水晶がきらめく幻想の洞窟。魔力の濃い空気が漂い、世界そのものが息づいているようだった。そんな第4階層を、レンとアルリアは慎重に歩を進めていた。
耳を澄ますと、空間に漂う光の粒の奥から、かすかな音が聞こえた。ピシリ──空気が裂ける音。そして、次の瞬間。
「くるっ!」
レンが鋭く叫び、咄嗟に身をかがめて後方へ跳ねる。その直後、青白い火球が岩陰から飛び出し、レンの頭上をかすめて水晶の壁に直撃。砕け散った火花が淡い光となって宙に舞う。
「魔法攻撃、連発してくる……!」
「この階層の魔物、ほんと容赦ない!」
焦りを滲ませつつも、アルリアの指先は冷静だった。魔力を束ね、一閃の雷撃を編み出す。稲妻の矢が一直線に飛び、岩陰に隠れていたトカゲのような魔物を貫いた。バチンッという音とともに火花が散り、魔物は黒煙を上げて倒れた。
「ありがとう」
「お互い様よ。魔法が使い放題でも、集中力は無限じゃないから」
アルリアの言葉に、レンも頷く。泉の魔力は確かに強い。だが使えば使うほど精神力が削られ、判断も鈍る。魔法が無限に使えるわけじゃない。むしろ、油断しやすいこの環境こそが罠だ。
二人は再び歩き出す。だが、すぐに空気が変わった。
ズン……と地面が揺れる。重く、鈍い音が鼓膜を震わせる。そして、岩の陰から現れたのは──
「なに……?」
レンの声が思わず漏れる。
姿を現したのは、熊のような巨大な魔物だった。しかし、その体はすべて硬質な水晶に覆われていた。透明な毛並みの中からは淡い光がちらつき、全身がまるで装飾品のように輝いている。それとは裏腹に、赤く光る双眼と低く唸る喉が、その本性を物語っていた。
「……水晶の熊、だ」
アルリアが呟く。その声には、明確な警戒がにじんでいた。
「物理にも魔法にも耐性がある……最悪の相手」
「ええ……なんでこんなのがここにいるんだ」
熊はゆっくりと、だが確実に二人へと迫ってくる。一歩ごとに水晶の床に細かなひびが走り、岩が軋むような音を立てる。その巨体、あの腕で叩かれれば、一撃で命を落としかねない。
アルリアが火炎の槍を編み出し、放つ。だが熊の分厚い装甲に弾かれ、火花が散るだけだった。
「やっぱり通らない……っ!」
レンは素早く周囲を見回し、戦況を分析する。そして、はっとしたように声を上げた。
「……遅い!」
「えっ?」
「アイツ、でかいし重い。動きが鈍い! 戦う必要はない、逃げるぞ!」
「了解!」
熊が咆哮を上げると同時に、レンは走り出す。アルリアも遅れることなくそれに続いた。後方から追いかけようとする熊だったが、岩の隙間に爪を引っかけてバランスを崩す。その一瞬が、二人に逃げる時間を与えた。
「……ふぅ。逃げ切ったね」
岩陰に身を寄せて息を整えるアルリア。レンも壁に背を預け、額の汗をぬぐう。
「今のは正面からじゃ無理だったな。冷静な判断ありがとう」
「こちらこそ、援護助かった」
目が合い、二人は小さく笑った。水晶の光がその横顔を照らす。重なり合う息と鼓動の音だけが、しばしの静けさを作り出していた。
「……もう少し進めそうだな」
「うん、泉があれば回復もできるし」
まだ、この階層の試練は続く。だが二人の間にあるのは、強い信頼と支え合いの絆だった。どんな強敵が現れようと、互いを信じて進んでいける。
魔力の風が吹く幻想の回廊を、レンとアルリアは再び歩き始める。水晶の輝きに照らされながら、その足取りは、確かに次の未来へと続いていた。