戦闘音を追って森を進んでいたレンの足が、ふいに止まる。
枝葉の隙間から覗いたその光景に、彼の目が見開かれた。
森の深緑の中に、不釣り合いなほど白い影。
鋭く、しなやかに動く肢体。
共に戦い、忘れようもない存在——。
「……アルリア……?」
その名を、無意識に口にしていた。
旅の途中で出会い、共に馬車に揺られ、困難を乗り越えた仲間。
もう二度と会うことはないと思っていたその白髪のエルフが、いま——。
彼女は、虫の魔物に囲まれていた。
相手は《フォレスト・マンティス》。
人よりも大きな体躯に、鋼鉄すら両断する鎌のような前肢。
その一撃一撃が、空気を裂き、殺意をまき散らす。
アルリアの白いマントは、もはや色を失い、泥と血に染まっていた。
幾筋もの傷がその体に刻まれている。
地面にはすでに複数のマンティスの骸。
だが、それがむしろ彼女の窮地を物語っていた。
一人で、長く、激しい戦いを耐え抜いてきたのだ。
そして今、新たな羽音が森に鳴り響く。
群れるように、別の虫の魔物たちが集まりつつあった。
「このままじゃ——!」
レンは咄嗟に叫んだ。
「アルリア! 手を貸すぞ!」
一瞬、彼女の視線がこちらを向いた。
その赤い瞳に宿ったのは、驚き——そして、安堵。
レンは剣を抜いた。
飛びかかってきた一体に、真正面からぶつかる。
銀の刃と鋼の鎌がぶつかり合い、火花が飛ぶ。
力の拮抗。その押し合いの末に、レンが前へと踏み込む。
魔物の腹部を狙って一閃。
断末魔の叫びと共に、それは崩れ落ちた。
「来てくれるなんてね!」
アルリアが叫ぶ。
息は荒く、足元もおぼつかない。
それでも、目の光は死んでいなかった。
「無茶するなって言ったろ!」
「言われてないし!」
「言ってないか。じゃあ今言う。無茶するな!」
冗談めいた言葉を交わしながらも、二人の動きに無駄はなかった。
アルリアが光の魔法を放ち、敵の視界を奪う。
レンがその隙に駆け込み、刃で仕留める。
数の不利など、今や問題ではない。
一体、また一体。
襲いくる魔物たちを、二人は確実に、冷静に倒していった。
そして——静寂が訪れる。
森の木々が風に揺れる音だけが、耳に残った。
レンは剣を収め、息を吐く。
アルリアはその場に腰を落とし、笑った。
「助かったよ。あんたが来なきゃ、正直……きつかった」
「お互い様だろ。俺も一人だったら、今頃虫の餌だったかもしれん」
互いの息遣いが重なり、静けさが心地よく満ちる。
その沈黙の中、ぽつりとアルリアが呟いた。
「やっぱさ……人って、助け合わないと生きてけないんだな」
レンはその言葉に、少しだけ目を伏せた。
「その通りだ。俺は……忘れかけてたけどな」
それは自分への戒めであり、彼女への感謝でもあった。
誰かを見捨てず、手を差し伸べる。
それこそが、“人”であることを証明する行為だ。
もしそれを忘れていたなら、目的のために人としての誇りを失っていたなら——
妹を救う資格すら、自分にはなかったかもしれない。
「行こうか。ここに長居しても、虫が増えるだけだ」
「うん……ちょっと、支えて」
「ほらよ」
レンが差し出した手を、アルリアは素直に取った。
指先に力を込めて、彼女が立ち上がる。
二人の影が、再び森の奥へと歩き出す。
そこにあるのは、命と危険と、そして……人としての在り方だった。