ステーシーズを知らなくても読めます。
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『プロローグ』
15歳から17歳の少女たちが、突然変死を遂げ、その死体がゾンビとなって蘇り、人間を襲って喰らうという現象が世界中で蔓延している。
いつしか、屍少女たちは、「ステーシー」と呼ばれるようになった。
「プロデューサーさん、再殺の権利をもらってほしいっす」
事務所のソファーに座る芹沢あさひは、事も無げにそう言った。
まるで、今日のおやつを決めるみたいに、そんなことを決意したのである。
再殺。ステーシーになった少女を165分割して、二度目の死を与えること。
「あさひは、まだ14歳じゃないか…………」
「でも、早ければ来年、ステーシーになるっすよ?」
「それは…………」
「プロデューサーさんなら、再殺してくれるっすよね? 冬優子ちゃんと愛依ちゃんには断られたっすけど」
ストレイライトのふたりには、酷だろう。
「分かった。その権利、もらおう」
「ありがとうっす!」
あさひは、笑顔を向けた。それがまだ、ニアデスハピネスでないことが救いだ。
ニアデスハピネスとは、ステーシー化が近い少女に見られる、特有の多幸感に満ちた状態で、言動も支離滅裂となっていくことである。
「あさひは、死ぬのが怖いか?」
「うーん。死んだことないから、分からないっす」
「そうか」
実に、あさひらしい答えだった。
プロデューサーは、彼女を、彼女たちを喪うことが怖い。再殺を行うことも怖かった。
それでも。誰かがやらなくてはならないのなら、自分がやろう。
そう考えている。
小型チェーンソーで、死んでから起き上がった芹沢あさひを細切れにする日が、いつか来るのだろう。
芹沢あさひというアイドルを、永遠に残したい。だから、男はプロデュースを続ける。
少女の死を望んでいるのか? 死よりも酷いことを望んでいるのか?
プロデューサーには、よく分からなくなってきていた。
「お疲れ~! なんの話してんの?」
「お疲れ様」
「お疲れっす!」
ストレイライトの三人が揃う。
「あさ…………」
「プロデューサーさんが、再殺の権利をもらってくれたっす!」
止める間もなく、あさひがふたりに言った。
「そっか…………」
「そう…………」
愛依と冬優子は、憂いを帯びた眼差しをプロデューサーに向ける。
「心配ない。俺なら、大丈夫だよ」
弱音を吐くワケにはいかない。
プロデューサーは、強がりを言った。
夏の終わり。
まだ、283プロダクションの誰もがステーシーになっていない頃の一幕であった。
『市川雛菜』
あはは。うふふ。
少女の笑い声が聴こえる。
「やは~」
「雛菜…………」
「なあに? プロデューサー」
「いや、ずいぶん楽しそうだな」
「うん。雛菜、楽しいよ」
車の助手席に座る市川雛菜は、くすくす笑う。
「雛菜ね、もうすぐ死んじゃうんだ」
「ニアデスハピネスか」
「そうだよ。だから、再殺の権利をもらってほしいな」
「俺が?」
「うん。雛菜、プロデューサーのこと好きだから」
そうだった。別の時空の自分にも譲らないほどに、雛菜はプロデューサーとの出会いを大切に思っている。
「ちゃんと、雛菜を再殺してね?」
「……ああ」
「あは~。ニア・デス・ハピ・ネス~」
雛菜は、即興の歌を口ずさみ始めた。プロデューサーは、何も言えずに、それをただ聴いている。
「プロデューサーは、雛菜の運命の人だね」
あはは。うふふ。
雛菜は、多幸感に包まれ、笑い続けた。
283プロダクションで最初にステーシーになったのは、市川雛菜だった。
雛菜から、再殺の権利をもらってから、数日後。彼女は、うめき声を上げ、人肉を求める屍少女になった。
「あァ……うあァ…………」
小型チェーンソーを持ち、雛菜と相対する男。
「すまない。雛菜…………」
プロデューサーは、彼女を切り刻む。そして、165分割にした。
「はぁ……はぁ…………ッ」
初めての再殺は、本当に気分の悪いもので。プロデューサーは、雛菜だった肉片を片付けた後、トイレで吐いた。
「うえ…………げほっ…………」
市川雛菜は、永い眠りにつき、もう目覚めないだろう。そのことだけが、彼の救いだった。
「雛菜、しあわせだよ」
彼女の最期の言葉。それが、繰り返し繰り返し、脳内で再生される。
本当に、雛菜は幸せだったのだろうか?
男の脳裏によぎる疑問。
ニアデスハピネスのせいではないのか?
「なあ、雛菜…………」
問いかけても、答えが返ってくることはない。
後日。市川雛菜の葬儀が執り行われた。
プロデューサーは、喪服を着て参列する。
遺影の中の雛菜は、いつもの笑顔を浮かべていた。
バラバラにされた彼女の遺体は、見えないように窓のない棺桶に入れられている。
焼香の際に、男は祈った。
どうか、安らかな眠りを。
帰り際、浅倉透に話しかけられた。
「プロデューサー」
「どうした?」
「ううん。なんでもない。あはは」
それが、ニアデスハピネスの兆候だということは、後に知ることになる。
『浅倉透』
再殺の権利をもらってほしいと、浅倉透は言った。
「あはは。樋口と約束してたんだよね。どっちかがステーシーになったら、再殺するって」
透は、約束通り樋口円香を再殺したのである。
「ふふ。樋口はもういないから、プロデューサーが私を再殺してよ」
「どうして俺なんだ?」
「私を忘れないでほしいから」
今度こそ、忘れないで。
あのジャングルジムに登った大切な思い出が、透の脳裏にはあった。
「分かったよ。透のことは、絶対に忘れない」
「ははは。ふふ。ありがとう、プロデューサー」
ニアデスハピネスによるものなのか、安心したのか。透は笑い続ける。
「幸せか?」
プロデューサーは、つい訊いてしまった。
「あはは。幸せだよ。ねえ、プロデューサー」
「なんだ?」
「デートしようよ」
「デート?」
「公園に行きたいな」
男は、少女の望みを出来るだけ叶えてやりたい。ふたりは、公園へ向かった。
彼女の目的は決まっているらしく、一直線にジャングルジムへ行く。
「登ろう、プロデューサー」
「ああ…………」
てっぺんまで登る、少女と男。
「いい眺めだね。ははは」
「そうだな」
「世界が私のものみたい」
楽しそうに、透は言った。
秋の夕暮れ。紫がかったオレンジ色の空が美しい。
「キレイな世界。ふふ。たくさんの女の子が死んじゃってるのにね。変なの」
「ああ、綺麗だ」
少女たちを再殺しなくてはならない非情な摂理が生まれたのは、何故なのだろう?
ああ、でも、この世は元から“そう”だった。
花が散る世界。いずれ花が枯れる世界。終わらないものはなく、全ては消えゆく運命さだめ。
それを、納得出来るかどうかは別として。
「楽しいなぁ。歌おうかな」
透は、童謡の赤とんぼを歌い出す。
透き通った歌声。懐かしい気持ちにさせる歌だった。
少女の歌唱が終わると、プロデューサーは拍手をする。
「はは。ありがとう、プロデューサー」
「透の歌声が、いつまでも残るといいな」
「ふーん。プロデューサー、そんなこと考えてたんだ?」
「まあな」
「じゃあ、ますますプロデューサーは忘れちゃダメだね、私のこと」
「忘れないよ」
「指切りしよう」
ふたりは、小指と小指を合わせた。
「嘘ついたら、針千本呑ーます」と、透は笑顔で言う。
時は流れ、宵闇が迫っていた。
「そろそろ帰ろう。送っていく」
「うん」
透とプロデューサーは、帰路についた。
後に、彼は、浅倉透を再殺。彼女を永い眠りにつかせた。
『七草にちか』
不本意だった。嫌々だった。消去法だった。
「プロデューサーさん、私の再殺の権利をあげます」
283プロダクションの事務所で、コーヒーを飲んでいるプロデューサーに言う七草にちか。
「どうして俺に?」
「だって、お姉ちゃんにも美琴さんにも社長にも頼めませんよ、こんなこと」
「そうか。それじゃあ、もらうよ」
「ありがとう、ございます」
拍子抜けした後、ああ、そういえばこの人は、もう何人も再殺しているんだ。と、思い出した。
少女たちの間では、好きな人に再殺の権利をあげるのが流行っている。
もちろん、にちかは、プロデューサーが好きな人だから再殺を頼んだワケではない。
姉や美琴に辛い思いをしてほしくないから。それだけだ。
「にちかは、好きな人はいないのか?」
「あ、それセクハラですよ!」
「悪い。謝るよ」
「はぁ。いたら、プロデューサーさんに再殺なんて頼みませんよ」
いや、どうだろうか? 好きな人に、「私を165分割にして」なんて言うのは、異常ではないのか?
「ははは。変ですよね、世の中。私を殺してって好きな人に言うんですよ?」
「そうだな」
「ふふ。ふふふ。ああ、おかしい」
この時から、にちかにニアデスハピネスが見られるようになった。
「あはは。プロデューサーさん、私が再殺されるところ、配信しましょうよ。伝説のアイドルになれますよ」
「断る」
「冗談ですって。あはは」
多幸感でふわふわした頭でも、理解している。もう、自分にはトップアイドルになる時間はないのだと。
じゃあ、もういいか。プロデューサーさんの傷になれれば。
一生、私たちを再殺したことを抱えて生きてくださいね。プロデューサーさん。
「ふふふ」
にちかは、そんなことを考えながら、プロデューサーを見て笑った。
「にちかは、何かしたいことはあるか?」
「したいことだらけですよ。とにかく、仕事をさせてください。最期まで、アイドルやりたいんで」
「分かったよ」
男は、少女の願いを了承する。
七草にちかがステーシー化したのは、シーズの単独ミニライブの後だった。
「ライブ中じゃなくてよかった」と、彼女なら言うだろう。
プロデューサーは、小型チェーンソーを持ち、にちかと相対する。
「さよなら」
「あァ! うァッ!」
「間違いなく、七草にちかは、最期まで輝く星だったよ」
男は、ステーシーを再殺した。
そして。彼女の葬式の日。
「プロデューサーさん」
「はい」
「にちかは、幸せ者ですね」
「彼女は、素晴らしいアイドルです。きっと多くの人の心に残り続ける」
はづきの涙を、男は出来るだけ見ないようにした。
『エピローグ』
雛菜も透も小糸も真乃も灯織もめぐるも樹里も凛世も、俺が再殺した。
「はは…………」
男はひとり、自室で酒を煽る。
芹沢あさひと再殺の約束をしてから、一年が経っていた。
「プロデューサー」
それは、誰の声だったか。
「ありがとう、プロデューサーさん」
もう覚えていない。
自分の手で輝かせてきた少女たちを、同じ手が殺した。
ステーシーとはいえ、見知った彼女たちを。
でも、少女たちの望みに、男は応え続けた。そうするしかなかった。
死にゆく彼女たちに、少しでも希望を与えてやりたくて。
「疲れたな…………」
男は、床にうずくまった。
明日も仕事だ。プロデューサーは、風呂に入り、寝支度をする。
そして、明日の予定をチェックしてから就寝した。
翌日。彼は絶望することになる。
「あはは。ふふっ!」
「あさひ…………」
芹沢あさひに、ニアデスハピネスが見られた。
冬優子と愛依は、悲しそうにしている。
ああ。これから、ストレイライトも“欠けていく”んだ。
イルミネーションスターズとノクチルは、もういない。
放課後クライマックスガールズは、欠けてしまったし、果穂もいずれはステーシーになるのだろう。
アルストロメリアは、甜花が甘奈を再殺し、千雪が甜花を再殺した。
シーズは、ひとりになって。
コメティックは、ルカがはるきを再殺済み。
悪夢のような現実。その悪夢は、決して覚めることがない。
「プロデューサーさん」
「なんだ? あさひ」
「わたし、もうすぐ死ぬみたいっす。ふふっ」
「そうだな」
それからの日々を、取り繕うように過ごした。いつも通りに。現場に送迎したり、レッスンに差し入れを持って行ったり。
そして、芹沢あさひは、ステーシーになった。
約束通り、プロデューサーは、再殺をする。
葬儀の終わりに、恋鐘から提案があった。それは、唯一誰もステーシーになっていないアンティーカだからこそ、レクイエムを歌いたいというもの。
プロデューサーは、真剣に検討した。
アンティーカの色ならば、鎮魂歌は似合うだろう。それに、事務所の仲間を弔ってやりたいのも同じ気持ちだった。
「プロデューサー、どうする?」
「社長……俺は、アンティーカにも“死”を背負わせることになるんですか?」
「アイドルたっての望みだ」
「そうですね…………」
そして、魔法使いは覚悟をする。
アンティーカの新曲のタイトルは、「ステーシーズ」に決めた。