現在、私達はとある理由で小高い山を登っている。
「もうすぐ頂上ですね」
「……そうだな」
気怠そうに答える正邪様。やる事がないので暇なのだろう。
「やはりというべきか、登っていくほど妖怪達が強くなっていますね」
「……そうだな」
茂みから飛び掛かってきた妖怪を殴り飛ばす。ここに来てから何度も繰り返している事だ。遠くに行ってしまったため状態の確認はできないが、顔を殴ったので気絶または絶命だろう。不意打ちだったようだが、あの速度では気付いてから対応できる。……会話に夢中で出てくるまで気付かなかったのは、正邪様には内緒だ。もっとも、既に気付いているかもしれないが。
何故私達が山を登ってるか。それは、数時間前の出来事だ。
「あれは……村ですかね?」
「……そうみたいだな」
森を出て早数時間。私の視界には、はっきりと建物が映っていた。
「どうします?」
「……行ってみるか」
「分かりました」
すぐに襲うと言わない辺り、やはり正邪様は大物だ。もっとも、妖怪にとって人間を襲う事は食事と等しき行動であり、もし言われたとしても幻滅などしない。それに、例えどんな意向が返ってこようとも、私は従うだけだ。
「これは……」
「……」
段々と見えてきた村の全貌に、私は目を見開いた。見える限りの建物は全て何らかの破損があり、ひどいものではもはや瓦礫と称した方が良いくらいだ。しかし、木が腐りきっている様子は無く、自然に倒壊したわけではなさそうだ。
「ひどい有様ですね……状態からして時間が経っているようには思えないのですが……」
「まあ、盗賊か妖怪だろうな」
私の考えも、正邪様と同じだ。最近になって、この辺りで大規模な災害は起きていない。だとすれば、人為的なこの二つだろう。しかし、それに対して特別な感情はない。先程も考えていた通り、妖怪が人間を襲う事は自然であり否定する訳でもなく、ましてや人間同士の争いなど知った事ではないのだ。
「どうしましょうか?」
「そうだな……色々と再利用させてもらおうか」
「再利用ですか」
すぐにこの村を去ると思っていた私は、正邪様の予想外の返答に驚いた。まさかそのような考えがあったとは……。
「素晴らしい考えです」
生活感溢れる正邪様も素敵です。
「それでは早速「あの」!」
突然後ろから聞こえてきた小さい声。振り返ると、人間の少女が廃屋の影からこちらを覗いていた。
「……誰だ、お前は?」
警戒しながら近づいていく。顔はかなりやつれ、服はボロボロだ。この村の生き残りだろうか? 正邪様は普段通りだが、厄介な能力等を持っている可能性もある。油断する訳にはいかない。
「……こ、今回は私です!」
「「……は?」」
先程とは比べ物にならない大きな声。決意に満ちた表情。しかし、その言葉は私を大いに困惑させた。正邪様も首を傾げている。
「どういう意味だ?」
「それは勿論、今回の貢物という意味で……」
……成程、話が見えてきた。この村は予想通り妖怪に襲撃されたが、壊滅されずに安定した人間の供給源にされているようだ。しかし、それにしてはおかしな点もある……。
そしてこの娘、間違いなく私達をその低俗な妖怪と勘違いしているな。私一人なら気にもとめないが、正邪様も含まれているのであれば黙っているわけにもいかないな。
「なぁ人間。私達はお前の目的である妖怪とは別だ」
「え……そ、そうなんですか?」
「ああ、そうだ。務めを果たすのであれば、もう少し待っているんだな」
「……うぇ……」
突如、彼女は泣き始めてしまう。
「どうした」
「ひぐっ……か、覚悟を決めて……えっく……きたのに……急に怖く……えぐっ」
緊張感でも切れたか、それとも、先程の宣言で覚悟を使い切ってしまったのか。どちらにせよ、私は彼女をひどく不憫に思ってしまった。先程までどうでも良いと思っていたのだが……。せめて、経緯でも聞いておくべきか。
「なぁ、一体何が……」
「うわあああああああん!!」
……今の様子では無理か。
何故こんな山に登っているんだ。私の心中はそればかりだ。後ろにいる呉葉はどこか嬉しそうだ。
「もうすぐ頂上ですね」
「……そうだな」
私の口から出てきた言葉は、限りなく暗い。しかし、特に気にしている様子はない。恐らく、これの理由は都合良く改変されたのだろう。
「やはりというべきか、登っていくほど妖怪達が強くなっていますね」
「……そうだな」
呉葉は話ながらも、どこからか現れた妖怪を殴り飛ばしている。あれは確実に死んでいるな。顔面に直撃していた。それにしても、突然の不意打ちをああも容易く対処するとは……。私だったら反応できずに殺られてた。いや、私と会話しながらも気配に気付いていたのだろう。もっとも、気付かなくても関係なさそうだが。
何故こんな事になってしまったのか、その発端は数時間前に起きた。
「あれは……村ですかね?」
森を出て数時間が経ち、私達は草原を歩いていた。呉葉の発言を受けて目を凝らすと、薄らと建物らしき物を確認できた。それにしても、この距離から普通に視認できるとは……私よりも目は良いようだ。
「……そうみたいだな」
「どうします?」
私自身、万が一を恐れ人が多い所には積極的に関わろうとはしなかったが、今は呉葉がいる。しかし、襲うにしても何にしても、まずは様子を見なければ決められない。
「……行ってみるか」
「分かりました」
それにしても、問題はこの後だ。呉葉は人間を襲う事を許すのか? 鬼と言えども妖怪、そう言った話はいくつも聞くが、こいつは色々と特殊だ。例外もありうる。直接聞く? いや、駄目だ。少しでもこいつの
「これは……」
「……」
訪れた村は壊滅状態、呉葉が面食らったのも無理はないだろう。私の心配事は、斜め上を行った現実のおかげで杞憂に終わった。これをやったのは、恐らく……。
「ひどい有様ですね……状態からして時間が経っているようには思えないのですが……」
「まあ、盗賊か妖怪だろうな」
家々は強引に破壊されたように見える。しかし、地面などには目立った被害は見当たらない。つまり、原因は意図的に建造物だけを破壊したという事だ。もっとも、分かったところでその原因をどうこうするつもりは無いが。
よく見ると、あちこちに赤い斑点が付いている。状況を考えれば、間違いなく人間の血だ。しかし、呉葉は興味を示さない。どうやら、あの問題も心配なかったようだ。
さらに、これは絶好の機会だ。原因が何を目的にしているかは知らないが、食糧、衣服、金銭、道具、何かしら有益な物が残っているだろう。それを利用させてもらう。知性ある『弱小妖怪』としては一つの処世術だと、私は思っている。『大妖怪』としては少々意地汚い行為かもしれないが、これは言わせて都合よく言わせてみれば資源の再利用であり、呉葉もそれならば納得するだろう。
「どうしましょうか?」
「そうだな……色々と再利用させてもらおうか」
私は今思いついたかの如く答えた。こちらの方が好印象に聞こえるだろう。
「再利用ですか。……素晴らしい考えです」
私の工夫が功を奏したかどうかは分からないが、うまくいったようだ。
「それでは早速「あの」!」
突然、呉葉の言葉を遮るかのように声が聞こえた。すると、呉葉の後ろにあった建物の裏から人間の娘が顔を覗かせた。外見から察するに、こいつを取り巻く環境は相当ひどいようだ。
「……誰だ、お前は?」
呉葉は警戒しながらゆっくりと人間に近寄っていく。そこまで警戒しなくてもいいと思うのだが……いや、この場合私が油断しすぎているのか。
「……こ、今回は私です!」
「「……は?」」
私達に話しかけてきた時点で何かあると思ってはいたが……いきなり何言ってんだこいつは? しかし、嘘ではないのだろう。意味は分からないが、とにかく「今回は私」のようだ。だが、私達には関係ない。
「どういう意味だ?」
「それは勿論、今回の貢物という意味で……」
……早速呉葉は余計な事をやってくれた。
成程、ここを襲った奴らは壊滅させずに利用しているのか。中々考えたものだ。私もそいつと同じ立場だったらそうしていただろう。ただ、私の場合は仲間も裏切って貢物を独り占めにし、心身ともに潤していただろうけど。だが、やはり私達には関係ない。しかしながら、嬉しい事にこの人間は私達をそいつらの手先だと思っている。あわよくばこのまま連れていって――――
「なぁ人間。私達はお前の目的である妖怪とは別だ」
「え……そ、そうなんですか?」
……どうしてこうも私の考えと真逆に展開が進んでしまうんだ? 天にいる神様が私の行いに怒っているのか? 例えそうでもやめる気は無いがね。
「ああ、そうだ。務めを果たすのであれば、もう少し待っているんだな」
まあいい、面倒だからさっさとここを去ろう。これ以上関わっていたら確実に面倒に巻き込まれる。
「……うぇ……」
私が一歩踏み出そうとした時だ。人間が急に泣き出した。頬を流れる涙はその数を増やし、小さな滝を形成していく。いきなりの事に戸惑った私。先に動いたのは呉葉だった。
「どうした」
「ひぐっ……か、覚悟を決めて……えっく……きたのに……急に怖く……えぐっ」
一世一代の大告白。その空振りにより、こいつの覚悟はそこを尽きてしまったようだ。そして気付いてしまった。いつの間にか呉葉の表情が悲しんでいる事に。
「なぁ、一体何が……」
「うわあああああああん!!」
五月蠅い泣き声の中聞こえた呉葉の言葉に、私はもうこの騒動から逃れられない事を悟った。