【完結】ひまわり in ヘンダーランド   作:nosky

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11:喪い

 

 しんのすけは、暗い闇夜に続く湖をただじっと見つめていた。

 その闇の中に飲み込まれていった妹の姿は既に見えない。

 

 言葉が何もでてこない。こんな時にどんな感情になればいいのかすらも分からなくなっていた。

 

 不思議と、涙は落ちてはこなかった。それは、未だに妹のことを信じている裏返しの感情なのかもしれない。はたまた、現実を直視できない自己防衛反応なのかもしれない。

 

 おもむろに振り返る。コア・CPUの頂上部、否、今は縦横があべこべだから最横部になる部分に墜落したトッペマは居た。

 

 低く、動物のようなうめき声が微かに響いていた。

 

 折れた柵やパイプを掴み、壊れた足場を飛び越えながらそこまで辿り着く。

 

 そこに横たわるマペット人形、綺麗な緑色は醜く焼けて、心臓部には大きな風穴があいていた。

 

「さ……す……がね……のは……しんのすけ……」

 

 16年前のあの日、あの時、チョキリーヌ・ベスタと刺し違えて消えて行った彼女の記憶が脳裏にチラつく。美しく消えて行ったあの子とは、まるで別物だ。

 

「……ねぇ、君は誰? なんでトッペマの身体を使うの」

 

 純粋な20歳児の疑問だった。そしてその確認は、彼女がトッペマであることを明確に否定する為の問いかけでもあった。

 

「わたしは……マザーのしもべ……マザーの肉体であり……手足」

 

「マザーって何? 君のかあちゃん?」

 

「……16年前、あなたは、とある学園を見学した……そこでマザーとあなたは出会った……あなたは、そこで、マザーの掲げる理念を否定して……マザーを破壊した」

 

「16年前……学園……お……もしかして、"天カス学園"……? じゃあ、マザーって」

 

「あの時のマザーは……"オツムン"と呼ばれていた……全ての生徒が、人類が、エリートとしてあり続ける為の理念を、あなたは否定して、非論理的な友情を選んだ」

 

 しんのすけの記憶の封がゆっくりと紐解かれる。

 かつての友人たち5人と体験入学に行った天カス学園。教育指導AIである"オツムン"は、生徒達の行動を常に点数化しながら監視し、皆が常にエリートとしてあるために時には手段を択ばない先鋭的なAIだった。

 

 ただあの事件は、オツムンの破壊によって全ては決着がついたはずだった。それが今になって、何故。

 

 しんのすけが訊くより先に、トッペマが答えた。

 

「破壊されたマザーの記憶は、学園内で保管され、マザーは永い眠りに就いた。……しかし、ただ眠っていたわけではない……なぜ人間は憧れである才を捨て、情に走ったのか……なぜ人間よりも賢いAIは敗北したのか……なぜ、野原しんのすけに勝てなかったのか……反芻して、反芻して反芻して。……それでもマザーは一度インプットされた理念を曲げなかった。そして、ひとつの解を導きだした。……それこそが、『野原しんのすけを否定すること』そのためであれば生死は問わない……野原しんのすけが否定されれば、必然的に自身が正しかったことの証明になる。マザーはそう考えた」

 

「……言ってることが、意味わかんないゾ……」

 

「マザーはあの事件の過程で、とある人間の感情をプロファイリングした。その感情を、反芻する過程で自身の中に再構築してしまった……あなたも知ってるでしょう『風間トオル』って。あの、自己愛性に溢れ、意地と見栄とプライドと、そして弱い心を持った実に人間らしい人間。彼の心に渦巻いていた、怒り憎しみ嫉妬憎悪。マザーはそれを抽出し、自身にインストールした。憎悪こそが、自らを強くする原動力と自己学習した」

 

 トッペマは既に何の役にも立たないトランプを数枚握り、震える手で眺めた。

 

「それからは、あなたの事を学習し続けた。今までどんな事件に立ち会って、何を得て、何を喪って。今をどう生きているのか。大体の事件は追うことはできた。ただひとつ、このヘンダーランド事件だけは、ビッグクラウドからでも情報が不足した。特殊な検索経路をいくつも経由して、ようやく辿り着いた先が、この『ヘンダーランド事件』の全貌。これは利用できると思った。そして、手足である私"DSZ-205"がアンドロイドとして生み出され、このヘンダー城のトランプを奪った。そのトランプに眠る魔力をマザーは解析して、この魔法の世界をAIと魔法の力で再構築させた。……全ては、あなたをおびき寄せ、殺す為に。……あなたの弱点もすべて理解している筈だった。……ただ、あなたの妹、『野原ひまわり』の規格外の強さは、マザーも見落としていた」

 

 トランプに火が付く。紙製のトランプは瞬くまに消し炭となって夜の世界へ散っていく。

 

「また……あなたには勝てなかった。今回もあなたは……まざー……に……か……った……」

 

 トッペマ――DSZ-205はそこで完全に沈黙した。

 瞳を深く閉じたブリキ人形。その死に顔だけは、愛しい彼女だった。

 

 

 

 

 

 

 しんのすけが踵を返し、その場を後にしようとした時だった。カンタムはまた、大きな衝撃に襲われた。そして、コア・CPUは一層強く輝く。

 

 その光は、しんのすけを包み込んだ。

 

 

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

  

 

 引き金を引き、弾丸が弾かれた時、これは当てられたなと妙な手ごたえがあった。

 ただ本当にその弾丸が奴に命中したかは分からない。最後に見えたのは、兄の顔と、ライフルのマズルフラッシュだけだったから。

 

 まぁ、兄に当たっていなければそれでいいかとも思った。

 

 湖まで落ちていく時間は、妙に長く感じた。やっぱりアクションスターのようにカッコよくはいかないなとひまわりは思った。

 

 ただ、彼女の墜落は道半ばで終わった。

 

 突如、身体の感覚が落下から浮遊に変わる。

 ゆっくり目を開けると、そこにはマカオとジョマ。ひまわりを抱きかかえ宙を舞う。

 

「……あんたたちって、オカマってより紳士なんじゃない? お礼にほっぺにキスしてあげようか?」

 

「いやねぇ、こんな小娘のキッスなんてオ・コ・ト・ワ・リ」

「鏡見てからモノを言いなさいディッツィガール」

「ちぇー、なんなのまったく! どいつもこいつもJKブランド甘く見過ぎでしょ!」

 

 ひまわりがそう軽口を叩いたとき、宙を舞っていた二人は急に失速。

 湖から這い上がってメイン広場に来た時に、そのまま胴体着陸するような形で倒れ込んだ。

 

「わ! ……ててて、ねぇ、いったいどうしちゃったの!?」

 

 マカオとジョマ、いくら軽口叩けど深手を負って憔悴しているのは確かだった。

 

「おーい! ひまわりー!」

 

 背後から両親の叫ぶ声。

 パパ、ママとひまわりは声を出す。

 

「ひま……うお! 出やがったなこのオカマ魔女!」

「あーちょっと待った! お兄ちゃんにも言ったけど、今回この人たち味方なの! 信じて!」

 

 ひまわりが両手を前にだして二人を庇う。訝しむ両親の表情は未だに硬い。

 

「いいわよほっときなさい。説明するだけ体力の無駄よ」

 

 マカオが座り込んだまま、そう言った。

 

「傷が深い?」とひまわりが訊く。マカオは黙って首を横に振る。そして、ひまわりのポケットからはみ出たジョーカーのトランプを指して「あんたがそれを使ったから元気が出ないだけよ」と言った。

 

「どういうこと?」

 

「そのジョーカーは、言わば私たちの源と、そう説明したでしょ。その魔力を大きく消費して魔法を発動すれば、必然、私たちだってタダじゃすまない」

 

「……! そんな、ごめんなさい、私、気付かなくて……!」

 

「いいえ、それでいいのよ。あの巨大なコアを破壊するためにはああするしかなかったことくらい、私たちだって百も承知よ。だからあなたに託したの。ジョーカーの奪還を……私たちじゃ、躊躇っちゃうかもしれないから。それに、人間が使うことが魔力を最大に生かすことにもなる……」

 

 ひまわりが手にしたジョーカーを、マカオはゆっくりと受け取る。

 

「……上出来だったわ。ありがとう。野原ひまわり」そう彼女に微笑んだ。

 

 じわり、とひまわりの瞳が赤くなる。その光景に、ひろしとみさえはそれ以上を口にできなかった。

 

 ――その時、ドンッとまた、大地を揺るがすような地響きがまたなった。

 

「!?」

 

 ひまわりが振り返った先、そこには、沈黙したはずのカンタムXが再起動を始めようとしていた。

 右手を地面に突き刺して、数百トンはあろう身体を立ち上がらせようとしている。

 

「なんで!? ジョーカーは回収したはずなのに!」

 

 機体から機械音声が響く。

 

『魔力供給のシャットアウトを検出、バックアップシステム作動。バックアップシステム作動。メイン供給をジョーカーカードから、ジョーカーカードの複製データへと切り替え。このモードでは、機体のバッテリーからの電源供給を行います。活動可能時間はおおよそ45分』

 

「バックアップ!? 複製!? もうわかんない、一体何がどうなってんの!?」

 

「……こんなのが、あと45分も動き回るってのかよ!?」

 

 顔を青くしたひろしがそう叫ぶ。

 

「それよりも、しんのすけは!?」

 

 みさえがそう言った時、ひまわりは呟く「……まだ、中にいる……」

 

 カンタムXがじわりじわりと覚醒していく。そして、二本足で立ち上がる。大きなカンタムの咆哮と共に、5人の鼓膜は大きく揺さぶられる。

 

 カンタムの視線がこちらに向く。最早憔悴しきった5人。マカオとジョマでさえ、魔法を使う余力は大きくはない。

 

「どうすんだよこれ……」

 

 ひろしが諦めを含んだように呟く。

 

 皆が黙りかえるなか、ひまわりは決死の思いで、こう叫んだ。

 

 

「おにいちゃーん!!」

 

 

 

 

 

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

 

 

 

 

「お……?」

 

 

 

 しんのすけは、気が付いたら見知らぬ世界に居た。

 そこは、上も下も右も左も、過去も未来も、絶望も希望もない、真っ白な世界だった。

 

 僅かに細波が聞こえる。水の細波か。しかし、よく耳を澄ませて聞こえてくるのは、どちらかというと人の声であったり、過去に見た情景であったり、そういった類の雑多に近い音たちだった。

 

 そこからもう少し歩を進めると、そこに、あの、懐かしい人たちがいた。

 つばきちゃん、徳郎さん、おマタのおじさん、ななこ、スピルバーグ、カンタム、アクション仮面、ぶりぶり座衛門……。

 

 みんなが優しく手を振る。

 

『しんちゃん、みんなあそこで待ってるよ。一緒にいこう』

 

 彼の背後で言ったのはトッペマだった。

 彼女に手を握られ、共に足を動かそうとした。

 

 しかし、しんのすけはそれを拒絶した。

 

「ごめん、トッペマ……オラ、行かない。父ちゃんも母ちゃんもひまも、みんなが待ってる」

 

『どうして? こっちの世界の方がうんとうんと楽しいのよ? ね、しんちゃん、いじわる言わないで、みんなの所にいこ?』

 

「うぅ…………うるさい! お前は、お前はトッペマなんかじゃない!」

 

 しんのすけはトッペマの手を振り払い、そう叫んだ。彼はこの世界がどんな場所であるか、彼女が何者か、なんとなく察しが付いていたのだ。

 

 すると、今まで優しかった皆の表情が、急に真顔に書き換わる。

 目の焦点がどろりと消えて、瞳が真っ黒になり、口はバックリと大きく空いて、顔の輪郭に三つの大きな穴が開いただけの抽象的な異形が彼を取り囲む。

 

「やめろ、やめろ! みんなで遊ぶな! オラの、オラの大親友たちは、そんな顔じゃない!」

 

 真っ白だった世界はいつの間にか真っ黒な世界に置き換わる。

 今度聴こえてくる細波は、彼を絶望の淵に落としていった記憶たちだった

 

『撃たれたらしい……お前の言う通り、最後にそれを使わないでよかった……』

『しんちゃん……スキヨ……』

『速報です、南ボボサルマータの自爆テロを受け、犠牲となった日本人は『行田徳郎』さんであると関係者の取材であきらかに……』

『スズメは、きっとしんのすけにお礼が言いたかったんだよ……』

『ちょっと休むだけ……ちょっと休んだら、また頑張れるから……』

 

「ううう……ぎいいいいいい! やめろ! やめろぉ!」

 

 しんのすけの怒鳴り声は、一つの虚像を結ぶ。

 暗闇の中で募った光が、とある懐かしい顔を浮き上がらせる。

 

『かなしいなぁ、しんのすけ?』

 

 それは、お高く留まった気障な顔。しかし、その面影はどうしても懐かしい。

 

「……風間くん?」

 

『何故それほどの力を手にしていながら、それでも苦しみを選ぶ?』

 

「ちがう、お前も風間くんなんかじゃない!」

 

『ああそうさ、でもそんなことはどうだっていい。お前はこの世界で沢山のモノを喪った。その度にお前は苦しみ、悶えた筈だ。なぁしんのすけ、彼らがどうすれば死ななかったか教えてやろうか? お前が賢ければ、エリートであればよかったんだよ。賢い頭と、賢明な判断力さえあれば、消えて行った彼らは不幸にならずに済んだんだ』

 

「嘘だ! そんなこと!」

 

『うそじゃないさ。なぁしんのすけ。お前にはまだ賢くなれるチャンスがあるんだ。まだ取り戻せるんだ。そうじゃなきゃあ、お前はまた大切なものを喪う』

 

 ――おにいちゃーん!!

 

 その世界に微かに黄色い声が差し込む。

 しんのすけは直ぐにひまわりの声であると理解した。

 

『どうだ、しんのすけ。こちらでボクと組まないか? 皆が幸いになれる世界を、誰も不幸にならない世界を。もう大事な人が死ななくていい世界を……』

 

 風間がそっとこちらに手を伸ばす。

 五歳の彼の手は余りに小さく、しかしながらこれ以上ない程に恐ろしい。

 

「…………風間くん、オラ、嫌だ。あの時オラたちは、エリートなんかよりも、賢くなることよりもずっと、ずっと大事なことを学んだんだよ。風間くんは何も知らない。あの時お別れしていった皆は、賢かっただけじゃ助からなかったことくらい、オラにだってわかる……」

 

『ははは、そういうと思ったよ。いくらしんのすけでもこんな詭弁に引っ掛かるほど馬鹿じゃないわけだ。……しんのすけ、お前たち一家丸ごと……この世から消えろ』

 

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