夜空の瞳は月を見る 作:ylgu
近未来的な通路を四つの足音が駆け抜けていく。
「三月は援護に徹しろ」
「りょーかい!」
氷の矢が飛び、ヴォイドレンジャーの体を凍り付かせる。
その隙をついて突っ込むのは、銀河打者。
「くらえ!!」
フルスイングされたバットが、凍結して動けないヴォイドレンジャーを捉え、粉々に粉砕する。
そのままの勢いで乱戦にもつれ込む、星。目鼻立ちが整っており、黙っていれば深層の令嬢にも成れるかもしれない彼女だがその戦いっぷりはバーサーカーのソレ。
そこに駆け込むのは、黒髪の槍使い。
「俺が、フォローに入る。機を見て、ロレンスは回復を頼む」
「分かりました。お気をつけて」
銀の直剣を右手に、弓矢での遠距離攻撃を主体とするなのかの護衛の様な立ち位置となったロレンスの言葉を背に、丹恒は乱戦の中へと飛び込んでいく。
バットを振り回す星。槍を振るい指示を飛ばす丹恒。中遠距離からの弓矢の援護と氷の防御を回すなのか。冷静に場を俯瞰し回復も攻撃も出来るロレンス。
四人の組み合わせは、中々に噛み合っていた。
戦闘が終わる直前に、ロレンスが自身の左手に右手の直剣の刃を当てて軽く引き出血を起こす。
その流れる左手を天井へと振り上げれば、当然流れていた血も舞い上がるのだが、この血が奇妙な事に空中に巻かれると同時に銀の霧へとその姿を変えた。
銀の霧は、前で戦う二人の元へと向かうと細かな傷の周りに漂ったかと思えば、直ぐに空中に消える。同時に、二人の傷が癒えていた。
更に、ロレンスが近くに居たバリオンを切り裂いて仕留めれば、鮮血を溢れさせていた左手の平の傷は綺麗サッパリ消え失せる。
血の医療。そう呼称される、ロレンスひいては彼の故郷に根差した技術。
血を媒介とし、血を用い、血を利用し、血を扱う。血腥い医療術。更にこの技術にもう一手間加えたのが、ロレンスの扱う回復法であった。
本質的には、他人においそれと使えるモノではないのだが彼は先の一手間を加える事で他人に一切の悪影響無く遠隔である程度の回復を行う事が出来た。
戦闘が終わり、先を行く二人へと後衛組が駆け寄る。
「星、突っ込むのを自重しろ。フォローが間に合わなかったらどうする」
「大丈夫。丹恒ならやれる」
「……」
グッとサムズアップする星に、丹恒は眉間を揉んだ。厄介者だが、戦力として見るならば申し分ない。だからこそ、厄介。
ため息を吐く丹恒。そんな彼に苦笑いしながら、ロレンスは懐から綺麗な白布を取り出して星へと歩み寄った。
「星殿。お顔が汚れていらっしゃいますよ」
「んぷ…………ありがとう」
「お転婆も大概にするようお願いしますね」
「星、了解」
「…………本当に分かってらっしゃいますか?」
丹恒と同じく、眉間を揉むロレンス。
このチーム。男女比が2:2とバランスが良いのだが、如何せん女性陣が大分エキセントリック。
突っ込み癖のある星に、騒がしいなのか。少なくとも、潜入などには向かない二人だ。
そんな問題を抱えながら進む四人。
不意に、ロレンスの足が止まり、つられるように三人の足が止まる。
「どうかした?」
「……血のニオイがします」
「お前の血ではなく、か?」
「はい」
ロレンスは、鼻が良い。それこそ、獣染みた嗅覚の鋭さを有している。
その鋭敏な嗅覚が、この場の人間だけではない血のニオイを嗅ぎ取った。
彼に先導されるようにして進めば、辿り着くのは閉じられたシャッターと裂界の根が張り始めている一室。
そして、そこで大型のヴォイドレンジャーと切り結ぶ、白い服を赤く染めたアーランの姿もあった。
「アーラン殿……!」
その姿を視認した瞬間、ロレンスは駆け出した。
身近な距離を駆けながら、左手を右手に握った直剣の剣身へと鍔の辺りで添える。
「暗月よ……」
切っ先へと向けてスライドする左手に合わせて、白銀の剣身にうっすらと仄暗い蒼の光が纏わされたように見えた。
振るわれる一閃。その軌跡には、昏い残光が僅かに明滅する。
一太刀で切り捨てられたヴォイドレンジャーを見やり、アーランは目を見開く。
「貴様か、ロレンス…………」
「アーラン殿。直ぐに治療いたしましょう」
会話は短く。右手の直剣を床へと突き立てて、ロレンスはすぐさまアーランをその場に横にならせた。
鮮やかな手並みだ。続いて、星となのかの二人も駆け寄って来る。
「ま、待て!俺はまだ仕事が――――」
「言っている場合ではありません」
すぐさま服を引っぺがし、その下に刻まれた深い傷にロレンスの眉間に皺が寄った。
「うわぁ、痛そう……と、というか、血が止まってないじゃん!」
「危ないんじゃないの?」
「ええ、そうですね。アーラン殿、今処置をせねば遠からず出血多量で動けなくなりますよ」
「しかし……」
「とにかく、治療させていただきます」
渋い顔をするアーランの文句を無視して、ロレンスはインバネスコートの内側。腰の後ろ、ベルトに付けたポーチの一つから細長い小箱を取り出した。
開かれれば、その中に入っているのは銀の輝き。
「それって、お医者さんの道具?」
「ええ、そうです」
なのかの問いに応えつつ、ロレンスは数本の鍼を取り出しアーランの傷を見やった。
少しの間をおいて、素早く鍼を数本傷の近くへと打ち込んでいく。
「一時的に痛覚を鈍らせました。処置を始めます」
綺麗な白布を取り出して、余計な血を拭う。そして、傷に掌に収まる円形の容器に入った軟膏を塗る。
因みに、そのニオイはかなりきつく、ふわりと直接嗅いだわけでもない星は鼻を抑えて仰け反るほどのニオイがした。
「な、何なのソレ……!」
「私の調合した軟膏です。擦り傷、切り傷、火傷に打ち身と、外傷に対して一定の効果を持ち止血効果のある薬草も練り込んでありますので直ぐに血も止まります」
説明をしながら、針と糸で傷口を縫合。その手捌きも一瞬で、糸を引けばそのまま傷口が縫い合わされていた。
「よし……後は、ガーゼと包帯を」
痛み止めの鍼を抜いてから傷にガーゼを当てて、きつくなり過ぎない様にしつつ包帯を巻いていく。
瞬く間に、処置が終わってしまった。しかし、医者としての小言は終わっていない。
「処置は終えました。ですが、無理に動かぬように。戦闘など言語道断です」
「治療には、感謝する。だが、俺は戦う事も仕事の内だ。何より、皆を守るための傷は誇りになる」
「…………そうであったとしても、これ以上の戦闘をさせる訳にはいきません。次、大きな出血を起こせば命に関わる可能性もあるんですから。それから――――」
こんこんと続く、説得と言う名の小言。
手際よく処置したが、アーランの負った傷は深かった。大きな血管こそ傷つけていなかったが、それでも大きく深い傷はそれだけで動きを制限する。
今はまだ、一時的な痛覚を鈍らせた余韻のお陰で痛みは薄い。しかし、痛覚が完全に戻った瞬間、痛みに体が一瞬とはいえ硬直するのは確実だ。
戦闘において一瞬の硬直など、文字通り致命の瞬間となりかねない。
職業柄、荒事に対面する事の多いアーランも、その一瞬の危険性を把握しているつもりだ。
「――――分かった分かった!説教は、もう結構だ!貴様の言うように、俺も安静にしておく」
「分かれば良いんです」
「…………ハァ、丁寧な口調の割には貴様は押しが強いな……」
「紛い物といえども、医者の真似事をするのなら処置をした患者の責任を持つのは当然の事でしょう」
やれやれ、とロレンスは首を左右に振って立ち上がった。
その背を、ジッと一歩離れた場所から丹恒が見ていた。
彼が考えるのは、アーランを助ける際にロレンスが自身の得物である銀の直剣に纏わせた気配の事。
(アレは……何だ?)
丹恒の知識に存在しない力…………の残滓。
そう、残滓だ。本来の力には遠く及ばないであろう、残り滓。
それでも、その一閃は大型のヴォイドレンジャーを一蹴するだけの破壊力があった。
(自傷を伴う回復術に、並大抵ではない剣の腕。オマケに、医者としての技量も並大抵じゃない)
得体が知れない。警戒心の薄い連れの代わりも兼ねて、怜悧な槍使いはその目を細めるのだった。