ホロウ戦記   作:イサコウ

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遭遇
遭遇①


 

 六分街、『Random Play』

 新エリー都でもかなり希少な、カセットビデオを専門に取り扱うこの店。その手前、道路を挟んだ向かい側には小さなスタンドがあり、日夜人々は軽食を片手に雑誌、新聞を買っていく。

 

 そして、このスタンドの名物の一つが、スクラッチ削りである。たった一枚の紙が狂喜を生み、あるいは失望を生む姿は、六分街の密かな風物詩でもある。

 そして今日、2人の挑戦者がスタンドを訪れていた

 

ーー

 

 銀紙をコインで削っていくと、出て来たのは骨のイラスト。

 

 これでも少なくないディニーになるのだが、こうまで骨続きだと、正直当たりを一回でも引き当てたいと思うのが人情。

 銀髪の青年と青髪の少女の顔に浮かび上がっていたのは、まさにそんな感情であった。

 

 「紙の新聞か...。少し習慣を変えてみるのも、一つ運勢を良くするには良いのかもしれない」

 「ええ?お兄ちゃん、スクラッチに当たらなすぎて、やけを起こしちゃったよ」

 

 そう言って、今交換したディニーで紙の新聞を買う兄の行動に、待ったを入れる少女。

 

 「そんな事はないよリン。何事もまずはやってみろだろ?」

 「だったら、もっと良い買い物があるかもしれないでしょう?」

 

 頬を膨らませて、そんな文句を言うリン。それに悪意はなかったのだろうが、しょんぼりと耳を垂らすのは、このスタンドを預かる従業犬(!)ウーフだった。

店の扱う品にケチをつける、無自覚な迷惑客振りをしてしまった事に気づいたリンは、慌ててウーフを慰めにいく。

 大丈夫だよぉ。君のお店の情報誌、私大好きだよぉ。特にルミナススクエアの、中古ビデオ屋特集はとっても役に立ったし…などと、必死な妹の姿に、兄のアキラは微笑ましさを感じた。

 

 (まあ、全部ネットのサイト情報なんだけどね)

 

 そんな残酷な事実など露知らず、上機嫌になったウーフに見送られながら、その足で向かいのカフェに向かう2人。幸運にも、今朝は空いて居るテラスの席に腰掛ける。

 リンは、六分街の皆が良く見えるからと言う理由で、道路が良く見える席に座りたがる。必然的に、そこから背を向ける席に腰をかけると、アキラは手元の新聞を広げた。

 

 「じぃ……」

 「なんだい、リン?」

 「なんて言うか、少し様になり過ぎて引く」

 「いきなり藪蛇だね、ありがとう」

 

 そう言って、持ってきたコーヒーを机に置くリン。

 それなりに流行りに乗った服を着て、コーヒー片手に新聞を読む兄の姿は、確かに出来るスタートアップ会社の若社長のようであった。

 とはいえ、当の本人が熱心に見ているのは、今日テレビで放映されると言う『スターライトナイト』のディレクターズカット版再放送の告知であったのだが…。

 

 「でも、確かにお兄ちゃんの言う通り、ちょっと朝の習慣を変えてみるのも悪くないかもねぇ。紙が擦る音、結構好きかも」

 「多分、それは眠気の合図だよ。最近詰まっていた『ボンプが行く!』をようやくクリアして、アラーム代わりの鬨の声を出していただろ、リン?」

 「げっ、お兄ちゃん。どうして起きていたことを教えてくれなかったの!…恥ずかしい」

 

 羞恥から両手で顔を隠すリンを見て、少し笑ってしまう。

 とは言え、自分も気をつけないとな、と思いながら、彼は新聞の一面に戻った。

 

 「新エリー都は、今日も平和なようだね」

 

 映えある一面は、いつも通りのノリだ。

 ボンプが労働組合を結成した事。それをAIの反逆がついに始まったと騒ぎ立てる能天気さは、正直インターノットのスレッドに留めて欲しいというのが、現在進行形でボンプと店を切り盛りする個人経営者からの偽らざる本音である。

 そう思いながら、つらつらと新聞を読み進めていくと、一つ気になるコラムに目が留まった。

 

 「“レイルロード社、襲撃される”?」

 「レイルロード社?すごい大きな会社じゃん。えっ、ちょっと待って襲撃されたってどう言う…」

 「…落ち着くんだ、リン。端的に言えば、レイルロード社が保有する貨物列車が、郊外で列車強盗の襲撃にあったと言う事だよ」

 「はあ、びっくりしたぁ…。私、てっきり本社が襲撃されたって勘違いしちゃった。…って、そもそも色々と端折り過ぎじゃない、その記事?正確性の欠片もないじゃない!」

 「まあまあ、落ち着いて」

 

 そう言って、怒る妹を宥めながら、彼は記事を読み進めていく。

 内容はセンセーショナルな題名とは打って違い、一週間前に起きた列車襲撃事件と、その報告を当日に行わなかったレイルロード社の不適切な対応を非難する真っ当なものであった。

 昨今の企業全般に見られる、倫理観を軽視した対応に対する批判も忘れていない辺り、どうやら記事を書いているのは、かなりの正義感の持ち主のようである。

 

 「B.B.ビュイックさん、ね…」

 「どうしたの、お兄ちゃん?」

 「うん?ああ、いや何でもないよ。ただ記事がかなり説得力のある内容だなぁと思ってね」

 「へぇ〜。珍しいね、お兄ちゃんがそこまで褒めるなんて。…ちょっと貸して」

 「あっ、リン!」

 「ふ〜ん…。“…現在、頻発するこのような襲撃事件に対し、レイルロードは武装の補強、傭兵の積極的採用によって十分に対応できると言う見解を示して居る。だが、それは現実を見ているようで、実の所は目を背ける不誠実な行いである…”。うわぁ、言うねこの人」

 

 コーヒーを啜りながら、アキラは眉を寄せて記事を読み進めていくリンの姿を見守る。正義感の強い彼女だから、少々許せない出来事なのだろう。

 その記事の作成者の言を信じるのならば、レイルロードは現在進行形で過ちを犯し続けていると言う事だ。

 …はっきりと彼らを批判出来ないのは、少々歯痒い所でもあるのだが。

 

 「“…すでに死亡者は少なくなく、被害者たちの遺族は真相究明を求め、日夜レイルロード本社前で抗議デモを続けて来た。今回の会見が行われた事で、その切実な活動が実ったと誰もが思っていただろう。だが当日、その期待は打ち砕かれた…”

 「“…レイルロードは、被害者への補填を保険金として遺族に払うのみに留めた。その現場で何が起き、どのような状態にあったのか?遺族たちが最も知りたがっていた情報について、彼らは一貫して、現在調査中であると釈明した。すでに一週間という時間が経っているにも関わらず、肝心な事実究明は今に至るまで行わなかったと、彼らは証言したのである…”

 

 ああ、もうなんかムカムカして来た。そう言いながら険しい顔をするリンは、最後まで記事を読み進めるつもりのようであった。

 

 「“…レイルロードは、新エリー都の物流インフラの要であると自称している。実際、彼らが担う貨物事業、特に列車を用いた輸出入の割合は、都市の物流内訳を見ると、その6割超を占める巨大なものである。この街は、実質的に彼らに生命線を握られていると言って過言ではないのだ…”

 「私…、そんな重大な事知らなかった」

 「そんなにしょげることはないよ、リン。なにも知らなかったのは、僕も同じさ」

 

 基本、個人事業主である彼らは、巨大な資本市場の周縁を生活圏としている。

 扱う品物が、旧時代のカセットビデオであるのも手伝って、馴染みの運び屋や仲介人との関係性を大事にして来た。

 その彼らが大企業を嫌っている事もあり、兄妹はこの都市では珍しく、大手のサービスを今まで利用した事がなかったのだ。

 

 「とは言え、今回の件は、僕らも無縁ではいられないよ」

 「…?“…私は、郊外から来る運送業者ならば、何か知っているのではないかと考え、何人かに当たってみた。しかし、彼らは一様に表情を暗くすると、殆どは車窓を固く閉ざしたまま、質問に答える事を拒んだ…”。なんでだろう、もっと協力してくれてもいいはずなのに…」

 「重要なのはその先だよ。リン」

 「うん。“…被害に遭っているのは運送業者もそうである。そう回答してくれたのは、主に旧式のカセットビデオを専門に取り扱うトラビス・マンチェスター!?…ちょっと待って、トラビスって、あのトラビスさんだよね?」

 「そう、うちがお世話になっている“ビデオのトラビスさん”だよ」

 「私、本名初めて知ったかも…」

 

 そこなのか、とリンの気の抜けた言葉にツッコミを入れながら、アキラは記事を読むように続きを促した。

 

 「えっと、こほん。“…トラビス氏も困惑していたが、ここ最近彼の取り扱うカセットビデオの量が目に見えて減ったのだと言う。彼は普段利用している郊外の採掘業者に掛け合い、直接状況の説明を求めた。だが、先方からは慌てた様子で、こちらに来るなと言い、このような言葉も漏らしたという。“みんな、バージャックに怯えているんだ”、と…”バージャック…?」

 「…」

 「“…このバージャックが何なのか?トラビス氏も詳しくは聞き出せなかったと言う。だが、彼は他にも同様の単語を幾つかの業者から聞いた事があるとも話してくれた。皆決まって怯えた顔をしながら辺りを見渡す姿は、とある映画のワンシーンを思い起こさせた、と彼は語った。『正直、商売柄、色々と経験すると怖いっていう感情が薄くなるんだがな。でも、あれは不気味だったなぁ。みんな一様に怯えているんだよ。大の男共がよ?』…”

 「うわぁ、トラビスさん、擦れ過ぎ。通りで、史上最恐の映画『ホロウ・ワンナイト』を涼しい顔で見られるはずだよ」

 「今関係あるかい、その話?」

 

 そう言ってニコリと言う兄。微笑の裏で、体が小刻みに震えている事を、目敏い妹は見逃さなかった。

 まっ、私は優しいからねぇ、と内心ほくそ笑みながら、彼女は続けた。実際、彼女はバージャックとは何なのか、かなり気になっていたのである。

 

 「なんか、語感が良いよねぇ、バージャックって。…っと続きね、続き。はいはい、えっとぉ…。“…トラビス氏は、少なくない彼らのトラックが一様に酷く損傷している事に着目した。中には弾痕の跡だとはっきり分かる物もあり、彼はここから、運転手たちは何者かに襲われたのではないか、と考えている。恐らく、盗賊団か何かしらの集団が郊外でにわかに勢力を拡大し、彼らがバージャックと名乗っているのではないか?…”

 「“…もし、トラビス氏の推論が当たっているのならば。そして、彼らが運送業者を襲撃しているのならば。それは、新エリー都への大きな脅威にもなり兼ねない。規模の大きさ、時期の一致など、今回の鉄道事件へのバージャックの関与は、私の中で明確な形に成りはじめている…”

 

 今後は事実究明も兼ねて、郊外へと足を向けてみようと思う。そう締められた記事を読み終えると、向かいに座る兄を見るリン。

 考え込んでいるのか、いつもの癖で腕を組む兄の額に、徐に新聞を丸めると軽くチョップを入れてみた。

 

 「!…びっくりしたなぁ、リン。いきなり、何をするんだい?」

 「妹を放って、なんか難しい事を考えちゃっているお兄ちゃんにちょっかいを出したいなぁ、なんてね。…で、何を考えていたのぉ?」

 「はは…。いや、ちょっとトラビスさんの話でね。もし、今の話が本当なら、最近あの人が妙に音信不通気味なのも、これで説明がつくのかな、と思ったのさ」

 「ああ、確かに。いつもなら、3日に一度は様子を見に来てくれたのに、この一週間はノックノックにもメッセージが来てないよね?」

 「…でも、これは良い機会かもしれない」

 「う〜ん…うん?良い機会、どうして?」

 「ちょうど、共通の話題が出来たばかり、だからさ」

 

 考えてみれば、これは由々しき事態である。

 色々と“手広く”やっていると、どうしても出費が嵩んでしまう。カウンターの裏にある事務室に置かれた、高機能なコンピューターシステムを食わせるための電気代は決して馬鹿に出来ない。

 そこに食事代から水道代にはじまる諸経費を換算すると、かなりの物だ。

 そんな出費ばかりの寂しい懐事情を潤す一つの源泉が、ビデオ屋の商売であった。

 

 その供給源が一つ潰れる事は、枕を高くして眠れる晩が一つ減る事を意味している。

 

 「トラビスさんに、会いに行った方がいいだろうね」

 

 アキラのその言葉に、リンもまた頷くのであった。

 

ーー

 

 一週間後。

 

 彼らの姿は、新エリー都の東端に位置する駅、通称ナンバーズの第4番駅にあった。

 




【レイルロード】

 物流を皮切りに、食糧生産、軍需開発にも幅広い事業を展開する一大コングロマリット(多業種企業)
 TOPSに属さない企業としては、事実上の最大手とされる。

 中小企業を中心に積極的なM&A(吸収・合併)を行い、事業拡大のために必要な技術・人材を旺盛に取り込んでいった。
 特に社名の由来ともなった鉄道輸送業の発達ぶりは凄まじく、『農場(ファーム)』と称される各地の生産拠点から輸入される資源物資(食糧・貴金属等の原材料)は、新エリー都の需要の6割超を賄う巨大基幹インフラとなっている。

 現CEO「ベクター」は、郊外の寒村から上京し、一代にして小さな商会を巨大企業に成長させた立志伝中の人物として呼び声が高い。

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