『剣聖』の幼馴染で、彼女に焦がれど届かず、『剣鬼』に劣り勝らず。故に私はただの人。『剣人』と呼ばれ、蔑まれる、そんな女の情けない失恋。

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アニメ勢なんでなんか間違ってるところあったら言ってください
アストレア家救済って書いたけど言うほど救済されてないかもしれない


剣人哀歌

 最初は好きじゃなかった。『剣聖』の家系でありながら虫も殺せないような性格。恵まれた血であって、恵まれた家庭であって、それで剣を振らない女は、私が好きになれるわけがないじゃないか。

 

「花は好き?」

 

「嫌いかな。私は剣の方が好きだね」

 

 それが、テレシアと私の最初の会話だった。テレシアは初めての女友達だってことで花の話ができると期待したそうだけど、私は剣の話ができると思ってた。

 

 *

 

「また土いじりか?」

 

「もう、お花だって綺麗でしょう?」

 

「私は、剣の方が好きだね」

 

 テレシアと出会ったのは五つのとき。だからこうして似たような問答を七年も繰り返したことになる。

 

「ならなんでリィラは私のところに来ているの?」

 

「私は君に会いに来るって名目でこの家に来ているからね。それに、せっかく遊びに来たのに友達に会わないなんてことないでしょ」

 

「友達だと思ってくれていたんだ。いっつも私との会話はそこそこに修練へ行ってしまうから、友達だと思われてないんじゃないかって心配していたわ」

 

「うっ、それは…悪かったよ」

 

 騎士であるお父様が、テレシアの叔父様に「同い年の娘との交流はどうか」と働き掛けてくれたおかげで私は時々こうしてアストレア家に訪ねることができる。まあ半分くらいは剣の稽古をつけてもらうために来ているのだが。

 

「ただ、剣の稽古を途中で投げ出した君も悪い。昔は一緒に受けていただろう?」

 

 私がこの家に来るようになったばかりの頃、テレシアはアストレア家の人間らしく他の兄弟の様に剣の修練をさせられていた。私もテレシアの付き添いとして共に修練に参加させて貰っているが、いつしかテレシアは参加せずに私だけが参加するようになっていた。

 

「私には剣の才能が──?授かった?

 

「どうかした?」

 

「い、いや、なんでもない!!なんでもないわ!!」

 

「そう?」

 

 無論、なんでもなくはないことは見て取れた。そして、彼女が小声で呟いた声を私は聞き逃してはいない。この取り乱し様と、授かったという言の葉。この家においてそれが何かを察せられないほど私はバカではない。あるいは、バカであった方がよっぽどマシだった。

 

 その日の修練を終え、帰り際。気分が悪いと言ってテレシアが見送りに来なかったことをいいことに、私を送りに来てくれたアストレア家の人間にテレシアが『剣聖の加護』を授かったことを伝えた。彼は私の言葉を疑いながらも、しっかりと伝えてくれたようだ。テレシアの人生が潰れるのを早めてしまったとも思わずに。

 

 そして、その時は存外早く訪れた。テレシアが『剣聖の加護』授かってから一週間も経たずして、私は再びアストレア家へと呼ばれることになった。

 

「マーガリィラ・フォン・トゥーア」

 

「はい」

 

「テレシアの友人として良くしてくれたそうだな。君の優秀さは聞き及んでいる。なんでも、つい先日テムズから一本取ったのだとか。テレシア、剣を持ちなさい」

 

 一週間ぶりに見るテレシアは、酷く窶れていた。なんてひどい女だろう。栄光ある『剣聖』に選ばれて、それでそんな態度を取るなんて。私だって、できることなら『剣聖』に選ばれたかった。

 

「む、無理です!叔父様、やめてください!!」

 

「私からも頼むよ。剣を握って、テレシア」

 

「い、いや……もう誰も───」

 

「隙だらけだ、って思ってるね」

 

 テレシアは今、剣を持っていない。握るどころか、帯びてすらおらず、彼女の叔父様───先代『剣聖』の差し出す木剣を取ろうともしていない。それでも、目が、足が、態度が、彼女の全てが伝えてくる。剣なんぞなくても私を縊り殺すことができるのだと。いつでも私を殺すことができるし、私から仕掛けたところで返り討ちにするなど容易い。私は獲物にすらならないのだと、言外に彼女は伝えていた。

 

「信じて。友達でしょ」

 

「っ、うん」

 

 先代『剣聖』から木剣を受け取り、真正面に構えるテレシア。困ったことに一分の隙もない。一緒に剣を振っていた頃は私の方が実力は上だったし、テレシアが剣を振らなくなってからは当然その差は広まっていく一方だったはずだ。なのに、差が埋まるどころかひっくり返されている。

 

 凄いな、『剣聖の加護』。一瞬で剣の道を極められるなんて。やっぱ私には要らないや。

 

「始め」

 

 初撃は私からだった。負けることがわかっていての吶喊。込められるだけの力を込めた渾身の一撃は、しかし枯れ枝の様に細い腕の振るった剣に弾き飛ばされる。

 

 二撃目はテレシア。今振り上げたはずの剣を目にも止まらぬ速さで引き戻し、弾かれた剣では止められないように突いて来た。

 

「っ、〜♪」

 

 しかし生憎、私の売りは剣の強さではなく加護による機動力。彼女の兄から一本取ったこの足捌きで、常人には不可能な機動で何とか避ける。そしてそのまま腕を伸ばしきった彼女の後ろに周り込み───

 

「かっ!?」

 

 あり得ない速度で打ち込まれた裏拳に対応し切れずに姿勢を崩したところに、テレシアが振り返る勢いのままに戻された木剣が私の首をへし折る───前に、薄皮一枚で止まった。

 

「そこまで。これで今度こそ分かっただろう。次の『剣聖』はお前だ」

 

 結果は、誰が言うまでもなく私の負け。『剣聖』は、紛うことなきその実力を私に知らしめたのだ。

 

「リィラ…?」

 

 初恋だった。今まで私が見た中で一番強い剣。今まで私が見た中で一番美しい剣。それまで思い描いた剣がそこにあり、私の理想とする剣がそこにあり、私の目指すべき剣がそこにある。ただそれしか考えられず、ただただそれしか思えず、ただそれにしか焦れられない。

 

 なら、この気持ちはきっと恋だ。これはテレシアへの、『剣聖』への恋慕だ。

 

「なんで、笑ってるの……?」

 

 笑ってる?ああ、そうか。私は笑っているのか。きっと気持ちの悪い顔だろう。さぞ悍ましい顔だろう。私がようやく感じた、我が身を焦がす業火の中で浮かべる笑顔なのだから。

 

「テレシア、結婚してくれ」

 

 つい漏れ出てしまったその一言に、その場が凍ったのは言うまでもないだろうか。

 

 *

 

 テレシアが『剣聖』になってから早二年。私たちの関係は変わることがなかった。いや、変わって変わって、変わりきって、一周してしまったから変わらなかったのかな。結局テレシアは花の話しかしないし、私は剣の話しかしない。

 

 内心、どちらもその話をされるのを疎ましく思っているが、かといって今更変えられるわけでもなかった。

 

「やあ、キャロルちゃん。テレシアまだ寝てるの?」

 

「おはようございます、マーガリィラ様。テレシア様はご支度の最中です。それと、マーガリィラ様はここに近付くのを禁じられているはずですが」

 

 金髪を短く切り揃えた、同年代の少女。名をキャロル・レメンディスといったはずだ。優秀な騎士の家系であり、年が近いからとテレシアの世話役を任された人物。年が近いどころか同い年の、更に言うなら実力も上の私を差し置いて彼女がテレシアの付き人になったのは、私があの告白をしたときにこの家を出禁にされたからだ。

 

 曰く、いつか、というより今すぐにでも手を出しそうだから、曰く、女同士で付き合っているとなると外聞が悪いからと。

 

 酷い話もあったものだ。私が好きなのはテレシアの剣で、テレシアの腕で、テレシアの体だ。じゃあダメだな。一応弁明しておくと私は雰囲気(ムード)を大切にする方だ。彼女のお父様が心配するような節操なしじゃない。

 

 そんな説得と、騎士として私があげてきた功績と立場、かつてこの家で共に修練した仲であり、曲がりなりにもテレシアの友人であるということでこの家への出入りは許してもらえたのだ。結局テレシアの自室に入ることは許されていないが。

 

「部屋に入ってないからいいでしょ。それより支度ってなんの支度?出掛けるの?」

 

「ええ。今日はテレシア様が城へ教導に行く日です」

 

「あっ」

 

 膝から崩れ落ちる。せっかく今日は非番にしてもらってこうしてテレシアに会いに来たというのに、城で待っていたら会えただなんて。

 

 更に言うならこうして休みを取ってしまった以上今日は城には行けない。休みを取った人間が休んでいなければ士気にかかわる。騎士団が非番の日に働かせるような組織だと思われてはいけない。

 

 いや、教導の日を覚えていなかった私が悪いのだ。それは分かっている。だが理解と納得は別なのだ。

 

「あ゛あ〜……今日はお義兄(にい)様たちと修練してくるよ」

 

「プフッ……いってらっしゃいませ」

 

 落ち込む私がそんなに面白かったのか、吹き出すキャロル。最初はもっとお硬い真面目系だった気がするのに。まあ、冗談の一つでも言える様になってくれれば、それは嬉しい。砕けた従者の一人でもいてくれればテレシアは剣を握ってくれるかもしれない。

 

 テレシアはあの日以来、約二年間剣に触れていない。『剣聖の加護』を得て剣の頂に立ったのに勿体ないと思う反面、私の知っているテレシアは剣を嫌い花を好む姿だけだから納得もできた。

 

「テレシアによろしく───」

 

「キャロル、行きましょう。……リィラ?」

 

「やあテレシア。一目会えて良かった。残念ながら今日は非番だから教導には一緒に行けない。許してくれ」

 

「別に、構わないけど」

 

 『剣聖の加護』は剣才以外にも発揮されるようで、テレシアは定期的に城に赴いては騎士に指導を行っている。剣に一切触れずにたった一言掛けるだけで騎士の実力がグンと上がるのはなかなか見物だ。私は彼女から助言を受けたことは一度もないし、受けようとも思わないが。

 

「じゃあここで待ってるから」

 

「遅くなるから先に帰っていてもいいわ」

 

「まさか。私は君と話すために来ているんだ」

 

 といっても花と剣のすれ違いだけども、九年も続けていればないと寂しい。きっとテレシアも同じく惰性で続けてくれているのだろう。

 

 そうしてただ惰性での交流が続く内に、親竜王国ルグニカにて亜人連合との大規模な衝突が発生、王国最大にして最悪の内乱として長く語り継がれることになる『亜人戦争』が勃発した。

 

 この期に及んでまだ、テレシアは剣に触れようとしない。

 

 *

 

 王国東部で勃発した亜人との衝突は、簡単に鎮圧されると思われていた。これに関しては亜人との関係の根深さを甘く見ていた王国の問題であり、繋がりの無かった亜人同士が橋渡し役によって繋がった亜人側の問題でもあった。

 

 亜人との衝突の火消しに邁進すること一年。戦争の火種は消えようとする素振りを見せず、大きく燃え上がり始めていた。各地の亜人は団結し、次第に王国の東部全土が戦場と化す。そんな惨事に当然『剣聖』という切り札を切らないはずがない。今代『剣聖』テレシア・ヴァン・アストレアに招集がかかるのは当然だったろう。

 

 そんな『剣聖』の初陣に私がついていかないわけがない。しかし天幕に入ったテレシアは剣を帯びてなお震えていた。この王国で一番の剣の使い手なのに、震えていたのだ。

 

 震える『剣聖』に声をかけたのは彼女の兄だった。三年間ほぼ口をきいていない妹に話し掛ける声色とは思えない優しい声。緊張も遠慮もなく、ただただ気遣う優しい声。

 

「怖いのか、テレシア?」

 

 情けない顔を隠そうと必死に俯くテレシアを、そっと抱き寄せ頭を擦るお義兄様。

 

「お前が、俺や弟たちに負い目を持ってるのはわかってるつもりだ。俺だってお前にあんな風に負けて、何も思わなかったわけじゃないさ。だけど……」

 

 言葉を区切り、そっと微笑む。顔を上げたテレシアの表情は、自身の否定を受け入れられた驚愕に満ちていた。

 

「お前は俺の大事な妹なんだ。そのお前が嫌だって、怖いって思うんなら……俺はお前を守ってやらなきゃいけない。俺は、お前の兄貴なんだから」

 

「に、兄さん……」

 

 ずっと役を被って、押し付けられた運命から目を逸らしていた少女の、その生き方を肯定する行為。それができるのは、悔しいけれどお義兄様しかいない。

 

 テレシアの目からそっと涙が溢れる。『剣聖』となってからおそらく初めてであろう否定の肯定。あるいは、彼女を肯定する否定。

 

「お前に負けて、悔しかったし、やめようと思ったことだってあったさ。けど、それでもやっぱり、俺は剣が好きだったんだよ。この家に生まれて、弟たちがいて、妹のお前がいて、感謝してる。剣に、感謝してる」

 

「────」

 

 私にも負けてるじゃんと口を挟まないだけの理性が私にもある。ここでこんなことを思ってしまうから私は彼の代わりになれなかったんだ。

 

「だから俺は、剣を振っててよかったんだ」

 

 泣いていた。彼女は私を忘れ、ただ子供のように泣いていた。何かを悟ったように、何かを後悔するように。これまで兄と話してこなかったことか、あるいはこれまで剣を振ってこなかったことか。正直なところ、彼女が後悔するようなことはないと思う。

 

「お前は、戦う必要なんてないんだよ。───だってお前は、虫も殺せないような優しい子なんだから」

 

 それから、テレシアの口からはこの三年で聞いたこともない弱音と、甘えばかりが漏れ出す。これまで抑えていたものを、これまで押さえつけられていたものを、勢い良く噴き出した間欠泉のように、涙の混じった声で「ごめんなさい」を繰り返す。

 

 ああ、そっか。勘違いしていたんだ。私は剣が好きで、テレシアは剣が嫌いで。テレシアは花が好きで、私は花が嫌いで。だから、同じ言葉を喋っていても、違ったことを言っていたんだ。

 

「テレシア。私は、私たちは君に負けた。それは変わりようのない結果で、悔しさと悲しさを孕んだ事実だ。だけど、私たちは折れたわけじゃない。君は私たちを踏み躙ったつもりなのだろうけど、私は君のおかげで光が差したんだ」

 

 いつか、テレシアが言っていたこと。剣の修練には無意味だからだと聞き流していたけれど、なぜかその一言だけは覚えていた。

 

「いつか君は言ったね。踏まれて強くなる草花があると。君からしたら私たちみたいな草花は立ってようが折れてようが変わらないように見えるかもしれない。でもね、私たちは立ってる。折れても立ち上がって、手を伸ばしてる。その手は、君を引きずり倒すものでも、君の背を無理やり押すためのものでもない。私たちは、君の光に届こうと手を伸ばして居るんだ。それを証明するよ」

 

 振り返りもせず天幕を出る。反応は見ない。顔も、態度も、今は知らなくていい。それは私の剣を鈍らせる。今はただ、剣で示すだけでいい。

 

 千回剣を振った。二百の首を取った。足りない、まだ足りない。斬って、斬って、斬って、斬り尽くして。目に付くもの全てを斬って、いつしか私の目に映るものは剣だけになった。いつかの『剣聖』の剣を完璧になぞり、完璧に振るう。

 

 ───そうして気付けば、戦に負けていた。突出しすぎた私を無視して大量の亜人が本陣へなだれ込み、本陣を庇ってテレシアの兄が死んだ。そこまでされてなお情けなく泣き、震えて剣を取ろうともしない『剣聖』に対して士気は大幅に低下、そのまま敗走したのだ。

 

 『剣聖』は一人で戦局をひっくり返せるというが、私一人では戦局を覆すことは出来なかったらしい。

 

「いやぁ、悪いね。あんなかっこつけといて示せなかったわハハハ」

 

 ヘラヘラと笑う私を見て、テレシアが許してくれることは無かった。

 

 ボロボロの鎧と傷だらけの私の身体を見て、テレシアが怒ることも無かった。

 

 我ながら卑怯なことだと思った。最後までテレシアは何も言ってくれなかったから。言おうと、してくれなかったから。

 

 *

 

 『剣聖』の無様な初陣は無かったことにされた。あの場にいたのは亡くなったテレシアの兄と、私と、キャロルだけ。

 

 それから五年。部屋に籠もるようになったテレシアとその付き添いのキャロルに代わり、彼女の次兄と弟、先代『剣聖』である彼女の叔父様がアストレア家の名を背負って戦場に立ち、そして死んでいった。

 

 その全ての戦場を共にし、しかしその死に目に会えなかった私に、テレシアは何の話もしなくなった。剣の話をしても、花の話が返ってくることは無かった。

 

 騎士だった私のお父様も弟たちも死んだ。お母様は倒れ、心を病んだ。嫁に行った姉とは疎遠になり、家督を継いだ兄は仇のような目で見てくる。友軍を危機に晒しながら戦場で突出する私は他の騎士から嫌われ、私は一人になった。

 

 ほぼ同時期に現れた笑いながら亜人を斬るという『剣鬼』、未だ現れぬ『剣聖』に劣る只人として、侮蔑と嫌悪の籠もった『剣人』なんて呼び名が付き、あっという間に騎士団の中でも爪弾きにされたのも当然の流れであろう。

 

 まあ幸いなことに騎士団でも爪弾きにされたということは、私が何をやっていても咎められることがないというわけでもある。

 

 百の戦場で百の成果を上げた私は、報奨として一月ほどの休暇をもぎ取った。この激化する内乱の中、不名誉なものであっても二つ名を持った英雄を遊ばせておくにはいかない。特に、『剣聖』不在の今はなおさら。そんな意見を無視しても誰も怒らないのは好都合だった。

 

「あっ、こんなところに───」

 

 そうしてできた僅かな休暇でテレシアを訪ねてみれば、キャロルの目を盗んでどこぞに出掛けているというから、王都中を探し回ってようやく見つけた。

 

 王都の端の未整理区間の、荒れ果てた瓦礫の中にぽっかりと空いた広場とも言えない狭さの空間。そこに繋がる石段に、彼女は腰掛けていた。隣にいる、名も知らぬ誰かに花の話をしながら。

 

 誰がどう見ても、テレシアは彼に恋をしていた。だって、私と同じ顔をしていたから。恋をする乙女の顔をしていたから。その顔を見たとき、私の胸には怒りと、嫉妬と、悲しみと、それから納得が混じり合う風が吹き荒れ、そして最後は諦観だけが残った。

 

 当たり前だ。同じ戦場にいながら彼女の家族を救えなくて、彼女の嫌いな剣の話をして、彼女の好きな花の話を聞かなくて、彼女の嫌がる剣を振らせようとして、彼女と同じ女で。そんな私が、彼女の隣で、私に背を向ける顔も知らぬ彼に勝てるわけがないと悟ってしまった。

 

「───」

 

 何も言わずにその場を去る。『剣聖』は、最後まで私に気づかなかった。後々知ったことだが、『剣鬼』であった彼もまた、私には気付いてくれなかった。結局、私は二人にとっても只の人なんだ。

 

 その後残った一月は、暗くなってしまった家に籠もり剣を振るった。不思議と涙は出なかった。未だ剣は輝いて見えた。

 

 そうしてテレシアと会わなくなってから数ヶ月が経ったとき、急に知らされた『剣聖』の初陣は正に寝耳に水のことだった。なんでも、『剣鬼』の危機に駆けつけたのだとか。それを聞いて、あの時あの場にいた彼が『剣鬼』であったことを悟る。彼女が、剣を振るう理由はあの時の彼のためとしか考えられなかった。

 

「いいなぁ」

 

 私が、同じ状況になってもテレシアは剣を振らないだろう。だって、今までそうだったから。

 

 テレシアの剣はもう彼のものだ。あの輝きはもう彼のものだ。あれが、私に向けられることはもうないんだ。

 

「ずるいなぁ。羨ましいなぁ」

 

 そう思えば、弱音とともに今まで出なかった涙が一筋、月明かりの眩しさを教えてくれた。

 

 *

 

 唐突に姿を消した『剣鬼』と入れ替わるように台頭した『剣聖』は、それまでの戦いで『剣鬼』と『剣人』が挙げた功績を併せてようやく太刀打ち出来るくらい膨大な数の首を取り、その勢いのままに僅か二年で『亜人戦争』を終わらせてしまった。

 

「終わった……?」

 

 その最中の凄惨さに比べ呆気なく終わってしまった。十四の時から八年間ずっと身を置き続けて来た戦場が、今はもうなくなってしまった。テレシアと肩を並べて戦えたあの戦場が、唯一『剣鬼』に代わってその輝きを見れた戦場がなくなってしまった。そのことを知らされた時、足下が消え入るような錯覚に落ちて当然だったろうか。

 

 ふらつく私を受け止めてくれる人はいなかった。まさか戦時中に一度もつかなかった私の膝をつかせる相手が、終戦の知らせだったなんて。こんな、こんな滑稽な話があるもんか。

 

「やめるか、騎士団」

 

 奇しくも消えた『剣鬼』のように、私も姿を消そう。戦の中にあって、どれだけの武勲を挙げてもなお嫌われるような女が、戦のなくなった泰平の世にテレシアの隣にいることはできない。

 

 騎士団を辞めることをお兄様がぶっ倒れないようにどう伝え、なおかつ山と積まれた婚約の申し込み──その大半がなぜか女性からのものであった──をどう処理すべきか悩む私の元に、騎士が来た。騎士団に全く顔を出していないことに対するお叱りの手紙かと思えば、騎士が持ってきた手紙は予想外の内容。

 

「式典?」

 

「ああ。『剣聖』の功績を称える式典。一応お前も参加しろとのお達しだ」

 

 『剣聖』の功績を称える式典。それ自体に異論はない。実際、全ての戦場に現れ、初陣こそ敗戦だったものの以降は常勝無敗。誰より多くの敵を討った彼女の剣は称えられて当然だろう。だがなぜ私を招待するのか。

 

「私もうやめる気なんだけど」

 

「それ自体は結構、皆手を挙げて大いに喜ぶが式典には出ろ。というか式典に出るまで騎士団は辞められないと思え」

 

「えー、私を引き留める人いないの?」

 

「おらん」

 

 我ながら随分と嫌われてしまったものだ。まあ『剣聖』には劣るものの手柄をあげているとはいえ、一人突出して独断専行を繰り返し、何度も友軍を危機に晒した私を嫌うのは当然か。きっと、テレシアでさえ私を好ましく思っていないに違いない。

 

「じゃあ私行く意味なくない?雰囲気悪くするだけじゃん」

 

「曲がりなりにも王国二番手の英雄が参加しないと困るんだ。貴様、名前だけはあるのだから。それに、テレシア様たっての希望だそうだ」

 

「テレシアが?」

 

 『剣聖』が『剣人』を招待する。嫌な胸騒ぎがした。きっと、テレシアにはそのつもりはないのだろうけど、私の勘はそこそこ当たる。テレシアも、『剣聖』もそういった勘は鋭いけれど、この騎士の口振りからして彼女はそんなことを思っていないだろう。

 

「わかった、行くよ。それと一つ訂正しておく。私は三番手だ。この式典でそうなる」

 

「は?」

 

 テレシアには悪いことではなくて、私にとっての最悪。それは一つしかない。

 

「『剣鬼』ヴィルヘルム・トリアスが帰ってくる。そんな気がする」

 

「は?」

 

 式典までの時間はテレシアに会える喜びと、『剣鬼』に会わねばならぬ苦しみが混じり合い、いつものようにただ駆け足で過ぎていった。戦場で剣を振ってる時と同じとは、どれだけ『剣鬼』が怖いんだ、私は。

 

「やあ、テレシア。久し振り。招待してくれたんだって?ありがとね~」

 

「リィラ。騎士を辞めるって…どういうこと?」

 

「ん?いやぁ、『剣鬼』君みたいに剣を極めに行こうかなって。別に死んだりはしないさ」

 

「死ぬか、なんて聞いていないのだけれど」

 

 しまったなぁ。内々に秘めておくつもりだったのに。

 

 あの戦場は消えてしまった。私から左目を奪い、密やかな自慢であった翡翠色の髪を白く染め上げ、身体中に、腹に傷を刻み嫁に行けなくしたあの戦場。結局、私はあの戦場しか知らないから、あの戦場がなくなったら私は他に生き方を知らなかったのだから。

 

 『剣鬼』に対するテレシアの顔を見て自分の失恋を悟ったとき、戦場に生きる意味を求めた。恋のために生きていけなくなったから。どちらも根底にあるのは剣だけど、私は剣に生きる理由を託したくなかったから、誤魔化すようにその二つに縋ってた。剣は、ただ無意味に、無慈悲に、眩しく輝き続けて欲しかったから。私が生きる意味なんて不純なものを混ぜて欲しくなかったから。だから、恋も戦場も消えたら死ぬしかない。

 

「ねえ、リィラ。なんで勝手に何処かに消えようとするの?なんで勝手に死んじゃおうとするの!?」

 

「君にもっと相応しい人がいるから」

 

 テレシアは強いな。一人で立ってる。恋だの戦場だのに寄りかかった私とは違うな。剣に焦がれながら、剣に寄り掛かれなかった私とは、違うな。

 

「それって……」

 

「キャロル、そろそろ準備しないとまずいんじゃないの?」

 

「そうですね、そろそろ。それとマーガリィラ様。なぜ来なくなったのですか?」

 

「寂しかった?」

 

「はい」

 

 そう素直に返されると調子狂うな。求められて悪い気はしないけど、あのつっけんどんな感じの方が私は好きだったかも。

 

「じゃあ私も式典用の剣を借りに行くから。さすがにこの剣じゃ見栄え悪いし」

 

「リィラ……」

 

「信じて、友達でしょ?」

 

 式典が厳かに行われる。礼服を纏い、儀礼用の剣を帯びて王の前に立つテレシアは綺麗だった。

 

「────」

 

「来たね」

 

 どよめきが、式典の熱狂を切り裂く。現れたのはこの場に似合わない汚い格好の男。血と泥で褐色になった外套。雨に濡れ、乾いた土がついたままの肌。朽ちてボロボロになった錆の浮いた剣。

 

 誰がどう見ても不審者。そして、我らの待ち人。初めて顔を見たが、自然と彼が誰だか理解できた。あの狭い戦場で一度も出会わなかったのは不思議なことだ。

 

「止ま───」

 

 幽鬼を制止しようとした騎士を蹴り飛ばす。お前の出る幕でも、私の出る幕でもない。

 

「おい、黙って見ていろ。口を挟むやつは馬に代わって私が蹴る」

 

 嫌われていても、舐められていても、腐っても『剣聖』に次ぐ実力者。傷だらけの風貌と合わさってその場の騎士を静止させるには十分だった。場は整えたぞ、『剣鬼』。

 

 まあ、当の本人達は二人だけの世界って雰囲気だし聞こえて居ないんだろうけど。

 

 儀式用の綺麗に磨かれた剣と錆が浮き刃が溢れた剣。方や剣に愛された『剣聖』、方や剣を愛しただけの『剣鬼』。始まった時点で、その場にいた誰もが『剣聖』の勝利を疑いもしなかっただろう。私たちを除いて。

 

 ───合図はなかった。

 

 同時に剣を閃かせ、一度目の剣戟が鳴り響く。煌めきが乱舞し、斬撃が風を破り、二つの影が壇上で踊るように交わる。テレシアの驚嘆、ヴィルヘルムの熱情が余す所なく伝わってきた。

 

 鋼と鋼を打ち合う音が響き合うたび、二人の鼓動が聴こえてくる。二人とも一言も発していないクセに、剣戟の音が鳴り響くたび五月蝿いくらいに愛してるの言葉が響き渡る。

 

 奪う、奪う、奪う。『剣鬼』の剣はそればかり。何より一途な思いばかり。剣に乗せられないから色々な物に分散した私と違って、たった一つの思いを乗せた剣。

 

「────」

 

 その場にいた誰もの目を奪う剣舞。最早どよめきも熱狂もなく、静寂に包まれた式典に二人の剣戟(告白)が響き渡る。

 

 ずっとずっと眺めていたい、けれど眺めるほど私の心を焼き尽くす太陽のような剣舞は、しかし長くは続かなかった。

 

「────」

 

 『剣聖』の全霊を込めた剣が、赤錆の剣先をへし折り、くるくると吹き飛ばす。

 

 誰が見ても最高の一撃。ともすれば、剣に一生を捧げても繰り出せないような至高の一閃。その一閃と交わった『剣鬼』の顛末、勝敗(告白の行方)は明らかだった。

 

「俺の」

 

「────」

 

「俺の、勝ちだ」

 

 剣先を失った泥まみれのナマクラが、無手となったテレシアの首元に突き付けられる。剣先と引き換えに美しく飾られた宝剣が吹き飛ばされ、カラリと音を立てて彼女たちの後ろに落ちた。

 

 美しく飾り付けられた『剣聖』の幻想が、私の焦がれた剣の輝きが、泥臭く鍛え上げられた『剣鬼』の執念に、私が抱けなかった頂の前に屈する。

 

「俺より弱いお前に、剣を持つ理由はもうない」

 

 それは、一人の『剣聖』の死。そして、一人の幸せな少女の誕生。本来なら私は止めるべきなんだろう。だけど、この二人の間に割って入る気にはなれなかった。そんな勇気は、持てなかった。

 

「私が、剣を持たないなら……誰が」

 

「お前が剣を振る理由は俺が継ぐ。お前は、俺が剣を振る理由になればいい」

 

 ああ、そうか。そうか───

 

「ひどい人。人の覚悟も決意も全部、無駄にして」

 

「それも全部、俺が継ぐさ。お前は剣を握っていたことなんて忘れて呑気に……そうだな。花でも育てながら、俺の後ろで安穏と暮らしていればいい」

 

 私は剣が好きで、テレシアは剣が嫌い。テレシアは花が好きで、私は花が嫌い。

 

「貴方の剣に守られながら?」

 

「そうだ」

 

「守ってくれるの?」

 

「そうだ」

 

 彼は剣が好きで、彼には剣を振るう理由があって。私は剣が好きで、剣を振るう理由がないことから目を逸らして。

 

「花は、好き?」

 

「嫌いじゃなくなった」

 

「どうして、剣を振るの?」

 

「お前を守るために」

 

 ゆっくりと、二人の唇が重なる。その場の誰もが息を止め、世界が止まったかのような錯覚に包まれる長い長い接吻(キス)。ただ私の胸にはいつかのような焦がれる思いはなくなって、荒野のような冷たさが残るまま。

 

「私のことを、愛してる?」

 

「───わかれ」

 

 ああ、私が愛していたのはテレシアじゃなかったなんだ。私の初恋は間違いだったんだ。ヴィルヘルムは剣とテレシアを愛していて、テレシアは花とヴィルヘルムを愛していて、マーガリィラは『剣聖』の剣の輝きを愛していた。

 

 結局私は宝剣にはなれない。抜き身のナマクラどころか、鋼にすらなる資格はなかったんだ。

 

「言葉にして欲しいことだってあるのよ」

 

「あー」

 

 静寂の時間は溶けて、彼らの周りに騎士が駆け寄っていく。いつからか誰かの拍手が五月蝿く響いていた。

 

 違う。五月蝿いのは私だ。駆け寄ることもできず、輪の中に入ることもできず、さりとて妬むことも恨むこともできない私の、精一杯の抵抗がこの拍手だった。

 

「いつか、気が向いたときにな」

 

 不思議と、涙は出なかった。ただ、この場から消えたかった。目の前の光景がそれを許してくれなかった。

 

 *

 

 『剣鬼』が戻ってきてからも色々あった。

 

 式典をぶち壊してくれたヴィルヘルムをテレシアの婿にするしないで揉めた結果、この男を婿に迎えるくらいなら前々から婚約を申し出ていた私を迎え入れる方がマシだなんて極論が出たため、大勢の前でヴィルヘルムにコテンパンにされて二人の婚約を認めさせたり。

 

 『剣聖』を辞めるテレシアに代わって戦時中の仲間の推薦を受けて近衛騎士団入りするヴィルヘルムを巡り、一悶着起きそうなところを嫌われ者の私がヴィルヘルムと決闘して負けることでなあなあで終わらせたり。

 

 一人で消えようとしていた私をテレシアが捨てたはずの剣で引き止めたり。そしてもう一度、今度こそテレシアの剣でなくテレシア自身に告白をした。彼に勝ち目がないのは分かってたし、盛大に振られてしまったけれど。これはヴィルヘルムでさえ知らない、私とテレシア、そしてキャロルだけの、女三人だけの秘密。

 

 生涯テレシアに仕えるなんて言っていたキャロルが恋人が出来たとか宣うから、叩き潰してテレシアの付き人の座を奪って嫁に送り出したり。まあそれ以降もテレシアはキャロルを側に置いたけれど。

 

 戦場で大規模な功績を挙げすぎた騎士に議会の席が用意されて一悶着───これは自業自得だ。普段の素行が良いからそうなる。私のように定期的に問題を起こさないから議会の席なんて面倒なものを用意されるんだ。これを言ったらその騎士を含めた色々な人から殴られたけど。

 

 テレシアの付き人からアストレア家の侍女になり、身の周りの世話をしているうちにアストレア夫妻の情事の声を聞いてしまって死にたくなったり。それ以来夜中にこっそり剣を振りに行くのはやめた。

 

 『剣鬼』と『剣聖』の間に生まれてしまった、良くも悪くも凡庸な人間であるハインケルを『剣人』の立場から慰めたり。

 

 騎士団から酷く嫌われていること、普段の素行不良から騎士団を辞めるときは一介の騎士に過ぎなかったこと、ヴィルヘルム周りのゴタゴタで何度か決闘を行い負けていること、騎士を辞めたあとは降るように『剣鬼』と『剣聖』の侍女をやっていること、その二つに並ぶ様に語られているが『剣人』の名が蔑称であること、そして何より『剣鬼恋歌』の対として唄われる『剣人哀歌』が失恋の唄であることから、凄まじく舐められているからな、私は。

 

 『剣鬼』と『剣聖』に挟まれ、比較され、落胆される。そんな境遇が似通うところがあるためハインケルの良き相談相手として彼を導けた……と、勝手に思ってる。少なくともヴィルヘルムよりはまともに育てられたはずだ。それが数少ない『剣人』が『剣鬼』に勝てるところだった。

 

 そんなハインケルも結婚し、息子が生まれた。腹の傷のせいで子供が産めなくなった私にとってハインケルは息子のようなものだったし、その彼らの間に生まれたラインハルトもまた、私の孫のようなものだ。

 

 ハインケルの妻、ルアンナが眠り姫と呼ばれる病にかかったことは残念だが、多少俯きながらも塞がらずいるのだから、概ね平和な家族でいられているのではなかろうか。大分私の願望が入っているけれども。

 

「リィラおばあさまの加護、『砂遊びの加護』ではありませんよね?」

 

 そんなある日、ラインハルトが私に投げかけた質問。対外的には『砂遊びの加護』としている私の加護が、それでないことを見抜いた質問。まだ五つの子供がだ。

 

「なんでそう思ったんだい?」

 

「先ほど授かったのです。リィラおばあさまと同じことがしたくて。だけど、違う気がしました」

 

 授かった、という一言を聞いて悟った。ハインケルには悪いが恐らく次代の剣聖はラインハルトになるだろう。思えばテレシアもその一言が始まりだった。

 

「ハハッ、こんなババアと同じことをする必要はないさ。お前にはお前にあった戦い方があるだろう。そうさね、何か楽器は───ああ、これでいいかね」

 

 その辺にあった楽器を手に取る。きっと暇を持て余した誰かが手を出して、次第に弾かなくなったとかそういうもんだろう。

 

 確かめるように適当に指をおいて二、三度音を出せば、大体分かった。

 

「〜♪」

 

「す、凄い……リィラおばあさまはリュリーレの心得もあるのですか!?今の曲は聴いたことがありません!」

 

「ないよ。こいつの名前も初めて聞いた。この曲は今即興で作って適当に鳴らしたものだ」

 

「えっ?」

 

 これまで一切音楽に興味はなかったし、今後も持つことはないだろう。だが、私には剣の才能ではなく楽器の才能があるのは事実だ。

 

「『音踏みの加護』、それが私の加護さ。旋律に合わせて足を自在に動かせる。初めて聞いた曲でも踊れるようになるよ」

 

 戦場においては相手に合わせて即興で作った旋律を口ずさみ、それに合わせて足を動かすことで回避や反撃を行っている。そんなことを繰り返すうちに初めて触る楽器も弾けるようになり、どんな吟遊詩人も涙目な作曲と演奏の才を得た。

 

「何か聞きたい曲はあるかい?なんでも弾いてやろう。『剣鬼恋歌』でも、『剣人哀歌』でも」

 

 それらは一度聞いたことがある。聴衆の中に私がいると気付いたときの吟遊詩人の顔は酷く青褪めていたが。

 

 *

 

「白鯨を落とす戦いが……大征伐なんて戦いがあるんだ。俺はそこに……」

 

 ハインケルからそんな相談を受けた。いや、相談じゃないな。懇願だ。剣聖の家系にありながら剣の才は人並み以上で止まっている。テレシアもヴィルヘルムも、私でさえも常人離れした才と評されるのに、だ。

 

 そんな彼が血筋だけで選ばれた近衛騎士の立場に、苦しんでいた事は知っていた。だから、二つ返事で了承する。

 

「いいよ。どうせ老い先短いババアの命だ、最期にデカい功績打ち立てとかんとな。いい加減負け犬(『剣人』)の汚名も返上せにゃならん」

 

 それでもまだ後悔したように、それでいてホッとしたような顔で立ち尽くすハインケルを追い返す。これがもし仮にテレシアにまで話が行ったら私をおいて行ってしまう───なんてのは自意識過剰かな。でも少なくとも王族誘拐事件で動けない『剣鬼』の代わりに動かざるを得ないであろう『剣聖』に代われるのは私だけのはずだ。

 

 かつて戦場で振るった長剣は、使わなくなっても手入れは欠かさなかった。振るう腕も鈍ってはいない。私はあの頃のまま変われていなかった。

 

「ハインケルっ、あの馬鹿野郎……!恥を知れっ!!」

 

「それを君らが言う資格はないだろ」

 

 しかし意外だった。『剣鬼』が『剣人』なんかのために怒ってくれるなんて。いや、ハインケルが自分に任されたものを無責任にも投げ出そうとしていることに怒っているのか。

 

「ええ、それを私たちが言う資格はないわ。そして、貴女にも。……私も行くわ、リィラ」

 

 一応礼儀としてアストレア夫妻には伝えざるを得なかったが、笑顔で送り出すとまでは行かずとも、引き留められることなんてないと思っていたのに。

 

「やだなぁ、剣の振れない君を行かせないためにハインケルも私も君に相談しなかったんじゃないか。それに、もう私が行くことは決定()()()から君が入れる隙はないよ」

 

「『剣聖』の名の重さを貴女が知らないはずはないわ。私が行くと言えば、彼らは喜んで同行させてくれるはずよ」

 

「やめてよね。せっかく武勲を打ち立てて『剣鬼』と『剣聖』を見返せる良い機会なのに、君が参戦したら全部君のおかげだって言われてしまうじゃないか」

 

「さっきと言っていることが違うわよ、リィラ」

 

「こっちが本心だからね。君の心配より自分の栄誉を取る女だよ、私は。ま、白鯨の首を取ったら君らに自慢しに帰ってくるから、信じて──」

 

「──友達でしょ?」

 

 幾度となく言ってきた決まり文句を取られた。いくらテレシアといえ、酷いことをする。

 

「貴女がそう言うときは、上手くいかない事を誤魔化すとき。そう何度も誤魔化されないわよ。私にだって貴女の他に友達がいるのだから」

 

 そこは誤魔化されて欲しいなぁ。私には君しかいないのに。

 

「だいたい、五十近くなって衰えてるでしょう?左目も見えなくて、戦いに行けるわけがないじゃないの」

 

「『剣聖』とはいえ二十年以上剣を振ってない君よりは強い自信あるなぁ。それに『亜人戦争』終盤は左目なしで君と一緒に戦ったじゃないか。私は問題ないよ。もし問題があるとすれば、君が戦場に行くことだ」

 

「行かせてやれ、テレシア」

 

「ヴィルヘルム…!?」

 

 意外にもというか、予想通りというか、助け舟を出してくれたのは『剣鬼』だった。

 

「そうだよ、行かせるべきだ。そこのそいつがそう言ってくれる理由は君ならわかるだろうし、私にはわかる。君も、何かが違えば私に行けと言うはずさ」

 

「そ、れは……」

 

 私が未練がましくここに居るのも、ヴィルヘルムがテレシアに代わり私を死地に送り出そうとするのも、私がハインケルの願いを聞き届けたのも全部、全部。

 

「惚れた弱みってやつさ。私も、彼も、君に惚れたからこそ、君の言う事を聞けないんだ。全く、言わせないでくれよ恥ずかしい」

 

「そんな……」

 

「そんなこと?それは言っちゃいけないよテレシア。そんなことで『剣鬼』は『剣聖』から剣を奪って、『剣人』は拍手をするしかなかったんだ」

 

 そして、そんなことで『剣聖』は剣を捨てた。

 

「リィラ、どうしても一人で行くのね?」

 

「騎士団も着いてくるから一人じゃないよ」

 

 もちろん、そんなことが聞きたいわけじゃないのは分かってる。けれど、今回は『剣鬼』も『剣聖』も動かせないのだからこう答えるしかないだろう。

 

「そう……」

 

「なんだい?見送りの口付けでもしてくれるのかい?」

 

 立ち上がり、ゆっくりと近付いて来るテレシア。私の言ったように口付けをしてくれるのなら喜んで受けるんだけどね。

 

「〜♪」

 

 目にも止まらぬ速さの手刀を、軽く足を動かして避ける。間一髪、服が裂けて傷だらけの肌が見え隠れする程度に収まった。

 

「その手には乗らないよ。大方『死神の加護』で治らない傷でも作って出られないようにするつもりだったんでしょ?」

 

「唇は夫のものですから。だけど、しておけば良かったわ」

 

 されていたら今頃左腕もなくなっていたかもしれないね。テレシアが力加減を間違えるとは思わないけれど、私が求めてしまうかもしれないから。

 

「残念だけど、これでますます君は出られなくなった。老いたとはいえ、『剣人』にすらその一撃を躱されてしまうようなら戦力にならない」

 

「……そうだ。だから、ここで大人しくしていろ。大人しくしていてくれ、テレシア」

 

「ヴィルヘルムッ!!」

 

「無駄だよ。この点ではそのジジイは私の味方だ。テレシア、君のためなら私もそいつもなんだって差し出す。互いのことも、自分のことも」

 

 さすがに、自分や『剣鬼』を差し出すよりも抵抗はあるけれど、求められたら最終的にはハインケルや、ラインハルトでさえも差し出してしまうかもしれない。

 

「……出立は明日の朝だ」

 

「そんな急に───」

 

「言ったでしょ?君が入る隙はないって」

 

 私だって『剣聖』の名の重さは理解している。ここで口を出されたら堪らないからね。道義を通すにも直前にして、それまでテレシアの耳にも入らないように細工していた。ヴィルヘルムの耳にも入ってなかったのは予想外だったけど、王族誘拐事件で忙しかったのだろう。

 

「っ、嫌い!嫌いよリィラ!!絶交だわ!!!無事に帰ってくるまで口を利いてあげないんだから!!!」

 

 思えばテレシアと喧嘩したことはなかったな。いつも私が無神経なことを言っても、テレシアが何かを返してくれることはなかった。だから、私にここまで感情をむき出しにしてくるテレシアは初めて見るし、それが何より愛おしい。

 

「それは、やだなぁ。私には君しかいないのに。君から私がいなくなるのは嫌だからね。必ず帰ってくるよ。信じ……」

 

 ああ、もう友達じゃないんだっけ。

 

「……嘘つき」

 

 ───結論から言えば、大征伐は失敗した。

 

 左目と背びれのうち一つ、尾ひれの四分の一と(はらわた)が飛び出るほどの一閃。それが、私が白鯨に与えた損害。最後のは手応えが軽すぎて何か絡繰りがありそうだったけど。

 

「いきなり倍くらいの猛攻を仕掛けてくるのは反則だよなぁ。さ、ここはこの老耄が引きつけるから無事な奴らは散り散りに逃げな」

 

「す、すまない。感謝する。『剣人』のことを誤解していた」

 

「誤解じゃないから気にしなさんな。早く行った行った」

 

 白鯨の被害は、元から名前は覚えてなかったが消失の霧によって顔すら出てこなくなった者が五割、雑音によって発狂し自ら命を絶った者が二割、普通に白鯨に食われたのが二割。残りの一割のうち、どれほどの数が逃げ延び今回の顛末と白鯨の情報を伝えられるかってところか。

 

「〜♪」

 

 特に加護は関係なく、気を紛らわせるための鼻歌。あるいは、この深い霧の中で白鯨がこちらに気付くための目印。

 

「来たか?」

 

 気配を感じて振り向けば、そこにいたのは巨大な魔獣ではなく儚げな少女。さすがに人の名前を覚えない私でもこんな人間は今回の征伐軍に居なかったことはわかる。

 

 白い衣、白金の髪。薄く張り付けた気持ちの悪い慈愛(笑み)と、場違いの親交(眼差し)。身に覚えのある、見当違いの愛を向けるその少女は、きっと私の同類かもしれない。

 

「待ち人ではなくて申し訳ありません。ですが、ここに一人残った貴女の勇気に───」

 

 こちらの心に忍び込むように、丁寧に囁くような声。その薄汚さを微塵も感じられない、誰に届かせてもきっと扉を開けてしまうような甘い声。

 

「御託は結構。騎士団が周囲を封鎖してる以上、無関係の第三者なわけがない。白鯨との関係が疑われる以上、ここで捕縛──しても無駄かな。じゃあ殺すか」

 

 決断と実行は早い方だ。それが出来なきゃ『亜人戦争』で死に損なったりしない。

 

 老いた剣先は、それでも完璧にかつて見た『剣聖』の剣をなぞりきった。並の騎士では目で追うことすら叶わない神速の剣は、少女の首に吸い込まれ─────

 

「呆気なかったね」

 

 そのまま断ち切った。

 

 こんなところにいるのだから厄介な手合いかと思えば、その実力は素人以下。もしかしたら物凄く怪しい風貌なだけで白鯨とは無関係な一般市民であったのかもしれない。

 

 いや、そんなわけ────

 

「────貴女を、」

 

 離れようと思えば離れられた。両肩に乗せられた軽い手が、背中に預けられた華奢な温かさが、耳元で囁く甘い声が、それを許してくれなかった。それらを受け入れた私の身体が、それをしようとは思わなかった。

 

「理解してあげられます」

 

 プツリ、音を立てて意識が途切れる。まるで深い湖に沈んでいくように、ゆっくりゆっくり暗がりの底へ。

 

 水面が燃えている。私は、いつしかそこに手を伸ばさなくなって。だから今は、ただ大の字になって沈んでいく。足掻くことも、焦がれることも、しなくなってしまったから。

 

……テレシア

 

 無意識に声が漏れる。水面に潜る黒い音。思い出されるは赤い髪。ああ、私は今、誰の名前を呼んだのだろうか。

 

 *

 

 龍剣一閃。それが、私を目覚めさせた一撃だった。

 

 抜き放たれた龍剣レイドを握るのは、見たこともない赤毛の青年。そして、その隣にへたり込む、少し窶れたが、記憶の中にあるままのハインケル。あれからどれほどの時が経ったのかは知らないが、この青年が誰だかは何となく予想がついた。

 

 ああ、やはり次の『剣聖』はお前か、ラインハルト。私はお前を哀れに思うよ。テレシアもお前も、『剣聖の加護』を受けた者は英雄にしかなれない。誰より優しいお前は、花を愛したテレシアは、英雄には向かない。

 

「…辛い役目を、すまないね」

 

「……っ、いえ」

 

 顔を伏せ、目を逸らすラインハルト。その反応で、私が何と酷いことをしたのか理解した。柄にもない謝罪なんてするものではない。

 

 ふと顔を逸らせば、幾分か年老いた、傷だらけの最愛(テレシア)と、その隣に寄り添う白髪の誰か───おそらくヴィルヘルムが。ああ、そういえば絶交されていたんだっけ。約束、結局守れなかったなぁ。

 

「テレシア、私は、君の……」

 

「……ええ、友達、友達よ!」

 

 そうか。友達か。友達にしかなれなかったか。私は、君の特別にはなれなかったか。

 

 未練がましく叫ぶことすら出来なかった私は、そっとハインケルの居る方に手を伸ばす。彼が幼かった頃にしたように、頬を撫でようとして。

 

「ハインケル……お前の、せ、い……」

 

 お前のせいじゃない。全て私が望んで、私がやったことだから、気に病む必要はない。そう伝え切る前に私の意識は灰となって消えた。

 

 月下に舞った灰は、誰に掻き集められることもなく、見ず知らずの街の水路に溶け込み流れ行く。




 本当は大征伐にテレシアと一緒に行ってマーガリィラだけ生還→ヴィルヘルムとガチの殺し合いに発展するまで揉めてアストレア家を追い出されたところをロズワールに拾われる→エミリア陣営として本編に突入する予定だった。面倒くさくなったから大征伐で一人で死んでもらうことにした。
 結果的にテレシアが死ななかったことでアストレア家はギリギリ崩壊してないはず。アストレア家救済タグはそこが由来

ヴィルヘルム→テレシアが死んでないので致命的決壊はない。ただ良くも悪くもテレシア一筋なので父、祖父としては不適な人間であるためいずれアストレア家は崩壊する。
 実はマーガリィラが覚えてないだけで『亜人戦争』の初期の頃に同じ戦場に居たことがある。まるで散歩するかのように鼻歌交じりで剣を振り回す彼女の戦い方に感心し、僅かに恐怖するとともに身勝手に前線を押し上げてく行為にちょっと怒りを抱いた。戦場で剣振ってたらそんな感情全部忘れた。
 テレシアが死んでないので白鯨に対する復讐という動機もないためクルシュ陣営に参加しないと思われるので3章の白鯨討伐にもいない。頑張れスバル君。ヴィルヘルムが与えた傷と同程度の傷は入れといたから行けるはずだ。
 …じゃあなんでプリステラにいたんだ?

テレシア→生きてる。テレシアが生きてるか否かはアストレア家にとってとても重要なのでおそらく彼女が生きていればラインハルトとヴィルヘルムの仲はそこまで悪化しない……はず。結局どっかで破綻してそうな気もする。
 マーガリィラの仇討ちという名目で白鯨討伐参加しそうな気もしなくもないけどヴィルヘルムが止めそうだから結局ハードモードだよスバル君。
 やっぱりなんでプリステラにいるんだ?

ハインケル→結局原作と同じところまで落ちた。むしろマーガリィラという一応の理解者がいたからより高いところから落とされて悲惨かもしれない。なんならラインハルトのせいにすることもできないから原作より酷いや。このせいでアストレア家救済とは言い切れない。
 もし仮に両親との差に自分なりに結論を出していたとしたら今度は同類だと思ってた『剣人』との間にある深い深い溝に気付くからどっちみち追い詰められる。これに関しては同類だと思われるような振る舞いをしていたマーガリィラが悪い。
 プリシラ陣営だからプリステラにはいる

ラインハルト→テレシアが生きているからヴィルヘルムとの仲はあまり悪くないはず。ただ実の父であるハインケルは結局原作通り不仲というか距離を置かれてしまう。幼いころ世話になったマーガリィラの仇ということで意外と白鯨討伐に乗り気かもしれない。フェルトの方が優先度が高いけど会えればワンチャンあるぞスバル君。
 フェルト陣営だからプリステラにいる。なんか見たことあるなって思いながら切ったら若い頃のマーガリィラだったため祖母だと知ってて切った原作よりダメージ大きいかもしれない。髪の色も違うし両目あるし全身の傷もないから一発で見抜くのは多分厳しい。
 幼ラインハルトの口調ってこれで合ってますかね

菜月昴→原作主人公。本当はこのあと本編入るつもりだったけどやめたので出番がない。歴史改変したから白鯨討伐がハードモードになったけど多分大丈夫。スバル君なら何とかしてくれる

マーガリィラ→本作主人公。クッソきしょい女。『剣人』が蔑称になったのはこいつの命令違反が多いからで順当に行けば普通に栄誉ある名だった。首が飛んでないのは功績を挙げて相殺してたから。一応アストレア家の侍女になってからは丸くなったからハインケルを励ましたりラインハルトに慕われてたりしてる。テレシアに未練タラタラなところは見抜かれてるけどその上で。
 『音踏みの加護』はオリジナル加護でダンスが上手くなる加護。戦闘に転用できるようなものではないので、自分のしたい動きに合わせて即興で作曲できるこの女の作曲能力が異常なだけ。本人も言ってた通り適職は騎士ではなく作曲家。
 こいつ本当は恋人じゃなくて自分を理解してくれる人を求めてたからパンドラのセリフが「理解してあげる」になったしそれでコロッと落ちた。でも多分パンドラって表面上は理解をしようと振る舞うけど本質的にはそんなことしないタイプじゃないか。
 屍兵になって復活した際は左目を取り戻し、身体中の古傷が消えて若返っている上で老年までに学んだ『剣鬼』『剣聖』その他の剣技を使えるので全盛期以上の実力があり老いたヴィルヘルムと加護を失ったテレシアとついでにハインケルの三人を同時に相手取っても余裕で対応できる。ので龍剣引き抜いたラインハルトに瞬殺された。ラインハルトには申し訳ないと思いつつも自分相手に龍剣が抜けたことがちょっと嬉しい。こういうところか

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