え盛る意志は烈火の如く、血も涙もなければ敵と味方の区別もなく、悪を滅ぼす為になら万象一切を灰燼に帰す。
源蔵はそんな鬼の姿を見ていた。
大戦を終らせたときの話だ。
酷い戦いだった。これまでに一、ニを争うほど最悪な戦いだった。死体の山から這い出て、瓦礫に腰掛けて一息ついている間に鬼は生き残った者たちと勝鬨を挙げていた。その様子に源蔵も思わず「流石だねぇ」と呆れていたほどだ。
それから、一段落したのを見届けて、その鬼に声をかけようとして…………。
止めた。
鬼はふと冷静になって辺りを見渡したのだろう。
灰と死体と瓦礫だけの荒地になった尸魂界を見て、そのあり様を改めて認識した。これまでに長い時間を掛けて築き上げてきたものがあった筈だった。後ろを守る門下の者達も、共に歩んできた仲間も笑顔で支えてくれた人々も、みんな霊子の粒へと消えていく。
そこには何もなくなっていた。
その痛みを誰にも気取られぬよう歯を食いしばり、息を吐いて力を抜き、静かに目を瞑り黙祷を捧げる。そして、誰にも聞こえないほどの声量で、たった一言だけ本音がこぼれ落ちた。
「済まん」
その鬼の卍解は戦いを終えた後、干上がった瀞霊廷中の水分が雨となって落ちてくる。
雨に濡れて俯く様は、まるで泣いているかのようだった。
「あーそういや、重國には教えとくよ」
「何をじゃ」
「儂の始解と卍解のこと」
「なにぃ! 卍解じゃと……!? 飯どきに気軽に話すことではないわァ!」
そうしてしばらく復興に集中して落ちついた隙を見て二度とこんなことが無いようにと重國に始解では他人の分身も造れることと共に卍解とその内容を教えた。
確かにユーハバッハは退けた。
だが、殺しきったかといえば、そうではない。この先ユーハバッハが復活するのか、ユーハバッハに成り替わる者が現れるのか。想像がつかなかった。
源蔵も生き残った中央四十六室として最大限の出来ることをした。それは当時の持ちうるコネを使って綱彌代家を利用すること。
調べに調べて分かったのはユーハバッハの力は神とその信仰をまるで現実にしたかのようなものだった。
分け与え、活かし育てて強くして、それを最後に吸収してはまた強くなる。それを繰り返し、広げていく。やがて滅却師が増えるほどその強大さが増していくのだろう。
滅却師がいる限り、ユーハバッハの残滓が消えず、また現れる可能性がある。だから、その力を幾らでも削ぐ必要があった。二度と復活が出来ないように。
ならばいっそのこと……。
そして、中央四十六室として決定を下した。
それこそが滅却師殲滅戦である。
屍山血河の戦いの末、死屍累々の屍を一人残らず積上げて、滅却師を鏖殺したのだった。
「おんしのその卍解は、わしらの居らんところで使ってはならん。使えばどうなるか、分かっておるな?」
「承知しましたぁ! んじゃあ、なに呑みます? ささっ! ぐいっと!」
「本当に分かっておるんか、おんしは! 少しは真面目に聞かんかぁ!」
「かんぱーい!」
「いかん。もう出来上がっとる……」
兵主部一兵衛は、源蔵が卍解するならば山本元柳斎重國か隊長格三人以上が側にいるとき限定で許可をした。
その卍解は直接的に世界を滅ぼすモノでなく、始解の性能を最大限に活かすものである。故にその制限は源蔵の裏切りを想定したものだ。
もしも、私利私欲に走るようなら直ちに斬り捨てられるように、と。
「これがお主の卍解か」
「そそ。じゃあ始めようか重國。君の卍解の修行を」
「…………卍解」
源蔵は他者を活かすことこそ天命と信じ、自身が強い必要など微塵もないと悟っている。
何より、志を共にする友が自らと同じ意志と夢と心を持つならば、それは自らが振るう刃と変わりないと考えている。
そして、共にその十字架を背負うのだ。
そんな男の卍解がその信念と同質のものになるのは必然である。
始解が個の複製ならば、卍解は全を複製する。
その卍解は源蔵を中心に一定範囲内にいる生物を巻き込み、複製した極小の世界に強制的に閉じ込める。その最大展開可能時間は十二時間。
そこは分身製造の為の工房であり、世界を終わらせる程の強大な力を持つ者の為の修練場であり、味方の力を十全に発揮させ敵を必ず殺す為の戦場にもなる。絶対に何者も逃げられない檻にも決して破れぬ誰かを守れる救護室にもなる。
卍解は分身には出来ず、使えるのは源蔵本人のみ。
その複製された世界は始解時に霊力を込めたことのある死神のみが出入りが自由に出来る。つまり、注ぎ込まれた霊力は卍解時の空間に唯一入り込める鍵であり、源蔵が味方であると認めた証明である。
そして源蔵は通常の卍解の仕様同様に霊圧が十倍になる。
一人なら大量の分身の軍勢が出来上がり、仲間と共に在るなら、例えば山本元柳斎重國ならば本気の全力で世界を滅ぼす力を振るえる戦場を用意できる。
だからこそ、山本元柳斎重國が、零番隊が、源蔵を連れて戦場に現れたならば…………。
まさしく本気の証拠である。
彼らの卍解はおいそれと簡単に出来るものではない。
山本元柳斎重國は世界を壊さない為に配慮して戦っている。隊士を思うほど、弟子たちを可愛がるほど、月日が過ぎて優しくなるほど、全力で戦えなくなる。
源蔵はその変化を甘えだとは思わない。
その隙間を補ってこそ仲間である。
零番隊も同様、世界に影響を及ぼすが故に互いの命を繋ぐことで卍解を封じている。彼ら以外にも周囲の被害を恐れ、実力を出せない者達はいる。例えば、京楽春水や刳屋敷剣八の卍解も同じだろう。
そんな彼らが周囲に被害を一切出さずに全力を出す方法。
その最適解こそが源蔵の卍解である。
今はもう薄れてしまったが護廷隊が追い詰められるほどの戦場ではこんな噂があった。あの平和主義の源蔵が誰かと共に戦場に来れば敵のみが消失する、と。
強さには幾つもの種類がある。
力には様々な方向性がある。
人には誰だって弱さがある。
その弱さを補う力も、また強さ。
その卍解は誰かを生かす為にこそ。
戦いは強い味方に丸投げで、敵を味方を閉じ込めて『場』を造るだけの卍解です。応用が沢山出来る固有結界、必中はないけど外に出れる領域展開、みたいな感じです。
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