――ガロは、ふと遠くを見るように目を細めた。
「助けてほしい。俺が救いたいのは――人造聖女2号。あの子は俺と同じ“実験体”。」
「人造……聖女?」
レンが眉をひそめた。ガロは静かに頷く。
「そう。『願いの泉』で、たまに現れる“聖女の幻影”という魔物がいる。白いローブを纏っていて、手にした杖で、容赦なく殴ってくる。癒しの見た目を裏切る、まさに殺意の塊だよ。魔法も使うし、妙にタフで、なかなか倒せない」
レンが聞いた情報が蘇る。慈悲深い姿で近寄ってきたかと思えば、容赦なく振り下ろされる杖の一撃。確かに、あれは“聖女”の名に似つかわしくない暴力性だった。
「研究所は、その聖女の幻影を捕らえて、素材に使ったんだ」
「……あんな暴力聖女を、聖女として造るのかよ」
「いや、それが連中のやり方さ。魔力適性が高い魔物を“善”に転化すれば、理想の兵器になると考えた。だから“人造聖女”なんて名前をつけたんだ」
ガロの語り口には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
「目的は、戦場で味方を回復し、倒れた兵士を蘇生する究極の支援者。再現しようとしたのは……人魔戦争で語られる、奇跡の聖女だよ」
レンは言葉を失った。記録にも曖昧にしか残っていない伝説を、魔物を素材に再現しようとしたというのか――
「でも、2号は“死者蘇生”の力を持たなかった。持っていたのは、味方を支援し、防御結界を展開し、戦況を整える“支援特化”の能力だった。研究所はそれを“失敗作”と見なした。そして、破棄が決まった」
「支援特化のどこが失敗なんだよ……!」
レンは怒りに声を震わせる。
「そう思ってくれるだけで、俺は救われるよ。でも研究所にとっては違う。必要なのは、前線を覆す“奇跡”の力だけ。戦いを終わらせる力を持たないなら、存在する価値もないとされた」
「つまり、研究所は……また彼女を解体して、別の実験に使おうとしてるってことか」
「その通り。あの魔法適性は、“最高の素材”と見なされてる。彼女自身の意思なんて、最初から誰も見てない。ただの器、ただの素材……」
声を詰まらせたガロは、少し俯いてから、静かに続けた。
「でも、俺には分かる。あの子には確かに心があった。薄かったけど……確かに、あったんだ」
「……その子は、どんな奴なんだ?」
「無表情で、まるで人形みたいな少女。でもね、誰かが傷ついた時、必ず反応してた。そっと手を伸ばして、何も言わずに支援魔法をかける。感情は薄くても、優しさだけは確かにそこにあった」
レンは静かに立ち上がった。拳の痛みが、現実の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせてくれる。
「……分かった。そいつを助ける。お前が言ってることが本当かどうかなんて、今はどうでもいい。ただ、誰かが“要らない”って言った命が、泣いてるなら……俺は、助ける」
しばらく沈黙があった。ガロは目を細め、深く、低く、しかし確かに言葉を紡いだ。
「ありがとう……」
その声には、重みと、祈りのような感情が宿っていた。
洞窟の奥、水晶が淡く光を放つ。まるで誰かの願いが、今もそこで生き続けているかのように。
そして、レンは歩き出す。
奪われたものを、取り戻すために。
人造聖女2号を、アルリアを――そして、無数の“捨てられた命”を抱えて闇に抗う、自分自身の誓いを果たすために。
続きは月末になります