「中々うまいな」
「そ、そうですか?」
「ああ、私では無理だ」
野菜を切る少女を後ろから覗きこみ、称賛を述べる。だが、少女は顔を引きつらせ、全身を震わせた。周りの女子供もだ。おいおい、そこまで怖がらなくてもいいじゃないか。……まあ、無理もないか。
「邪魔をした」
となれば、邪魔物は退散するとしよう。私のせいで指を切られても困る。台所を出れば、巨大な机(机を繋げたもの)が鎮座した、この村でも比較的大きな部屋で、私は座布団が敷かれた指定席に座る。
妖怪共を制圧した後、私達は洞窟の奥にあった大量の食料や道具を持ち、山を降りた。村に戻ると、私を迎えたのは恐怖に歪んだ顔だった。まあ、それもそうだ。誰だって血まみれの女が歩いてきたら驚く。しかし、血まみれでも恩人は恩人らしく、義理堅いここの人間達は私達をもてなしてくれるそうだ。先程の料理と少女の様子はそういうことだ。料理の方は中々うまそうだ。
それにしても、正邪様はどこに行ってしまったのだろうか? 少し歩いてくると言って出ていってしまったきりだ。探しに行きたいが、もし料理が出来たときに間に合わなくては失礼だろう。
「あ、あの……」
横にいたのは野菜を切っていた少女。しかし、手に持っているのは包丁ではなく酒とお椀だ。
「どうした?」
「料理はまだ時間がかかりますので、先にお酒でもと……迷惑でしたか?」
「いや、むしろ大歓迎だ」
少女は机にお椀を置き、酒を注ぐ。洞窟で飲み損ねたこともあり、飲みたくて堪らなかった私は、注ぎ終えるとすぐさま口をつけた。少々行儀が悪いが、そこは許してもらいたい。安い酒だが、それでもやはり酒はうまい。気がつけば、既にお椀は空になっていた。
「うまい……ああそうだ、ひとつ頼まれてくれ」
「何です?」
「正邪様を探してきてくれ。あの人のことだから万が一もないだろうが、遅れて冷めた料理を食べてもらうわけにもいかない」
「わ、わかりました」
そそくさと部屋を出ていく少女。結局、彼女の態度は軟化せず、最後まで固かった。まあ、彼女の笑顔が見たいわけでもないから、別にいいが……いや、怖がられるよりはやっぱり笑顔の方がいいかもしれない。
今になって、あれはやりすぎてしまったと思い始める。昔からそうだ。カッとなるとああいうことをしてしまう。我を忘れているわけではない。理性では何をやっているか分かっているが、それを止める術がない。昔、それを仲間に相談したとき、こう言われたことがある。
「怒っているんじゃない。調子に乗っているってことだよ、それ」
「正邪さんいましたよ」
振り返れば、正邪様と少女が部屋に入ってきた。意外と早かったな。出ていった時間からしてもっとかかると思ったが……帰ってくる途中だったのだろうか? 少女は手伝いがあると言って、台所に姿を消し、正邪様は私の隣に座る。
「どこに行ってたんです?」
「……散歩だよ、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと散歩。別にどこだっていいだろ」
ヒラヒラと手を振りながらそっぽを向いて酒を煽る正邪様。さっきまでと様子が違う……やはり何かあったんだろうか? しかし、これ以上しつこく追及するわけにはいくまい。
「お料理の準備が整いましたよ!」
声に続いて運ばれてくる料理の山。それを見て、私の心は踊った。
村に着けば感謝を述べられるにちがいない……。そう考えた私は、帰路で対策を練った。呉葉に人間共の注目を集めさせればいいとな。実際殺したのはこいつだ。不満もないだろう。だが、それは第一段階から破綻した。血塗れのあいつは恩人から恐怖の対象に変わり、用意されていた感謝の念は私に集中。もう少しで吐いていたな。このままここにいたら確実に倒れる、そう感じた私は、ここを早急に出ることを決めた。
しかし、何もせずに逃げ帰るのは私の矜持に反する。そこで、先程洞窟から持って帰ってきた物の中から、最も価値のあるものを盗みだすことにした。というわけで、早速部屋を出たんだが……。
「正邪ー! ありがとー!」
「「「「「ありがとー!」」」」」
「……礼はいらないよ」
部屋を出て僅か三分。餓鬼の集団に絡まれた。すぐに興味も失せるだろうと、倉への道を大幅に迂回したものの、こいつらはまだ付いてくる。いや、むしろ増えてる。こいつらは死体に集るハエか? 私は状況的に死にそうだが死んじゃいない。
「正邪どこからきたの?」
「ずっと向こうだ」
来た方向とは反対側を指差す。
「どのくらいずっと?」
いやなんだ「どのくらいずっと」って……だが、答えなきゃずっと聞いてくるしな……こいつら。
「ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと向こう」
「すごぉい!」
これで納得したのか……恥ずかしい思いして馬鹿なこと言った甲斐がある。
「ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと」
「……なに言ってんだお前?」
興奮しすぎて頭おかしくなったのか? まあ私からすれば元からぶっ壊れているように見えたけどな。
「ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと面白かったから!」
「「「「「面白かったから!」」」」」
いかん、このままだと殺しかねない。どうにかこいつらを遠ざけなければ。
「よし、じゃあもっと面白いもの見せてやる」
「ほんとー?」
「ああ。見たかったらずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっとあっちに行って待ってろ」
蔵の反対側を指差す。もちろん行ったところで何もない。
「分かった! 皆行こっ!」
「「「「「はーい!」」」」」
嵐の如く向こうに走っていった。やはり馬鹿だな。さて、それじゃあ私は早速……。
「正邪さん」
振り向けば最初にあった少女がいた。また子供に絡まれるのか……まあ適当に追い払えばいいか。
「なんだ?」
「いえ、呉葉さんに探すよう頼まれたもので」
……神様に嫌われているのか私は? そっちのほうがいいけど。
「正邪さんいましたよ」
結局何も出来ず、ただ子供の相手をしてるだけだった。再び部屋を出るわけにもいかず、呉葉の隣に座った。
「どこに行ってたんです?」
「……散歩だよ、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと散歩。別にどこだっていいだろ」
そうなったのはお前のせいでもあるけどな。
「お料理の準備が整いましたよ!」
声に続いて運ばれてくる料理の山。それを見て、私の心は絶望に染まった。
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