【完結】ひまわり in ヘンダーランド 作:nosky
ヘンダーランドの中庭。すっかりと闇夜に堕ちた世界を、水銀灯の光が支える。
中央の噴水広場から、ヘンダー城へと続く線路。汽車の様子はない。目指す先は、ヘンダー城内部。ス・ノーマンの潜伏先が、そこにある。
「つまり、16年前にもヘンダーランドはあった、そしてそのオカマ魔女たちは封印された」
トッペマは頷く。
「そう。だけど、奴らは復活した。そしてまた、この地球の征服を企んでいる」
「どうして復活したの?」
ひまわりの問いに、トッペマは首を横に振る。
「その、お姫様は無事だったんだよね。王子様も。でもそれもまた?」
ひまわりがそう言いかけた時。
彼女達の前に、『3』と書かれたゲートが立ちふさがる。
「これ、開けられるの?」とひまわりが訊いたとき。
「イッツショーターイム!」
少し枯れた声と共に、扉が開く。奥から歩いてきたのは、シルクハットとスーツを身に纏った、不審な紳士。
「ヘンダーランドへようこそ」と言って彼女らの方へと歩いてくる。
「お嬢さん、せっかくおいでの所もうしわけないですが、招待状はお持ちですかな? でなければ、お引き取りを願おう」
「生憎、そういう訳にもいかないの。お兄ちゃんと、パパとママを助け出すまでは」
「ナルホド。お転婆なレディは嫌いじゃあないが、聞き分けのない小娘となると話は変わるなァ。最後の忠告だ。ここから立ち去れ。その人形を置いてな」
「トッペマを?」
ひまわりが横目でトッペマを見る。
トッペマ、何やら不穏な顔つきをしていた。それは、予想外の敵に出会ったというような狼狽に近い焦燥。だが、それにしてはその顔ばせは、恐怖よりもイラつきが先行している様にも思えた。
トッペマの口元が動く――何で、と言っているようにも取れた。
「クレイ・G・マット……奴らの手で?」
「久しぶりだよなぁトッペマぁ。だが、お前はあの時とは少し違うようだ。……マカオとジョマ様からの命令でよぉ、お前をぶっ潰せって貰ってんだよこっちはなぁ!」
クレイ・G・マットは雄たけびを上げると、その姿がみるみると変化していく。体中から体毛が生え、口先は犬のように尖り、耳は立ち、そして大きな遠吠えを上げる。
それを見たひまわりは、手にトランプを構えクレイと対峙する。
「わお、男はオオカミだってよく言うけど、地でいくタイプは初めて。でもあたし、積極的に来られるよりも、自分から行くタイプなのよね。ほら、お望みの招待状だよ! スゲーナ・スゴイデス!」
ひまわりが持ったトランプは二枚。
一枚はクレイを惑わす為のフラッシュ・バン。もう一枚は逃走用のバイク。
魔法で出したバイクにまたがり、光に悶えるクレイ・Gをギリギリの所でかわし、線路に乗る。
1000ccをゆうに超える排気量、インラインから鳴るサウンドを排気管から叩き出し、後輪で地面を蹴っていく。
「っひょー! 魔法サイコー! 乗ってみたかったのよねスーパースポーツ!」
風が頬を強く撫でる。まるで無敵の鎧をまとったにかのように、彼女の心は燃えていく。
しかし高揚も束の間、タンデムでひまわりにしがみつくトッペマが「ひまわりちゃん、後ろ、来てる!」と叫ぶ。
ミラーで後方を確認、そこに、ひまわりと同じくバイクで彼女の車両をチェイスするクレイの姿。
ひまわりの背中でカン高い2stの音。チャンバーからは白煙がオイルを含んで上がっている。
「まさしく
爪先でギアをシフト・アップ。スロットルをエンドまでヒン回し、顔をスクリーンに埋める。空気の壁を肌で感じる程の速度。一歩間違えば、橋の底への一本道。危険な綱渡り。
しかし、クレイのバイクもなかなか引き離せない。
「トッペマァ!! 死ねぇ!!」
クレイは左手を離すと、バイクのサイドバックからサブ・マシンガンを取り出しひまわりのバイクに向かって乱射を始める。
背中から火薬の破裂する音がいくつも鳴り、バイクのすぐ横を銃弾が霞める。火花が散り、ひまわりの目元ギリギリを襲う。
「あーもー!! 浪漫もクソもない! 魔法の国なら魔法使いらしく戦いなさいっての! ってか大体オオカミがバイクのんなっつーの!」
「後ろは任せて、ひまわりちゃんはバイクに集中して!」
トッペマが後ろ方向にバリアを展開する。銃弾を防ぐ魔法、しかしバリアを激しくノックするその音は、ひまわりの心を疲弊させるに十分すぎるもの。それに、横殴りのように迫る弾丸を全て防ぐには、トッペマのバリアは聊か心もとない。
そしてステージはヘンダー城前駅へと続く最後の直線へ。ここから先、脇道にそれるルートも、逃げ場となる場所もない。
後ろのクレイを何とかしなければ、バイクを降りることはできない。ひまわりは少し考えた後、一度ギアを落とし、よりスロットルを開けバイクを加速体勢へと移行させる。レヴ・カウンターが悲鳴を上げている。それと引き換えに、呼吸が困難になるほどのスピードを手に入れる。
そして、クレイと一定の間隔を開けたことを確認すると、イチかバチか、『スゲーナ・スゴイデス!!』と風圧に逆らう如く大声で唱え、トランプを線路に向かって投げ捨てる。
トランプの角が地面に付き刺さる。そして、後続するウルフがそこを通るとき。
「ん、トランプ……ま、マズイ!」
「いっけぇ!!――――」
――瞬間、橋が、爆発を伴い激しく揺れる。余りの轟音に瞬間的に聴力を失い、手が緩み、視界を失う。
バイクの安定を失わせる程の地響きが、線路中に響き渡る。
車両はそこで急制動。振り返ると、大量の煙と共に橋の中央が大きく破壊され、鉄骨がむき出しに。鉄の残骸が遅れてボロボロと湖に落ちていく。
ひまわりはハンドルに両ひじを置いて、大きく肩でため息。
しかしそれも束の間、橋で第二波の大きな揺れが始まる。
「ひまわりちゃん……あれ」
トッペマが指す先、爆心地からガラガラと音を立て、徐々に崩壊を起こす橋。
その崩落の波が、どんどんとこちらに迫ってくる。
「あー……お約束ってこと!?」
ひまわりは再びギアをローへぶち込んで、スロットルを全開、バイクを走らせる。
しかしフルスロットルにしても、崩壊スピードの方が断然速い。
橋の崩壊が、後輪付近まで差し掛かる。
ヘンダー城駅は目前。だがもう間に合わない。そう思えた時、線路の端に資材が積んである光景が目に入る。その一角、丈夫そうな厚みのある木の板が、ヘンダー城の外壁に向かって急な坂をつくり、ジャンプ台のようになっている。
ひまわりは迷わずそこに視線を据えると、「トッペマ! 捕まって!」と言い、ジャンプ台へ直進するような進入角度で、一気にヘンダー城への壁へと飛んだ。
前輪を上手く壁に付け、続いて後輪も壁に添える。そしてハーフクラッチで回転を育てながら駆動力を拾うと、またギアを下げ、また一気にスロットルを開ける!
「うおおおおおお!! どうにでもなれええええ!!!!」
後輪が上手く壁にグリップする。
そしてバイクは一気に最上階を目指し、益々とスピードを上昇させ、突き進む!
そして、城の最上階の庭園まで登り着いたとき、勢いをつけたままのバイクは城壁をオーバーラン。
壁(路面)が無くなったあとの空へ打ち上げ花火――。
しばらくして、バイクが地面に叩きつけられる音がヘンダー城屋外庭園に響いた。
「あ……ってててて、よかったぁ、生きてるぅ」
地面に叩きつけられ、澱んだ夜空を見上げながらそう呟く。
上死点に上る満月、それを誰かの影が遮る。
「はぁい、クレイジーガール。こぉんな時間にもお淑やかになれないってこと?」
ひまわりの前、褐色肌の露出の多いレオタードが、その臀部を右に左に激しく振って歩いてくる。
「……嫌味でノッポでボイン。アタシの苦手なタイプ。多分、味方じゃないんでしょ。少し休ませてくんない? こっちはちょっと疲れてんの……パパと同じこと言ってらぁ」
ひまわりはその場で胡坐を掻き、首筋を掻く。
「いいわよ、お好きにしなさいな。でも……ス・ノーマンから手を引くなら、だけどね」
「ああ、やっぱそういうパターン?」
「呑めないのなら……問答無用! チョキリーヌ・ベスタ!」
「きゃあっ!」
チョキリーヌの言葉と共に、轟音引き連れる眩い光線がひまわりとトッペマを襲う。全身を焼かれるような熱に目を閉じる、しかしひまわりの身体は焼けてはいない。ゆっくり目を開けると、激しい光の中、展開される、トッペマのバリア。
「この、お人形! とっととテントの中に帰りなぁ!」
「ひまわりちゃん! 早く、トランプを!」
「OK! スゲーナ・スゴイデス!」
トランプから放たれる巨大な光。カウンター奇襲! しかしチョキリーヌは空中でそれを回避、そしてまた光線を二人にめがけて放つ。
今度は横へ飛び込み緊急回避、そして受け身から地面を蹴り上げチョキリーヌから逃走。
しかしひまわりを逃がさぬとチョキリーヌは猛攻を仕掛ける。庭園中に地鳴りが続き、煙と粉塵が立ち込める。ひまわりは逃亡の防戦一方。視界もだんだん不利になる。
「飛ぶなんてずるいんじゃない!」
「おだまり!」
物陰に隠れようにも、物陰ごと破壊してくるチョキリーナの攻撃。
死角になる場所を転々としながら必死に逃げ惑い、中庭から城内へと通じる扉に辿り着く。しかし、鍵が掛かっていて開かない!
無慈悲にも扉に飾ってある飾りガラスが、ひまわりの煙に汚れ狼狽した表情を写した――それを見たひまわりは、何かを思いつく。
「ひまわりちゃん!」ひまわりのすぐ横を飛行するトッペマと目が合う。彼女も同じ考えを持っているようだ。
二人は顔を見合わせて頷き、そして一枚のトランプを握りしめ実行に入る。
また背後から、チョキリーヌの光線が迫る。
瞬時に身体を投げて緊急回避。そして、花壇の花々の群れにスライディングで滑り込む。
「ふふ、そこを墓場にしたいワケね……トッペマ。いいわ、チョキリーヌ・ベスタ!」
最高威力の光線、地面をビリビリと震わせて、生命の終わりと称するに相応しい絶望の光に等しい――。
しかし、そこに冴え渡るひまわりの声――スゲーナ・スゴイデス!
チョキリーヌが光線を放った間際に見た光景。ひまわりが、トランプによって巨大な鏡を生み出していた。
「なっ!? バカな!!」
気付いたときには遅かった。
巨大な光は、チョキリーヌの光線を大きく跳ね返し、チョキリーヌに直撃した。
「ぎゃああああ!!!」
飛ぶ力を失ったチョキリーヌが力なく落ちた場所、城内へ続く扉の前。
ガーデニングエリアから、ひまわりが姿を現す――トランプによって生成された、無反動砲を抱えて。
「ちょ、そんなのアリ!?」
「いまさらアンタらが言うなっての!!」
ひまわりはサイトにチョキリーヌを捕え、無反動砲発射。
ドオオオオン!! と鼓膜が破れるかどうかという容赦のない轟音と爆風が扉を含めてチョキリーヌを消し去った。
「やっぱバクハツって正義だと思わない?」
そして彼女は、キーンとなる耳を指で塞ぎながら、吹き飛んだ扉の先を求めてまた駆け出した。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
中庭から城内へ、薄暗い螺旋状の階段をひたすら降りていく。
月明りだけを頼りに、踏み外さないように。それでも急ぐ。ひまわりの足から弾かれる音は、もう後には引けないアッチェレランド。
静かに空虚に響く踵の音、最下まで辿り着いたときに、ひまわりの目の前には、彼女の背丈の数倍ともあろう巨大な扉。静謐に、時を待つように。
「ったく、しつけぇ女は嫌われるぜ?」
ひまわりは首だけで静かに振り返る。
一段一段、階段を踏み締めて降りてくる不格好な姿。
「自分こそ、こそこそ逃げ回って男気無いんじゃない」
「言ってくれらァ。……おいヒマワリちゃんよ、最後の警告だぜ、手ぇ引くんなら今の――」
「スゲーナ・スゴイデス!」
ス・ノーマンがそう言い終わる前、奇襲を仕掛けたのはトッペマ
トランプの魔法を使い、ス・ノーマンの腹へ強い熱を与える。
「ぐああああっっ‼ クソッ! チビ人形がぁああ!」
「ひまわりちゃん!」
「うんっ!」
トッペマに促されるようにひまわりはトランプを掲げる……だが、ポケットから引っ張り出したトランプが床に散らばる。
まずいっ! ス・ノーマンからの反撃を恐れたひまわりは瞬時に回りの物陰を探すが、殺風景な広間にそんなものはない。
じり……、その場から一歩後退る。だが、ス・ノーマンはその場に立ち尽くすばかり。
彼の海苔で作られたような視線は何かを見つめるよう、だが、その見つめる先が何かが分からない。
「ひまわりちゃん! パス!」
トッペマの声に意識を取り戻す。
ひまわりは投げられたトランプを空中で手に、ス・ノーマンへ翳す。
だが――
「ひまわりちゃん! やって! 早く!」
トッペマの焦燥、ひまわりがトランプを手にしたまま微動だにしない。
するとひまわりは静かに呟く
「……なんで、攻撃してこないの」と。
「やれよ……嬢ちゃん」ス・ノーマンは静かに言う。
「ひまわりちゃん、お願い早くやって!! いいから!! 早く!!!」そう叫ぶトッペマの声がこの空間の全て。
ひまわりには違和感の正体がわからない。目の前の雪だるまを倒さなければならないだけど――何かに乗せられている気がしてならない。まるで、自分の手足にマペット人形の糸が付けられているような、この瞬間に、まるでシナリオがあるかのように――。
違和感は何だ、この違和感は。
「やれぇ! ひまわりぃ!!」
ス・ノーマンの怒号そして――
「……!! スゲーナ・スゴイデス‼」
僅かな沈黙の後――トランプから吐き出される劫火の炎、それがス・ノーマンを包み込んだ。
「ぐあああああああ!!!!!!」
火中に溺れるス・ノーマン……最後にこちらに手を伸ばし、ひまわり、と呟いた。ひまわりはその瞬間、全身から血の気が引いた。
「やったわ! ス・ノーマンを……!」
トッペマの歓喜、それに合わすことなく、ひまわりは焼けたス・ノーマンの下へ。
雪の衣が壊れている、それを一枚一枚剥がしていく。そうすると衣の下から見えてくる。いつも近くにいた日人の赤いシャツ。年を重ねても面影そのままのフェイスライン……そして最後に呟く。
「……お兄ちゃん?」