階層の境目に辿り着いたとき、レンは思わず息を呑んだ。
そこには、深い森の懐に隠れるようにして、静かに佇む村があった。
木々の間を縫うように並んだ建物は、木材と蔓を巧みに組み合わせて作られており、自然の一部であるかのように調和していた。風に揺れる葉の音、遠くから聞こえる鳥のさえずり。どこか夢の中にいるような、柔らかく澄んだ空気が漂っている。
村の中を歩く者たちは皆、金髪に尖った耳、軽やかな足取りで弓を背負っていた。
森の民――そう呼ばれる種族だと、ダンジョン内の記録でレンは読んだことがある。
「……森の民ばっかりだな」
呟いたレンの隣で、アルリアがきょろきょろと辺りを見回していた。
そして、ある一人の小柄な女性に目を留め、駆け寄っていく。
「すいませーん! 私の容姿に見覚えありませんか?」
声をかけられたのは、金髪の女性だった。
しかしその背丈はまるで子供のように小さく、顔立ちは幼い。
どこか妖精めいた、不思議な存在感を纏っていた。
「あ〜……洞窟の民じゃ〜ん、珍しいねぇ」
間延びした口調に、レンの眉がわずかに動いた。
「……洞窟の民!?」
「知っているんですか!?」
アルリアが瞳を輝かせ、一歩踏み出す。
「私、記憶がなくて……自分の出身地を探してるんです!」
「え〜? 洞窟エルフならぁ、知ってるけどぉ〜……詳しくはな〜いよ〜」
女性の言葉はのんびりと、まるで時の流れから解き放たれているようだった。
だが、語られた内容は明らかだった。
アルリアは“洞窟エルフ”――洞窟の奥深くに暮らし、夜目に優れ、気配に敏感。白く淡い髪、青白い肌。孤独を好む種族であり、他のエルフとも交わらぬ者たち。
「じゃあ、どこに住んでるんですか!?」
「さぁ〜……洞窟の民って言うくらいだからねぇ〜、やっぱり洞窟じゃな〜い?」
「……ですよねぇ」
「でもねぇ、洞窟の民って〜、引きこもりなのよぉ〜。めったに外に出てこな〜い」
そののんびりとした調子に、アルリアが苦笑いし、レンは肩をすくめた。
話が進んでいるのか、遅れているのか、判断に困る。
「……このダンジョンの中でも見たことあるよ〜。潜っていったの。ず〜っと前だけどぉ」
「それって、いつ頃ですか!?」
「ん〜……忘れるくらい前かなぁ〜」
「……ちなみに、貴方はおいくつですか?」
「800超えたあたりから数えてないよぉ〜」
「……」
レンは思わず目を剥いた。
見た目はどう見ても十にも満たぬ子供のよう。それが八百年どころか、千年を超えて生きている?
そのとき、傍にいた長身のエルフが声をかけてきた。
「このお方は“モアリアナ様”。この村の長老にして、少なくとも千歳を超える存在です」
「……長老!?」
レンとアルリア、同時に声が漏れる。
こんな幼い見た目の長老が、ダンジョン深部を治める森の民の代表……?
「モアリアナ様……私、もっと詳しく知りたいんです。故郷のこと、仲間のこと。何でもいい、手がかりが欲しいんです」
真剣な声に、モアリアナは少し目を細めると、にこりと笑ってうなずいた。
「そぉねぇ……わたしも〜、ちょっと思い出してみるぅ〜……うん、たしかにあんた、洞窟の民の血が流れてる…気がする」
のんびりとした言葉の中に、確かな何かが宿っていた。
故郷。薄れた記憶。
それでも今、ほんの一歩、近づいた。
アルリアはそっと胸元を押さえた。
鼓動が、少しだけ早くなる。
遠い場所にあるはずの“帰る場所”が、すぐそこにある気がした。
希望の火が、確かに灯ったのだった。