ホロウ戦記   作:イサコウ

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プロローグ③

 

 「あの事件」からこの日まで、私が何よりも重視してきたのは、研究を安全に続けられる環境を探すことであった。

 

 新エリー都は勿論のこと、郊外と呼ばれる大荒野も、残念ながら悉く条件の悪い“ハズレ”の土地である。

 なんせ私の研究は、それはそれはコスト(電力)を食う。潤沢な実験設備を動かすためにも、そして「患者たち」を生かすためにも、莫大なエネルギー需要を賄えるだけの完璧な供給源を探す必要があった。

 

 そんな中、旧世紀の軍事施設であるこの場所、地下深くに核融合施設を備えた『グラナイト・イン(花崗岩堂)』を探し当てた時、私は(カルマ)の妙を見る思いであった。

 

 「さて、ツイッギー君。君は、あれからずっとここに引きこもってると聞きましたがね?」

 

 そう言って、弾力性のあるクッション材の壁の感覚を楽しみながら、私は部屋を見回す。

 部屋の中央に据えられたベッドの上で、布団の中に隠れているツイッギー君は、この部屋の入居者となって、すでに一週間が経とうとしていた。

 

 ここは、グラナイト・インでも随分と奥まった場所にある区画だ。おそらく壁のクッション材は自殺防止のための措置だろう。ならば、自ずとこの部屋の意味も、そしてこの場所にある理由も分かろうもの。

 正直こんな精神衛生の悪い部屋にいても良いことはない。彼女を早々に連れ出したいというのが、グラナイト・イン全員の総意であった。

 

 「9号たちとはすでに話し合いましたよ。少なくとも君に関しては、病み上がりの患者によくある一時的なショック状態にあった、と理解してもらいました」

 「…」

 「正直に言えば、私としても、君がこの部屋に合う患者ではないと信じています。そろそろここを出る頃合いか、と」

 「……帰って」

 

 相変わらず頑な反応。

 返事が返ってきたことに、これは前進だ、と喜べば良いのか分からなくなる。相当なエネルギーを消耗しているはずなのに、随分とタフなことである。

 とは言え、一週間分の食事を無駄にしたツイッギー君に対し、キッチンの主人こと11号の怒りは妥当な物だ。

 「年頃の娘が痩せ細ることは、人間のアイドルに現を抜かすボンプに匹敵する愚行(意訳)」と、“彼女”の過去を垣間見せる言葉と共に預かったお弁当箱を手に揺らしながら、私は続けた。

 

 「まあ、エネルギー継続限界を測る実験を代行…おっと、この言い方はダメだと言われたのかな?こほんっ、とにかく君の我慢強さは理解できました」 

 「…」

 「ただ…、物事には限界という物がある。そろそろ、(ボディ)にもガタが来ているはずですよ?」

 「………だから?」

 

 いっそ、懐かしいとさえ言える会話のドッジボール。

 正直、この年の少女への対応には随分と苦労した覚えがある。プリン、おもちゃ、と子供達ならば有効だったことが、悉く効きにくくなるのだ。

 和やかなコミュニケーションを取っていたカローレ女史にコツを聞けば、若干哀れみ混じりの苦笑いをされたのは今でも記憶に新しい。

 

 結局の所、秘儀を教授してもらう事に失敗した当時の私は、最終的に単純な結論に至った。

 古の故事に倣うのならば、「押してダメなら、引いてみろ。引いてダメなら、押してみろ

 …取れる方策が潤沢なのが、私の取り柄でもあった。

 

 「君があの日何を見て、それをどう思ったのか?失礼ではありますが、部外者である私には分かりかねます。とは言え…」

 「…」

 「君は私の患者でもある。このまま君が迂遠な手段をとり、自殺じみた真似をすることは見過ごせません」

 

 そう言って、弁当箱をベッド脇の机に置くと、私は懐から小さな端末を取り出した。

 

 「よって、ここで健康診断を強行させていただきます!

 

 そう言って、ボタンをポチりと押した。すると、あら不思議。あれほど頑なだったツイッギー君は、あっという間に姿勢良くベッドに腰掛けたではないか!

 目に見えて困惑した表情を浮かべる彼女の姿を見ながら、私は続ける。

 

 「私の患者になるとはどういう事なのか、体に教えて差し上げましょう」

 

 その言葉に、錆びついたような首を必死に動かしながら、彼女は猛禽じみた目つきで私を睨みつけた。

 

ーー

 

 それから小1時間して、隔離病室はたちまち即席の手術室に様変わりしていた。とは言え、そんな大掛かりな物ではない。

 持ち込んだ工具箱の中から取り出したメスとピンセットを時折入れ替え、切開したツイッギー君の腕から古くなったエーテル色の筋肉を取り替えていく。

 

 「…」

 「やはり、修復は完璧ではなかったようですねぇ。エネルギー不足でリストーラーの活動が鈍っている。全く、このような形でエーテル体の性能を見る事になるとは。クックック…」

 

 あの時、彼女が万力で私を締め上げた時から、もしやとは思っていたが、案の定、両腕部の筋肉には多数の裂傷が確認された。

 体を維持する『リストール・アルゴリズム』こと、リストーラー(修復者)は、体を修復する機能も併せ持った分子機械だ。とは言え、流石に二つの役割を担っている以上、どうしてもその活動には限界がある。

 

 「まあ自然に治るのならば、それに越したことはないのですがねぇ。“急がば回れ”。結局の所、こうした古典的な手作業が一番早いのですよ」

 

 それもあるが、そもそも体に使用したエーテル筋繊維は、私の持つ分子工学技術を全て投入して、ようやく形になった力押しの産物でもある。

 エーテルというエネルギーが、今なお未知に包まれている以上、実の所全ては手探りというのが実情であった。

 

 「体の開発には、何分、運に助けられた部分もありましたからねぇ…。こうした直接の知見は決して馬鹿にはできません。…とは言え、相変わらずリストーラーは優秀ですねぇ。不明な部分が多くても、六割ぐらいは修復してのけたのですから」

 

 そう言って、私はピンセットで腱を摘む。張り替え作業は、中々手間暇のかかる作業だが、こうした地道な作業は実のところ得意である。むしろ好きな部類であるとも言えるのか? 

 大昔、家にあった置き時計を分解して、1日をかけて再度組み直した時を思い出す。

 あの時は随分と叱られた物だと懐かしんでいると、ふいに声が聞こえてきた。他ならぬツイッギー君だ。

 

 「…気味が悪いわね」

 「ん?…ああ、安心しなさい。作業自体はもうじき終わりますよ」

 「貴方がよ…博士」

 

 どういう事だろうか?

 まあ、作業自体は全体の9割が終わっている。あとはリストーラーに任せてもいいだろうと思い、私は道具を片付け始めた。

 

 「はて?君の言葉が、少し理解できないのですが…」

 「そうかしら?」

 「「殺した」はずの人間が、こうして私の手を切開しているなんて、悪い冗談としか思えないわ」

 

 そう言って一度口を噤むと、彼女は今日初めて、まっすぐに私を見た。

 

 「貴方がどういう手品を使って、甦ったのか…なんて、最初は疑問に思えた。でも、よく考えれば、そんな事は珍しくもないわ」

 「だって、“私たち”がそうだったから」

 

 瞬きもなく、オレンジの瞳で私をじっと見つめてくる。

 

 「私たち『シルバー小隊』は、軍の実験部隊として運用されていた。目的は完璧な兵士を作ること、それが表向きのお題目」

 「軍の仕事はいつでも危険と隣り合わせで、傷病兵は大量に出てくる。私たちの本当の役割は、彼らの失われた体を復元する技術確立のためのモルモット(被検体)だった」

 

 勿論、軍に所属する以上、それ以外の仕事もある。

 あの憎らしい少将の言葉を借りるのならば、“モルモットの居場所は、何も実験室の中だけではない”のだ。

 

 「肉体の提供源として、私たちは常に品質向上のための試験にかけられた」

 「単純な体力の測定から、ホロウにおける侵蝕適正まで。脚力、腕力、持久力、それら全てを総合した戦闘能力…、本当に、ありとあらゆることを調べられたわ」

 

 そして私はお腹に、空いている右手の人差し指をゆっくりと滑らせていく。行き着いたのは、ちょうど骨盤に近い下腹部のあたり。

 

 「“ここ(子宮)”のことも、勿論ね」

 

 そう言って、チラリと視線を上げる。

 手際良く、道具を全て足元に置いてある工具箱に収納し終え、こちらを興味深そうに見る博士。…その姿が、どうにも気に入らない。

 

 「…最初期からあの日まで、私たちの人数は概ね10数人前後で落ち着いたわ。でもこの頃になると、一つ致命的な欠陥が判明した。私たちは“忘れん坊”なの」

 「原因は最後まで分からなかったけれど、私たちは強い衝撃を受けた時に、かなりの確率で記憶を喪失してしまった。無論は個々人で差はあったけれど、ひどい場合だと全てを忘れ去ってしまう子もいたわ」

 

 特にニーミヤは10回以上も名前を変えていた。 

 最後はいつの間にかヘキサと姉妹になっていて、ヘキサはそれに合わせて、「ナーメヤ」と自分の名前を変えた。

 ニーミヤとナーメヤ、側から見ても仲の良い二人だった。

 

 「…不思議よね。私たちはクローンだから、同一の幹細胞からいくらでも必要な部位を作れる。だから作戦が終わって、酷い怪我をしても、次の作戦の頃にはまっさらな状態で出撃が出来た」

 「でもね、記憶は、記憶だけは元に戻ってくれなかった」

 

 そう言って、次の言葉を続ける前に、少しだけ間をおく。

 

 「無論私たちが解任されたのは、それだけが理由ではないけれど、でも軍人としての運用が、もう期待できないのは当たり前よね?戦闘のたびに記憶喪失(役立たず)になる兵士なんて、再訓練のために、口うるさい教官が何人いても足りないくらいだわ」

 「それにドナーとしての私たちの役割も、“一人の犯罪者”が残した技術が普及して、高性能なサイボーグ(ボディ)が大量に軍内部で出回るようになると、自ずと消滅していった。ありがたい事に、臓器は使いたくても、モルモットを切り刻みたい人はいなかったみたい」

 

 「でもその結果、私たちは軍の不良在庫になった」

 

 そして、あの日がやってきた。

 消えゆくホロウと共に、文字通り廃棄物として、ゴミ山の只中に捨てられたのだ。

 あの光景は、今でも脳裏に張り付いている。

 

 「貴方は、見たことがある?昨日は花をくれて笑いかけてくれた子が、気づいた時には、ずっと譫言か何かを呟きながら、エーテリアスと化して、周囲の全てを殺して回る姿。それを見た時の恐怖、貴方には分かるかしら?」

 

 そう言って、目の前の男を改めて見た。

 研究者然とした態度を崩すことなく、じっと腕を組みながら、ミミズクじみたメガネの奥から私を見つめる初老の男。

 こちらも負けじと見つめて返すうちに、体の奥底からむくむくと言い知れない怒りが湧き上がってくる。

 

 「…貴方は、気持ちが悪いわ」

 「会った時から今に至るまで、貴方は何も変わっていないように思える。どうして、貴方はそうまで熱心でいられるのかしら?どうして、そうも献身的でいられるのかしら?」

 

 「どうして…」

 

 「どうして、そうも“笑って”いられるのよ!」

 

 そう言って、興奮の反動からなのだろう、口に手を当て、何度も咳き込むツイッギー君に、私は袋の中から水筒を取り出した。

 耳に心地の良い音を立てながら、コップに緑茶を満たしていくと、私はそれを彼女に手渡す。思いの外、素直に受け取った彼女を見ながら、口を開いた。

 

 「君の疑問については、残念ながら答えは持ち合わせていません。それについては、まず謝罪をしましょう。…ですが」

 「私は“私”である前に、まずは“研究者”です。君が生きているのも、私が蘇ったのも、全てはその研究の過程で生まれた産物です」

 「…何を言っているの?」

 

 そう言って、オレンジの瞳を猫のように細める彼女。

 いつだったか、研究所に迷い込んだ黒猫(ガリィという名だったか?)の姿を思い起こさせるその姿に、少しばかり懐かしさを覚える。

 怯えたように警戒心をむき出しにする様は、よく似ていた。

 

 「私は今でこそ医者の真似事をしていますが、専門は「分子機械工学(ナノマシン・メカニクス)」でしてね。まさに分子レベルの機械を組み立て、それを運用する技術の開発に心血を注いできました」

 「…」

 「この小さな機械たちを操り、私は人の死を、生を操作することが出来る。私が一度でもプログラムを打ち込めば、彼らはたちまち人を癒やし、あるいは死に至らしめるでしょう。しかし、それは単なる「手段」に過ぎません」

 「…なら、貴方の「目的」は何?」

 

 飲み干したカップを手元で弄びながら、こちらを睨み続けるツイッギー君。苛立ちが抑えられないのか、彼女の指先は小刻みに震えていた。

 

 「私の目的。それは、“(カルマ)の超克”」

 「…」

 「数多の因果に縛られた、この複雑怪奇なる世界を解剖し、そして説明可能な概念にまで落とし込む。その域に至ってこそ、初めて人は己の運命を越える事が出来る。それはまさしく、人の目指すべき極点」

 「いい加減にして!

 

 そう言って、彼女は勢いよく私の白衣の襟を掴むと、激情に任せ、罵倒の言葉を放つ。

 

 「カルマがどうだの、因果どうだの、研究屋の衒学にはうんざり!私が欲しいのは、答えよ!訳の“分からない”御託じゃ」

 「良いではありませんか」

 「はあ?何を言って!」

 「“分からない”、それは尊い戸惑いです。分からないからこそ、人は理解しようと努める。悲しきはそこから理解を拒み、相容れないものとして畏れ、あるいは憎み、蔑むようになる、そんな人の超えられぬ性…」

 「……付き合いきれないわ」

 

 まるで、ひどい物を見たかのように、襟から手を離し、ベッドに座り込むツイッギー君。その不貞腐れた様子を見て、私は苦笑と共に彼女の頭を撫でた。

 

 「今は、無理に理解する必要はありません。君には、これから長い時間が待っているのですから」

 「やめて…」

 「君が分からないことも、可能な限りお答えしましょう。無論、私の知っている範囲であれば、ですがね」

 「だから!」

 「とはいえ、今君がやるべきことは、この部屋から出ること。というわけで…」

 

 そう言って、私は懐に手を伸ばす。取り出したのは、手のひらに収まる小さなリモコン型の端末。

 

 「“これ”が、そのきっかけになると信じています」

 「…!これって、さっきの」

 「これはボタン毎に対応した行動へ、自動的にエーテル体を動かす端末です。今回は君が頑なだったので、本来の用途とは外れた使い方をしてしまいましたが、そもそもは君の生活支援のために開発したものです」

 「…いいの?」

 

 打って変わってしおらしい姿に、自然と微笑みが浮かんでくる。結局のところ、彼女はまだ幼いのだ。

 それがどうしようもなく、懐かしい記憶を刺激する。あの子たちは、今どこで何をしているのだろうか?

 

 「まあ、無理強いするつもりはありませんが、君は貴重な研究対象でもある。何を欲し、何を成したいのか、そもそも己が何者なのか、問い続けるその姿を観察することが目下私の研究でもあるのでね」

 「悪趣味ね…、本音は普通隠す物ではなくて?」

 「キャッハッハッハ!これが性な物でしてねぇ、申し訳ありません」

 

 私は久々に大笑いしながら、続ける。

 

 「取り敢えず、貴方の今なすべき事は、弁当を食べ終え、そして、空になった箱を厨房にいる11号の元に返すことでしょう」

 「ああ、安心しなさい。リハビリがてら私も共に参りましょう。いくらリストーラーといえど、修復情報の反映には時間がかかりますからね」

 

 そう言って、私はライトブルーの弁当箱の蓋を開ける。

 待っていたのは、瑞々しい鮮やかな赤と明るい緑のコントラスト。11号お手製の「BLTサンド」がどっしりと鎮座していた。

 

 




【エーテル(ボディ)

 エーテルから抽出、精製された「エーテル骨格筋」で構成されるサイボーグ(ボディ)
 分子機械工学者(ナノマシン・メカニッカー)「ディスティ・ノヴァ」の手による、世界に一つしかない逸品。

 その筋繊維は極めて強靭な分子構造をしており、その高い耐久力は既存の限界を超えた柔軟性を持ち、数々の驚異的な身体機能を実現させている。
 また、純度の高いエーテル物質を使用したことで、これまで摂食行動によって補ってきたエネルギー補給が理論上不要になった。とはいえ、ホロウの外ではこの限りではなく、嗜む程度に食事が推奨されており、この点については今度の改良が待たれる。

 (ボディ)の維持には分子機械(ナノマシン)が大きな役割を果たしており、その活動系は『リストール・アルゴリズム』によって維持されている。
 アルゴリズム成立の背景には、ノヴァが提唱した詳細不明の独自理論が関わっており、彼が発明した分子機械には、漏れなくこの理論が適用されている。

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