ダンジョンに願いを   作:ユーガットメー

23 / 50
第23話

翌朝。

森の宿屋に差し込む木漏れ日のやわらかな光の中で、レンは静かに目を覚ました。

昨夜のことが、まるで夢だったかのように現実味を欠いて感じられる。けれど、間違いなく現実だった。

千年を生きた森の長老・モアリアナとの出会い、そして突如訪れた“深酒睡眠”。あの瞬間に語られた断片的な記憶の中に、「王族」「洞窟の民」「人魔戦争」といった重要な手がかりが含まれていた。

 

アルリアが目を覚まし、二人は身支度を整えると、宿を出て森の広場へ向かった。朝の空気は冷たく清らかで、鳥のさえずりと木々のさざめきが耳に心地よい。

 

広場にはすでに森の民たちが集まっており、穏やかで平和な時間が流れていた。その一角――ふかふかのクッションと毛布に包まれて眠る、あの人物の姿も。

 

「……まだ寝てるな」

「うん、案の定」

 

モアリアナは昨日と同じ姿勢のまま、変わらぬ寝息を立てていた。まるで“寝ること”それ自体が彼女の存在理由であるかのように、周囲の森エルフたちは静かにその眠りを見守っている。

 

「……あれ、昨日起きてたのって奇跡だったんじゃない?」

アルリアがぽつりと呟く。

 

「だな。もしかしたら、もう二度と話せないくらい貴重な瞬間だったのかもな」

レンの声には苦笑が混じっていた。

 

確かに、あの数分間だけで得られた情報は、言葉に尽くせぬほど大きい。

“洞窟の民に王族がいた”という言葉。それは、アルリアの出自に関わる何かを示唆していた。

 

「……人魔戦争を“直後”って言うなんて、普通じゃないよ。あんな話、誰に聞いても信じてもらえない」

「けど、モアリアナが言ったんだ。あの人なら……千年前だって“ちょっと前”くらいに感じてそうだな」

 

アルリアはふっと息をつき、眠る長老の姿に目を向けた。まるで神聖な石像のように微動だにしない彼女。そのまぶたの奥に眠っているであろう記憶が、今は閉ざされている。

 

「次に目を覚ますのは……いつになるんだろう」

「今日かもしれないし、来年かもしれない。……百年後でも不思議じゃない」

 

少しの沈黙が流れた。風が森を揺らし、木々の葉がそよいで光を散らす。

その光を見上げながら、レンが言った。

 

「今できるのは、前に進むことだけだ」

 

アルリアも、小さく頷いた。

モアリアナの言葉は不完全で、物語はまだ始まりにすぎない。けれど、それでも進まなければならない。洞窟の民の真実に辿り着くために。

彼女の記憶の奥底にある“何か”を探るために。

 

「行こうか、アルリア。酒の村を越えて、もっと深い階層へ」

「うん。私のルーツは、きっとまだ下にある。……この先に」

 

二人は最後にもう一度だけモアリアナを振り返った。

ふかふかの毛布に包まれ、子供のように安らかな寝顔。何の憂いもなく眠り続けるその姿に、一瞬だけ名残惜しさが胸をかすめる。

 

けれど彼女が語る続きを待つには、あまりにも時間が読めない。

いま、彼らにできるのは――自分の足で、道を切り開くことだけだ。

 

「……じゃあな、長老さん。また今度、起きてくれよ」

 

小さく呟いて、レンは背を向ける。

その隣で、アルリアが静かに歩き出す。

 

森の緑に包まれた村を後にして、二人はダンジョンの奥へと向かった。

眠れる伝説を背に――新たな真実を求めて。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。