【完結】ひまわり in ヘンダーランド   作:nosky

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05:決別と再会

 

「お兄ちゃん……?」

 

 雪の中から出てきた面影、それはどう見たって間違いはなかった。

 彼の頬に触れる、熱くて冷たい右頬へ。

 

「そんな……うそ……なんで」

 

「……ふ、ふふふ、あーっはっはっはっはっは!!」

 

 戸惑いを隠せないひまわり、その背後で笑う小さい影。

 

「トッペマ……あなた」

 

「死んだ! やーっと死んだ! 野原しんのすけを殺した!! やった! やったあ!!」

 

 トッペマは歓喜の声を挙げ建物の中を縦横無尽に走り回っては転げ笑う。

 仲間だと思ってたトッペマの急変、ひまわりが追いつけないのも無理はない。

 

「トッペマッ!」

 

 ひまわりが怒鳴った後に、しんとその場が静まり返る。自分の出した声が反響する、その瞬間すらも耐え難い。

 するとトッペマはむくりと起き上がり、きらきらした瞳をこちらに向けてまた笑う。

 

「ありがとぉひまわりちゃん、あなたのおかげで野原しんのすけを殺すことができたの」

 

「あなた、中がお兄ちゃんだと知ってて!」

 

「当然でしょ? 大人しく私たちに殺されてればよかったものを。そんな雪玉になって自分を守ろうとするから」

 

 ひまわりはポケットからトランプを取り出すとトッペマに向け「スゲーナ・スゴイデス!」と唱える……しかしトランプはうんともすんとも言わない。

 

「何で……」

 

「バッカじゃないの! 決まってるでしょ、ここは私が創り出した世界。魔法が使えるかどうかなんてアタシのさじ加減! これ当然!……でも少し驚いたわ。トランプは人間が使うと威力増大って本当だったんだ。いくらシミュレートでもそこまで反映されるなんてね」

 

「シミュレート? 一体何の話?」

 

「知る必要はないわひまわりちゃん。だってもうあんたの用は済んだんだから、兄妹もろともこの世から消えなって!」

 

 トッペマの両手が大きく光る。その光はやがてトッペマ自身を大きく包み込む程。

 この人形は本気で殺しにかかっている。そう理解はしていても、ひまわりは動くことができなかった。大好きな兄をしっかり抱きしめて

 

「ごめんね、お兄ちゃん……」

 

 そう呟いて――

 

 

 トッペマの放った魔法がひまわりとしんのすけを包み込む、とき。

 

 

 ――pas de deux

 

 

 少し気味の悪い声と共に、どこからどもなく現れた光が、トッペマの放った魔法を相殺した。

 光と光の相殺、ヘンダー城内が赤く染まった後に、静かに二人組が地に舞い降り、しんのすけを見て嫌悪を漏らす。

 

「ふぅん、またこの顔をみることになるなんて」

「まったく嫌ね、16年経ってもこの顔だなんて」

 

 突然の事態、トッペマにも狼狽が走る。

 

「な、アンタたち……」

 

「随分好きにしてくれるじゃない、トッペマ」

「そうよ。昔の方がまだ可愛げがあったわよ」

 

 ひまわりはその現れた男……? もとい二人の姿に茫然とするしかなかった。

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

『はい、しんちゃん。あーん』

 

 あーん。んーまいうですなぁ♪

 

『ふふ、しんちゃんったらおじさんみたい』

 

 つばきちゃんはいらないの? オラ、あーんしてあげられるよ。チョコビがいい? それともコアラのマーチ?

 

『ううん、私はおなかいっぱいだから。それより、みんなも来てるよ』

 

 みんな?

 

『しんのすけくん! 久しぶりだね。幼稚園はたのしくやってる?』

 

 おお! 徳郎おじさん! おひさおひさ、もうまつなが先生ったらまだもう男あさりなんてしちゃってぇ

 

『しんのすけ、久方ぶりだな』

 

 ……おじさん? おお! 戦国武将のおマタのおじさん! オラねオラね!

 

『しんちゃん、スキよ♡』

 

 おわ! ななこ! んもー、驚かさないでよ。あれ、ぶりぶりざえもんは?

 

『チュン、チュン!』

 

 すずめ……おお! スピルバーグ! なんだ具合よくなってたのか!

 

 

 なーんだ。みんな元気にしてたんだ。オラなんか……?

 

 みんな……なんで久しぶりなんだ? オラ、みんなの事、忘れてたんだっけ?

 

 

 

 

 

 ……………………まぁ、いいや♪

 

 

 

 

 それでねそれでね、みんなで何して遊ぶ? リアルおままごとは嫌だゾ。

 オラの最近のマイブームは温泉サウナでロウリュを堪えて……

 

 

 ――にいちゃん

 

 お?

 

 ――おにいちゃん、起きてよ!

 

 誰……?

 

 ――お兄ちゃん!

 

 オラのこと知ってるの? お兄ちゃんって誰…?

 

 

 

 

『お兄ちゃんは、あなたでしょ? しんちゃん』

 

 お……トッペマ……?

 

『早くいってあげなくちゃ。ひまちゃんが泣いちゃうわ、しんのすけお兄ちゃん』

 

 お兄ちゃん……オラが……?

 ……やだ。オラここで、みんなといたい。ずっと、ずっとここで遊ぶもん! お兄ちゃんに何かならないもん!

 

『そう、じゃあこれでどう?……ハシカンの写真集!』

 

 おおッ! それならまぁ、行ってあげてもォいいけどォ♡

 

 ……あれ? トッペマ、それくれないの?

 

『……ごめんね、本当は無いの。出してあげたいけど、もう魔法は使えないから。でもね、これだけは本当。"あなたがお兄ちゃんであること"よ。しんちゃん』

 

 そんなこと言われたって、オラわかんない

 

『本当に? ひまちゃんは、しんちゃんの大事な妹なんでしょ?』

 

 ひま……わり……

 

『おねがい、しんちゃん。ひまちゃんを助けてあげて。私たちと遊ぶのは、それよりもずっと、ずっと後でもいいじゃない。大丈夫。私たちはしんちゃんが忘れない限り、きっと消えない。また逢えるの』

 

 本当に……?

 つばきちゃんも、徳郎さんも、おマタのおじさんも、ななこもスピルバーグも……トッペマも?

 

『うん、本当だから……。お願い、しんちゃん

 

 

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

「………………んお?」

 

 先に開いたのは左目だった。そこから見えた景色は、先ほどまで見ていた雲の上のような、淡い幻想の世界などではない。少しくすんだトラバーチンの模様、真っ白な壁紙の中にあちこちちりばめられたヘンダー君のステッカー。うすピンクのカーテンの向うには誰かがいる。

 

 酷く身体が渇いている。声は出そうにもない。怠い右腕を伸ばして、カーテンを掴む。横に動かすのがどうしても難しく、そのままカーテンレールを壊してしまう。

 

「!?」

 

 カーテンの向う側には、煤や埃に塗れた一人の女性がパイプ椅子に。

 彼女は缶ジュースを片手に項垂れているよう。

 

 しかし彼女はしんのすけの姿を見るや、缶ジュースを置き、目を大きく開いて彼の下へ小走りで駆け寄った。

 

「おにい……ちゃん……!」

 

 女性はしんのすけに大きく抱き着くと、そのまま静かに涙を零す。

 懐かしい匂いだ、としんのすけは思う。どうも知っている香りだなと。

 

 彼女の、ブロンドカールの髪を優しく左手で抱くと、しんのすけは彼女の名前を呟く。

 

「――ひま」と。

 

「本当に、死んじゃったかと思った」

 

 ひまわりは赤く染まった目を擦り、次にしんのすけの目を見た。

 

「おお……ひま、そんなに大きかったんだっけ」

 

 掠れる声でそう呟く。しんのすけが飲み物を欲していると察したひまわりは、飲みかけの缶ジュースをしんのすけへ。

 

 彼の口に添えて缶を傾ける、二口、三口……と、勢いが付いてくると、しんのすけは自らの手で缶を支えて、一気に全てを飲み干した。

 

「……ぷはぁ! ボブ・サップに染みますなぁ!」

 

「ふふ、五臓六腑って言いたいの?」

 

「そうとも言う……ゲフっ」

 

 ひまわりの顔もそこでようやく綻ぶ。

 

 また意識がはっきりとしてきたしんのすけは、医療ベッドにどさっと倒れ天井を見上げる。

 先ほどまで見て居た筈の夢が、どうも思い出せない。随分と、懐かしい夢を見ていた気分だ。

 

「……ここ、どこだっけ」

 

 しんのすけがそう零す。

 

「ヘンダーランド。ここは救護室……って言っても職員さんは誰も居ないけど」

 

「ヘンダーランド……」

 

 ここに来るまでに何があったか。感覚を失った腕に再び血が宿るような、熱を伴う痺れがしんのすけの記憶を照らす。

 

「お兄ちゃん、一体何があったの。パパもママも、もう家が滅茶苦茶なの!……シロも。ヘンダーランドって、いったいなんなの!?」

 

 ひまわりは再び椅子で項垂れ、帽子のつばを前に向ける。

 

「父ちゃん、母ちゃん、シロ……"トッペマ"」

 

「!  お兄ちゃん、やっぱりトッペマのこと」

 

「……トッペマは、トッペマじゃないぞ。トッペマは、あんなひどいことをする奴じゃない」

 

 しんのすけは首を横に、そう言った。

 

「いいえぇ、あの人形は酷い人形よ」

「そうよ、見るのもヤになっちゃう。今も昔も」

 

 救護室の扉からした、ちょいと気色の悪い男(?)の声。

 二人の姿を見た時、しんのすけはベッドから飛び上がる。

 

「おわあああ!! 出たなオカマ魔女! さっさとトランプに戻らないと、けっちょけちょのむったむたの……」

 

「落ち着いてお兄ちゃん! この人たち、私たちを助けてくれたの」

 

 ひまわりがしんのすけの両肩に手を置いてそう言った。

 しかし、しんのすけは信じられないといった疑いの眼差しでオカマ魔女たちを睨んで離さない。

 

「あら、信じて貰えないみたいね、ジョマ」

「全く。いやねぇ、恩をあだで返すようなことして。ね、マカオ」

 

 マカオとジョマは二人激しく抱き合い、哀しみを嘆く。

 ひまわりの「それやめてくんねぇかな……」という歯ぎしりが小さく鳴った。

 

「ま、どうあれ助けてくれたのは本当なの。一応、昔の話も聞いたわ」

 

「……むぅ、なんでお二人がオラを助けるんだ」

 

 マカオとジョマは並んで救護室に入ると、ひとつのテーブルに二人で腰を掛ける。

 

「ふん、どこから話しましょうかしらね?」

「最初からでいいんじゃない? 今に至るまでぜぇんぶ話してあげなさいよ」

 

 二人は足を組みなおし続ける。

 

「知っての通り、16年前あたしたちはアンタたちの手によってトランプに封印された。そこからなぐあぁい眠りに就いていた筈だったの」

「だけどつい最近、私たちはトランプを追い出され、起こされた。どっかの誰かに」

「あんた知ってる顔だった?」

「いいや知らないわ。そもそも顔すらも見ていないし」

「そして、かつて私たちの王国だったヘンダー城は瞬く間に何者かによって再建され、私たちは事実上そこから追い出されるカタチになった」

「面白くないわよ、まったく」

「また何をしようとしてるか私たちにすら分からない。そして、ジョーカートランプを奪われて本気の力すらも出せない私たちは少しここを見守ることにしたの、そしたらまぁ、知ってるようなボウヤが来てみるじゃない」

「すぅぐに分かったわ。私たちのトランプを奪ったやつの目的が。……野原しんのすけ、あなたよ」

 

 ひまわりは横目でちらりとしんのすけを。

 しかし眠たそうにしているので、頬を抓って「しっかり聞きなさいよ」と言う。

 

「これは面白いと思ったわ。私たちの野望を打ち砕いたあのボウヤが」

「このヘンダーランドを乗っ取った奴の正体を暴いてくれるとね」

「しっかしまぁ、寄る年波というやつなのかしら。まったく惨め」

「そうよあっけない。"あの人形"にまんまとしてやられて」

 

 あの人形、と言われた時に、ようやくしんのすけの目の色が少し変わる。

 

「正直、そのままあなたを取られるのは少し癪だったから、奴らに囚われる前にあなたの身体をあの雪だるまにして保存してやったワケ」

「トッペマは相当焦ってたみたいね。想定外だったんでしょう」

「で、そしたら奴も考えた訳ね、次に狙ったのがその妹。そしてその読みは大当たり。アタシらがトッペマを討伐するために置いておいた部下たちを幻影ごと潰して掛かるなんて」

「まったく兄妹っ揃ってなんてポテンシャルなの。末恐ろしい」

 

 ひまわりはふと思い出す。

 クレイ・Gもチョキリーナも、しきりに何と叫んでいたか。

 

 ――トッペマァ!! 死ねぇ!!

 ――この、お人形! とっととテントの中に帰りなぁ!

 

 それにしてはやけに自分に対してにも攻撃的だったとは思うが。

 

「それで、ついにス・ノーマンまでもが打ち砕かれ、いよいよとなったから私たちが助けに来てあげたわけ」

 

「つまり私たちを利用していたってこと?」とひまわり。

 

「そうよ、そうでもしなきゃ助ける価値なんてないでしょう? 言っておくけど私たちは16年前のことを忘れたつもりは無いのよ」

 

 ひまわりとしんのすけは暫く押し黙る。

 ひまわりは、二人としんのすけが因縁の関係であるとは知ってはいる。だが、助けられたのもまた事実。

 

「……ねぇ、マカオ、ジョマ。貴方達の目的は何? ヘンダー城を取り戻すこと? それとも、その後にまた昔みたいに地球を征服するつもり?」

 

「……いいえ、もうこの世界にはあまり興味はないわ」

「そうね、いつしか私たちの色に染めやすかったこの世界は、電子やらなんやら、魔法と同等近くかそれ以上を手に入れてしまった。正直、そんな世界にもう利用価値は無いわ」

「それよりも、私たちの寝床を奪われたこと、そちらの方がどうも腸が煮えくり返るような思い」

「煮え湯を飲まされるプレイは好きじゃないの、私たちどっちかというとSの方だから」

 

 そしてマカオとジョマは互いの尻を一発ずつ打つと、なんとも言えない声を出し、ひまわりは窓から顔を出す。

 

「というわけでよ、助けてあげたんだから、ヘンダー城奪還まで付き合ってもらうわよ。野原しんのすけ、野原ひまわり」

「そんな勝手な! 元はと言えば地球にけしかけて返り討ちにされたあんたたちが悪いんじゃない!」

「嫌ならそれでもいいのよ? でも、このヘンダーランドにいるアンタの家族は、しんのすけだけじゃないみたいよ?」

 

 その言葉に、ひまわりの身体が凍る。

 ――蘇る恐ろしい記憶。自宅でばらばらになったブリキの人形。

 

「……パパ、ママ? 二人もここに?」

 

 ひまわりはしんのすけを見る、彼はベッドから朝日が昇ろうとする窓の外の世界を眺めていた。

 

「それにね、今回のこの事件。私たちが考えるに犯人は貴方の過去に恨みを持つ誰か。結局ヘンダーランドでなくとも、どうにかして奴らはあなたに仕返しを企んだわ。ここでその芽を摘むと言うのなら、利益はお互い様にならなくて?」

 

 しんのすけは、ゆっくりと上る太陽が地平線を超えてのぼりきった時、朝日の後光の中でひまわりに向かい、言った。

 

「……ひま、家に帰ろうか」

 

 

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