「一生いっしょ!」が確定してる相手と卒業式に手をつないで...じゃないと出られない高校 作:嵯峨野広秋
好きな人をみつける前に、まずは花をさがしにいく。
って言うと、なんかおとぎ話のように思えてくるな。
(あった!)
いくつか公園をまわってやっと発見。
この小さな白い花にかこまれたニョロっとした黄緑色の長いやつ。
ドクダミだ。
「おっかえり~。おに、どこ行ってたの?」
「いや……」すこし迷ったが、妹にウソついたってしょうがない。「花の写真をとりに、ちょっとな」
妹の
かしげてますってアピールするような、おおげさな傾き具合。
ぼくが横を通り抜けるときもずっとそのままの角度で見ていた。
(えーと、この写真をインスタにあげて、タイトルは――)
その花のほかにも適当に写真をとってあげておくこと、というのがひとつ前のぼくからの指示だった。
〈その日〉までは教室に彼女の顔を見に行ったりするな、という注意書きもある。
そして、
(ついにきたぞ。深呼吸して……あらかじめ練習したように……)
一学期も終わりが近いある日の放課後。
指定された場所で、じっと立ってまっていたら、
足元にボールがコロコロところがってくる。
そのボールを追いかけて、半袖と短パンの体操服姿の女子が、ぼくの前まで走ってきた。
「ありがとうございまーす!」
彼女はお礼を言って、
こっちに手を伸ばす。
ボールをわたしつつ、
「あっ、ぼく、あの」
「え?」
「
自己紹介した。
思えば女子に「キミ」なんてはじめて言ったかもしれない。
顔が真っ赤になるほど恥ずかしいが、これも高校を出るためだ。
「私は
にっ、と目元と口元が数ミリうごくだけの、微妙な笑顔。
パッと顔をみた瞬間にはそれほど幼なじみに似ているとは思わなかったが、
(なるほど)
話してみると納得した。
たしかに、あの子は幼なじみとそっくりだ。
見た目よりは、むしろ内面的な部分が。
「
8月の暑い日。
ぼくは
(あー……服のセンスも、けっこう近いんだな)
キャミソールっぽい服にジーパン。いかにも夏らしい格好だ。
目が合うと、
「やあ!」
うしろに太陽を背負った、丸いシルエットのショートの髪。
ずっとニコニコしてて、こっちの気分まで明るくなってくる。
ヘタしたら、幼なじみがいなくなったことさえ――
「今日はいっしょにたのしもーよっ!」
――忘れてしまいそうだ。
「その服、
「これ?」と、彼女はキャミソールらしき服のすそを指でつまむ。「そうかな。ありがと。キミもその服、似合ってていいね」
きた。
ついに
手帳で指定してた服をえらんでちゃんと着てきたからだ。無地のTシャツとベージュのチノパン。
(幼なじみをとりもどす計画は、とりあえず順調――といえるか)
ぼくは、マンションの下におりるエレベーターでノアがいた階にとまるたび、
ひょこっ、とあいつがなんでもない感じで乗ってこないかと、ひそかに期待している。
名前を呼ぶと、
「ノアよ」
とそっけなく返すあの声。
当たり前だったそれがきけなくなったなんて、いまだに信じられ……
(……っと、あー、ダメだダメだ!)
ぱん、と心の中でぼくは自分のほっぺたを
ぼくは今から、一生いっしょにすごす相手と恋愛しようとしてるのに。
ん? と
「今日けっこう暑いのに、長袖なんか用意してきたの?」
質問しながら、サラサラのショートの髪を耳にかきあげる。
まあね、とぼくはかるく受け流した。
「ところで、あっちでイルカのショーをやってるみたいなんだけど、よかったら―――」
言い終わらないうちに花輪さんは返事した。
「私、いくーーーっ! みんなは?」
本日のデートの場所は水族館。
「きゃっ!」
イルカがはねて、水しぶきが彼女にかかりそうになった。
ぼくはすかさず立ち上がって、手にしていた長袖のシャツの両肩の部分を指でつまんで空中でバサッとひるがえす。花輪さんの体をガードするように。
「あ……」
「大丈夫? 水、かかってない?」
「う、うん、平気」二の腕を指先でさわって、座ったまま上目づかいでぼくを見上げる。「平気――だよ?」
なにが起こったのか、とフシギがるような目だった。
たしかに飛んでくる水をあんなスピードでふせぐなんて、反射神経の達人か、事前にわかってないとムリだと思う。
つまりぼくはわかってた。手帳に書かれていたから。
(でもこれでいいのか?)
たしかにすごいといえばすごいが、はたして恋愛感情につながるのかどうか。
「じゃあね、タカマドリくん!」
別れぎわに盛大にぼくの名前をまちがえた花輪さん。
そこから彼女と会うことはなかった。
「会うな」と指示されている。
手帳にいわく、「そのほうがより運命を感じてくれるから」だと。
(二年のクラスがえまで、か―――)
高二で、ぼくたちは同じクラスになるらしい。勝負はそこからだということだろう。
(なんか……このすべてわかってるぞみたいな感じ、正直、イヤなヤツだよ)
けど、なんとなくわかる。
前回のぼくはそれほどノアと再会したかったってことが。
ぼくの努力をムダにしないためにも、がんばらなきゃな。
だが……そもそも、なんなんだこの手帳。
だれがこんなものを、って、それは四月に駅前にいたあの女の人か。
もうはっきり思い出せないが、アヒル
あの人はだれだ?
こんな、ループをこえることができる物なんて、ふつうじゃない。
一見、ただの黒い革の手帳なんだが。
(前のほうのページに人名の一覧、真ん中はずっと白紙で、最後のページの見開きの左が引き継ぎ、右がぼくが書き残せるスペースか)
毎日、ヒマがあったら前回の引き継ぎ(小さい文字でびっしり)を読むようにしているが、
(ん?)
今日、あらたな発見があった。
本文とは関係ない、ページのすみにラクガキのように書かれた文字。
重ね合わせ。
(なんだ……これも一応、ぼくの筆跡ではあるけど)
まあ、これが大事な言葉なのかどうかは、そのうちわかるか。
二年生になった。
「やあ」
あっ、とぼくは息をのむ。
一瞬、彼女をノアとみまちがえたからだ。
「なんとなく、キミとは同じクラスになれる気がしてたんだよ」
「ぼくもです」
「ほんとに~?」
そういえば制服姿の彼女をみるのはこれがはじめてだ。グレーのスカーフのセーラー服。
あいつは、この制服を着たがっていたな。
中学のとき、この成績じゃキビしいって先生に言われてたのに、ムリしてぼくと同じ高校にしたんだっけ。
(いや……ほんとに冗談じゃなくノアにみえた……)
自分なりにそのワケを分析してみる。
たぶん、ぼくの記憶の中の幼なじみの姿が、だいぶボヤけてきてるからだ。
こまかいところまでおぼえているつもりでも、いざ会えなくなると、どうしてもイメージはうすれる。
あと、一年のときよりも花輪さんの髪がちょっと伸びていたせいもあって、
ぼくの頭がそう錯覚したんじゃないか。
ともあれ、
(いこう)
相手の好みを事前にすべてこっちが知っている、反則な恋愛のスタートだ。
「めっちゃ好みが合うんだね、私と
たまに休み時間に彼女と会話できるチャンスがくると、
ぼくはおしみなく手持ちのカードを切っていった。
これで話がハズまないわけがない。
花輪さんの制服が夏服にかわるころには、ぼくはあだ名で呼ばれるようになっていた。
「へー、タカっちもインスタやってるんだ」
「まあね」
「私も一応ちょっとだけ……ね、いま見てもいい?」
梅雨どきの教室。
外では雨がふっている。
(そうか。このときのために前回のぼくは、あの花の写真をとりに行かせたんだな)
ドクダミのあれ。〈不完全花〉って説明文の。
ぼくも今、自分のスマホで彼女のインスタを見ていた。
(えっ!!??)
画面をスクロールする指がとまる。
その写真は、ぼくがあげたやつとあまりにも同じだった。
同じドクダミに、同じ説明。
(おい…………これはさすがにやりすぎな気が……)
「運命だね!」ってよろこんでくれるのか?
このレベルだと逆に
そろそろ、花輪さんもぼくの写真を目にしたはず。
「信じらんない!!!!!」
昼休みのおだやかな教室の空気が、一瞬でどこかへいった。
何事かとみんなはぼくたちを見る。
ぼくは、彼女のほうを見てる。
痛みをこらえるようにぎゅーっと目をつむって、ふるえるくちびるをかみ、そして背中を向けた。
「もうキミなんか知らないよっ!」
予想もしないタイミングでやってきた。
おそらくここが分岐点、ぼくの計画がうまくいくかどうかの瀬戸際だ。
「まってくれ!」
「……」
「たのむ、日付。日付をみてくれよ。ぼくのは一年前で、花輪さんのは
「でも……こんな偶然あるはずないよ」
廊下。
彼女はうしろ姿のままで言った。
「キミ、ずっとからかってたんだよね。私をハメたんだ。私の好みだって、きっとだれかに
ぼくは彼女の前に回った。
目は合わない。
花輪さんの視線は床に向いていた。
「ぼくは」
「……」
「だれかに好みを聞いたりしてないし、その写真は日付をイジったりとかしてない」
やっと顔をあげた。
「……ごめん。そうだよね。キミは、そんなことする人じゃないよね」
ちくっと胸にささる言葉だ。
ぼくは思いっきり〈そんなこと〉をしてる。「知って」はいるけど「聞いて」はいないなんて苦しい言いわけだ。
が、もう
用意されたジグソーパズルを、いっこいっこハメていくしかないんだ。
どん、と花火が上がった。
となりには黄色い色の浴衣をきた花輪さんがいる。
「きれい」
横顔を向けた彼女がつぶやく。
はじまりから終わりまでずっとにぎり合っていたぼくらの手。
手をとりあえるこの距離。近さ。
もう、はなれる気がしなかった。
夏休みのお祭りから、10月の修学旅行の二人だけの自由行動、そして11月の文化祭へ。
ぼくたちの親密度をふかめるイベントは立て続けにやってくる。
なおかつ同じクラス。
たまに「おはよう」と
「ねぇタカっち、部屋においてたあのジグソーパズル、もうできた?」
機嫌の良さそうなニコニコ顔で花輪さんはいう。
休み時間で、前の席のイスにこっち向きですわっている。
「それがさ」
「ん? なになに」
「ピースがひとつだけなくて完成しなかったんだ。だから、あれはもう箱にもどしたよ」
「へー、なんか残念だね」
まわりを気にする
つまりぼくらはもう、おたがいを自分の部屋に招き合うような関係になっている。
「タカっちには幼なじみっているのかい?」
それは、ある日の帰り道で何気なくいった花輪さんの質問だった。
「いや、いな……」
「ん?」
言葉につまった。
これからぼくは、ノアを忘れなきゃいけないのに。
自分をだましてでもそうしないと、きっとぼくは彼女を「一生いっしょ」の相手として受け入れられない。
(わるい、ノア!)
「……ぼくには一人もいないんだ。幼なじみ」
はっきり口にして伝えたことで、急にあいつのことを
ちがう。
振り切るべきなんだ。
「一生いっしょ」っていうのは、片方だけの想いじゃ成立しない。
ぼくはもっと、
「雪がふってきたよ!」
三ヶ月後に卒業がひかえたクリスマス。
有良は子どもみたいに、両手を広げてくるくる回ってみせた。
青いイルミネーションで飾られた並木道。
ほんとはもっと門限が早いけど、特別に今日は10時まで、有良は両親にOKをもらったみたいだ。
「わ、わっ……きゃっ!」
すべりそうになった彼女を、ぼくはサッと抱きとめた。
いつかのイルカの水はねのときみたいに、スマートに。
「ありがと……タカっちはいつだって、私を助けてくれるね」
「こんなの当たり前のことだよ」
「来年は……ねえ、クリスマスの夜、ずっといっしょにいられるかな?」
「ああ」ぼくはうなずいた。「来年も、その先もいられるよ、絶対」
ばたん、と車のドアがしまる。
有良のお母さんの赤い軽自動車。
窓の向こうで手をふる有良。ふりかえすぼく。
その帰りに、ぼくは自分の家のマンションの前でふいに立ち止まった。
(あいつは―――何階に住んでたっけ……?)
明かりがついてない暗い窓。
階数は思い出せないのに、どうしてか〈あのあたり〉というのは体がおぼえている。
びゅう、と冷たい風がつよくふいた。
(家に帰ろう)
――卒業式の日。
ぼくは正門の前にいる。
校舎をうしろに、外をじっと見ている。
「おーい!」
とおくから声。
ぼくは本当に、みんながつかうのとはちがう意味の〈卒業〉ができるのだろうか。
出られるんだろうか。この学校から。
タタタと軽快なリズムの足音が近くでとまる。
「はぁ……はぁ、ごめんね、ちょっと部活の後輩につかまっちゃってさ」
「ぼくこそごめん。スマホで呼び出したりなんかして」
「ぜんぜんいいよ。で、どうしたの?」
そう言って
出会った当初ショートでみじかかった髪も、いまではずいぶん長くなっていた。
「ぼくと手をつないでくれないか」
「手? いいよ」
「このまま、いっしょに学校の外へ出たいんだ」
「うん」
なんでもないように歩き出す。
なんでもなくない
もし、彼女と「一生いっしょ」じゃないという判定になったら、いったい――――
(え)
意外とあっけなく、というか、考えながら歩いている間に、いつのまにか正門をすぎていた。
(…………)
出た、のか?
いやまて。おちつけ。
手帳に残されていた
「なになに」
スクバの中をごそごそやりだしたぼくを面白そうにみる有良。
かりっ、と指先にかたいものがふれた。
(ある)
「タカっち、そんなもの持ってたんだ。いいね。なんか大人な感じがするよ」
「あ、ああ……これ、もらいもので……」
「へー」
一応、中をたしかめた。
中〈だけ〉の可能性もある、と書かれていたからだ。このあたりは、
ぼく自身が書いた引き継ぎ。
ぜんぶそのままだ。
(出れた――ぼくは、やっと高校を出たんだ―――!!)
こみあげてくるものがある。
ぼくの体験は三年だけだけど、きっと長い年月がついやされたことだろう。
地面にひざをついた。
手から手帳が落ちる。
「ど、どうしたの? ねえ、タカっちってば」とぼくの肩に手をおく。
「高校を出たんだ、ぼくは……」
と同時に、
目の前の彼女がぼくの人生で最愛の人なんだ。
(……)
ひたっている場合じゃない。
まだ、やり残していることがある。
ぼくの幼なじみ。
でも、
もうこの世界にはいない〈あいつ〉のために、一生いっしょにいられる最高のパートナーを捨てるなんて、考えられないよな。
まったく―――。
「ごめんなさいっ!!!!!」
ぼくはひざ立ちから上体を落として、
地面に手をついて土下座した。
「ほんと、ごめん!」
「なにが? どうしたの急に」
手帳の自分の字を何度も読んだんだ。
くりかえしくりかえし。
一部をのぞいて。
その一部を、さっき中身を確認したときに目にした。
――「あいつを取り戻すことができる、たった一つの方法を以下に書き記しておく。
・卒業式まであいつのことを忘れろ。
・学校を出たらすぐに【ここ】をみろ。けっして出るまで見るな。
ぼくは、ノアが好きだ。」
「わかれてくれ」
「それ……本気で言ってるのタカっち」
「本気だ」
「とにかく、そんなことしなくていいよ」
立ち上がったぼくを、彼女はまっすぐみつめる。
「私、タカっちを
「ぼくには好きな人がいるんだ」
「じゃあ、しょうがないね」
あっさりした言い方だった。
言って、
(わかれてくれる―――のか?)
そのとき突然、
奇妙な感覚があった。
ぶぅん、とかすかな音がした気がして、
視界が一瞬、二重になって見えたんだ。
いや……いる。
いまこの世界にノアが。
「行っていいよ。その人に、会いたいんでしょ?」
「えっ」
「ほら、はやく!」
体の横にたらした両手は、どっちもグッとにぎりしめていた。
うしろ姿のまま、彼女は大声をあげる。
(ありがとう)
なんでこんなにはっきりわかるのか。
今なら目をつぶっても、あいつのところにたどりつける気がする。
まわりには卒業生か在校生か、学校から駅へと向かう人の流れ。
せまい歩道を、まばらに散って歩く生徒。
(急がないと)
ぼくは走った。
運動はそれほど得意じゃないのに、
お手本があるかのようなランニング・フォームで駆け抜ける。
ふと少し前にいる女子がふりかえった。
ぼくは、立ち止まるわけにはいかない。
彼女はいったい、右と左、どっちに体をかわそうとする?
(こっちだ!)
タッ、とぼくは走り抜けた。
彼女がよけようとしたほうと、逆のほうを。
二分の一を読み勝った。
こんな勝負
……っと、信号だ。
一瞬、ひとおもいに行ってしまえと思ったが、
青にかわる前にフライング気味にバイクがすごいスピードでぶっ飛ばしていった。
行ってたらあぶなかった。
またぼくは走り出す。
もう歩いてもいいんじゃないかとも考えたが、ここは首尾一貫して急ぎたい。
走りながら―――
(そうか。
そういうことだったのか。
世界はずっと〈重ね合わせ〉の状態にあったんだ。世界Aと世界B。
世界Bは、ノアがいなくてぼくが一生いっしょの相手と一生すごす世界。さっきまでがそうだった。それが
ぼくが手帳を読んだから。
読ませるだけでよかった。
それだけで「一生いっしょ」は成立しなくなる。
ぼくの眠っていた幼なじみへのつよい想いが、世界Bを壊したんだ。
そして現在は世界A――すなわち元の世界にもどろうとしている)
どこかから焼肉のにおいがした。
昼食なんか今はどうだっていい。
「カラオケいこーよ」
「いいねー」
横を通り抜けるとき女子のおしゃべりがきこえた。
はぁ、はぁ。
息がちょっと苦しい。
でも水の中に〈顔つけ〉してるときよりはマシか。
(あっ!!!!)
あぶない。
ぶつかりそうになった。
すかさず時計回りのステップをふんで体をクルっとターン。オーケー。大丈夫。
まだ生徒の数は多い。
道幅はせまくなって、どんどん走りづらくなる。
気づかれるな。
まわりが走っていることに気づいていないほうが、行きやすい。
気配を殺して静かに、あやしい人がする尾行のように進むんだ。
自分を信じてれば、きっとどうにかなる。
っていうか、まるでぼくなんかいないようだ。
何度かぶつかった気がするけど、その感触もない。
それはそうか。重ね合わせの解消っていうのは、そういうことだ。
ぼくはもう消えてなくなる。
そんな自覚がある。
せめて、最後に―――
せいいっぱいの力で、一番好きなあいつのところへ。
ここは駅から学校へとつづく、抜け道っぽいルート。
広くない道で、車が体に当たりそうなところを走ったりもするあぶない場所。
(あ。あれは…………)
あの見なれた――いや、それよりも少し大人っぽい――姿。
セーラー服のうしろの
駅に向かって歩いている。
二人でならんで。
ぼくは走るのをやめて立ち止まった。
それとほぼ同時、
不自然にスピードをだした車が、
不自然な角度で、
二人に向かっていく。
二人は車に気づかない。
バカ。なにしてる。はやく気づけ、ぼく。
ノアを―――
「ノアを助けろっ!!!!!」
ゆっくりスローモーションで、
幼なじみのとなりにいるあいつがふりかえる。
その顔は、ぼくの顔。
目と目が合った瞬間――
「!」
ぼくの視界は変わっていた。
たのしそうに笑うノアと、その背後に車。
自然に体が動いた。
危険からまもるようにノアをうしろから抱きしめる。
それ以外のやりかたは考えられなかった。
考えるヒマもなかった。
(すこしでも、ぼくがクッションになれば……)
ノアだけは助かる。そう思いたい。
きゅっ、という高音が短く鳴った。
つづいてタイヤで何かをふんだような音。
風。いやな感じの風圧。
「ど……どうしたの!?」
きょとんとした顔で、ノアは肩ごしにぼくをみる。
ぼくは前をみた。車はぼくたちに当たらず、減速しながら道路を走っていった。
「ノア。大丈夫か」
「ばばばば」
「えっ?」
「バックハグ!!! いきなりそんな……人の目もあるじゃない!」
力が抜けそうになる。
だがこいつのこういうところが、ぼくは好きなんだ。
「いやあぶなかっただろ今。ひかれるとこだったぞ」
「そうなの?」
「まあ、いいよ」
ぼくは手をグーパーしてみる。
まぎれもなくぼくの体だ。ぼくがぼくの意思で、うごかしている。
「うわ~~~~やられちゃったね」
車にひかれてぺしゃんこになったスクールバッグ。
手にとって中をしらべてみたが、
(…………ない)
あの手帳はどこにもなかった。
すぅ、と大きく息をすいこむ。
いい気分だ。天気は晴れ。
頭の中は、思い出しながら忘れていくような、
でも不愉快な感じじゃない、そんな状態だった。
満ちていく。
ノアとすごした高校三年間の思い出が。
そうだったんだよ。ぼくはずっとノアが好きだった。
ノアもぼくと同じ高校にかよいたくて入試の勉強をがんばったんだ。
エンピツ回したラッキーの合格じゃない、ぼくもノアの勉強につきあった。二人三脚でがんばった。
そして、高校一年生の最初の登校日。ぼくたちはいっしょにいこうって駅の前でまちあわせた。家からいっしょじゃなかったのは、さっぱりと切ってショートにした髪を、ぼくにサプライズっぽくみせておどろかせたかったからだ。
「いこうよ、ターくん」
「ああ」
もう重ね合わせはない。
世界Bでノアが一度もぼくをこう呼ばなかったのは、あれはある意味べつのノアだったからだと思う。
自分にかわる「一生いっしょ」の相手をさがしてほしい、そういう希望を実現した世界だったから、
ノアはぼくと距離をとる必要があった。
その距離のとりかたの一つが「親しくあだ名で呼ばない」ってことだったんだろうな、きっと。
「ちょっと。私の顔みてフンフンうなずいて……いったいなに考えてるの?」
「なんでもないよ」
そして、突然いなくなったのは、もっとも極端な
そうせざるをえなくなったのか、ぼくのためにあえてそうしたのか。
それはもう、たぶんノア本人ですらわからないことだ。
駅前の広場。
ちょうど赤いベンチがあいていて、そこにノアと二人ですわった。
ごく自然に、当たり前のことのようにぼくは言った。
「なあノア。ぼくたち、幸せになろうぜ。一生」
「…………うん!」
ビックリ箱みたいにダイブしてきた幼なじみを、
ぼくは両手でしっかりと受け止めた。
〈おわり〉
おまけ
総高校在学年数 303年
「なにかおかしいな」と気づいた = 46年目
手帳にいろいろ書いてみた = 47年目
引き継ぎが残ることに気づいた = 48年目
引き継ぎに手帳に付属するしおりをはさんでみた = 59年目
しおりをはさむと高校初日に引き継ぎに気づけることを発見した = 60年目
卒業式の日に幼なじみが事故で亡くなることを知った = 72年目
どのようにしてもその事故を止められないことを知った = 183年目
事故がなければ自分はノアと「一生いっしょ」だったんじゃないかと想像した(A) = 191年目
ノアは「自分のかわり」を見つけてほしいんじゃないかと推論した(B) = 200年目
AとBより「一生いっしょのパートナー」をさがす必要があるのではないかと考えた = 207年目
卒業式の日、はっきり相手がわかるように「手をつないで」学校を出るのではと仮定した = 209年目
消極的な書き方だと自分が行動にうつさないと思い、断定的および命令的な書き方に変更した = 245年目
「
「
卒業式の日に「しおりをはさみ忘れる」というミスをした = 261年目
手帳の引き継ぎに気づいたのは卒業式の日だった = 264年目
あわてて引き継ぎを書くも、「あえてしおりをはさまない」(※)という決断をした = 264年目
※ 幼なじみのノアを相手にえらぶとずっと学校を出られないことを身をもって知ってもらうため
「
高校初日、幼なじみの鼻の穴に指をつっこんだ = 268年目
「
「
「
「
「
「
「
「
「
「
ノアが消失した = 298年目
すべての準備をととのえて、あとは次の自分にたくした = 300年目
一生いっしょのパートナーをみつけ、卒業式後に破局した = 303年目
卒業式後、世界を復元させてノアの命をたすけた = 303年目
以上
以下、手帳に記載された結果の一覧
名前¦
交際日数¦1632日
破局理由¦すれちがい
名前¦
交際日数¦366日
破局理由¦浮気
名前¦
交際日数¦3日
破局理由¦自然消滅
名前¦
交際日数¦951日
破局理由¦ケンカ別れ
名前¦
交際日数¦12780日
破局理由¦円満離婚
名前¦
交際日数¦1862日
破局理由¦結婚観の不調和
名前¦
交際日数¦75日
破局理由¦
名前¦
交際日数¦99日
破局理由¦?
名前¦
交際日数¦0日
破局理由¦幼なじみを助けるため
名前¦
交際日数¦一生
破局理由¦なし