【完結】ひまわり in ヘンダーランド 作:nosky
「はぁ……」
自宅から約50km程離れた地点、所在は深谷か本庄あたりか。
90ccの相棒にガソリンを入れ、併設しているコンビニで珈琲を買って、駐車場のパイプガードに腰を下ろす。時刻は21時を過ぎた頃か。吐く息が、微妙に白い。
家族は果たして無事なのだろうか、両親が偽物だったということは、本当の父母はどこかに囚われているということだろうか。それに、身を呈して自分を守ってくれたシロは……。
様々な思いが、ひまわりの中に渦巻く。心が弱っているな、と直感で感じる。
立ち止まってはいけない、兄だっていくつもこんな苦難を乗り越えて来た筈なのだから。
彼女に声を掛けてくるチャラい男どもを蹴散らして、ひまわりは再びスクーターへ。
再びスロットルを目いっぱい開ける。夜の街中を単眼のヘッドライトが切り裂いていく。
スピードメーターはいくつになってるかよく知らない。そんなことを考えてる余裕もあまりない。すると、スクーターのミラーに赤い光が見える。……赤色灯か。
『前の二輪車、左に寄せて停まりなさい!』と、初老警官の声が夜の町に響く。
「冗談! こんなときばっかり!」
やはりスピード違反か。今の時間捕まれば、点数と補導のダブルパンチだ。そして自宅に強制送還されるだろう。そんなこと、あってたまるか。
焦燥と罪悪感を握りつぶしながら、ひまわりはスロットルを一段と開ける。
警官の怒号が背中から聞こえても、逃げるしかない。
二つ先のブロックを狭い通路の右に曲がって、信号を黄色で滑り込んで――その先のブロック。
左側から、トラックの光。左右のライトのど真ん中に、ひまわりのスクーター。ブレーキを慌てて握っても、スロットルを全開にしてももう遅い。
迫りくる大きなクラクションと影に、ひまわりは強く目を瞑る。
だが、衝撃はいつまで経っても来ない。
両ブレーキを思い切り握って、スクーターを停める。先ほどまで目の前にいたトラックは居なくなっている。
後ろを振り返る、彼女を追っていた警官の姿もないし、サイレンも聞こえてこない。
「何……?」
急にしんと、辺りが静まり返ったよう。
じわりと滲む汗、でも、もう引き返すことはできない。この違和感も全て、原因はあそこにある筈なんだ。
ひまわりはふたたびスクーターを発進させる。そしてようやく、『群馬 ヘンダーランド』の看板が見えた。
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閉園したとされるヘンダーランドは、闇夜の中にひっそりと佇んでいた。
ほんの数週間前に来た時のような、活気に満ち溢れた面影はそこにはない。『いままでありがとうございました』の垂れ幕と共に静まり返ったそこは、廃墟と呼んでやるに十分な場所に思えた。
あれだけ人で溢れ返っていた正面ゲートも、無人だとこれだけ広いのかと思い知らされる。
正門には施錠がされていない。誘われてるなと思いながらも、ひまわりは帽子のつばを後ろに被り、中へと入っていく。
当然チケット売り場にも人はいない。ひまわりは一応、貰った招待券の余りを受け付けへと置いて、ゲートをくぐった。
メインホール――当然だが、ここも静寂で溢れ返っている。スマホのライトをオンにして、右を左を。
「だ、誰かいませんか? お、お兄ちゃん!」
そう言ってみても、自分の声がこの空間に響くだけ。
流石に足取りが重い。ライトを正面に向けたとき、すっと何かがひまわりの前を横切る。
「あ、ちょっと!」
それは目にもとまらぬ速さで、彼女の前から消え去る。
ひまわりはその影を追おうとした、だが、こんな丸腰で先に進んでもいいものか。そう思って辺りを見渡す。
すると、目に入ったのはお土産売り場。木刀が一本3000円で売られている。ひまわりはそれを手に取る。
しかし、タダで持っていくのはいささか悪いと思ったのか、一応値段通りの、なけなしの3000円をレジに置く……すると、レジ横に安売りされている木製バットが一本1000円で置いてあったので、ひまわりは迷わずそれを手に取り、レジの2000円を回収して先ほどの陰を追い始めた。
先ほどの陰、走っていったのは西側だ。
まだいるかな、と思いその小さな足跡を追う。
イタリアの街並み、湖、ジャングル、それらのエリアを抜けて辿りついた先は、大きなテントが設置された『ヘンダーサーカス』。そっとテントを開けて中へ。随分と埃臭く、鼻を押さえて咳をする。恐らくショーに使用される道具が並べてある倉庫だろう。自分が来た時にはまだサーカスは開園されていなかった。
その奥、一つのセットがあった。
『トッペマ・マペットの人形劇』と書かれたその、人が乗るには小さすぎるステージ。近くにスイッチがあったため押してみる。
――わたしーは トッペーマ あなたのしもべ……。
照明に照らされた緑色の衣装を纏った人形が、静かに歌い、踊り出す。しかし、人形は完全に歌いきれることなく、曲の途中でその場に崩れ落ちた。ころん、と一つのゼンマイをおとして。
「……ネジが切れちゃったんだ」
ひまわりがその人形に手を伸ばし、ゼンマイを巻いてあげる。しかし人形はうんともすんとも言わない。
「よーぉ、お嬢。こんなところで一人何してんだぁ? 女一人でテーマパークなんて、ンな悲しいこたねーだろ?」
ひまわりが慌てて振り返る。そして、目を疑う。
「おいなんだよ、んな雪だるまが喋ってる見てぇな顔しやがってよ。俺の顔がそんなに珍しいか? アン?」
ひまわりの目前、大きな雪だるまが喋っている。
「雪だるま?……が喋ってる?」
「そらお前、AIだかIPだかロボットが喋る時代なんだぜ。雪だるまが喋っててもフシギじゃねぇだろうよ」
ヘンだろ、と思いながらもひまわりは訊く。
「あの、もしかして、ここの職員の人ですか? それだったら、勝手に入っちゃってごめんなさいですケド」
「ああ~ン? まぁ似たようなもんだ。オレ様はス・ノーマン。ま、職員っていうかここに棲んでるって言うか。って言うかお前、一人で何しに来た。その人形、どうするつもりだよ」
「兄を探しに来たんです。でも、何も手掛かりが無くて。だけど、私、兄がここに居るって確信してるんです。ヘンダ―ランドは
ひまわりがそう言い終える前。
雪だるまが突然に蹲り、呻きだす。
「あ゛っ!……いぎいいぃいいいっぃいい!!!! うっ……うあっ!」
「え、ちょっと!? どうしたの!」
「ううぅ……があぁああ! その人形! 今すぐ捨てろ! 帰れ!! ひ……」
ス・ノーマンがそう言ってひまわりに掴みかかろうとしたとき。
「スゲーナ・スゴイデス!」
その言葉と共に大きな光がテントを埋め尽くす。突然のフラッシュにひまわりは目を腕で覆う。
「うわああああああ!!!」
光が落ち着いたその一瞬の隙、ス・ノーマンがテントから逃げていく様が見えた。
ひまわりは、光の光源へと視線を移す。そこに居たのは、トランプを構えた一体の人形。
「大丈夫?」と人形が問いかける。
「……もう、驚かない」
「それが良いと思う」
人形はトランプを仕舞うと、ゼンマイを頭へ。
「ありがとう、ネジを巻いてくれて。ずっと誰かが解放してくれるのを待ってた」
「解放? 囚われてたってこと?」
人形は頷く。
「そう、さっき見たでしょ。あの雪だるま。アイツに。アイツは魔法使い『マカオとジョマ』がかつて生んだ凶暴な化け物。アイツに捕まって、私は自由を奪われた。16年前と同じように」
マカオとジョマ。――奴らが言ってたことと同じだ。
「あなたは一体」
「説明は後、とにかくあなたには、さっきの雪だるまス・ノーマンを倒して欲しいの。そうすれば、私は元の姿に戻れる……きっとあなたの大切な人も」
「……なんで」
「そうじゃなきゃ、女の子一人がこんなところへは来ない。私はトッペマ。トッペマ・マペット」
「ひまわり……野原ひまわり」
人形は頷くと、ス・ノーマンを追うべくと先を急ぐ。
ひまわりもそれに続く。
「ねぇ、なんで私があの雪だるまを倒すの? トッペマ、あなたの力があればそれで充分なんじゃ」
「それはね」
走りながら会話する二人。しかし、それを阻む敵襲。
ヘンダーランドのマスコットキャラクター、ヘンダ―君。ただ、その手にはバットや鉄パイプ。
「ウッソ……」
あのヘンダー君が、そう思いながらも、ここで足を止める訳にはいかない。
ひまわりは持ってたバットをヘンダー君にむかって振り下ろす。
しかし、奴らはひまわりの攻撃を避け、鉄パイプをフルスイング――間一髪、身体をのけぞらせひまわりは攻撃を回避。しかし、ヘンダー君の追撃、次はひまわりに兜割りを入れる要領で、上から鉄パイプを振り下ろす。
ひまわりはバットで受け止める。激しい衝撃が手に伝播する。
パイプを振り下ろしたヘンダ―君に隙、ひまわりは足を奴らの腹へ突き刺し、後方へ飛ばす。
すると、次に目に入った光景。奥の別のヘンダー君が、こちらに猟銃を向けている。
ひまわりはバットを捨て、付近の物陰に緊急避難。ズトン、ズトンと火薬が炸裂する音に耳を必死で塞ぐ。
「冗談でしょ……これがマスコットキャラのすることなワケ!」
「ひまわりちゃん!」
トッペマが、ひまわりに一枚のトランプを投げる。
「さっき私がやったみたいに『スゲーナ・スゴイデス』って唱えて!」
ひまわりはトランプを胸に、銃声が鳴り止むのを待つ。
5発目の銃声の後、ひまわりは身を乗り出し、トランプを奴らへと翳し
――スゲーナ・スゴイデス!
と唱える。
すると、トランプからあの光が。目を焼き尽くす程の光が、ヘンダ―君の群像を一気に包み込み、ヘンダ―君たちは跡形もなく消え去った。
「どういうことよ」
未だトランプから煙が消えない。ひまわりは何度かそれを振る。
「それが、あなたにしかス・ノーマンを倒せない理由」
「全然イミわかんないんだけど」
「そのトランプは見てた通り、巨大な魔法を生み出すことができる。でも、本当の力を生み出せるのは私みたいな人形じゃなくて、あなたのような血の通った、心を持った人間。所詮私が使える魔法は、その場しのぎみたいなものだから。……16年前も、彼の力で救われた」
「もしかしそれ、野原――」
「――しんのすけ。そう、あなた妹さんなのね」
ひまわりは無言で頷く。
トッペマは何だか似ていると思ってたからと微笑んだ。