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荒野に警笛の音が鳴り響く。水蒸気の煙を絶え間なく上げながら、レイルロードが保有する原子力機関車『RAL-780』が疾走する。
赤い残照に照らされて、黒く長い影を荒野に落としながら、列車は沈みゆく太陽を追い、西へと直走っていた。
線路を走る車輪が、ガタンガタンと間隔をとりながら、列車を揺らす。お世辞にも、“のどかに揺られて”とはいえないが、開け放たれた貨物車の扉から流れていく郊外の夕景色を見ていると、そんな不満も些事に思えてくるのだから、不思議なものである。
「まこと、“禍福は糾える縄の如し”、か…」
そう言って、アキラは肩に頭を寄せた妹を見た。
店のベッドとは具合が違うはずなのに、静かに寝息を立てるリンを見て、改めて彼女の生命力の強さに苦笑してしまう。
「すう…」
「全く、君がここまで連れてきたのに…」
「んん…」
そう言って、眠っているリンの頭をコツンと軽くこづく。だが、その手がこつりと彼女の背中から飛び出る物に触れた時、アキラの顔は僅かばかりに強張った。
「レンタガンか、…契約とはいえ、随分と重いものを背負ってしまったな…」
そう呟きながら、自分の背中からも飛び出た黒々とした銃身をそっと撫でる。
『レンタガン』。それは、レイルロードが雇用した傭兵たちに貸与する専用武装である。胸部と腹部を覆う装甲と、アーム装着された一丁の銃を背面に据えた防護鎧。同社の武器開発部門が開発したというそれは、正しく異形のデザインであった。
「配布された資料には、内蔵された特殊な筋肉によって、どんな体型にも順応する理想的な防具と書かれてはいるけど…。この着心地の悪さは、どちらかというと不便の具現化じゃないのかな?」
傭兵への枷代わりだったりして、そう独りごちながら、アキラは傭兵頭から配られたファイル閉じの資料をめくっていく。
今読んでいるレンタガンの項目を含めて、列車傭兵に関わるイロハが網羅されたパンフレット。レイルロード社の沿革をはじめに、郊外に点在する農場、鉱山の詳細も盛り込まれたそれは、旅のしおりとしてはなかなか読ませるボリュームがある。
契約によって身につけていた電子機器、貴重品を全てを取り上げられた今、長い時間を潰せる貴重な娯楽品としてアキラは重宝していた。
「“…戦闘の際、
「むにゃむにゃ…」
「…ゲームセンターの撃ち合いとは訳が違うんだぞ、リン」
…無論、何も起きないに越したことはない。自分を見つめる兄が、そんな事を考えているとは露知らず、リンは穏やかな寝息を立てている。
そんな彼女の寝顔を見ていると、夕食の時間はもうすぐかな?と、ふと思う。すると何処からか腹の虫の鳴き声が聞こえ、その出所に気づくとアキラは思わず笑ってしまった。
今晩のメニューは、リンが食べたがっていたトンカツサンドの筈だ。
ーー
列車が夜の国に入り、時刻は8時。
満月が夜空に輝く中、規定で決められた就寝時間がそろそろ近づこうとしている。
それでも、貨物車の各所からは賑やかな声が聞こえてくる。どうやら、支給された夕食を食べずに、賭け事の遊びに使っているようだ。
誰かがババを引いたのだろう、からかい混じりの大笑が隣の貨物車から聞こえてくる。
そうして、傭兵たちが各々の時間を過ごす中、アキラとリンはというと、自分達の貨物車の天窓を開け、その縁に2人腰掛けながら、過ぎゆく夜の荒野を眺めていた。
「…本当に静かだね」
「うん、僕たちの街もかなり閑静な方だとは思うけれど、ここには余計なものが何もないからね…。空気も良いし、一層この静けさが心地良いよ」
「そうだね…。なんというか、ここまで空を広く感じたのは久しぶりかも」
そう言って伸びを一つするリン。そのまま背中から横たわろうとして、すんでの所でレンタガンに気づくと、彼女は慌てて起き上がった。
「はあ…。この余計な銃が無ければ、もっと良かったんだけどね」
「まあ、君のお転婆ぶりがもたらした物だ。甘んじて受け入れるといいよ」
「…。お兄ちゃんだって、止めなかったじゃん…」
「おやおや…。僕は一言一句、君があの時、何を話したのか覚えているんだがね。ここで全て言ってみせようかな?」
「ああ!私が悪かったですぅ!…ん、もう」
そう言って大袈裟に手を振りながら、先ほどの発言を取り消そうとするリン。だが、その勢いも徐々に弱くなっていく。
「ねぇ、お兄ちゃん…」
「なんだい?」
「私たち、本当に銃を撃たなくちゃいけないの?」
何気ない風を装ったその疑問は、おそらく紛れもない恐怖からの言葉なのだろう。
天真爛漫だった昼間の彼女からは想像もつかないほどに、その声はひどく心細げであった。
「…出来れば、そんなことはないように願いたい」
「…」
「でも…。もしその時が来たら、多分僕は引き金を引くだろうなぁ…」
「それは、…どうして」
「君がいるからだよ、リン。そんなに怯えている君に、撃たせる事はできない」
「お兄ちゃん…」
予想外の答えに驚くリン。まっすぐとこちらを見つめる兄を見て、それが嘘でも冗談でもないことを悟る。
彼女の内心にやってきたのは、少しばかりの嬉しさと、そして大岩のようにのしかかる罪悪感。
あの時、自分はなぜ列車傭兵になるなんて馬鹿な事を考えたのだろう。遅まきながら、リンは自分が交わした契約の対価の重さに気がついた。
「やめてよ…、お兄ちゃん」
「大丈夫だよ、リン。僕たちは兄妹だ。たった一人、君に全てを背負わせたりはしないさ」
「だからっ、やめてってば…」
そう言って声を震わせる彼女に、アキラは黙ってその肩を抱き寄せる。背中の銃も、この時ばかりは邪魔には思わなかった。
…思えば、こんなリンを見たのは久しぶりだ。そう思った時、一瞬自分の右腕が赤く染まる。電源を落としたブラウン管テレビの様に、唐突に現れたその幻覚に思わず手を離してしまうアキラ。
どうしたの、お兄ちゃん?戸惑う妹に心配させないよう、笑みを浮かべようとするアキラ。だが、血染めの幻覚を皮切りに、脳の奥底から奔流のように現れるイメージの洪水に襲われる。
思わず頭を抑えるアキラ。
テレビのザッピングよりも速い切り替わりの中、目まぐるしくイメージが移り変わっていく。
薄暗い研究所、何かの液で満たされた水槽、その前でうつ伏せになる白衣の誰か、それから…。
「…お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
「…はっ?!」
「大丈夫…?…多分、夜風に当たり過ぎたんだね。もう…、戻ろう?」
妹の声にハッと気づいた時、あのイメージの濁流は途端に霧散した。
心配そうに眉を寄せながら、兄を抱き寄せるリン。その右手に、アキラは恐る恐る自分の右手を重ねる。
そうして肩を寄せ合う二人の姿を、月明かりはただ冷たく照らしていた。
ーー
それから、しばらくして。真夜中のことであった。
遠く荒野の果て、そのどこかで爆発音が鳴った。
けたたましいアラートともに、アキラたちが叩き起こされた時、車内には後方3両の走行不能を伝える無機質な放送が流れていた。
【RailLord Atomic Locomotive(レイルロード原子力機関車)】
機関部に原子炉ボイラーを内蔵した機関車。
レイルロードを象徴するイコンとして、内外に高い知名度を誇る。
幾度の試行錯誤の末、現在は加圧水型の原子炉を採用し、発生する膨大な水蒸気エネルギーにより、最大で26両、1600mに及ぶ貨物車群を牽引可能。
文字通り新エリー都の莫大な生活需要を支える動脈として、郊外を日夜行き来しているが、その運行には多くの問題もついて回ってきた。
特に物資目当ての列車強盗は喫緊の課題であり続け、その防衛のために、レイルロードは開設当時から傭兵を雇用し、“傭兵運用の教科書”と称される同社の安全保障ドクトリンを構築している。
因みに新エリー都において、原子力はほぼ斜陽の発電技術であり、同社CEOのベクターに価値が再発見されるまでは、数少ない技術者たちは冷飯を食う状況にあった。
後にベクターの出資によって専門学校が設立したことを皮切りに、徐々に技術復興の兆しを見せているが、その安全性については疑問視する声も少なくない。