【完結】ひまわり in ヘンダーランド 作:nosky
「……本当に帰ってきちゃった」
ヘルメットを下ろすひまわり。その先にはいつもの見慣れた小さな、それでも二人にとっては大きな二階建てのマイホーム。
ヘンダーランドで見た朝日は既に高く上っている。忙しない通勤通学の時間を二人は90ccのスクーターですり抜けて来た。
リアシートにはうつらうつらと眠たそうな気の抜けたしんのすけの姿。最後のコンビニで運転を交代してからはずっと眠気との闘いだったようだ。
「お兄ちゃん、起きて。ここからなんだから」
ひまわりはリュックからはみ出たバットを抜くと、庭の方へ一歩、二歩。角からシロの小屋をそろりと覗き込む。
……シロの姿はない。バラバラになったブリキの人形も。
「シロ……?」
バットを置くひまわり。デッキの下、小屋の中、シロの姿を探す。
「お兄ちゃん、シロが」
ひまわりが振り向いた先、しんのすけは余り取り乱している様子はなかった。
しかし、いつもの飄々というよりかは、どこか淡々とした様子で。それはシロのいない庭の姿を、単純に受け入れていないような、どこかこれを現実と思っていなさそうな淡白さだった。
ひまわりは家でなにがあったのか、しんのすけに一通りは話していた。だが、やはり。兄は大事な話だとしても、それを素直に受け取らない。どこか他人事のように捉えてしまう。それが昔からの、恐らくは5歳の時からの悪癖だった。だから、いざ目の前で何かを喪ったことを直視した時に、誰よりも哀しみに暮れるのだ。
「あら、ひまわりちゃんかい!? 帰ってきたのかい!」
庭の垣根の外から乾いた声。――隣のおばさんだ。
「おばさん! どうも」
「ひまわりちゃんあなたゆうべはどうしちゃったのさ! いつもの夫婦喧嘩にしちゃえらくオオゴトだったからさ、ひまわりちゃんがバイクで逃げて行くところも見ちゃって、ただ事じゃないって警察に言っちゃたんだよ! そしたら……いいや、おいで」
そういうとおばさんは家の中へ、ひまわりとしんのすけもそこに続く。
するとおばさんは、大きな籠とそこに敷き詰められた大量の毛布を持ってくる。
その中に横たわる白い家族、それを見て、二人は言葉を失くした。
「……シロちゃん。まだ、微かに息はしてるみたい。だけど、お医者様もこのままだろうってさ。野原さん家には壊れた大量のブリキ人形とこのシロちゃんがね……ひまわりちゃん?」
ひまわりは自分が既に涙を落としていることすら気付いていなかった。
すると突然に両手で顔を塞いで「私のせいだ」と呟いた。
「そんなことないさひまちゃん。また、昔みたいに変なことに巻き込まれたんだろう? 何があったか、おばさんはもう深く訊かないけど……最期くらいはシロちゃんと過ごすだろう? しんちゃんも」
しんのすけは、変わらず淡々としていた。シロの身体に触れて、少しの温かみを感じる。でも相棒はその手を舐めてくれない。
彼はその相棒を抱きかかえると、隣のおばさんへ「ありがとございます、おばさん」と頭を下げると「ひま、シロ、一緒にお家帰ろうか」と言った。
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「ただいま……」
シロを抱え、家の中へ。澱んだ空気はあの時のままだな、とひまわりは思う。
ブリキ人形は警察が全て押収していったらしい。あとで事情聴取された時に何というべきかと悩む。
「ん? 誰かいるゾ」
とふいにしんのすけが言う。
まさかあの人形ども、残りがいたのかとひまわりはバットを手にする。
玄関を上がってそろりと居間を覗き込む。――そこには。
「あら、おそかったじゃない」
「まぁ狭い家だけど、ゆっくりしていきなさいな」
あのオカマ魔女たち。テーブルに人魚座りで、せんべいを上品に摘まんでいる。
「へ!? ちょっと! なんでアンタたちがここにいるのよ!」
「仕方ないでしょ。ヘンダーランドは今や乗っ取られてるんだから」
「そうよ私たちも居場所が無いの。もうずっと野宿よ。まったく品が無いんだから」
「だぁからって私たちの家にくるこたないでしょ!」
「あらレディを追い出そうって言いうの? 淑女じゃないわね」
「まぁ野蛮」
「だ・れ・がレディじゃ! オカマのくせに!」
ふと、二人の目に留まる、しんのすけの腕の中でぐったりとした愛玩、もとい家族。
「あら、ちっぽけな命。終わっちゃったのかしら」
「まだ生きてるよ。ちょっと寝てるだけだゾ」
寝ているだけ。マカオとジョマにはその意味が大体わかる。
「もういいでしょ。シロの、最期の時間なんだから。ほっといてよ」
ひまわりの奥歯が軋む音が微かになる。
見かねたマカオとジョマは改めてしんのすけへ。
「いいわ。私たちに協力をするという条件、呑むのなら見返りは払ってあげる」
「特別よぉん?」
マカオとジョマはシロに手を翳す。
じわりじわりと光を帯びて。
「ちょっと! シロになにすんのよ!」
「黙ってなさいヒステリーガール!」
光が止まる。二人が手を放すと、ゆっくり、ゆっくりだがシロがその重たい瞼を動かした。
「……うそ」
ひまわりは二人を押し退けてシロへ。手を出すとペロリと舐めてくれた。
「でも、元々先が長くない老犬だからね、精々数カ月の気休めと思いなさい」とジョマが言うが今の彼女には届かない。
また、ひまわりの目尻に一滴の雫。しんのすけはようやくシロへ「ただいま、シロ」と言った。
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「さぁ! もう! あんたたちそんなダラダラしないで! ちょっとテーブルの上空けてってば!」
台所から響く黄色く騒々しいひまわりの声。ぐつぐつと煮え滾る鍋を持ってきてテーブルの中央にドン。
そして他にも冷凍食品や簡単にできるお惣菜、白ご飯はありったけを焚いて居間のテーブルにこれでもかと並べる。
「おまた~」
廊下からは風呂から上がったしんのすけの姿。当然家スタイル。
「ちょっとお兄ちゃん! パンツくらい履いてから来なさいよ!」
「んーいい匂いがしたから」
「あら、ボウヤでもこっちはボウヤじゃないのね♡」
「ウフ、16年って残酷ね♡」
「るさいあんたらも! お兄ちゃん着替えてきて。さっさと食べるよ」
「おお、こんなにいっぱい」
「腹が減っては戦はできないでしょ」
ひまわりは鍋を置くと今度は部屋の隅で眠るシロの下へ。少し砕いたドックフードと塩分控えめの柔らかいお肉。シロはマイペースにゆっくりそれらを食べ始める。
そしてパジャマに着替えたしんのすけが居間に揃って、四人そろって手を合わせ。
――いただきます。
「おかわり!」
「あら私も」
「こっちもよ」
「ああもう自分でよそいなさいよ! そこに炊飯器置いてるんだから!」
四人が夫々口の中に飯を掻きこんでは胸を叩きスープを啜る。
箸の勢いは誰もが衰えない。シロも少しづつ食に勢いが出てくる。
「んーちょっとしつこいお味ね」
「こっちは味が薄い」
遠慮を知らない二人のオカマに「だったら食べなくて結構!」と言いながらひまわり自身も箸を進める。
白飯白飯、おかず白飯、肉から白飯、スープに行ってまた白飯。
進める
進める
皆で箸を進める。
そして――
「あー……ごちそーさま……ご飯10合近く焚いてたのに全部なくなっちゃった……」
四人は共に並んで倒れ、仰向けに。
うつらつら、これだけ戦いぬいた後の飯、そしてその後だから、うつらうつら。
「こうしちゃおれん、ちょっとみんな、片付けるの手伝ってよ。お兄ちゃん、お布団敷いてそこで寝なきゃ」
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食事の後、ずらりと台所横の寝室に並べられた4つの布団。
そしてそこに仁王立ちのパジャマ姿のひまわり。
「さー寝るよ。寝て、ヘンダーランドをブチ壊しに行ってやるんだから」
「ブチ壊さないでよ。取り戻すんだから」
「分かってる分かってる。言葉のアヤよ」
けたけたと笑いながらひまわりは一番奥の布団へ。
「まったく、結局まーた床で寝るだなんて信じられないわ」ジョマが不満を垂らしても。「草の上で寝るよりかはずっといいでしょ」とひまわりは返す。
しんのすけはひまわりの横へ。「なんで二階で寝ないの?」と訊く。
「なんかさ、昔もこうだったような気がしてさ。大事なことがあるときの前にみんなでここで寝てさ。願掛けなんて言うつもりじゃないけど。こうした方がパワー出るかなって。……あ、ちょっとオカマたち、妙な気ぃ起こさないでよね」
「相手はオカマだゾ」
「……それもそうね。じゃ、おやすみなさい!」
ひまわりは横になって、初めて自分がどれ程までに疲れていたかを知る。
足は完全に強張って、直立の荷重から解放された四肢が悲鳴を上げているのだ。
でも、それでもまだ止まる訳にはいかないと、ひまわりは睡魔の波に身を委ねた。
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暗闇の中で、寂しくも優しい月光が、ひまわりの瞼を虐める。
ぐぐっと動く瞼。そしてゆっくりと現実の世界と邂逅する。
視界がはっきりしない中、時計だけを手繰り寄せる。……ざっと、10時間以上は寝たらしい。
スマホには友人たちからの通知がたっぷり。そういや無断欠席だなと今更思い出す。でもあまり気にしてもいられない。反省文なら後でいくらでも書いてやる所存だ。
隣でまだいびきを立てる兄を起こしてみる。
でも起きないので、もう少しほったらかして、居間にいるシロを少し撫でる。ペロペロと舐めてくれる左手に少しの命を感じる。
「ごめんねシロ。もうちょっとしたらまたおばさんの所に行ってもらわなきゃなんだ。でも大丈夫、みんな必ず帰ってくるから」
そう言えば、マカオとジョマがいないと思ったら。居間のテーブルの上に一枚の置手紙。
『落ち着かないからやっぱり先に行くわ。晩御飯はごちそうさま』とだけ。
ひまわりはその手紙をぼんやり眺めながら、珈琲を一啜った。
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「お兄ちゃん! トイレまだなの! もう早く行こうよ!」
「ちょっと……まちなされ……」
そこから約10分後に出て来たしんのすけ、ひまわりは外のスクーターに腰掛けてツンツン。
「あーやっと出てきた。もう、昔っからトイレ長いんだから」
「ひま、またバイクで行くの?」
「……あそっか、お兄ちゃん運転できるんだ」
ひまわりの視線の先には、群馬県から引きあげられた野原家の自家用車。彼女はバイクを降りると急いで車のカギを取ってきて助手席に乗り込む。
「え~、オラが運転するのぉ?」
「アタシ免許無いんだもん。よろしくお兄ちゃん♡ てなわけで出発おしんこー!」
「きゅうりのぬかづけー!」
そうして、二人を乗せた車はゆっくりと夜の帳へ。
下道から高速に乗って、途中SAで停まって、ジャンクションを一回間違えて、精算所のおねーさんに鼻の下を伸ばすしんのすけの耳を摘まんで、そして日付が変わるかというそのころ。
遂に辿り着く――群馬ヘンダ―ランド
門はいつも通り鍵が掛からずに閉まっている。
車から降りた二人は、じっとその施設を睨み続ける。
「よし、いくよお兄ちゃん。パパとママを助けなきゃ」
ひまわりが呟く。そしてしんのすけが頷く。
そして二人で右腕を天高く突き上げて、叫ぶ。
――野原兄妹ファイアー!!