――――――ジュラの大森林・湖畔のテラス――――――
*数時間前……
ドライアド三姉妹は仲良くテーブルでお茶をしていた。
「結局ソーニャからラミリス様の情報が手に入りませんでしたわ……」
自分から上手く逃げ遂せたソーニャに、長女はお冠といった風で肘をつく。
「でも待っていればミリム様が連れてきてくれるんでしょ? お姉様」
「そうだけど……もう待ってなどいられませんわ!」
紅茶のカップを持ったまま席を立ち、高らかに言い放つ姉。
「お義兄様が本当に居場所を知っているんでしょうか? 聞いても教えてくれないのでしょ? お姉様」
「知らないの一点張りなのよ! 絶対知ってるはずよぉ~リヴェル様のいけず!」
「お義兄様の作ったティラミスが食べたい……濃厚な甘いクリームに何故か、あの苦いコーヒーが合うんですよねぇ~ハァ~~」
テーブルをドンと叩くトレイニーに合わせて、素早くカップと皿を避難させる妹達。
慌てて揺れ動くカップを手に取りホッと一息つく長女。
「お姉様、これはもう色仕掛けしかないのでは?」
「ふぇ!? だ、だ、駄目よ! そんなはしたない! でも、一番簡単に口を割りそうですわね……」
「バームクーヘンも美味しかったな~フワフワなのに中はしっとりで……ハァ~プリン食べたい」
「「さっきからやめなさいドリス! 食べたくなるでしょ!!」」
トライアとトレイニーが同時に怒る。
「だって最近お義兄様が家に呼んでくれないから何も食べてないんだもん!」
「リヴェル様は隣国の対応で忙しいらしいの。仕方ないでしょ?」
「お義兄様に会う口実が食べ物ばかりではしたない子ね……大体貴方が水の精霊に勝手に付いて行ってるだけじゃない」
「トライア姉はいいよね~研究所で三時のおやつに、お義兄様のお菓子を毎日食べれてさ! 自分だけ美味しい思いしてるのは知ってるんだからね!」
「それは初耳ですね……」
ジト目で自分をじっと見つめてくる姉と妹に睨まれて、冷や汗が流れるトライア。
「ま、毎日はでていません! 週に5回くらいです!」
「ほぉ~~」「へぇ~~」
さらに鋭い目になる姉と妹に藪蛇だったと焦るトライアだが……。
「アレ? 今何か……」
「もう! 誤魔化さないでよトライア姉さん!」
「いえ、ドリス……何かが結界を通過して私達に触れたようです」
姉妹は急いで自分達の本体である巨木に向かう。
「何かゾワゾワするよお姉様」
「ですがこの気配、ヴェルドラ様に……似てる?」
「違う! この気配はカリュブディス!!」
気配を辿ろうとするが、微弱で中々位置を特定できない。
「あそこ! 私の枝の方に黒く光るものがあるよ姉様!」
「チッ! 私達の本体を宿主にして復活する気ですわ!」
「ドリス少し切るわよ! ハッ!」
トライアが枝に張り付いた黒い卵の形をした物体ごと枝を切り落とすが……落ちる瞬間に根が縦横無尽に伸びて広がっていく。
「ぐうぅあああぁぁ! やめて入ってこないで!」
「いけない、このままじゃドリスが! 私は本体に戻ります! トライアはこの事をリムル様とリヴェル様に!」
黒い根は速度を上げてドリスを通過し、トレイニーの本体へ伸びていく。
「やはり一番旨そうな方へ飛びつきましたか……ですが、これで安全にドリスとトライアを切り離せますわ!」
トレイニーは光る枝を二本切り落とすとゴレムスを呼んだ。
「ゴレムス! この枝を持って避難して! 早く!」
コクリと頷くとゴレムスは両腕に大きな枝を抱えて走る。
「お姉様! 絶対に助けるからね! 待っていてください!」
「皆も早く逃げて! ここは危険よ!」
辺りの精霊や妖精はトレイニーが心配で動けずにいたが、トライアの一喝で一斉に動き出す。
「来なさいシルフィード!」
トレイニーは上位の風精霊を呼び出し、黒い根から風の防壁で自身の核を守る。
そのせいで黒い根は手当たり次第に餌を求めて、逃げる精霊や妖精達を狙い始めた。
「させない! グッ……魚の魔物? 皆は避難できたよトライア姉!」
「後ろ! 避けてドリス! どこから魔物が!? セイッ! 私もすぐに行きますから先に行きなさいドリス!」
間一髪で食いちぎられる所をドリスは避けるが、尾ヒレを振られて吹き飛ばされる。
ドリスを庇うようにしてトライアは道を切り開く。
「キャ!? ぐっ……この! わかった!」
腕を押さえながら空を飛んで逃げるドリス。
『貴方も早く行きなさいトライア!』
『ですがお姉様を置いていくわけには!』
『結界は長く持ちません……それに配下の魔物が増えると逃げれなくなりますよ!』
『くっ!……絶対に助けますから! お姉様』
トライアは目の前の魔物に風魔法を放つと空へ逃げようとしたが、すでに空には小型の魔物が旋回していた。
小型の魔物は狙いを定めて順番にトライアに突撃していく。
「遅かったですか……ごめんなさいお姉様」
本体が生きてる限り死にはしないが、再び分身体を作るのには結構な時間がかかってしまう。
ドリスは悔しさに下唇を噛みながら、静かに目を閉じて最後を待っていた、が……その瞬間が一向にやってこない。
ズガガガーーーン!!
突如轟音が鳴り響いたので、ハッと目を開けるトライア。
「えっ!?」
目の前には、いつのまにか戻ってきたゴレムスが尖った巨木を次々に投げつけて、魔物を串刺しにしていく姿だった。
「ゴレムス!?」
でも私達の枝を持って逃げていたはずでは?
「ゴレムス、私達の身体は? トレント達に任せた? ええ、ありがとうございます!」
親指を立て、早くいけとテンペストの方へ指を指すゴレムスに短く礼を言う。
私は置いていく姉と彼に後ろ髪を引かれながらも全力で空を駆けた。
俺は気絶したトライアをコルヌに葵の所まで運ばせ、精神を支配されたドリスは冥ちゃんに見てもらう。
精神支配は魂の権能で支配の上書をしたらしく、解除はされたが本体が浸食されると繰り返しになるみたいだな。
「多分、私の本体がすでにカリュブディスに寄生されたんだよお義兄様……またすぐにおかしくなっちゃう」
「じゃー依り代を移しなさいよ、分身体からでも樹の精霊なら木を通して魂転移は可能だろう?」
俺は大木の枝でドリスの像をちゃちゃっと作ると魔素を込める。
核は精霊の涙でいいだろう。
「ほい、依り代できたぞドリス」
「……出鱈目すぎでしょお義兄様。ふふ、ありがとね」
ドリスの分身体が像に重なると光り輝き、それはやがて収まった。
「凄い! 凄いよお義兄様! 身体が自由に動かせるなんて夢みたい! 大好き!」
「はいはい、今はそれどころじゃないの! トライアが起きたら連れてきてくれるか? あいつにも依り代を作って避難させるから」
飛びついて喜ぶドリスのほっぺを抓ると、不満そうにしながらも姉が心配なのかすぐに葵の所に行った。
自由にって分身体でも動かせてるんじゃないのか?
《否定。分身体で物質に干渉して動作する事、本体から遠隔操作をする技術はトレイニーのように上手くは扱えないようです》
そうなのか? じゃー研究も苦労をさせていたんだなトライアに……。
俺はゴブタとゴブエモンを引き連れて王城の廊下を歩く。
「つまりオイラ達はその魔物の体内に入ってトレイニーさんを救出するんすっね?」
「うん、俺が救助してる間の護衛をしてくれ」
「ですがリヴェル様。あの大きい大蛇のように体内で消化液や毒ガスが充満していた場合、耐性があるゴブタしか入れませんよ?」
ゴブエモンが言う事はもっともだ。
体内で配下を召喚することを想定していたんだが、免疫細胞宜しく、マクロファージさんが徘徊してないともかぎらんよな。
「これを付けろゴブエモン。破毒とまんげつリングと言って毒と麻痺を防ぐから毒ガス、消化の酸対策もこれでバッチリだ!」
「凄いですね……助かります」
オイラも欲しいというゴブタは俺に似たのか、耐性お化けだから必要ないんだよな……。
「リムルが使わんし、お前にはこれをやるよゴブタ。魔除けの聖印と言って即死魔法を防いでくれるぞ」
「即死ってリヴェル様以外使わないじゃないっすか……」
「俺も今は使えんぞ? ザキの杖もまだ手に入れてないし、悪魔やリッチとか死霊系は使う奴がいるらしいぞ?」
うげぇと顔をしかめるゴブタ。
命の石のストックがあるから、豪傑の腕輪と祈りの指輪の方がいいと言ってリムルは外したんだよね。
俺がザラキを覚えてた時は肌身離さず付けてたくせにな……。
作戦が上手くいくまで一先ず会議室で俺達は待機だ。
『リヴェル様、オーク部隊配置が完了しました』
『リヴェル、吾輩も準備万端ですぞ!』
『リヴェル様、カリュブディスはまだ上空で静止したままです。こちらから仕掛けますか?』
『ゲルドの部隊はそのまま待機、ガビル部隊は前に出すぎだ、街の防衛がメインだぞ! 相手が動かないなら時間が稼げるから、こっちには都合がいい。手は出さないでおくよソウエイ』
皆から了解! の返事を受け取り一息つく。
現在、レインだけが単独行動で止まっているカリュブディスの所へ行っている。
きえさりそうを使っているので魔力探知にも引っかからないだろう。
「お義兄様! お姉様を早く助けにいかないと! それにゴレムスが!」
会議室に駆け込んでくるトライアに俺は聞く。
「ゴレムス? どういう事だ?」
トライアから事情を聞くとゴレムスが殿として現地に残ってるらしい。
「ゴレムスに何かあったらベルが悲しむだろうがぁ!」
俺は会議室の窓から飛び出して、巨大な次元門を作る。
『ゴレムス! 門に入れ!』
門からボロボロになったゴレムスと、腕や足に嚙みついたサメの魔物が一緒に出てきた。
巨体ゆえに王城の庭が少し破壊されたが許容範囲だろ……リムルが代わりにリグルドに怒られてくれるはずだ。
「メラ、メラ、メラ、メラ! 邪魔だサメども!」
片足、肩、頭が半分欠けたゴレムスはフゥと重い溜息を付く動作で力を抜く。
「ううぅ~ごめんなさいゴレムス! 私のせいで」
トライアが満身創痍になったゴレムスの顔に抱き着いて泣く。
心配するなと親指を立てるゴレムスは見た目ほどダメージを受けていない。
「ベホマラー! アレ? やっぱ回復しないな……ダメージを受けてないもんなどういうことだ?」
《肯定。本体は胴体のコアに該当しますので、その部位が攻撃されない限りは無傷のようです。胴体以外は防具を着ている事と同意義と判断いたします》
「こんなにボロボロになってまで私を……ぐすん」
実際は無傷なゴレムスは気まずそうに割れた頭を掻く。
「トライア、大丈夫だぞ? ゴレムスの本体は胴体のコアらしく外装部分にあたる部位ではダメージを与えられないみたいなんだ……でも修理にはカイジン達に頼むしかないな」
「えっ!? そうなんですかゴレムス……もう! 先に言ってください! 言った? 言ってませんよぅ!」
涙目の間々、顔を真っ赤にしたトライアがポカポカとゴレムスを叩く。
砂を食べさせたら回復するのか? えっ? 無理? レンガと粘土が必要なのね。
食事は砂で賄えるが、欠損部位の修復にはレンガが必要なのか。
ゴレムスは戦力になるので急ぎカイジン達に修復を頼んだ。
「おおお! ゴーレムじゃねーか! うははは! すげー!」
他の三人も大はしゃぎでゴレムスに群がり喜んでいる。
「あれ? ドワーフにゴレムス紹介してなかったっけ?」
「してねーよ! 俺達がゴーレム好きなの知ってて黙っていやがったな! リヴェルの旦那!」
アレレ? 図体がでかいからすぐに大森林に引越ししたんだっけ?
「カイジン、ドンマイ! じゃー急いで修理を頼むよ、ゴレムスの怪力があれば街の被害を減らせそうだ」
「……」
「どしたのミルド?」
ミルドは急に俯きプルプルと震え出したかと思うと、ガバッと顔を上げて話す。
「美しい……外見のフォルムといい、各部位の造形が素晴らしい。バランスの取れた胴体から足回りのラインも見事な出来栄えだ。こんな芸術品を壊した馬鹿は死ねばいいと思う」
「お、おう。急に早口で喋らないでくれる? 怖いよミルド」
「あ、ああこいつは小さい時からゴーレムを作るのが夢だったから……うん」
普段は無口キャラなのにゴーレムの事になると、兄達をこき使って指示しはじめる。
テキパキと修復作業を開始するミルドは普段とは違い凛々しい。
「最近、なにを言いたいのかわかってきたけど、このミルドの方が同じ職人としては大歓迎だわ」
「いや~無理じゃねーか? ゴーレム関係じゃないといつものミルドに戻ると思うぜ?」
俺はトライアの依り代を作って魔素を注ぎ、精霊の涙をクリスタルに加工して埋め込む。
「プファーッ! トライア、お前も早く依り代に移れ!」
賢者の聖水を飲み干し、心配そうに修復作業を見守るトライアを呼び寄せる。
「これは? えっ!? 凄い……これなら受肉できそうです!」
「悪いが急いでくれ! トレントの苗木から連絡があって、お前達の枝が奪われたそうだ」
大慌てでトライアは横になり、身体を像と同化させる。
光り輝いたあと、しばらくして光が収まるとトライアは起き上がる。
「どうだ? 急いで作ったから変なところはないかトライア?」
トライアは武道家のように足蹴りを数回放つとサマーソルトを決めて、華麗に着地する。
「はい、問題なく動きます! ありがとうございます、お義兄様!」
「見え……よし、あとはレインの連絡を待つだけだな。痛っ!」
スカートで足技なんかする方が悪いんだろ!
俺にげんこつをしたトライアがプンプンと怒るが、ムッツリドワーフ共は赤面して知らん顔をしていた。
『リヴェル様、カリュブディスが動き出しました!』
『了解、俺も出る』
ソウエイに返事した後に、会議室にいるゴブタとゴブエモンを外に呼ぶ。
続けて俺はレインに連絡を取った。
『レイン、まだ中に入れないのか?』
『トレイニーが活動を停止させていたみたいで、霧を吸い込ませられなかったのよ! もう少し待ちなさい』
外に出ると巨大な竜の戦艦みたいな魔物が浮上し、こっちに向かってくる。
「このままじゃ街で防衛線になってしまうぞ! かといって通過させたらブルムンドの方に行っちまうよな?」
配下のサメの数は少ないが、ピラニアのような小型の魔物が空を埋め尽くしていた。
考えてる暇はない、とにかく前に出てあいつを食い止めないと被害が増えるだけだ。
「ゴブタ、ゴブエモン! 体内に入るまで数を減らす! 手伝ってくれ」
「わかったっす!」
「はい!」
俺はイオラでピラニアを吹き飛ばし、ゴブタは襲い掛かるサメを盾で受け止め、ゴブエモンが停止したサメの腹を掻っ捌く。
ガビル部隊も押していたんだが、いかんせん鱗の波状攻撃がやっかいだ。
しつこく部隊を追いかける鱗の群れごとイオラで吹き飛ばす。
『助かったぞリヴェル! 吾輩のブレス攻撃も効果がない、かなりやっかいですぞ』
『俺の魔法は魔力妨害を貫通するみたいだな、だがあいつも馬鹿じゃない……配下や鱗を盾にし始めたな』
攻撃は光線を吐いたり、サメが担当して鱗やピラニアはカリュブディスを守る盾のように動きを変えた。
「超速再生でこちらのエネルギー切れを狙ってるつもりだろうが、被害は減るし、動きは止まるしで助かるんだよね」
仲間の被害はなさそうだ、遊撃のハクロウが器用にゴブリン部隊とオーク部隊の補助をしてくれている。
リグルとリグルドも何故か金棒で参加し、鬼の形相で暴れまわっていた。
街の修復作業でストレス溜まってるのか? くわばらくわばら。
ゲルドが突撃してくるサメを受け止め、配下が槍や斧で袋叩きにしていた。
ソウエイやガビル達も防御に相手がまわったおかげで小型の殲滅がやりやすいようだ。
茜とハンゾウはソウエイの部隊に組み込んだから、戦力的には十分だな。
「ん? 光が……収束してる!?」
《肯定。巨大なエネルギーが体内で蓄積されていきます。あの出力が解き放たれたらこの辺り一帯に甚大な被害がでます》
マホステは無いし、マホカトールは破邪結界だしな……あーもう! マホカンタがなんでないんだよぉ!
「主様、このままではゴブイチの食堂が被害を受けますよ?」
「わかってるよ! ていうか街全体が被害を受けるわ! バカコルヌ!」
「止めないので?」
「止めれるもんなら、止めてるの!!」
首を傾げるコルヌはポンと手を打つと、出番ですね! と嬉しそうに翼を6枚背中からバサッと生やす。
天使の翼を広げて物凄い速度で飛んでいく。
カリュブディスを射程内に捕らえたコルヌは急停止した。
両腕を前に突き出し、手で三角形を作ると言い放つ。
「静寂こそ我が領域……静まれ」
『あの馬鹿女!! 大変よリヴェル! このままじゃ、カリュブディスが地上に落ちるわよ!』
『どういうことだよ! コルヌは何をしたんだ!』
『相手の動きを止めたの! 時間停止じゃないけど、完全に動きが止まるわ! 心臓も魔素の流れも何もかもね』
『ハァ!? あいつも金縛りの巻物みたいなことができたのかよ! しかもえげつない方だし!』
俺はコルヌに頑張って落とすなと命令する。
『えっ!? そんな無理ですよ主様!?』
『このおバカ!! 街に落ちなくてもあんな質量が地面に落ちたら辺り一帯がどうなるかぐらい考えろ!』
『あっ!? ど、ど、どうしたら!? 助けてリヴェル様!!』
『お前とにかくフルパワーで落ちるの支えろ! オベーラみたいな力を開放する奴で!』
『えっ!? この肉体では無理ですよ!! オベーラには天使の肉体で作ってるじゃないですか! ずるい!』
あーもうコルヌをぶん殴りたい! でも巨乳で美人は死んでも殴らん!
そういやオベーラの身体は天使のソーマを使ってたな。
『リヴェル、中にミストを配置できたけど……正直中には入らない方がいいと思うわよ?』
『いや、トレイニーを見殺しにはできんだろ……巨木が消滅しちまう』
俺はレインのミストを起点に次元門を繋げる。
慌てて姉妹が駆け寄ってくる。
「お姉様をお願いします、お義兄様」
「絶対に姉様を助けてね! お義兄様!」
トライアは綺麗にお辞儀をして、ドリスは手を振って見送ってくれる。
「おう、任せとけ!」
俺は後ろに控える二人にも告げる。
「ゴブタ、ゴブエモンは残れ。バカコルヌの所為で落下するかもしれんから」
「「……」」
二人は顔を見合わせると頷く。
「いえ、付いていきます」
「すげー怖いっすけど、リヴェル様が行くならどこまでもっすよ!」
「リヴェルには過ぎたるもの二つありってか? 頼もしい限りだよ、お前達」
門から外に出ると、ミストのレインが手を振り待っていた。
「じゃー頑張ってね。約束のケーキを渡すまで死んじゃ駄目よ?」
そう言い残すと、レインは瀟洒にお辞儀してから霧に掻き消えた。
「コルヌの権能で中は死体だらけだな……これなら楽に通過できそうか?」
「いえ、どうやらそう上手くはいかないようですよ、リヴェル様」
「死体からウヨウヨでてきてるっす……」
コルヌの権能で生命活動を停止した配下が大勢死んで、魔素溜まりが出来ていた。
そこへカリュブディスが食った残骸が魔素を吸収し、骸骨や死霊と化して復活してしまう。
「スカラ、バイキルト! 俺が魔法剣を放ったら突っ走れ! 時間がない!」
二人が頷くと俺は氷の刃でヒャダルコを前方へ数発放つ。
ゴブタが盾を構えて突撃し、器用に氷柱を搔い潜って奥へ向かう。
ゴブエモンはゴブタの背後にぴったりと並走しながら、剣刃の斬撃を飛ばして援護した。
「リヴェル様! 急いでください! それとも俺が背負いますか!!」
風音がここではだせないのか……先にだして一緒に行くべきだったよ! あーもう、クモ吉も駄目じゃん。
ならSFだ! 俺は久しぶりに四足歩行で移動するが、スライム形態じゃないので乗りにくい。
俺は二人に置いて行かれないように、なんとか四足歩行で追走する。
「見えたっすよ! あの黒い木にトレイニーさんがいるっすか?」
「たぶんな……無事だと良いが」
「リヴェル……さ……ま」
黒く染まった大木に上半身を突き出し、磔にされているトレイニーがいた。
「すまん、遅くなった」
「本当ですよ……仕方ない人……です」
分身体の顔にも血管のようなものが浮き出て、苦しそうだ。
「リムルがいないから分離して吸収ができない……どうしたものか」
「もう私の本体は完全に浸食されて同化しました……倒してください。妹達を頼みましたよ……リヴェル様」
フッと力なく笑うトレイニーの左頬からゆっくりと雫が零れ落ちる。
俺はトレイニーの頬に優しく手を触れ、涙を拭いながら言った。
「じゃー遠慮なく」
俺はギザギザが回転する切れ味のいい武器で、大木からトレイニーの核を探す。
「ちょ!? なんですの! その回転するトゲトゲは!!」
「あれ? 意外と元気だなトレイニー。違うこれじゃない、こいつはカリュブディスの核か? 再起動する前に仕舞っちゃおうね」
「リヴェル様! 落下が始まったようです、急いでください!」
追いかけてくる、死霊や骨の魔物と交戦するゴブエモンとゴブタ。
「リヴェル様が変なフラグを立てるから死霊がでたっすよ! この黒い靄はなんっすか!? 纏わりつくなっす! 気持ち悪!」
『あ、主様……もう……無理ですぅ』
頑張って巨体を支えていたコルヌが力尽きて落下していく姿を地図で見る。
「チッ! もう少し頑張れよコルヌ」
本体が同化してようがそれは肉体であり、魂の同化じゃない……てことはだ。
けたたましく鳴り響く回転ノコの音に絶叫を上げるトレイニー。
「いやあああぁーーーーーーー!! こんな別れ方あんまりですわ! もっとロマンチックな最期を期待しましたのに! リヴェル様の鬼! 悪魔! カリュブディスの核を外したら私も消滅するじゃないですか!」
「どこだどこだ! 時間がない! クソ! トレイニー煩いぞ! 見つけた!」
大きく光る青い宝石を取り出す、だが早くしないと心臓を抜き取っただけだ。
素早くトレイニーの像に精霊の涙と、トレイニーの核を融合させたものを埋め込む。
「グッ……なに……を」
「あとは魔素を込める……だけだ!!」
虹色に光り輝き、光が収まると像のトレイニーがフラッと倒れる。
「おっと……お帰りトレイニー」
俺は不格好だがなんとかトレイニーをお姫様抱っこする。
「ふぅ……言いたいことは山ほどありますが。ただいまですわ! リヴェル様!」
嬉しそうに俺の首に抱き着くトレイニーだが、地響きがして足元が揺れ動く。
「今度はなんっすか!?」
「落下が止まった?」
地図で見るとゴレムスがよくわからん魔具を背中に取り付けて、空を飛んでカリュブディスを支えてくれていた。
「ゴレムスが止めてくれたみたいだ! 今のうちに外に出るぞ!」
トレイニーに事情を話すが上の空だった。
手のひらで黒くヒビが入った宝石を見つめている。
「どうしたんだ? トレイニー」
「この子が最後まで私を助けてくれたんです……シルフィード」
《報告。精霊が力尽きて残した結晶です。本体は精霊界に戻ったようですが、魂の繋がりは残っています。修復しますか?》
「うん、お願い。精霊は結晶が魂の変わりなのね」
トレイニーは俺の言葉が理解できずに困惑していたが、自分の手の平が光り輝き小さくなったシルフィードが出現すると涙を流して頬ずりする。
黒くひび割れた結晶は緑色の輝きを取り戻し、小さな風の精霊の胸元に消えていく。
「ああ! シルフィード! ええ、ふふ。お帰りなさい」
小さくなった上位精霊が俺の頬にキスをする。
「何をしてるのですかシルフィード!? 早い者勝ち? この裏切者~!」
『ゴレムス、そのままポイできそう? 無理? マジか……』
なにか方法はないのか! 捕食か火力が欲しい、今からメドローアなんて無理だ。
《提案。マスターの魔法使いのLVが上がって使える魔法が増えたようです》
何!? 俺は慌てて覚えた魔法を探した。
ジュラの森に巨大なカリュブディスが落下する瞬間。
テンペストに住む全ての民が王とその兄に祈りを捧げた。
最後の瞬間を神に祈るように……。
すると突然カリュブディスの身体が光り輝き粒子となって霧散すると、中からカリュブディスよりも巨大な竜が姿を現した……。
「一時はどうなることかと思ったぜ……」
「「「……」」」
俺の左手のひらで小さく怯えて固まる三人と精霊を不思議そうに見つめた。
右手にはゴレムスが三角座りで怯えて震えている。
「どうしたんだお前ら? 変な顔しやがって」
「おう、ゴレムス! ありがとな、お前のおかげで被害はなしだ! なんだよ、お前まで怯えるなよな……」
《報告。竜の変身が解けます。早急に皆を退避させましょう。マスター》
俺は急いでゴレムスを下ろしたが、途中で変身が解けてしまう。
空中に投げ出されたゴブタとゴブエモンの下に、次元門を慌てて出現させるとテンペストに送る事ができた。
「あーもう魔素もMPもないわ、トレイニー助けて」
落下する途中、呆れた顔で見てくるトレイニーがツタを伸ばして俺を捕まえた。
「リヴェル様……なんですよね?」
「うん、俺だよ。他にいるか? こんなジェントルマン」
溜息を付いたトレイニーが、今度は俺をお姫様抱っこして空を飛ぶ。
「やっぱりヴェルダナーヴァ様じゃないですか……」
「違うって、ドラゴラムで竜に変身したんだよ。莫大な魔素を消費するから、使えないと思ったんだけどね。丁度いいからカリュブディスを全部消費したんだ! 予定では持ち上げて遠くに捨てようとしてたんだが、嬉しい誤算だったわ。ワーーハッハッハ!」
参考にした竜の姿はマスタードラゴンだから違うぞトレイニー。
何か言いたそうな顔をするトレイニーだが、俺の笑い声につられて笑顔を見せる。
「フフフ、アハハ! 本当に凄いですわね! リヴェル様は!」
「そうであろう! そうであろう!! フハハ!!!」
俺は王城の庭があちこちゴレムスで崩壊した姿と、一部の森がカリュブディスの閃光で今も焼け焦げている風景と、作ったばかりのブルムンド方面の街道が破損してるのを見て笑わずにはいられなかった。
《否定。現実逃避は駄目ですよ。マスター》