無題   作:祐。

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当たり前だったはずの日常

「お待たせいたしました。こちらステーキセットになります。鉄板の方が大変熱くなっておりますので、気を付けてお召し上がりください。ごゆっくりどうぞ」

 

 よく『好青年』や『爽やかだ』と褒めてもらえるスマイルを意識して、一礼をしてから軽快な足取りでお客様の席から立ち去っていく。それから、広くはないがオーガニックな空間を醸し出す個人経営の店内を軽く見渡して、不備が無いかを簡単にチェックしてからカウンターの向こうへと移動した。

 

 ガラスドアから射し込む、昼下がりの柔らかい日光。穏やかな空気に包まれた平和な日常と、時に忙しくありながらも人間と環境に恵まれた生活。地方の商店街に店舗を構えたランチ向けの小さなカフェの中、パートとして勤める自分はこの何気無く流れ往く一瞬一瞬のひと時に価値を見出しながら粛々と生きていたものだ。

 

 尤も、店長とツーオペで回していく業務体制だけは、その多忙さから一向に慣れることなく疲労が蓄積する。今日も一番忙しい時間帯を乗り越えて一息ついていると、同じくカウンターの向こうに佇む男性の店長が苦笑しながらこちらに話し掛けてきた。

 

「“柏島(かしわじま)くん”、お疲れさん」

 

「どうも。店長もお疲れ様です」

 

「ほらほら、スマイルスマイル。店員の疲れた顔をお客さんが見たら、せっかく注文した料理の味が台無しになっちゃうよ」

 

「あ! き、気を付けます!」

 

 店長の指摘に、思わずシャキッと背筋を伸ばして見開いていく。そんなこちらの様子を見た店長は愉快げに笑みながら言葉を続けてきた。

 

「まぁまぁ! 冗談だよ冗談! 柏島くんはいつも気を張ってばかりいるからさ、もっとこう、力を抜いて、リラックスできるといいよね」

 

「店長に拾って頂いてからそれなりの時間が経つというのに、未だに業務に慣れない自分を情けなく思うばかりです」

 

「そんなことないって! むしろ柏島くんは、いつも真剣に仕事と向き合っているからこそ疲れちゃうんだと思うんだよね」

 

「いえ、そんな。滅相もございません!」

 

「そこが柏島くんの良い所なんだから! ほら、名前だって“歓喜(かんき)”って付いてるじゃん? 柏島(かしわじま)歓喜(かんき)、それが君の名前だよね。だからさ、もっとこう、素直に喜んでいこう! ウキウキ、ワクワク、って! そうすれば疲れも少しは和らぐよ!」

 

「は、はい! ウキウキ、ワクワク……っ」

 

 …………?

 いまいちピンと来てないながらも雰囲気で活力を湧き上がらせ、そんなこちらの様子を眺めていた店長は面白げに笑みながらも時計へと意識を向けていった。

 

「あぁ、もうこんな時間か。今日は柏島くん、早上がりの日だよね。良かったね~!」

 

「そういえば、そうですね。じゃあ俺、この辺で上がります。お疲れ様でした」

 

「はーい! お疲れー! 明日もまたよろしくー!」

 

 

 

 

 

 特に代わり映えのしない毎日だが、そんな日々に自分は十分な充実感を覚えながら慎ましやかに過ごしていたものだ。

 

 店の奥にある着替えスペースで帰宅の準備を整えて、入れ替わりでやってきた従業員と店長に挨拶をしながら店を出る。

 

 視界には街道が広がり、比較的レトロな街並みが展開されていく。数十年と姿を変えていないのだろう年季を帯びた雰囲気は趣のある景観を生み出し、立ち並ぶ老舗の数々は古き良き象徴としてどっしりと構えている。

 

 行き交う車と足早に歩く人々。代々から受け継がれてきた人間の営みは流れる時代と共に相応の社会を作り上げ、継承された知識や技術は現代に適した様式となって文化を形成する。その繰り返しが現在(いま)を作り、そして未来へと続いていくのだ。

 

 そんな日々を自分は噛み締めるように実感しながら、思い立つように帰路を辿り始めた。歩道に突っ立つ今の状態から左を向いて歩き出し、一歩、二歩と進めたところで自分は、ふとカフェの脇に佇む人影の存在に気が付いた。

 

 それは、想像を絶するほどの美貌を有した美女だった。

 身長は179cmくらいと長身であり、自分の175cmという背丈を超えている女性だったが故に思わず見上げてしまう。彼女は腰辺りまで伸ばした白髪を分厚く束ねたポニーテールを揺らし、強い意志を感じさせる黒色の瞳と健康的できめ細かな色白の肌、シャープな輪郭でイケメン寄りの顔立ちと、彼女から見た左目にある泣きぼくろといった凛々しい容貌で、目が合ったこちらを見遣ってくる。

 

 服装は、本革で七分丈の黒色ライダースジャケットと、ボタンを二つほど外した状態でタックインした赤色ワイシャツ、持ち前である脚の長さとスリムなシルエットをこれほどかと強調した黒色バイクパンツに、機動性に優れたスーパーロングの黒色タクティカルブーツというもの。

 

 第一印象としては、現世に降臨した女神の化身とも感じられた。もはや非現実じみた美貌は3DCGモデルの質感を彷彿とさせ、完璧なまでに整った顔立ちと黄金比のプロポーションは全人類の理想を具現化し過ぎているためか神々しく思えてしまう。

 

 両腕を軽く組んだ彼女の佇まいはスーパーモデルのように美しく、その長身や容貌が織り成す威風堂々とした存在感からは一種の緊張感すら伝わってくる。現に道行く人々が二度見や三度見して彼女の方へと振り返り、自分もまた目が合った気まずさの度合いがあまりにも凄まじかったからか、もはや謝罪の念すら込めながら軽く会釈して目の前を横切ったものだ。

 

 なんか、とんでもない人物と対面してしまった気がする。きっと、神話などで崇められている女神かなんかは、ああやって実在したのであろう非現実的なまでの美女になぞらえて生み出されたものなのかもしれない。

 

 そんな、内心でご利益を賜った気分になりながら、自分はどことない申し訳無さから足早に立ち去ろうとする。だが、先にも合わせた彼女の視線を背中で感じ続けていくと共にして、次にも背後から凛々しい声音でその言葉を掛けられた。

 

柏島(かしわじま)歓喜(かんき)くん」

 

「え?」

 

 フルネームで自分の名を呼ばれて、反応しない方が無理だった。心臓を鷲掴みにされたかのような驚きを受けながら、咄嗟に振り返っていく。

 

 ……声の主は紛れもなく、先程と出くわした女神が如き女性だ。彼女は凛々しい表情で微笑を浮かべながら、強い信念を宿す黒色の瞳を向けて言葉を続けてきた。

 

「それが、貴方の名であることに間違いない。そう判断しても良いものかしら」

 

「は、はい! 確かに、俺が柏島歓喜ですが……?」

 

 独特な口調に翻弄されるよう思考も混乱し始めた中で、そんなこちらの様子に構う事なく女性は距離を縮めてくる。

 

 恐るべき美女が接近する光景を前にして、余計に狼狽(うろた)えてしまった。しかも自分らは初対面であるはずなのに、彼女は遠慮の文字も知らぬとばかりに間近まで迫り、高身長による若干と見下ろした視線を投げ掛けながら言葉を凛々しく発してきたものだ。

 

「不意に声を掛けてしまって、ごめんなさい。貴方を驚かせてしまうことは、私としても不本意であったことを承知してもらえると嬉しいわ」

 

「え、えぇ、まぁ。でも大丈夫ですから」

 

「貴方をこれ以上と驚かせないよう、先にも結論から伝えておくとしましょう」

 

「な、何をですか?」

 

私は、貴方の味方(・・・・・・・・)よ。決して怪しい者ではないわ」

 

 あの、そのセリフで一気に怪しく見えてきたのですが……。

 

 全てにおいて完璧という先入観が故の感想だったかもしれない。とにかく自分は翻弄されていることに変わりなく、むしろ変な汗すら流しながら彼女との対話に臨んでいく。

 

「わ、分かりました……」

 

「ありがとう、嬉しいわ。見ず知らずの私の言葉を率直に受け取り、瞬時に是非を判断し信用に至る貴方の情け深さに、心底からの感謝を。その慈悲深き寛容な心持ちに、私は最上とも言える敬愛の念を示しましょう」

 

 と言って、シャープでクールな印象を与えてくる彼女の表情は途端に(ほころ)びた。

 

 一抹の不安が解消され、お堅い雰囲気が一気に和らいだ微笑にギャップすら覚える。昼下がりの日差しを後光のように背負い、右手を胸元に添えながら柔和に笑んで一安心した彼女の様子を目撃した時、ふと自分の中に芽生えし、勘違いも甚だしい僅かな恋情の波動を察知したものである。

 

 とか考えている間にも、女性はかしこまるように言葉を続けてきた。

 

「まず、軽い自己紹介でもしましょう。私は“ユノ”という通称で呼ばれている、凡庸(ぼんよう)極まるしがない一般人よ。どうぞ、よろしく」

 

「改めまして、柏島歓喜です……。よろしくお願いします……」

 

 あなたのようなしがない一般人が居てたまるか。

 

 というツッコミはさておいて、ユノと名乗る絶世の美女は話を続ける。

 

「自己紹介が済んだところで、単刀直入に伝えましょう。――柏島くん」

 

「は、はい……!」

 

貴方の下に、危険が迫っている(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………はい?」

 

 ユノという人物の伝え方に問題があるのか、自分自身に備わる理解力の問題なのか。その判断すらにも自信を持てなくなっていた自分だったが、確実に言える点として、彼女のそれは紛れもなく緊急性を伴った警告(・・)であることが解ったものだ。

 

 そんなことを突然言われても、正直ピンと来ないのが現実。一方で、ユノの真剣な様子から先の言葉が揶揄(からか)い混じりの嘘とは思えない。

 

 これはなんだ、新手の街頭ドッキリか何かか? という疑念が脳裏の隅に漂い、イマイチと返事まで乗り出せない。今も何が正しいのか鈍った思考を巡らせていると、ユノは真剣な眼差しを向けながら念を押すようにそう告げてくる。

 

「もう間もなくと、貴方の下には凶暴な悪意が降り掛かることでしょう。……私の言葉が信用に足るかどうか。この言葉の真意が貴方に伝わったかどうか。正直なところ、確信までは得られない。これは私の力不足に起因するものよ、本当にごめんなさい。ただ、これだけは忘れないで頂戴。今、この瞬間から、周囲への警戒は常に絶やさないように。そして――私は貴方と共に在る、ということを」

 

「は、はぁ……。分かりました……?」

 

「……私の言葉に耳を傾けてくれてありがとう。私からの話は以上よ。勤労による倦怠(けんたい)感がかさむ中、貴重な時間を割いてくれたことに感謝するわ。ありがとう、柏島くん。また会いましょう」

 

 そう言い、ユノは数歩と引き下がって踵を返した。スタイリッシュな風格に見合うよう動作の一つ一つからは洗練されたキレが伺えたものだが、表情だけはどこか不安げに映っており、立ち去る間際まで視線はこちらに向けたままだった。

 

 背を向けて、足早に颯爽と歩き出した彼女の背。その離れ往く後ろ姿は最後まで美しく、まるで彼女と会話したひと時は夢であったかのような感覚さえ覚える。『女神が見せた幻惑』と言われればそれまでとも思える不可思議な出会いや体験を経た自分は、この時ばかりは平凡とは程遠い非日常の瞬間を生きていたような気がした。

 

 

 

 もう間もなくと、その非日常が日常になる日(・・・・・・・・・・・・)を控えていることなど露知らず……。

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