ストーンゴーレムを斃し、レンは膝に手をついて大きく息を吐いた。
土と岩にまみれた戦いの余韻が、まだ体の芯に残っている。
だが、歩みを止める暇はない。
ゴーレムの倒れた奥、闇を抜けた先に、ちらちらと赤い灯りが揺れていた。
それは松明でも、焚き火でもない。
いくつもの鍛冶炉の炎――鉄と火の息づく街。
《鍛冶屋の街》。
ダンジョンの地下空洞に築かれたこの場所には、無数の炉と火花が並び、金属の打撃音が響き渡っていた。
職人たちの怒号と笑い声が交錯し、熱気が立ちこめている。まさに鉄と炎の都だ。
「……ここが、噂に聞いた場所か」
この街に辿り着くには、第2階層の突破が必要だ。
つまりここにいる者は全員が、命を賭して戦ってきた冒険者か、あるいは鍛冶の道を極めた職人たち。
どこを見ても本物だけが息づいていた。
レンはまず、壊れた剣の修繕と強化ができる鍛冶屋を探した。
腰のポーチには、ストーンゴーレムから回収した黒曜岩鋼――黒く鈍く輝く鉱石が重たく揺れている。
街の中央に、ひときわ目を引く大きな鍛冶屋があった。
『鋼の魂工房』と彫られた鉄の看板。煙突からは黒煙が上がり、鉄の匂いが辺りに染みついていた。
扉を開けると、炉の熱気が肌を撫でた。
ほどなくして現れたのは、煤に染まった浅黒い肌の大男。太い腕に前掛け、無駄のない動き。
「素材か修繕か、それともオーダーか」
「武器の強化を。これを使ってくれ」
レンは黙って黒曜岩鋼を差し出した。
男は一瞥して目を光らせ、そのまま無言で炉に火をくべ始める。
「悪くない鉱石だ。ストーンゴーレムの核に近い部位から採ったんだな」
「よく分かるな」
「職人だ。触ればわかる」
それきり会話はなくなった。
職人の世界には、言葉よりも火花が語る真実がある。
炉の中で黒曜岩鋼が赤く溶ける。火花が飛び、金槌の音が響く。
鍛え、冷まし、削り、また鍛える――その工程は寸分の無駄もなく、美しかった。
数時間後、レンの剣は別物に生まれ変わっていた。
黒い刃には細かい魔導刻印が刻まれ、魔力の流れを導く溝が走る。
芯に走る黒曜の線が、鋼に命を通わせているようだった。
「……こいつはいい」
「名をつけるといい。長く使う剣には、魂が宿る」
職人の言葉に、レンはわずかに頷く。
そして、刃を鞘に納めながら呟いた。
「《黒牙》……これで行く」
鍛冶屋を出たレンは、次に素材商の店へ向かった。
ストーンゴーレムとの戦いで、予備のナイフは使い潰し、盾にもヒビが入っている。
購入したのは、雷属性エッジ処理を施した小型ナイフと、衝撃吸収素材を内蔵した軽量シールド。
どちらも素早い応戦を想定した造りで、ダンジョン探索に適した装備だった。
全ての準備を整えたレンは、街の片隅にある小さな宿に身を落ち着けた。
部屋の灯りを落とし、膝の上に剣《黒牙》を置いて静かに目を閉じる。
――ここまでは、順調だ。だが、ここからが本番だ。
次の階層は、より深く、より危険な領域。
命を賭ける戦いは、まだ始まったばかり。
彼が目指すのは《願いの泉》の最奥。
病に侵された妹を救うため――それが、彼の旅の理由。
レンはゆっくりと立ち上がった。
剣の重みが、迷いを断ち切る覚悟となる。
「行くぞ。救うために」
鉄と炎の街を背にして、彼は次なる戦場へと足を踏み出した。