胡乱な男   作:スナエ

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ほら吹き男と装う子

 学校帰りに、あまり行ったことのない所へ行こうと思い立ち、店が並ぶ通りを見ながら歩いていると、ガラス越しに木彫りのウサギの置物と目が合った。

 目が合ってしまったからには、この店に入るしかない。

 ここはリサイクルショップらしいが、リサイクルもリユースも請け負うと店先の張り紙に書いてある。

 もう一度ウサギに目をやってから、店の中へと足を踏み入れた。

 店内には、聞き覚えのあるクラシック音楽が流れている。

 カウンターの向こうで座っているツナギの男は、難しい顔で特殊加工されたハードカバーの小説を読んでいた。

 マグカップの底面にコルクのコースターが張り付いているが、気付かないままにカフェオレを飲んでおり、客が来ていることにも気付いていない。

 少ししてから。男は、読んでいる小説から顔を上げると「いらっしゃいませ」と言い、またすぐ本に目を落とした。

 しばらく、店内を見て回る。そのうち、暖房で暑くなってきたので、マフラーを外すと。

 

「あーっ!?」

 

 店の壁に掛けられた鏡に映る髪がーー正確にはウィッグがーー静電気で、ちりちりと縮れている。

 今すぐ、どこかに隠れたい衝動に駆られた。

 焦燥感が心を支配するが、動けない。

 

「耐熱ファイバー?……ですか?」

 

 何をどう判断したのか、驚き顔の男はそう訊いて来る。

 

「そう、です」

「今、そっち行きます」

 

 ツナギの男は、カウンターから出て、近付いて来た。

 そして、店の奥にある洗面所へと、案内して。

 

「水とお湯出るから、ぬるま湯にして使ってください」

「ありがとうございます……」

 

 会釈すると、男は、へらっと笑った。

 

「あたし、ほんとに助かりました」

「いいんですよ、これくらい」

 

 カウンターに戻ってますね。と、言って男はドアを閉める。

 言われた通り、ぬるま湯でウィッグの縮れを直していると、新たに客らしき者が来た。

 

「安出~!」

 

 眠そうな男子高校生は、店に入るや否や、一応大人である安出を呼び捨てにし、一直線にカウンターへやって来る。

 

「呼んだー? バカ高校生」

「代行もういいわ。センセーに勘付かれた」

「マジかよ?! 筆跡完璧なのに……」

「いや、そういう問題じゃねぇんだよ。宿題出来てるのに小テストの点が死んでたから、怪しまれてさ~」

「お前の頭の問題じゃねーか」

 

 親しみのある……あり過ぎる会話が、漏れ聴こえてきた。どうやら、安出は、男子高校生の宿題を代わりにやっていたらしい。

 

「まあな。あ~、弟がなんとかって格ゲーで勝負しろってよ」

「お前の弟、何度も負かすと泣きながらキレるんだよな」

「何度も負かすからだろ」

「負けなきゃダメぇ?」

「好きにしろよ」

 

 本当に親しい仲のようだ。

 

「で、勉強に専念すんの?」

「先月、安出が突然、しばらく店閉める~とか言ってきたせいで目標額に微妙に届いてないんだよな!」

 

 彼は、ギターを買うために金を貯めている。

 

「だから、土日は出る」

「んー分かった」

「じゃあな~」

 

 男子高校生は、間延びした挨拶をすると、振り返らずに出て行った。

 一方、ウィッグを整え終わった者は、カウンターに座る男の元へ来て、「ありがとうございました」と、再度お礼を言う。

 

「僕は安出。一応店長ですよ、お客さん」

「そうなんだ。あたしは……呼ぶ時は咲ちゃんでよろしく、店長さん。咲ぴょんでもいいよ」

「咲ぴょん」

「なに?」

「ごめん、声に出してみたかっただけ」

 

 そう言って笑いながら、男は、ドレスを着た古めかしい西洋人形をカウンター裏から取り出す。

 

「その子、かわいいね」

「そうだろう? ドレスのシミ抜きとか、化粧直しとか、してあげたんだ。僕の娘だからね」

「そっかぁ。家に連れて帰りたいなぁ。でも、安出さんが寂しくなっちゃう?」

「お買い上げありがとうございまーす。10万円ピッタリになりまーす」

「……ちょっと、手が出ないかな。ドールって、やっぱり高いんだね」

「この子には、そんな価値はないよ。俺がタダで引き取って売り物にしただけの、ガラクタなんだ。価値のある人形に見えたらいいのになーって思ってるけど」

「見える」

「そう?」

「見えるよ」

 

 安出は、「これ、高値で吹っかけてから値段下げて見せて、相場より高く売るやつだからね」と冗談を言おうとしていたが、咲の真剣な顔を見てやめた。

 

「人形……だけじゃないけど、モノを作れる人ってスゴイよね」

「君も作れてるよ。君が作った君は可愛い」

「えっ?」

 

 咲は驚き、肩をびくりと震わせる。

 

「もしかして、褒めてるように聞こえなかった? ごめんね」

 

 誤解を招く言い方をしてしまっただろうか。

 偽物というニュアンスの、作り物に聞こえただろうか。それとも、ナンパのように聞こえただろうか。

 もう警察沙汰は勘弁したい。

 なんとか伝えられたら良いのだが。必死に言葉を探す。

 

「身に着けている物、話し方、学んだもの。君が選んで、形作るものが君だろうから……そういうものが俺は…………」

 

 しばし、言い淀む。

 

「頑張って笑顔を作るとか、好きなものの良さを伝えようとするとか、そういうのを見るのが……俺は凄く好きで……」

「そっかぁ。ありがっとー!」

 

 眩しいほどの笑顔だ。瞳が輝いている。

 

「しまった! 油断したー!」

「えっ?!」

「ひー真面目なこと言っちゃった。話逸らさねぇと」

「ええー?!」

 

 カウンター裏から、ある物を取り出す安出。

 

「ほら貝。吹いてみる?」

「えっ? いいの?」

「近所迷惑だからダメでーす」

「からかわれた?!」

「マジでスッゲー音出るよ。僕、めちゃくちゃ怒られたからね」

「ほんとかなぁ? じゃなくて~! さっきの続きは~?」

 

 咲は、少し頬を膨らませている。

 

「好きなものの話、もっと聞かせてよ~」

「もう店じまいです」

 

 安出は、嘯く。

 

「そうだ。咲ちゃん、うちでバイトしない?」

「もうしてるから、ごめんね」

 

 そう言う咲の表情から、素敵なところで働いているんだろうなぁ、と男は思った。

 

「どこで働いてるの?」

「ヒントはね~、みんなにハッピーを届けるもの!」

「サンタクロースだ!」

「違うよ~。それも素敵だけどね! あたし、カフェメイドなんだ」

「おおー」

「よかったら、カフェパレードに来てね!」

「今度行くよ。それで? “お客さん”は、何が欲しいんですか?」

「あそこにある、ウサギの置物!」

「はーい。包みますねー」

 

 安出は、のそのそとウサギのいる所へ行き、カウンターに戻ると、ラッピングを始める。

 

「この子は、一点ものでね。可愛がってあげてくださいね」

「はーい!」

「お買い上げ、ありがとうございます」

「ありがっとー! 大切にするね」

 

 咲は、丁寧にウサギを鞄に締まった。

 宝物が増えたみたい。そう思う。

 かわいいもの。それが、咲のお気に入り。

 リサイクルショップを後にしてから、「また、安出さんと会える日が楽しみだな」と考えた。

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