四十六室の老害(自称)   作:スターリー

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源蔵という男

 

 中央四十六室は瀞霊廷中で起きる揉め事の全てが集められている。

 優先順位の高いものから四十人の賢者と六人の裁判官で速やかに対処していく必要がある。そのせいで意外と、というか死ぬほど仕事量が多い。

 

 しかも、そのメンバーの入れ替わりは激しい。

 護廷十三隊を問答無用で動かすことの出来る最高権力機関だけにその席を狙って暗殺やら謀殺やらが兎に角多い。

 どれほど秘匿しても特定されて命を狙われる。長生きしたければ頭を低くして生きる他無い。自ら望んだにしろ、そうでないにしろ、選ばれたものには必ずそれ相応のリスクがある。権力を握ることは良いことばかりではないらしい。特にこの尸魂界では。

 

 さて、この現状により効率化を図るためにこれまでの判例に沿った判断が多くなる。それが常習化してしまえば、機械のように繰り返すことに安心を覚え、それに固執する頑固者が増えるのも道理だ。

 

 そして、その判例そのものがかなり酷いものである。

 

 何故ならこれまでの歴史がもう酷いからだ。

 大戦、内乱、反乱、大事故、暴走、殲滅戦。

 現世の人と比べて長命種な筈なのに全然のんびりしていない。というか人の歴史並みに濃い。現世で言うところの戦国時代が延々と終わらないのである。

 

 当然、判決も厳しめになる。それも古参で真面目なほどに。

 中央四十六室に迎え入れられた者たちに最初に教え込まれるのは我々は世界崩壊の最後の砦だということ。

 

 ぬるい判例を作ってしまえば、あとは底なし沼に沈むだけ。

 嫌でも長寿な死神の犯罪人を全て収容できる檻はないし、追放すれば力をつけて反逆してくる連中ばかり。そうなると厳しい判断も迫られるし、どこまでも残酷な結末ですら許容されてしまう。

 

 それでも我々はその選択をせざるを得ない。

 我々はミスも隙も甘えも許されない。その権力に見合う裁定をしなければならない。失態はイコールで世界の秩序を崩壊させかねない事態へと突き進む。

 その責任は計り知れないものなのだ。

 すると疑わしきは罰せずではなく、疑わしきは全て斬るという極論に至ってしまう。とんでもない解決方法である。

 

 だが、どれほど罵られても感情に流されてはならない。我々だけはブレてはいけない。尸魂界を背負うという覚悟が無いものは中央四十六室からすぐに消える。そう自然淘汰される。当然のことだ。

 

 もしかすると、『護廷とは名ばかりの殺伐とした殺し屋の集団だった』と称されるほど敵に対して情け容赦ない初代護廷十三隊の精神を最も色濃く受け継いでいる組織なのかもしれない。

 

 近年になってようやく平和に近づいた。それでも、我々が緩めば三界が崩壊する。その言い訳できない重みは背負うものにしか知り得ないものだろう。

 

 

 

 

 だからこそ、源蔵という男は重宝されている。

 

 

 

 

 そこは二番隊にある、後は処刑を待つだけの者の為の寂れた牢屋。そこに一人、たおやかな女性がこれから先にある残酷な運命を静かに待ち受けていた。

 

 そこに源蔵はふらりと赴いていた。

 

「こんにちは、伊勢檍涼殿」

「……貴方は、中央四十六室の」

 

 彼女の罪は、代々伊勢家に受け継がれる神器を紛失したこと。その在処は必ず彼女が知っている筈だが一切口を開くことなく、ついぞ見つかることもなかった。

 

 神器とも称されるほど力を秘めたモノ。その紛失などあってはならない。

 それがもしも良からぬ者たちに悪用されてしまえば被害は甚大になる。たとえ、神剣・八鏡剣の効果が限定的なものであろうと、彼女のその行動にどのような背景があろうと、その責任を追及しなければ他の命がけで神器を護る者たちに示しがつかない上に神器そのものが軽視されかねない。

 

 だから、処刑は免れなかった。

 

「驚いた。もう少し恨み言を言われるものだと覚悟をしていたよ」

「いいえ、これは私が選んだことです。こうなると分かっていましたから。その咎は受けなければなりません。それよりもどのようなご要件でしょうか? 何度聞かれても私はあの神剣の在処を話すつもりはありません」

 

 源蔵は静かに口を開く。

 

「人の行動範囲なんてたかが知れていてね。神剣の在処はおおよそ把握しているよ。今のところ、儂だけだがね」

 

 家の状況も交友関係も、その限られた行動範囲も。

 

 そんな、と目を見開き、その人は私が巻き込んだだけで悪くないと、手を出さないでくださいと懇願しようとするのを手で制す。そして落ち着かせるように温和な笑みを浮かべる。

 

「まあ、怪しいのは分かる。そんな感じの危うい状況に見えなくもない。でも安心すると良い。儂は君を脅しに来た訳では無い。うむ! むしろその逆だとも!」

「っ! …………それは、一体どういうことでしょうか?」

 

 なんということはない。

 お金や利権が腐る程ある源蔵には俗欲に誘惑されることは無い。そもそも長く生きるが故に何処ぞやの総隊長と同様に最早そのような視点を持ち得ていない。

 

 その判断は尸魂界に必要かどうか。

 

 ここに来るまでたくさんの情報を集め、浮竹十四郎くんと京楽春水くんの直談判とか色々考えた上で。

 

「君を生かすことの方が儂にとって得だと判断したまで。ただそれだけのこと」

 

 懐から取り出したのは短刀。それはつまり、斬魄刀だった。

 

真正(しんせい)捻じ伏せ(ねじふせ)影を成し(かげをなし)

 

 鞘を抜いて、刃の背を手のひらで根元から先端へとゆっくりなぞっていく。

 

虚誕(きょたん)捩じ込み(ねじこみ)信を成す(しんをなす)

 

 刀身が硝子細工のように透明に変わるとその中に光の粒が飛び回る、思わず見惚れるほど美しい斬魄刀がそこにはあった。

 

双影無骨(そうえいむこつ)

 

 必要最低限の伝えるべき者たちには自身の分身を作るだけの斬魄刀だと申告している。実際は自分、或いは他者の霊圧を喰らい過去に身体に負った傷跡さえも忠実に再現される完璧な分身を造る能力である。

 

「今から伊勢殿の分身を造る。処刑の身代わりになって貰うためにね。なぁに、分身の中身は儂の斬魄刀。だから良心の呵責も必要ないとも」

 

 この斬魄刀の恐ろしい点は作り出した分身はクローンに近く、四番隊での解剖でさえ判別不可能な死体を作り出せること。

 

 ただの分身に似たものなら義骸や特殊な瞬歩で再現できる。本人の戦闘力の無さもあり侮られたりもするが、アリバイ作りや裏工作はもちろん、スパイなんかもお手の物。そしてそれは護廷十三隊創立の前から行っていることであった。

 

 そして、これまで源蔵の暗殺が出来ていない理由もここにある。

 なんせ偽物と本物の区別がつかない。殺したと思ったら後ろからもしもしと肩を叩かれて「やあ、儂を殺せて良かったじゃないか」なんて言いながら総隊長を連れて来る男だ。ホラーでしかない。

 

「あの! 本当に良いのでしょうか! もしも貴方にも何かあったら……!?」

「それこそ気にしなくていい。まあ、他の連中には絶対に内緒だぞ?」

 

 この能力で源蔵は不当な処刑や理不尽な襲撃、暗殺される前の死神に接触して、その者の窮地を救うことを繰り返している。

 その後は家族の元に返すもよし、仲間に引き入れるもよし、名を変え自由に生きても良い。

 

「いえ、その、でも……それでも私は、本当に生きていて良いのでしょうか……」

 

 そうして、どの勢力にも恩を売りつつ、人材、金、情報を手に入れる。まさに一石三鳥。そうして長い間各方面に積み重ねた恩と功績と集う優秀な部下達。それこそ彼が生かされ殺されない最大の理由となった。

 

「今君が生かされるのは、これまでの君自身の努力の結果である。故に何も恥じることはない。その在り方を忘れず、胸を張って生きればいい」

 

 源蔵の下には元暗殺者、元貴族、元四十六室、元隊長等々が名前を変えて生きている。それをネタに貶めようものならどれほどの勢力に狙われて潰されるものか。あの五大貴族ですら敵対するのは割に合わないと判断するほどである。

 

 確かに邪魔に思う者たちはいる。だが、彼がもたらすその恩恵を決して無視できない。

 

 中央四十六室に棲み着く化け狸。それが源蔵なのであった。

 

 かくして、牢屋の鍵が開け放たれる。

 一歩踏み出し、動けぬものに源蔵はいつものように手を差し伸べる。

 

「さて、もう、行くとしよう。此処は寂しい場所だからね」

 

 

 

 中央四十六室の決して覆ることのない裁定。

 その表向きには知られていないセーフティネット。お釈迦様の蜘蛛の糸。絶望からの確変演出。消すに消せない希望の灯火。

 

 この男が中央四十六室の一員であることは誰しもが知っている。所謂、周知の事実だ。それなのに護廷十三隊創立から中央四十六室という命がいくらあっても足りない場所で長きにわたって生きているという異常、特異性、唯一性。

 

 

 

 その神通力の正体は優しさである。

 

 





これは良心
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