2
新エリー都、第4番駅。
人類に残された最後の都市。新エリー都の西端に位置するこの駅は、郊外の鉄道インフラを一手に掌握するレイルロード社が管理している。
同社は他にも11の駅を所有しており、それらは「ナンバーズ」という通称で呼ばれていた。
特にこの「第4番駅」は西の玄関口として、日夜数万人にも及ぶ人々が行き交い、大量に積載された貨物コンテナが、警笛と共に地平線の向こうへと運ばれて行き、あるいは来る様は、正に壮観の一言であった。
「すごいねぇ〜!駅と言っても、私たちが普段使っているメトロとは段違いに大きいよ。あっ!お兄ちゃん、あれ見て!」
「はいはい引っ張らないでくれよ、リン。全く…。あれだけ文句を言っていたのに、調子がいいんだから」
「そんなことは良いの!あっ、それよりも見てよ、ほら」
およそ2時間超の移動。第4番駅に来るまでに大いに体力を消耗した兄妹は、新エリー都の巨大さを改めて認識し、そしてもう二度とこんな長旅はしないと誓ったばかりであった。
しかし、ここにきて俄に生き生きとし始めたリンの様子に苦笑しながら、アキラは彼女の指差す先を見る。
特徴的な警笛の音と共に、その煙突からモクモクという擬音が聞こえてきそうな程の白い煙が上がっている。
太陽の光を受けて鈍色に輝くのは、かつて鉄道の主役と言われていた蒸気機関車であった。
「すごいな、こんな古い型の機関車がまだ生き残っていたなんて。ビデオの知識が確かなら、石炭のエネルギーで動いていることになるけれど…」
「生き残っているなんてもんじゃないよ!よく見て、あっちにもあそこにも、こっちにも!全部が、機関車だよ」
そう言って感嘆の声を挙げながら、駆けていくリン。機関車に向かって走っていく姿は、夢中になれるおもちゃを見つけた子供のような無邪気さがあった。
とはいえ、流石にそれを追いかけるのは容易ではない。元気な彼女とは違って、悲しいことにアキラの体からは節々から悲鳴が上がっていた。
もし、彼女が自分のカバンを持ってくれるのならば、そんな恨み言を内心吐きながら、エッチラオッチラと走るアキラ。まこと、“兄の心、妹知らず”というやつである。
そんな妹のリンは、お目当ての機関車の側にまで来ていた。
改めて近くで見てみると、その威容は見る人を圧倒する。素っ気ない無骨なその黒は、流行を追う中心部の電車にはない魅力があった。
今までビデオでしか見たことがないものが、直接触れられる場所にあることに、気分が高揚するリン。ちょっと触っても良いかな、と心の悪魔の囁きに任せ、鉄の表皮を一撫でしようとすると…。
「こら!何をしている!」
「えっ!あっ…ごめんなさい!」
「たく、ガキが…。無闇やたらと、デカいもんには触らないように親から教わらなかったのか」
「あっ…うぅ…」
横から飛んできた怒声に、びくりと肩を振るわせるリン。
親はどこなのか?と問う作業員風の男の質問に対し、羞恥で俯いていた彼女は思わず顔を上げる。
えっ、私ってそこまで幼く見えるの?と内心驚きを隠せない彼女。そこに丁度、親こと保護者であるアキラが到着した。
「あっ?…あんたは」
「えっと、こんにちは。…リン、どういう状況だい」
「リン?…ああ、なるほど。あんたが、この子の父親か」
「ち、父親?」
「その子によく言い聞かせておけ。これから整備に入る機関車は危ないから近づくな、とな」
「あっ、はい。すみません、よく言い聞かせておきますので」
そう言って、頭を何度も下げるアキラ。ついでにリンの頭も下げさせる姿は、確かに親のようであった。
幸い、男もこれから仕事があるのか、早々に話を切り上げると機関車に乗り込んでいく。
しゅっぱーつ!と威勢の良い掛け声と共に去っていく機関車を見送りながら、アキラはお転婆な妹に少々灸を据えた。
「あう!…痛いよ、お兄ちゃん」
「調子に乗りすぎだよ、リン。…僕らがここに来た理由、まさか忘れたのかい?」
そう言って、デコピンを一つ額に軽くすると、アキラはこの旅の目的を改めてリンに再確認を促した。
「うう…。分かってるよ、人探しでしょ」
「そう。正確にいえば、トラビス・マンチェスターさん(40歳)の行方を探しにやってきたんだ」
「40歳って、そこを強調する必要はあるのかなぁ…」
彼らがここまで足を伸ばした理由。それは旧知の仕入れ人であるトラビスが、この一週間にわたって行方知らずとなっていたからだ。
何気にビデオ屋に入ってくるカセットビデオは、その半数以上が彼の伝手で流されてくる。最近では、郊外で発掘された旧世紀の古典映画が、店の売上にじわじわと貢献している事も相まって、尚の事彼との繋がりは無視出来ないのである。
そんな彼が行方不明となった。その捜索に『RandomPlay』の兄妹が手を挙げたのは自然な成り行きであった。
「とにかく、僕らが2時間掛けてここまで来たのは観光のためじゃないよ、リン。これは我が店の未来を賭けた一大プロジェクトだ。くれぐれも、一時の感情に身を任せないように、…分かったかい?」
「ぶう…」
「はい、は?」
「…はぁ〜い」
「伸ばさない」
そう言って、不満を露わにするリンには、反省の気配が見えない。だが、どうにもこの状態のリンには、怒りよりも微笑ましさを感じてしまうアキラであった。
「…まあ、とりあえず休憩ぐらいはしようか。ここまでずっと長旅だったから、流石に体がバキバキでさ。はい、これ」
「えっとっと。もう…大事に扱ってよね、私のカバン」
「リン…、まだ反省していないようだね。あ〜あ、残念だなぁ〜。君にこの駅の名物、レイル印のとんかつサンドをご馳走しようかと思っていたのになぁ〜」
「えっ、とんかつ!?食べる食べる、食べたい!」
「ならば、何か言うことはあるんじゃないのかい?」
「もう、お兄ちゃんの意地悪〜」
「う〜ん?」
「ああ、神様仏様お兄様〜!仕事を蔑ろにした愚妹をお許しくださ〜い!!」
大袈裟だなぁと苦笑したアキラは、それでよしとした。
…まあ、その後楽しみにしていたとんかつサンドの売り切れを知り、リンの機嫌が急落した事はまた別の話である。
ーー
「リン、機嫌を直してくれよ?」
「ぶう…、とんかつ…」
「ほら、食べながら喋ると喉が詰まるよ」
ありったけの不満を表すかのように、頬を膨らませるリン。その分かりやすい拗ね方に苦笑しながら、ペットボトルのミネラルウォーターを彼女のそばに置いた。
「この豚肉と豆のホロホロ煮のトルティーヤ包みも美味しいだろ?」
「…(こくり)」
「ははっ、それはよかった」
とんかつを食べられなかった恨みもあるかもしれないが、一心不乱にトルティーヤにがっつく姿は微笑ましいものだった。
財布には若干手痛い出費とはなったが、これで妹の機嫌を直せたのならば、安いものである。
…まあ、3個は食べ過ぎなのでは、と思ったのは内緒にしておこう。
「とはいえ、これほどまでに骨がかかる事だとは思わなかったなぁ…」
そう言って、手元のスマホの画面を見るアキラ。
店の1周年記念の時に撮った写真。アキラとリン、そしてボンプたちと一緒に写っている壮年の男が今回の探し人であった。
ウィンクを一つして親指を立てる姿は、彼がノリのよい性格である事を思い起こさせる。
「んく…確かに。トラビスさん、一体どこに行っちゃったんだろうね…」
「そうだね…。こうまで誰も知らないとなると、少し僕たちの手には負えないかもしれない」
トラビスが馴染みの商売仲間に向けて、短いメッセージを送信したのは一週間前のこと。
“これから知り合いに会いにいく。場所は第4番駅だ”。そこにはそう書いてあった。
どこに行き、誰に会うのか。それが分かっているのは良い。そう、そこまではよかったのだ…。
「その肝心の相手が、誰なのかがわからないんだよね…」
「新聞に出ていた、採掘業者の人じゃないの?」
「…それが一番可能性はあるんだけど、肝心の向こう側がああまで非協力的だとねぇ」
「あっ!そうそう、あれ本当に酷いよね!ずっと一緒にやってきたのに、トラビスさんが行方不明だって言っても、“知らない”だの、“巻き込まないでくれ”だの。ちょっと、薄情過ぎるとは思わない?」
「確かにね…。あれぐらいの反応だったなら、何か知っていてもおかしくはないんだけど…」
そう言って、いつもの癖で腕を組み、考え込むアキラ。
「けれど、それ以上の進展はなし。…それに、こうして闇雲に聞き込みをするのも疑問だ。ここまで来たのも、トラビスさんに会えるかもしれないという希望的観測があったからだし。…一旦帰った方がいいだろうね」
「ええ…。せっかく、ここまで来たのに…」
「なら、君には何か良い案があるのかい、リン?」
「うう…、ないけれどぉ…」
アキラの若干意地の悪い返しに、ばつの悪さを逸らすかのように、ペットボトルの蓋をあけるリン。だが、ぐいとボトルを傾けようとした彼女は、ふと動きを止めた
「…あったよ」
「えっ?」
「まだ聞き込みしてない場所、あったよ!」
そう言って彼女が指を指した先には、レイルロード社の列車傭兵詰め所を示す看板があった。
ーー
『傭兵』
普段、都心で生活している人々にとっては縁遠い存在。だが、治安官や防衛軍によって守られている中心部の治安も、このような辺縁となると事情が違ってくる。
そもそも、新エリー都における彼らの役割はホロウに対する矛と盾である。このような畑違いの場所には、彼らも余り積極的な介入を行なって来なかった。
その消極的な姿勢が、傭兵たちの活躍の場を用意し、そして彼らを雇用する企業が進出してくる土壌を作り出したのである。
その中でも、レイルロードは最も成功した企業と呼ばれていた。
「さあさあ、残り空き枠は3人!報酬は一週間で20万ディニーだ!一日3食、食事付き!のどかに揺られて、農場と鉱山巡り!確実に大金も稼げる、こんなおいちい仕事は他にはないよ!」
「「ンナンナ!(さあさあ!)」」
「あ、あの!」
『RAILLORD MERCENARIES』の看板の下。
朗々と声をあげ、道ゆく人々を勧誘するのは古典的な軍用ヘルメットを被る男。隣にいるボンプ達が、「傭兵、求ム!」という横看板を掲げているように、一丸となって列車傭兵の人員確保に邁進していた。
そんな最中、いきなり乱入してきた声に、もしや?と男が期待の目を向けると、そこには銃も持ったことが無さそうな都会風の出立の少女が立っていた。
誰であろう、リンである。
「おいおい、お嬢ちゃん。仕事の邪魔をしないでくれないか?こっちは忙しいんだ。その、インターノット?目当ての写真は他所でやってくれ」
「あっ、えっと、ごめんなさい。…って、違うんです!」
「はあ?」
そう言って胡乱な声をあげる男。さっさと何処かに行け、と言わんばかりの空気に若干気落とされながらも、リンは手元のスマホを掲げた。
「この人っ!…知りませんか?」
「おいおい、人探しなら駅の事務所の方に…」
「よく見てください!お願いします!」
「はあ…」
時間に間に合わせようという仕事人の義務感と、一回怒鳴りつけてやろうかと言う個人的な感情がせめぎ合う。だが、最終的に仕事の方を優先した男は、手っ取り早く要件を済ませようとリンのスマホに顔を近づけた。
「こいつは…」
「み、見覚えがあるんですか?」
「ん?ああ…、あるとも言えるし、ないとも言える。…おい、こいつの名前は?」
「トラビスです。トラビス・マンチェスター」
そう言って、やってきたもう一人の乱入者に、少しばかりうんざりした目を向ける男。
…チッ、イケメンに美少女か、と小さく毒づきながら、脳の海馬から“トラビス・マンチェスター”の記憶を引き出していく。
「…おい、サッチ!一週間前の搭乗者名簿はあったか?」
「ンナ!ンナ(あるッチ!これだッチ)」
「おお、ご苦労。トラビス、トラビス…。ああ、こいつか…。覚えているぞ、確か郊外で人に会う用事があるから、とその場で傭兵登録した奴だな」
やっぱり!、まさか本当に…、と兄妹が口々に呟く中、男はページに記載されたトラビスの経歴を簡単に読み上げる。
「トラビス・マンチェスター、歳は40。経歴は、カセットビデオの仕入れ卸業。戦闘経験はなし、兵役には市民権を理由についていない。ふっ…運がいいやつだ」
「あの!」
「あん?」
「具体的にどこに行ったのかって、聞いていませんか?」
「私たち、その人を探してここまで来たんです」
そう言って、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる2人。
正直、次の便が迫っている中で、まだやるのか?と怒鳴りたくなる。遅延は、最低でも列車だけにしてくれと男は嘆きたくもなった。
「さあな。本当なら、会社の誓約書にサインをした時点で、そいつの情報はもう部外者には漏らせん。常識だろぉ」
「でも!」
「でもも、かかしもない。いい歳だろ、そんぐらい弁えてくれ」
さぁ、行った行った、と手を振ろうとする男。だが腕時計を見て、思わず舌打ちをしてしまう。
残り2分、中途半端な時間だ。
「ちっ、時間が…。仕方ない、サッチ!ここで…」
「…乗ります」
「…ああ?」
「だったら、列車に乗ります!」
「リン!何を言っているんだい?!」
自分の耳がボケたのだろうか?意表を突かれた男は、リンを見る。
アキラもまた、とんでもない事を言い出した妹に驚愕の目を向けた。
「傭兵になれば、列車に乗り込めるんでしょ?なら、ここで登録します!」
「ちょっと待て!僕らは、あくまで人探しでここに来たんだぞ。傭兵になるためじゃない!」
「でも気にならないの、お兄ちゃん?トラビスさんがどこに行ったのか、傭兵になれば分かるかもしれないのに」
「だからといって、これとそれは話が別だ!少し頭を冷やせ、リン!!」
「大丈夫だよ。銃なら私、撃ったことあるし!」
「それは『GOD・FINGER』に来たばかりの、シューティングゲームの話だろ!」
何やら、言い争いを始めた2人。付き合っていられないとばかりに男は首を振ると、サッチと呼んだボンプに仕事を切り上げるように指示する。
「ンナンナ?(良いのかッチ?今回は、必ず規定の人員を補充しろって上から…)」
「それで、青いガキ2人を連れて行くのか?それこそ、俺の首が飛ぶぞ」
「ンナ…(分かったッチ…頭)」
そう言って、他のボンプ達を呼び寄せるサッチを見送り、傭兵たちが手続きを待っている詰所に脚を向ける男。
これで今日の受付は終わりとばかりの空気が漂う中、何処からかあわただしい足音が飛び込んできた。
「…誰だ?あいにく、今日の募集は終わったぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください。私、ビュイックと申しまして、先ほど、まだ3人傭兵を募集していると」
「…話を聞いていたのか。募集は、終わりだ」
「そこを何とか!」
「どうにもならん、帰れ帰れっ」
そう言ってぞんざいに手を振ると、今度こそ詰所に向かおうとする頭。
だが、駆け込んで来たビュイックという男は、頭の想像をはるかに上回る曲者であった。
「君、貸してくれ!」
「ンナ?!」
そう言ってサッチから登録名簿を奪い取ると、空きの欄に自分の名前を書き込むビュイック。
「…あっ、それ貸して下さい!」
「いや、名前を教えてくれれば良いよ。…はいはい、リンさん。で、隣のお兄さんは?」
「はいはい!お兄ちゃんは、アキラって言います」
「アキラさんね、はいはい。で、綴りはこれであっているかい?」
「はい!完璧でーす!」
「よし!じゃあ、これでよろしく頼むよ、ボンプくん」
そう言って、ポンとサッチの頭を撫でると、ビュイックは書き終えた名簿を手渡す。そして呆然としたままのアキラの背を、目を輝かせたリンと共に押しながら、頭が向おうとしていた詰所の扉に向かっていった。
あっという間の強行に、誰もが呆気に取られる中、遠くから警笛の音が鳴り響く。
「ンナ…(数が揃ったッチ…)」
「はぁ………」
顔に手を当てながら天を仰いでいた頭は、その報告に人生で最も深いため息を吐いた。
ーー
警笛が鳴り響く。モクモクと煙を上げながら、寝起きの車体に鞭打つように、八輪の車輪が駆動し始める。
正午暮れの光を浴びて、眩く輝くのは『RailLord Atomic Locomotiveー780』という名前。
警笛が鳴り響く。回転台から、新たに接続された線路に乗る機関車は、力強く車輪を駆る。
原子炉から生まれる爆発的なエネルギーを糧に、10両に及ぶ貨物車を牽引しながら、列車は新エリー都から西の果ての荒野を目指す。
線路に揺られて、強かに振動するその車上には、列車傭兵たちに混じって、確かに二人の姿があった。
【ナンバーズ】
新エリー都の外縁部に存在する、11番まで振られた物流拠点群。単純に「駅」とも呼ばれる。
郊外と新エリー都を隔てる関門、あるいは玄関口として機能しており、交通の一大要所として栄えている。
同社の鉄道部門の要諦として、『レイルロード』社の厳重な管理下に置かれており、その治安の良さに目をつけた他企業からの委託を受け、『ファクトリー』と呼ばれる加工拠点が併設されている。
日夜運ばれる原材料の加工事業は、周辺経済を潤す一代産業であり、郊外から働き口を求めて人々が集い、その需要に目を付けた各種サービス業者が競って進出した事から、今日ではさながら一つの街区の様相を呈している。
一昔前まで、都心部にとってはコンビナート以上の意味を持たない場所であったが、近年ではインターノットの発達によって、その発展ぶりが知れ渡るようになると、徐々に観光地としての人気を獲得。
それに伴い、現地民とのトラブルも増加傾向を見せており、レイルロードは事態に対応すべく、訪問客の制限、期間傭兵の積極雇用といった各種保安対策を検討、実行に移し始めている。