「正邪様に」
手を強く握り、握り拳を作る。
「手を」
振りかぶり、殴る体勢を作る。
「出すな!!!」
飛び掛かってきた狼のような妖怪の顔を、思い切り殴り飛ばす。殴られた妖怪は吹っ飛ばされ勢いよく地面に激突し、煙を上げクレーターを作りあげた。煙が晴れ、露わになった妖怪は、頭が無くなっており、ピクリとも動かなくなっていた。いくら生命力が強くても、頭を潰せば大抵の妖怪は死ぬ。どうやらこいつらもそのようだ。ならば話は早い。頭を優先的に潰そう。私は死体から視線を外し、左右から迫ってきた二匹に集中する。左の妖怪の頭を掴み、潰す。それを右に投げつけ、動きが止まったところで、頭を蹴り飛ばし粉砕する。血が足にべっとりと付いてしまったが、問題ないだろう。
「……仲間思いだな、お前達は」
「「「「ガルルルルル!!」」」」
予想が外れた。二三匹潰せば逃げ去っていくと踏んでいたのだが、どうも敵討ちがしたいらしい。先程より殺気立って私の隙を窺っている。分からない奴らだ……それならば相手をさせてもらうだけだが、その前に正邪様の了承を得なければなるまい。
「正邪様、少々時間をいただきますね」
「……」
正邪様は黙っている。成程……。
「そんな事をする前にさっさとやれ、という事ですね。分かりました」
ならば時間をかけるわけにはいかない。
「お前達、隙を窺っているところ悪いが」
一気に駆け出し、一番近いところにいた一匹を勢いよく叩き潰す。そいつは胴体が二つに分断され、即死ではなかったものの、戦闘の続行は不可能だろう。走りながらの攻撃だったため、狙いが頭から逸れてしまった。普通なら今から頭を潰し、余計は苦痛を味あわせないようにするが、今は無理だ。正邪様が待っている。
「さっさと殺らせてもらうぞ」
次の
「お前で最後だ」
最後の一匹を捕まえ、頭から地面に叩き付けて絶命させる。結局こいつらが逃げる事はなく、皆殺しという形で決着が着いた。至る所に散乱している死体を道の脇に放り投げながら、正邪様の側に移動する。
「正邪様、お待たせしました!!」
「!?……ああ、そうか、終わったか。うん、終わったか」
戦闘が終了した。その事実を確かめているかのように、正邪様は言う。少々調子が悪そうに見える。奴らが現れるまではそんな事なかったのだが……。まさかあいつらが何か仕掛けた……いや、無いな。奴らの様子を見る限り、私との戦闘に夢中だった。自分達を倒した後に問題を抱かえさせてやる、などという味な真似するわけない。何より、正邪様があいつら程度の術でどうこうなるわけない。
「どうかしたんですか?」
「いや、そのだな……心配……そう心配したんだ。お前の事をな」
「へっ!? 私の事をですか?」
「あ、あぁそうだ」
驚きから間抜けな声が出てしまう。まさか私の事を心配してくれていたとは……やはり正邪様は最高の主だ。
「……うぅ……ありがとうございます。私なんかを心配してくださるなんて」
「な、泣くほどか?」
嬉しさのあまり、不覚にも涙が出てしまう。
「はい、それはもう……」
「……ま、まあいい。早く行くぞ」
目に溜まってしまった涙を腕で拭いていると、正邪様は早歩きで歩き出した。
「はい!」
返事を返し、先を行く正邪様の後ろに続く。ああ、私はなんて幸せな従者なのだろう。一生どころかあの世でもどこでも絶対付いていこう。
「「「「グルルルルルルルル……」」」」
私達の前方では、数十体の狼のような妖怪が立ち塞がり唸っている。呉葉が私の命令で妖気の放出を止めると、それから数刻と経たないうちに襲ってきた。分かっていたつもりだが、本当に単純な奴らだ。数日前の私なら全速力で逃げていただろうが、今は違う。理由は勿論、鬼である呉葉がいるからだ。
「正邪様、ここは私にお任せを。二三匹潰せば実力差が分かるでしょう」
さらりと怖い事を言いながら、妖怪の群れに向かって歩き出す呉葉。その堂々とした態度に、私はこれまでにない安心感と頼もしさを感じた。
群れの中で一番前にいた妖怪が勢いよく走りだし、飛び掛かってくる。
「正邪様に手を出すな!!!」
瞬間、呉葉の拳が炸裂した。妖怪は声もあげずに地面に突っ込んでいく。砂煙が晴れ、妖怪の姿が露わになり……。
「っ……!?」
絶句してしまった。妖怪……いや、妖怪だったものから頭が跡形も無くなっていたからだ。鬼の攻撃をまともに受けてタダで済むはずない、そう思ってはいたが、まさかこれ程とは……。私が頭無しの死体に釘付けになっている間にも、二匹の妖怪を瞬殺する呉葉。その二匹も頭を粉砕されていた。一切迷いがない攻撃に、背筋が凍った。
「……仲間思いだな、お前達は」
「「「「ガルルルルル!!」」」」
妖怪達はさらに殺気立った。呉葉の言葉からも分かる通り、敵討ちがしたいのだろう。中々攻撃を仕掛けない所を見ると、隙を窺っているのだろうか? しかし、呉葉に勝てるとは思えない。
「正邪様、少々時間をいただきますね」
「……」
視線を向けてくる。許可を求めているのだろうが、私は答える事が出来なかった。彼女の瞳が、視線が、声が、あまりにも冷たく感じたからだ。
「そんな事をする前にさっさとやれ、という事ですね。分かりました」
私の不自然な沈黙を許可と受け取ったようだ。
「お前達、隙を窺っているところ悪いが」
瞬間、一匹の妖怪が真っ二つになった。一瞬で距離を詰めた呉葉に、胴体から地面に叩き付けられたからだ。生命力が強いがために、即死する事が出来なかったのだろう。ピクピクと動き、か細い唸り声をあげている。呉葉は哀れになった妖怪から緯線を外し……。
「さっさと殺らせてもらうぞ」
次の
「正邪様、お待たせしました!!」
「!?」
ハッとすると、目の前には呉葉がいた。泥沼に陥った私の心身は、こいつに拾い上げられたようだ。その証拠に、先程まで容赦なく襲い掛かってきた症状は、急速にその勢いを衰えさせている。
呉葉の顔は、先程まで虐殺を行っていた人物だとは思えないほど爽やかだったが、身体に付着している血や、肩越しに見える大量の死体が、事実を伝えてくる。
「……ああ、そうか、終わったか。うん、終わったか」
返事をしようと焦った私の口から出た言葉は、自分に言い聞かせているようだった。
「どうかしたんですか?」
「いや、そのだな……心配……! そう心配したんだ。お前の事をな」
あんな体験をしておきながらよくこんな嘘を思いつけると、我ながら思う。これも私の性か。勿論、あそこまで圧倒していたのだからそんな事は微塵も思ってはいない。むしろ心配しているのは私自身の事だが……。
「へっ!? 私の事をですか?」
反応を見る限り、意外に思ってたようだがバレてはいないだろう。
「あ、あぁそうだ」
「……うぅ……ありがとうございます。私なんかを心配してくださるなんて」
肯定すると、呉葉はポロポロと涙を流し始める、反。思ってもみなかったに、私は驚いてしまう。
「な、泣くほどか?」
「はい、それはもう……」
そこまで嬉しいものなのだろうか? しかし、仕方がないとはいえここまで喜ばせてしまうとは……うぅ、胸糞悪い。これが悲しみからの涙であれば大喜びなのだが。
「……ま、まあいい。早く行くぞ」
「はい!」
私が歩き出しと、すぐに後ろから快活な返事と足音が聞こえてきた。
『こいつは二重人格なんじゃないだろうか』と疑ってしまうほど、呉葉は情緒の差が激しい。まあ今はどうでもいい。私に危害は及んでいないのだから。今回、バレれば私の頭が粉砕されるという事が分かった……いや、分かってしまったというべきか。ただ、そうならないためにこれからも嘘を吐き続けるが。