「ふっ!」
「ぎびゃっ!」
飛びかかる妖怪の腹を殴り、吹っ飛ばす。もはや、つまらない単純な作業と化してしまった。違うのは奴等の叫び声くらいか。そんなものどうでもいいが。
「それにしても、襲ってくる奴等が随分と減ったな」
正邪様の言うとおり、襲撃の回数、人数共に最初と比べると大きく減少している。麓の辺りにいた時を十とするならば、今は四といったところか。
「もう戦える奴がいないんだろうな。おまけにこの様だ」
振り返る正邪様。その視線の先にあるのは、所々に赤黒い血を装飾した山道。言うまでもなく、その血は私が撃退した下っ端のものだ。確かに、こんなものを見せられては戦意喪失も仕方が無いかもしれない。私はそんなことはない……よな。
「それにしても歩いたな。奴らの本拠地はまだか?」
不機嫌そうに言う正邪様。探そうにも葉が茂った木が視界を遮る。自然豊かなのはよいことだが、今の私達からすれば邪魔でしかない。いっそのことなぎ倒してやりたいくらいだ。
「山は広いですからね。ただ、襲ってくるということは道を間違えてはいないということだと思いますよ。……正邪様なら分かるんじゃないですか?」
「え? ……あ、ああ。勿論分かるさ。やろうと思えばな。だが、これはお前が始めたことだろう? なら私はそんなことしない。自分の力だけでやれ」
「す、すいません。確かにその通りでした」
戦闘においてはこの程度の相手ならば正邪様の手を煩わせることはないと思うが。だがしかし、うう、やはりと言うべきか。正邪様はあまり乗り気ではなかったようだ。あそこで私が我慢できていれば……。
「おい! お前たち!」
私が後悔していると、前方に妖怪が飛び出してくる。足止めではないな。こいつは先程の奴等と何ら変わりない。故に足を止める必要はない。
「正邪様、そのままお進みください。すぐに片づけますから」
「ま、待て! 降参だ! 降参!」
私が殴りかかると、奴は手を上げて降参の意を伝えてくる。私が動きを止めても、何かする様子はない。どうやら本当に降参するようだ。しかし、こいつが降参したところでどうとなるわけでもない。むしろ時間が食われている。
「言っておくが、私は降参したからといって手出ししないわけではないぞ」
「俺からだけじゃない! 大将からもだ! 大将が話し合いたいと言ってるんだ!」
「何?」
まさかあちらから場所を明かしてくれるとは! これは好都合だ! これで終わらせられる!
「よし分かった! 大将の所へさっさと連れていけ! いいですよね正邪様!」
「あ、あぁ……早く終わらせたいからな」
「ふっ!」
「ぎびゃっ!」
目の前で繰り広げられることは全く変わらない。妖怪が飛び出し、呉葉が殴るのだけ。敵の本拠地に攻め込んでいるというのに、命の危険など一度も感じない。だがそれ故に、私の意識はこの後のことに向けられていた。
二人の活躍によって悪さをしていた妖怪は倒されたぞ! ありがとう二人とも!
おぇ! 想像しただけで吐きそうだ。何が悲しくて人助けなんぞせにゃならんのだ。私がしたいのは逆だよ、逆。とはいえ、あの状況は仕方なかったと言わざるを得ない。何せ、殺気だけで人を殺せそうな鬼が隣にはいたんだ。
「それにしても、襲ってくる奴等が随分と減ったな」
あんなに躍起になっていたというのに、今更攻撃の手を緩めるというのはおかしいね。考えられる可能性は二つだ。
「もう戦える奴がいないんだろうな。おまけにこの様だ」
妖怪は無限にいるわけじゃない。やられれば減っていく。おまけに、私達の進む道に残るのは、呉葉にやられた妖怪の血だけ。これは奴らには相当堪えるものだろうな。味方がやられていく光景を見せられれば、そりゃ戦いたくなくなる。死ぬだけだからな。そして、死ぬと分かっていて刃向かう奴はいないようだ。所詮、奴らの関係はその程度というわけだな。まあ、そんなことはどうでもいい。今問題なのはそれとは別のことだ……。
「それにしても歩いたな。奴らの本拠地はまだか?」
もう数時間は歩いてる気がするが、一向にあいつらの本拠地は見つからない。呉葉はいったいどれほどの距離を血染めにしてきたのだろうか。私はどれほど恐怖してきただろうか。
「山は広いですからね。ただ、襲ってくるということは道を間違えてはいないということだと思いますよ。……正邪様なら分かるんじゃないですか?」
何言ってんだお前! 分かるかそんなもん! ……まあ、こいつの中の私はそんなことお茶の子さいさいなんだろうな。勿論、出来ないなんて言えない。
「え? ……あ、ああ。勿論分かるさ。やろうと思えばな。だが、これはお前が始めたことだろう? なら私はそんなことしない。自分の力だけでやれ」
「す、すいません。確かにその通りでした」
そう言って急いで前を向く呉葉。心なしかその体は少々小さく見える。しかし本当にどうすればいいんだ? このままじゃ迷い続けることになるぞ。遭難して死ぬ、なんてことはないにせよ、人助けをしに行って迷うだなんて、屈辱と差恥で死にたくなってくる。
「おい! お前たち!」
威勢のよい声と共に前方に現れたのは、勿論妖怪。私たちに用があるんだ、今までと同じだろう。だが、先程まで奇襲ばかり行っていた奴らが馬鹿正直に前に出てくるのはおかしいとしか思えない。
「正邪様、そのままお進みください。すぐに片づけますから」
その言葉はとても頼もしいが、お前はもう少し物事に対して疑いを持て。いや、私に対してはそのままでいてほしいがな。
「ま、待て! 降参だ! 降参!」
素早く両手を挙げ、降伏の意を示す妖怪。勢いよく前に出てからのそれは中々滑稽だ。だが、そんなものは関係ないのだろう。呉葉の方は握り拳を作っている。
「言っておくが、私は降参したからといって手出ししないわけではないぞ」
「俺からだけじゃない! 大将からもだ! 大将が話し合いたいと言ってるんだ!」
殴りかかった呉葉の動きが止まる。こいつがあそこまでの脅威を見せつけたんだ。今後のこと(そんなものありはしないだろうが)も考えれば、当然と言えば当然だろう。
「何? ……よし分かった! 大将の所へさっさと連れていけ! いいですよね正邪様!」
「あ、あぁ」
だからもう少し疑って行動しろ。罠である可能性だって否定できないんだからな……まあ、お前なら大丈夫か。
「早く終わらせたいからな」
本当に終わるかどうか、少々疑問だが。