白く静かな廊下を、レンは進んでいた。
足音が、やけに大きく響く。
そのたびに心臓が跳ね、呼吸が浅くなる。
何度も深呼吸して、どうにか自分を落ち着かせる。
制御室はこのフロアの奥だ。職員用の休憩スペースや観測室を抜け、さらに奥まった場所に設置されている。
ガロが言っていた通りなら、そこに転送盤の制御端末があるはずだった。
——ガロを信じろ。
頭ではわかっている。だが、ここは敵の巣だ。
気を抜けば、即座に感知され、排除される。
仲間も武器も、今は限られている。
油断すれば死に直結する。
壁に設置された案内板を確認しながら、レンは慎重に進んだ。
ガロが作った魔道札は今のところ正常に作動しているらしく、途中いくつかの結界も無事に通過できた。
すれ違う白衣の職員たちも、レンに興味を示すことはなかった。
誰もが、自分の業務にだけ没頭している。
(慣れてるんだな……“何かを見て見ぬふりする”ことに)
それが、この研究所の異常さを何よりも物語っていた。
ようやく制御室の前にたどり着く。
重厚な金属扉には、三重の魔法ロックがかかっていた。
「ガロ……お前の言ってた構造、合っててくれよ」
レンはポケットから魔道札を取り出し、読み取り機にかざした。
一つ、二つ……順調にロックが外れていく。
しかし、最後の一重だけは違った。
《生命承認式》――肉体情報による照合だった。
「ちっ……!」
すぐさま小型の魔導装置を取り出す。
これはガロが用意してくれた、魔力波形を偽装するための道具だ。
かつて彼が人間だった頃、研究に携わっていた技術の応用だという。
数秒の操作の後――カシャン、と低い音が鳴る。
扉が開いた。
制御室内部は広かった。
壁一面に並ぶ水晶のモニターが、研究所の各エリアを映し出している。
魔物、薬剤、魔核、そして人造生命体。
無機質な映像と冷たい記号が、そこに並んでいた。
(……ここが、奴らの中枢か)
レンはすぐに魔導端末を探し出し、通信札を取り出してガロに送信を開始する。
『制御室、到達。転送盤の座標入力、準備完了』
通信札が淡く光り、ガロから返信が届いた。
『了解。こちらも収容区画に入った。今、確認中』
ガロの声が、わずかに震えているように感じた。
――その頃。
ガロは、収容区画にたどり着いていた。
無人の廊下に、機械の駆動音だけが響く。
ガラス越しに並ぶ収容セルには、魔物や人造生物、そして実験素材とされた存在たちが閉じ込められていた。
肢体を失い、魔力だけで生かされている魔物。
手足を金属の枷に置き換えられた少女。
どこか人に似ているが、決して人とは言えない影たち。
この場所には、命への尊厳が存在しなかった。
効率と成果――それだけが、絶対の価値だった。
(……やっぱり、何も変わってない)
ガロは胸の奥で呟いた。
数秒後、彼の足が止まる。
ガラス張りの封印区画。
そこに――彼女がいた。
人造聖女2号。
白い寝巻のような衣服。
青白い肌。
無表情のまま、眠っている。
周囲には複数の魔力測定装置が接続され、まるで“素材”を測るかのように、彼女の存在を記録していた。
「いた……!」
思わず漏れた声が震える。
彼女は、何も知らずに眠っている。
自分が素材にされようとしていることも、
生まれてから一度も自由を得たことがないことも。
(この子だけじゃない……アルリアも、どこかに……)
「絶対に助ける。今度こそ」
ガロは強く誓い、通信札を取り出した。
『座標、取得完了。転送盤との同期が必要。頼む、レン』
あとはアルリアの居場所を突き止めるだけ。
最悪、見つからなかったとしても――せめてこの子だけは。
怒りと悲しみが、ガロの瞳に宿った。
この研究所は、命を弄ぶ牢獄だ。
ならば、自分がその檻を破壊してやる。
その強い意志だけが、彼を動かしていた。