【完結】ひまわり in ヘンダーランド   作:nosky

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02:野原一家ファイヤー!

「ただいま……」

 

 午後20時。開いた玄関から浴びる光が、どうも濁っているように思えた。

 あれだけ優しかった蛍光灯が、どうしても、寂しいのだ。

 

 ひまわりは家に入るのをやめ、庭へと回った。

 静かに愛犬の名を呼ぶ。真っ白な老犬がよたよたと歩き、ひまわりの手をペロペロと舐めた。

 

「お兄ちゃんいなくてシロも寂しいよね。ま、いても散歩は連れてってくれないか」

 

 シロの頭を撫でて、もう一度玄関へ。

 そこには、不安そうな表情を浮かべたみさえの姿があった。

 

「あ、ひまわり! ただいまって聞こえたのに、どこにもいないんだから」

 

「めんごめんご、シロと遊んでたんだ」

 

「早く晩御飯食べちゃいなさい」

 

 そう言ってくる母の顔、笑ってくれてはいるものの、その笑みはどこかぎこちない。

 また皺が増えたかな、とひまわりは思う。だけど口には出さない。その言葉は、兄が戻ってきたその時まで取っておく。そして、一緒にお仕置きをしてもらうのだ。

 

 荷物を置いて、手を洗ってテーブルへ。

 父は2本目のビールを飲み終えた後らしい。

「ペース早いんじゃない」そうひまわりが言うと、「ああ……そうだな」と静かにコップを置いた。

 

 しんのすけがいつも座っていた席には、アクション仮面のお茶碗が伏せてあった。

 いつ、彼が当然帰ってきてもいいようにと、その日からずっと、食事の時間にはそのお茶碗が伏せてある。

 

 テレビのニュースが流れる。無意識の内、兄に関する情報を拾おうと耳が意識する。

 だけど同時に、結末を知りたくない思いも交差する。食事の時間なのに、胸がいっぱいになる。

 

 兄の為に買ってきた、ヘンダーランド限定スーパーロイヤルチョコビは未だにお土産袋に入ったままだ。

 

『早く帰ってこないと、チョコビ私が食べちゃうぞ』と送ったラインにも、未だ既読はつかない。

 

 ご飯を三口食べて、芋の煮っころがしを一口食べて、そして箸を置く。

 そして、ぼうっとテレビを眺める。何か気を晴らしてくれるような、面白い番組なんかないものか。すると、飛びこんでくるのは一つの速報。

 

『速報:群馬県のテーマパーク『ヘンダーランド』閉園が決定』

 

「……え?」

 

 声を出したのは、ひまわりよりも、ひろしが先だった。

 画面はニュースに切り替わる。

 

『えー番組の途中ですが、ニュースをお伝えします。ヘンダーランドを運営する株式会社ジョマーエンターテイメント社は先ほど、先月オープンを果たしたばかりのテーマパーク施設、ヘンダーランドを閉園すると発表しました。背景としては業績の急激な悪化であると同社は語っていますが、専門家の見解によりますと……』

 

「……しんのすけ」

 

 不意にひろしが言葉を漏らした。

 そして机に突っ伏して、酔ったふりをして、泣いているのを誤魔化しているようだった。

 

 ひまわりも、その日の出来事を聞いていた。

 あの日、兄が血相を変えて自分を探しに来ていたこと、そして、車でヘンダーランドへ向って行ったこと。……そして、消息を絶った。

 

 何故兄は、そこまでして私を止めたかったのだろう。兄は、ヘンダーランドの何かを知っているというのか。あの日以降、両親はヘンダーランドの話題を不自然に避けようとする。息子のことを思い出すから。否、それだけが理由じゃないようにもひまわりには思えた。

 

 そして、このニュース。ヘンダーランドの急な閉園。

 彼女にはこう言っているように思えた。

 

 

 ――用は済んだ。

 

 

「……ごちそうさま」

 

 茶碗に盛った白米だけを食べて、ひまわりは自室へ。

 ベッドで仰向けに、スマホのアルバムを開く。友人や家族との思い出が沢山詰まったアルバム。当然そこには、兄もいる。

 

 海で水着姿の兄妹。昔みたいに手あたり次第お姉さんをナンパする……と言うことは無く、ひまわりに寄ってくる悪い虫を父と一緒に退治してくれていた。

 日焼けで真っ黒になった身体。水着の部分だけは真っ白なことをいいことに、家にかえるなりケツだけ真っ白星人とかいって母から拳骨を落とされていた光景は未だ記憶に新しい。

 

 こっちはスキー、こっちは花火大会。いつでもどこでも一緒だったものだから、彼氏がつくりにくくなってしまうなと思うこともあった。

 

 それでも、兄と過ごした日々は、尊かったと心から言える。

 

「お兄ちゃん……」

 

 そして、やはり思う。何故兄は、ひまわりがヘンダーランドへと遊びに行くことを、これほどまでに恐れていたのか。兄は、きっと何かを知っている。

 

 ヘンダーランドの、本当のヒミツを。

 

 スマホに、一通のメッセージが入る。

 差出人は

 

 

 

 ――しんのすけ

 

 

 

 ドンッ、とひまわりの心臓が重い悲鳴をあげた。

 一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまったほどだ。

 

 身体を起こし、ベッドに内股を付く。

 震える指で、ゆっくりと通知履歴を押す。するとそこには

 

 

 

『うそだと おもうなら ちょいとおいで』

 

 

 ひまわりは、呼吸を止めながらもようやく確信する。

 兄は、家族を置いて自ら行方を眩ませたのではないと。

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

「ちょっとこんな時間にどこ行くの!? ひまわり、待ちなさい!」

 

 向日葵色のジャンパーに、黒いリュックサック。そして、白いヘルメットを手にしたひまわりが、玄関でお気に入りのスニーカーを履いている後ろで、両親たちが喚いている。

 

「ヘンダーランド、お兄ちゃんを探しに行ってくる」

 

「ヘンダーランド!?」

 

 絶句するみさえ、そしてヘルメットを手にするひまわりの手を、ひろしが掴んだ。

 

「ひまわり、ダメだ。ヘンダーランドへは行くな。第一、しんのすけがそこにいるかもわかりっこないんだろ!」

 

 ひろしの手は震えている。その手をひまわりは逆手で優しく包みながら、父へ答える。

 

「こういう時ってフツー、暗いからとか、補導されるからとかって言うモンでしょ? ねぇ、パパ、ママ。本当はヘンダーランドのこと知ってるんじゃないの。お兄ちゃんがなんでいなくなったのか、心当りがあるんじゃないの」

 

 するとひろしは、ようやく諦めたように、重い口を開いた。

 

「もう、ずっと昔の話だ。ひま、お前が生まれるよりもまだな。確かに、その時にもヘンダーランドという施設は存在した。そこは、オカマの魔女たちが世界征服を目論む為に創り出した、一つの拠点だったんだ。……しんのすけと俺たちで、なんとかその魔女たちを封じ込め、全ては終わった……はずだったんだ」

 

「どうして、パパとママはそのことを黙ってたの……。家族の危機に、皆で立ち向かうのが野原一家でしょ!?」

 

「俺たちゃ、あの時みたいに若くはないんだ……ひまわり、もう、やめるんだ。俺たちはお前まで失うわけにはいかないんだ!」

 

「じゃあお兄ちゃんを、見捨てろっていうの……? 私は嫌。絶対に嫌。誰が何と言おうと、絶対にお兄ちゃんを助けに行く」

 

「危険だ」

 

「覚悟してる。でも、お兄ちゃんだって、この世界を何度も救ってきた。今私がこうして生きて居られるのも、あの時、まだ5歳だったお兄ちゃんが、必死で戦ってくれたから。……私は、お兄ちゃんの妹。嵐を呼ぶ女子高生だから。お願い、パパ、ママ。必ずお兄ちゃんを連れて帰ってくるって、きっと約束する」

 

「……ひま」

 

 父の握る手が、より一層強くなるのを感じた。

 

「野原一家ファイヤ、だよ。行ってきます」

 

 ひまわりは先を急ぐため、ひろしに手を放すように促した。だがそれでも父は強く手を握ってくるため、少し力を入れて振り払った

 

 

 

 

 

 すると、ぽろりとひろしの腕が、取れてしまった。

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 ひまわりの腕を掴んだまま、取りつく肩を失ったひろしの右腕。

 そっと、両親の顔を覗き込む。

 

 父も母も、先ほどまで狼狽えていた表情から一変、全くの無表情でひろしの取れた腕をじいっと見つめていた。

 

 ひまわりは改めてその腕を握る。指の関節がまるでデッサン人形のような固い動きをする。触った感触は、ブリキ人形のような、無機質なものだ。

 

「パパ……? ママ……?」

 

 すると、ひろしの目がこちらをギロリと覗き込む。

 

「あーあ。取れちまった」

 

「バカね、下手なことするから」

 

「まぁいいじゃないか。ひまわりも行ってくれるって言ったんだし」

 

 無表情で、じっとこちらを見つめたまま、彼らはそう言ってきた。

 

「どういうこと……? パパ、ま……」

 

 すると突然、ひろしが逆の手でひまわりの首を掴み、玄関へと押し付けた。

 

「あが……っぐ……あ゛っ……」

 

「ひまわりぃ。早く行かないと、しんのすけが死んじゃうかもしれないぞぉ。それとも、お前もここで死ぬか?」

 

 ひまわりは、ひろしの両腕を掴み、そして腹に鋭く足の裏を突き刺した。

 ひろしの身体は後方へと吹っ飛び、そしてみさえを巻き込んで四肢がバラバラに。

 

 ひまわりはひどくえづきながら、それでも這うようにして玄関から脱出する。

 急いでヘルメットの顎紐を締め、庭に停めてある90ccのスクーターに跨る。

 

 セルを回そうとしたとき、アンと小さな鳴き声が奥から。

 

 ひまわりは一瞬玄関を確認する。まだ奴らは崩壊したままだ。

 急いでバイクを降り、リュックサックを広げると「シロ! 一緒においで!」と叫ぶ。

 

 しかしシロは、よたよたと。それはもう、見ているだけでも痛々しい程の老体だ。

 もう犬としての平均寿命をとっくに越しているこの子を連れていくのは流石に難しいかもしれない。ひまわりがそう思った時。どん、と玄関の開く音が聞こえた。

 

「!」

 

 一度壊れたヤツら。腕や首が前後左右あべこべに付けられ、でもひまわりを求め、身体を緩慢に揺らしながら歩いてくる。

 

「ひまわり~? ママにおいたしたらダメって言ってたでしょ?」

 

「そうだぞひま? パパとママにごめんなさいしなくちゃな?」

 

 首が180度後ろに回ったままのひろしが言う。

 そして二人はひまわりを見つけ、カタカタカタカタ音を鳴らしながら。小走りで近づいてくる。

 

 狭い庭。通路は玄関に続くところのみ。窓にも鍵が掛かっている。逃げ道は無い、万事休す。

 

 その場から一歩後退るひまわり。すると、奴らへシロが飛び掛かった。

 みさえへ渾身の綿あめアタック。そして、ひろしの腕に噛み付く。

 

「シロ!」

 

 ひろしが腕を振り払う。着地に失敗したシロは激しく消耗している。それでも、最後の力を振り絞るように、ひまわりへ大きく吠えた。行け、彼を取り戻すんだ! まるでそう言ったように。

 

 ひまわりはひろしに肩でタックルを入れると、直ぐにスクーターへ。

 エンジンを掛け、スロットルを握った瞬間、みさえに捕まれる。

 

「放してよ!」

 

 ひまわりがそう叫んだ時、またシロがみさえの腕へ。

 その一瞬の隙を突いて、ひまわりのスクーターは夜の街へと駆け出した。

 

 野原家の敷地を出て、数秒後。

 

 

 

 スクーターのエンジンの音に紛れ、シロの「ギャン!!」という悲鳴が最後に聴こえた。

 

 

 

 

 

 

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