「わ、我々が何かしましたかな?」
そう言って目の前で縮こまっているのは、この山を根城とする妖怪達の長だ。その容姿は人間と豚を足したような醜悪なもの。規模は違えど同じく妖怪を従える正邪様とは、世界一雲泥の差という言葉が合うだろう。
「貴様らが麓にある村を支配しているからだ。それをさっさと止めてもらおう」
「そ、その程度のことで我々に攻撃を!?」
人間を襲うことで存在を保つ妖怪が、同じ妖怪に妨害されているのだ。そんな反応もするだろう。だが、同情もしなければ妥協もしない。私が彼らに言えるのは、運が悪かったということだけだ。
「そうだ、その程度のことで攻撃したんだ。もう一度だけ言ってやる。あそこから早急に手を引け」
「し、しかし」
まだ食い下がるか。まあ、それもそうか。これを理不尽と言わずなんと言うのか、私も考えつかないのだからな。だが、それが私の行動に影響を及ぼすことはない。続行させてもらう
「なにもこの世に一つしかない財宝を取ってこいだとか、世界征服をしろというわけでもないんだ。ただ持っている物を一つ手放せばいい……簡単だろう?」
そう言って、握り拳をちらつかせる。すると、豚妖怪の顔が青ざめる。武器を持たずとも脅迫になるというのは、長年生きてきて初めて知ったが、中々便利じゃないか。
「わ、分かりました、今すぐに手を引きます。ですからどうかお許しを……」
「ああ、許す。私もそこまで墜ちてはいないさ」
そんな騙し討ちにも等しいことをするはずがない。分かったのであればそれでいい。
「お二方、酒が来ましたよ。どうぞ、召し上がってくだされ」
酒の用意をした妖怪が数匹、こちらに向かってくる。今更媚びを売ろうとしているのか? 私は酒が好きだが、そんなもので一々態度を変えはしないがな。だが、あるいは……。
そそくさと容器に酒を注いでいく妖怪達。私を恐れているのか、目を合わせようとはしない。それは少々失礼じゃないか? まあ、私が言えたことではないか。
「それじゃあいただくとするかな」
言ったのは正邪様だ。その声は若干喜色含んでいるような……意外と現金な方だったりするのだろうか?
「それでは私も……」
容器にを口に近づける。奴らをしっかりと見つめながらだ。
「お……おげぇ……」
私に体を踏みつけられた豚は、汚い吐瀉物を吐き出した。最も、それを吐き出している奴の方が汚らしいのだがな。
「酒に毒を入れる……その少ない脳みそで考えていたところ申し訳ない……いや、申し訳なくもないか。残念だが匂いで分かったよ」
こいつの持ってきた酒を、私は何度か飲んだことがある。そんなものから得体の知れない匂いがしたら、この状況において、毒物としか考えられないだろう。菓子にでもすれば、まだよかったかもしれないがな。
「しかし、まさか自分から死にに来るとは……さすがの私も驚いたよ……正邪様はどうです?」
「……」
ずっと背を向ける正邪様。信用した者に裏切られてしまったのだ、仕方がない。こいつの死ではそれを癒やすことはできない……帰らなくては。
「火に油を注ぐとは、まさにこのことだろうな」
「ぁ……」
頭を踏み潰す。その生々しい音が響くのを境に、そいつは動かなくなる。
下衆はどうなっても下衆か……。いや、私も十分下衆か……。