夜空の瞳は月を見る 作:ylgu
混乱の加速する宇宙ステーション“ヘルタ”
その近未来的な通路を進みながら、道を阻むヴォイドレンジャーを切り捨ててロレンスは視線を動かした。
彼がアーランから請け負った仕事は、シェルターへの職員避難誘導。その際の護衛。
それが終わり、今は逃げ遅れた者が居ないかの確認作業中。もっとも、部外者である彼が立ち入れる範囲は高が知れている。
だが、
「ありゃ」
「…………」
「……貴公ら、いったいここで何をしている?」
部屋から出てきた二人の女性。
片や、赤みの強い紫の髪色に淡い紫の瞳。女性として完成されたプロポーションを有した女性。
片や、シルバーアッシュの髪にゲーミンググラスを頭に乗せたパンクファッションの少女。
ロレンスが警戒するのは、前者。
(血のニオイが強い……)
最近の物ではなく、染みついたニオイ。それは、それだけの数を手に掛けてきたという証明でもある。
一応、少女の方も歳不相応には修羅場を潜っているようだが、それでも隣の女性には及ぶべくもない。
一方で、二人組もまた別の問題に直面していた。
「ちょっと、カフカ。コレも脚本の内な訳?」
「ええ、そうよ。彼は、私たちのメンバー候補の一人だもの」
「…………こいつが?」
風船ガムを膨らませてハジケさせ、少女は探る様に目の前の青年を見やる。
優男にしか見えない。目の下の隈や青白い顔色含めて、苦労人の雰囲気もある。
「こいつがぁ?」
「そうね。今は、まだその時ではないもの。けれど…………」
カフカと呼ばれた女性が、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「
「貴公……」
スッと、ロレンスの目が細まった。同時に、聞かねばならない事が出来た。
「貴公らがどの様な理由でここに居るのか、私には関係のない事。ただ、少々お話願いたいものですね」
言いながら、右手に構えるのは銀の直剣。
同時に、少女は僅かに目を大きく開いた。
気配が違う。先程までの冴えない優男然とした雰囲気は消え失せて、代わりにそこにあるのは一人の剣客。
一触即発の雰囲気。
だが、
「『
「ッ!?」
響いた声が、脳を侵す。
思わず崩れた膝に、しかし倒れる訳にはいかないと、ロレンスは剣を杖にしてどうにか倒れる事だけは拒否した。
「――――君はこれから、ある人に出会うわ。その手助けをして頂戴」
「何を…………!」
「『聞いて』――――君が思うままに動けばそれで良いから」
「くっ…………」
倒れはしない。だが、立ち上がれない。
そんなロレンスの傍らを抜ける二人。
「アレでお終い?忘れさせなくて良いの?」
「残念ながら、彼には暗示がそこまで有効じゃないのよ」
「はあ?効いてたじゃん」
「それはあくまでも、方向性を誘導する程度の軽度なものだからよ。記憶に干渉するようなものになると…………ね?」
「それも、脚本通り?」
「少なくとも、エリオは脅威になりうると判断した。それで十分でしょう」
隣の少女を適当にあしらいながら、カフカの脳裏にあるのは一つの
ロレンスが悪いのではない。根本的な原因は、そもそもの彼の出身に因る所が大きい。
彼は、いわば“門”だ。そこを通して干渉されれば、生半可な星系は滅ぶしかなくなってしまう。
それこそ、宇宙の脅威。反物質レギオンすらも超える、混沌を齎すかもしれない。
二人が去り、混乱が引いた所でロレンスはどうにかこうにか頭を振って立ち上がった。
「ッ……私は、この手の事には強いつもりだったんですがねぇ…………」
鈍い痛みを発する脳から意識を外して、息を吐き出す。
先の二人は、明らかに不審者であったが、しかし追いかけたとして追いつけるのか。
何より、
(あの女性の言葉。アレは、普通ではない。下手に群衆の前に突き出せば、混乱は必至でしょう)
記憶の隅にとどめつつ、意識を別へと向ける。
(声……悲鳴、ではありませんね)
どちらかといえば、騒がしい。少なくとも、ロレンスにはそう聞こえた。
確認も兼ねて、声の方へと足を向ける。
暫く進めば、白い部屋に辿り着いた。
中央には、遺物を解析するのであろう装置が設置されており、その近くには状況をモニターするための端末が設けられている。
その中央部より横に逸れた所に、三人の男女が居た。
黒髪の青年。淡い桃色の髪をした少女。そして、その少女に介抱されるように床に仰向けで倒れた灰色の髪をした女性。
何れも、この宇宙ステーションの職員が着ている服装ではない。
だが、先程相対した不審者二人と比べれば、以上の三人は何れも血腥さは少ない。すくなくとも、ロレンスはそう判断を下した。
一歩、部屋へと足を踏み込めば、黒髪の青年が振り返って来る。
「反物質レギオン…………では、なさそうだな」
「ええ。防衛課のアーラン殿からの依頼を受け、こうして見回っている次第でして。貴公らは、ここでいったい何を?」
「俺達は――――」
「あっ!丹恒!この子、起きたよ!」
説明しようとする青年の言葉を遮った溌剌とした声。
自然とそちらに目が集まれば、金色の瞳がうっすらと開かれた瞼の下から現れようとしていた。
ロレンスは、その様子を見咎めスルリと倒れた彼女の隣へと膝をつく。
「直ぐには、起き上がらぬように」
「え、どうして?」
「仰向けに倒れているという事は、殆ど受け身が取れていない場合があります。人は、その構造上背後に対する備えが少ない。昏倒したのなら、頭を強く打っている可能性もあります」
問うてくる少女に応え乍ら、ロレンスはぼんやりと自分を見上げてくる女性の頭の下。後頭部を支える様にして手を差し込んだ。
「…………たんこぶなどは、無さそうだ。どこか痛んだり、気分が悪かったりはしませんか?」
「……………………だい、じょうぶ……」
「そうですか……良かった」
「……お前は、医者なのか?」
場の状況を見定めていた青年が問う。
「随分と手際が良いな」
「一応、応急手当は可能です。一人旅の道中で、紛争地の軍医紛いのような事もしてきましたから」
ロレンスが苦笑いと共に答えつつ、上体を起こした女性の診察を続けていく。
因みに、彼の医療技術の根幹にあるのは、出身地に根付いたモノであったりする。最新の医療機器を用いるのではなく、調剤した薬や手術道具を用いた治療。星によっては時代遅れの様なものだが、その腕前は実践に裏打ちされた確かなものだった。
どうにか女性が立ち上がり、自然と揃っての自己紹介の流れとなった。
「ウチは、三月なのか!それでこっちの、ムッツリしてるのが――――」
「丹恒だ」
「私は、ロレンスと申します。この宇宙ステーションには、探し物の手掛かりを求めてやって来た次第です」
「探し物?……っと、その前にこの子が先だよね」
横道に逸れそうだった自分の興味を引き戻して、なのかはぼんやりした表情の最後の一人に水を向けた。
「私は……星、だと思う」
「思う?それって、自分の名前が分からないって事?」
「やはり、頭を打っておられたのでは?今は非常時ですので、簡単な診断しか下せませんが…………」
「えっと――――」
彼女、星がおぼろげながら語る自分が倒れる直前の話。
カフカ、銀狼、星核ハンター。
そして、自分の中に埋め込まれた星核の存在。
一通り聞く事になった三人は、三者三様の反応を示す。
「ええ!?星核って、あの星核!?そんなの入れられて、本当に大丈夫なの!?」
「記憶が混濁しているのは、その影響じゃないか?ロレンス、医者としてどう見る?」
「うーむ……何とも言い難いですね。物理的に、というよりも彼女という存在そのものに星核が埋め込まれたようなものでしょう。そうなれば、少なくとも外科的な摘出は不可能かと」
「成程……となれば、俺達の知識だけでは判断は下せないな」
丹恒は冷静にその場を見定める。
現状、専門分野含めて広い知識を持つのは彼と、それから各地を旅したロレンス位。未だに本調子ではない星は言わずもがな、なのかの方も専門知識を問われては答えられるような知識量ではない。
結局、四人はこの場の離脱を決定。その後、知識人へと助力を乞う事にする。
そして、この出会いこそが宇宙を巡る列車の旅に繋がっていくのだ。