「レン、リナの容体はどうだ?」
街の喧騒の中にあって、どこか静けさを感じさせる一角。そこにひっそりと佇む、古びた木造の建物。その中に入ると、紙の匂いと香草の香りが混ざった独特の空気が漂っている。書棚には年代物の書物が乱雑に積まれ、壁には色あせた地図や魔物のスケッチが無造作に貼られていた。
情報屋・アルの店だ。
その店の奥で、俺を迎えたのは、茶色のマントに身を包んだ男——アル。俺の幼なじみであり、ダンジョンにまつわる情報を扱う、凄腕の情報屋だった。
「……あまり良くない。リナは……」
言葉に詰まる。できることなら、真実から目を背けたい。けれど、アルの前では嘘はつけなかった。俺は、医者に言われたことを、妹の変わり果てた腕のことを、魔力抑制薬のことを、すべて話した。
アルは黙って話を聞いていたが、やがて顔をしかめた。
「……魔力加増症、か。最悪の病気だな。……お前がこんなふうに焦るの、初めて見た」
「頼む、アル。魔力抑制薬を手に入れる方法はないか?」
藁にもすがる思いだった。アルなら、何か裏ルートを知っているんじゃないかと、期待していた。
だが——
「無理だ。抑制薬は国王や貴族の管轄。正規ルートで手に入れようとしても、数百金は下らないし、そもそも流通しない。市場に出る前に、全部押さえられてる」
アルの答えは冷徹で現実的だった。だけど、その顔には憐れみが浮かんでいた。
「……じゃあ、他に手段は? 何でもいい。妹を助ける方法があるなら、どんな危険でも構わない」
俺の言葉に、アルはしばらく黙ったまま、考え込んでいた。やがて、ぼそりと呟くように言った。
「……病気知らずの花、ってのを聞いたことあるか?」
「何だ、それ」
俺は眉をひそめた。そんな名前、初めて聞く。
「古い伝説さ。どんな病気も癒すって言われてる、魔法植物。正確な記録は残ってないが、かつて都の近くのダンジョンに咲いていたって話だ」
そう言ってアルは、背後の棚から一冊の古ぼけた書物を取り出した。分厚い革の表紙に、金文字で「ダンジョンの秘密」と書かれている。ページをめくると、手書きの文字と、素朴な植物のスケッチが現れた。
五枚の花弁。月光の下で咲き、触れた者の傷を癒す——そして「病気をも治す」と記されていた。
「これが……」
「病気知らずの花。だが……この本の記述が最後だ。知れ渡ったせいで、根こそぎ採取され、絶滅したと言われている」
「じゃあ、手に入らないってことか」
再び絶望の波が胸を締めつけた。だが、アルは指を一本立てて続けた。
「ただな、回帰の泉ってのを聞いたことがあるだろ」
「……ああ。願いの泉があるダンジョンの中の一つだよな。飲めば視力が良くなるとか、運が上がるとか……色んな噂があるやつだ」
「その中でも、もっとも胡散臭いと言われてる泉がある。それが『回帰の泉』だ。水を飲めば、過去に戻れるって話だ。もちろん誰も証明できてない。だが——」
アルは目を細めた。
「“あの花が咲いていた時代”に戻ることができれば、手に入る可能性がある」
「……!」
全身が打たれたような衝撃を受けた。過去に戻る。そんなことができるなら、妹を救えるかもしれない。
「その泉……どこにあるんだ?」
「願いの泉のダンジョンは、南の辺境、《リラグの裂け目》にある。入るには許可証がいる。だが、お前なら何とかなるだろ」
「情報料は?」
俺が問いかけると、アルは少しだけ笑って首を振った。
「今回は、ただでいい。……妹さんのこと、オレも知ってるからな。あの子は、昔よく一緒に遊んでくれた」
懐かしい記憶がよぎる。あのころの妹は元気で、よく笑って、アルの作った変な装置で泥だらけになってた。
「……ありがとう、アル」
「礼はいい。だが、気をつけろよ。あのダンジョン、願いを叶える代償は……でかいらしいからな」
その言葉に、背筋がぞくりとした。だが、恐れている暇はない。
俺には、妹を救うという目的がある。それ以外、何もいらない。
そう、俺は心に決めた。
——たとえ過去を渡る冒険の果てに、何が待ち受けていようとも。