「研究所に入るのは……案外、難しくない。侵入だけならな」
ガロは言った。焚き火の傍らに座り、尻尾をぱたぱたと揺らしながら、どこか軽い口調で。
「“人造勇者研究所”は表向き、“魔導医療の研究施設”って看板を掲げてる。清掃員やメンテナンス業者が毎日出入りしてるんだ。そこに紛れ込むのが、一番自然な方法ってわけだ」
焚き火の向こうで、レンは無言で頷いた。その目には、すでに迷いはなかった。
「潜入後は……まず何を?」
「最優先は“魔法札”の入手だ。研究所内じゃ、それが身分証代わり。扉も端末も、それがないと動かないし、警報もすぐ鳴る」
「……つまり、誰かから奪う必要があるってことか」
「まあ、できれば誰にも気づかれずに済ませたい。でも安心してくれ。魔法札は俺が複製できる。現物さえあればな。触れなくても、観察できれば十分だ」
ガロは鼻を鳴らし、小さく笑った。
「こう見えて、精密作業は得意でね。犬の鼻と爪は伊達じゃない」
「頼りにしてる。で、目的地は?」
「次の階層の境目――魔導士の街、“人造生命管理区画”。人造聖女2号も、アルリアも、そこにいるはずだ」
「どうして分かる?」
「俺もそこに入れられてたからさ。まあ、逃げ出した失敗作だけどな。構造は頭に入ってる」
レンは深く息を吐いた。熱いものが、腹の底から込み上げてくる。
「その構造、信じていいんだな?」
「信じるしかないさ。……だって、もう戻る気はないんだろ?」
ぱちり、と火の粉が弾けた。冷えた夜の空気が肌を刺すが、それ以上にレンの胸に宿る怒りが、彼の体を内側から燃やしていた。
「……わかってる。アルリアを連れ去った奴らを、このまま放っておくつもりはない。あいつは……誰かの道具なんかじゃない」
「人造聖女も、同じさ。何も知らずに造られて、不要になったら解体される……それを見過ごす理由なんて、どこにもない」
ガロの声は低かったが、確かな決意に満ちていた。
「ただ、一つだけ問題がある。この体じゃ“制御室”の操作ができない。あそこは、生体登録された人間の魔力じゃないと反応しないんだ。つまり……君の手が必要ってことだ」
「俺にできるのか?」
「できるさ。君は、“意志”で動いてる人間だ。だから、誰よりもこの場所を壊す力がある」
焚き火の揺らめきが、レンの瞳に映った。静かに、それでも確かに、炎は燃えている。
「……わかった。やってやるよ。全部ひっくり返して、連れ戻す」
「いい返事だ」
ガロの尾が一度、力強く地面を叩く。そして、声を落として言った。
「最後の手は、“混乱”だ。研究所には山ほどの魔物と実験動物が収容されてる。そいつらを解放して、混乱に乗じて脱出する。おまけに、研究所へのダメージにもなる」
「……徹底的だな」
「当然だ。この地獄を作った奴らには、それなりの“ツケ”を払ってもらわないとな」
闇は深く、静かだった。しかし、その奥には確かに二つの炎が灯っていた。
一つは、少女を想う騎士の焔。
一つは、友を救いたい人造の知性の火。
二人の侵入者は、光なき地獄の中心へ――静かに、だが確かに歩き出した。