ホロウ戦記   作:イサコウ

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遭遇④

 

 夜も更けた真夜中のこと。誰もが深い眠りにつき、ただ列車を動かすコンピューターの電子音だけが、機関室に静かに鳴り響く。

 今日も色々な事があり過ぎた、とブラウン管モニターの前で愚痴るのは古典的なヘルメットを被るあの男。右手にウイスキー瓶を持ちながら、一仕事を終えたとばかりに、監視台に組んだ足をだらしなく乗せていた。

 

 「ンナ?(また、ルール違反だッチか?頭)」

 「ばぁか、これは俺のささやかな特権というやつだ。夜も働く労働者の楽しみって事で、大目に見てくれよ」

 「ンナァ…(そう言って、またルウにドヤされても知らないッチ)」

 

 そう言って、仮にも会社所有のボンプの前で、堂々と規則を破る上司にジトっとした眼をむけるサッチ。

 列車の傭兵を統率する男、“頭”こと「傭兵頭」とは随分と長い付き合いであるが、こういう緩い部分に関しては、私人としてはともかく、仕事人としては素直に尊敬できなかった。

 

 「へへ、構やぁしないさ。あいつだって、この仕事のことは分かってくれている。んく…」

 「ンナンナァ…(恋人の為にも、あんまり飲み過ぎはダメだッチ…)」

 「ぷはっ!…こう見えても、酒の量自体は減らしてるんだぜぇ?わざわざ、アルコール分解用にジョナサン製の分子機械(ナノマシン)も体内にブチュッてな」

 「ンナンナ、ワタンナ?(それ、ドーピングって言わないッチか?ルウが変えて欲しいのは、お酒の習慣の方だと思うッチ)」

 「へっ、いいじゃないか。俺は素面で酒を飲める、ルウは毎晩アルコールを嗅がずに済む、ジョナサンは治験の結果が得られる。三者三様、ウィンウィンのトライアングルじゃないか?」

 

 そう言って、瓶を傾ける傭兵頭。その姿はどうにも素面には見えず、馬鹿につける薬はないッチ、とばかりに頭を左に、右にと振るサッチ。

 …それでも、なんだかんだ言って10年間も付き合ってきた自分も同じッチか、と内心に笑いながら、モニターに目を向けた。

 

 「…ンナ?」

 「どうした、サッチ?」

 「ンナンナ…ンナタ?(赤外線レーダーに反応があるッチ…。こんな時間に?)」

 「はあ?…監視映像を回せ、よく見せてみろ」

 

 そして、件の映像が目の前のモニターに映し出される。赤外線の特徴的な色合いの中、一列の細長い影が、ここから南東方向に広がる丘陵地帯に見えた。

 

 「どっかのキャラバン隊か?…だが、確かに妙だな。ここ最近は「連中」に怯えて、郊外のトラッカー共も夜通しの運送は控えているはず」

 「ンナ?(どうするッチ?)」

 「疑わしきは何とやら、か…。万が一だ。黄色警報(軽いジャブ)を鳴らして、全員叩き起こしておけ」

 「ンナンナ?(いいのかッチ?今回はヒヨコ(新人)が多いけれど…)」

 「だからだろぉう?列車傭兵の醍醐味ってやつを教えてやる、いい機会だ」

 

 そう言って、意地の悪い笑みを浮かべる傭兵頭。こんな時でも、イタズラ小僧のように笑うのだから、防衛軍ともソリが合わなかったのだろう。

 共に除隊した身だからこそ分かる、そのいい加減さ。これから同じ目に付き合わせられる新兵たちへ心の中で詫びを入れながら、サッチは警報回路を開こうとした。

 

 「あっ…」

 「ンナ?」

 「…撃ってきやがった」

 

 そう、傭兵頭が呟いた時であった。

 

 ドォーン!!

 

 軍で散々耳慣れたあの爆音。瞬間、凄まじい衝撃が列車を奔る。

 無様に転げ落ちないよう机にしがみつき、モニターを見やる傭兵頭。

 砂嵐の走るモニター群の中、生き残っていた外部監視用の映像が目に飛び込んでくる。月明かりに照らされるのは、荒野の奥地から迫ってくる大量のライト。傭兵頭は「」の正体を本能的に察した。

 

 「サッチ!赤色警報(レッドアラート)!」

 「バージャック共だ!!

 

 その叫びと共に甲高い警戒音が鳴り響き、機関室は赤色警報の赤に染まった。

 

ーー

 

 脳まで響く轟音と共に、激しい振動に揺れる列車。

 揺れは、全身を鞭打つ衝撃となって、眠りの底にいた搭乗者たちを強かに打ち据えた。

 

 【赤色警報(レッドアラート)赤色警報(レッドアラート)!】

 【安全装置(セーフティ)解除!搭乗員ハ直チニ戦闘態勢ニ移ルベシ!直チニ戦闘態勢ニ移ルベシ!!】

 

 その警報と共に、右の眼窩にレンタガンの専用バイザーが嵌る。余りにも強く張り付いた刺激で覚醒するアキラ。痛む体をゆっくりと起き上がらせながら、状況が把握できないながらも、リンの安否を確認した。

 

 「いっ…たぁ…」

 「リン…。はあ…、良かったぁ」

 「お兄ちゃん…、ってお兄ちゃん、頭から血が!」

 

 アキラの頭部から流れる赤い血。リンの意識は瞬間、清明となる。

 その流出を抑えようと、迷うことなく出血箇所に手を当て、リンは圧迫止血を行おうとした。

 

 「大丈夫だよ…!リン」

 「大丈夫じゃないよ!お兄ちゃん、血が流れて!…ダメ、ダメ!!」

 「リン!!」

 

 恐慌状態に陥ったリンを落ち着かせようと、声を張り上げるアキラ。

 それでも止血を続けようとする彼女の両手を無理やり取ると、目と目をしっかりと合わせる。流れる血が入ってくるが、意地でも彼は瞼を閉じなかった。

 

 「僕は、ここにいる。ちゃんと、生きて、ここにいる。…だから、大丈夫だよ」

 「でも、でも…!」

 「リン!」

 

 尚も言い募ろうとする前に、アキラはしっかりとリンを抱きしめる。

 彼女が安心できるように、もう悲しまないようにと、強く彼女を抱きしめた。

 

 「大丈夫だ…。大丈夫だよ、リン」

 「おにいちゃん…、なにがおきたの…?どうして…、こんなにちがでてるの?」

 

 それでも抑えきれなかったのだろう。嗚咽と共に漏れてくる、涙まじりの疑問。

 それに応えるかのように、車内に放送が流れ始める。スピーカーから、一定の抑制で聞こえてきたのは、あの傭兵頭の声であった。

 

 「“…聞こえているか?今生き残っている連中には、2つ知らせがある。1つ、さっきの砲撃で乗員の半数が“不能”となった。…2つ、これからこの列車は特急状態に移行する”

 「っ…?」

 「…どういうこと?」

 

 淡々と聞こえてくる声は、ひどく場違いで、落ち着けば良いのか、どうすれば良いのか、鉄火場に慣れていない二人には判断が付かない。

 そんな兄妹の困惑をよそに、傭兵頭は続けた。

 

 「“端的に言えば、今の俺たちはバッファローだ。野蛮な先住民共に駆り立てられ、追い立てられている”

 「“最悪な状態で、もはや取れる手段はただ逃走だけだ。…それも命懸けのな”

 

 そう言って、車内隅のブラウン管にスイッチが入る。

 バシッと言う音と共に映し出されたのは、雪崩のように列車に押し寄せてくる、バイクにバギーを駆りる大群。

 二人の背筋に冷たいものが流れ落ちる。ビデオの中でしか見たことのない光景に慄く中、反比例して、傭兵頭の声は熱気を帯び始めていく。

 

 「“繰り返すが、先ほどの砲撃で後部3車両がダメになった。巻き込まれた連中には悪いが、今からこれを切り離す!そして、すぐに特急状態へと列車のギアを切り替える!!”

 「“俺たちは今、この二つの作業を同時進行で行っている。タフでタイトで、チンタラとしていられる暇はない!”

 

 いいか、死に損ないの運なし共!!その言葉と共に、貨物車の天窓が勢いよく開く。

 冷たい夜風と共に、荒野を震わせる蛮声が流れ込む中、負けじとスピーカーは声を張りあげた。

 

 「“3分だ!”“3分稼げ!!”

 「“カップヌードルよりも簡単な仕事だ!!撃って撃って撃ちまくれぇ!!”

 

 その絶叫を最後に、スピーカーは沈黙した。

 

ーー

 

 暗闇の中、銃声が轟く。その音から、レイルロードの傭兵たちがようやく反撃を始めたのだと察し、口角が上がっていく。

 土煙を挙げて、手負いの“マザーダック(列車)”に襲いかかる「狼」達。駐留する南東の丘から、自分が指揮する作戦の一部始終を見物するのは異形の男。

 腹部に据えられた本来の頭部から、暗視機能付きの双眼鏡を外さずに、男は傍に侍るミイラ然とした部下に語りかけた。

 

 「どうやら、“マザーダック”は順調に追い詰められているようだな、サージェント?」

 「はっ!一目瞭然であります、サー!」

 「よろしい…。このまま、親子共々羽をむしり尽くされる姿を見るのも一興だが、それはそれで冗長だ。今回は特別な方々もいらっしゃっている。…サージェント!」

 「はっ!一切承知であります、サー!」

 

 威勢の良い掛け声と共に、兵士たちへ号令をかけるサージェント。

 赤外線ゴーグルを装着した兵士たちが、身の丈以上の高射砲に取り掛かる。尾栓から砲弾を装填し、準備完了の報告を行う砲術長。

 満月とはいえ、夜間でも変わらぬ見事な手際に笑みを深めながら、“サー”と呼ばれた男が右手を挙げる。

 

 「目標地点、捕捉!いつでも撃てます!」

 

 その言葉と共に、サーの右腕は振り下ろされる。

 

 「撃てぇー!!」

 

 サージェントが声を張り上げると共に、夜の荒野に再び轟音が響き渡る。

 放たれた砲弾が夜空を駆け、一直線にこちらへ向かっている事など露知らず、傭兵頭とサッチは機関室で奮闘を続けていた。

 

 「3分が経過!どうだ、いけるかサッチ?」

 「ンナ!(ギア接続に少し手間取っているッチ!)」

 

 すでに切り離し作業は終わり、3分の時間制限が過ぎた。

 生き残った人員を全員車内に下がらせると、相棒に状況を確認する傭兵頭。

 目まぐるしく移り変わるファイバー光の乱舞の中、心音図のようなシグナルを画面に走らせながら、操縦台のサッチはカウントダウンを開始する。

 

 「ンナ!(掛かったッチ!残り時間3秒!)」

 「頼むぜぇ…」

 「ンナ!(2!)」

 「っ…!」

 

 歯を食いしばり、食い入る様にメーターを見る。

 

 「ンナ!!(1!!)」

 「よしっ!!」

 

 その言葉と共に、メーターの針が切り替わる。なんとか成功したと、思わず小さなガッツポーズを取る傭兵頭。

 だが、次の瞬間…。

 

 ドォーン!!

 

 鈍い着弾音と共に、モニターには一瞬土煙が立ち込める線路が映し出されると、電源が落ちる。

 暗転の次は、横転がやってきた。

 一瞬で天と地がひっくり返り、三半規管がかき回される感覚を最期に、闇の中に放り出される。頭から硬い床に落ちた傭兵頭は、その頚部を強かに打ちつけた。

 

ーー

 

 「決まったな…」

 「はっ!欣喜雀躍であります、サー!」

 

 暗視双眼鏡を覗きながら、ほくそ笑む男達。

 その視線の先には、『RAL−780』の黒々とした巨体が荒野に横たわっていた。

 




序章(完)
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