制御室にこもる魔力の熱が、じわりとレンの額に汗を滲ませていた。
白く光る水晶モニターが何十枚も壁に並び、各収容区画の映像を映し出している。
その中の一つ――ガラス張りの封印室で、白い寝巻に身を包み、眠り続ける少女の姿が映った。
人造聖女2号。壊れやすい人形のような、儚い存在だった。
『座標、取得完了。転送盤との同期が必要。頼む、レン』
魔道通信からガロの声が届く。緊張にわずかに震えた声だった。
レンは即座に操作盤に向かい、錠前状の魔導端末へ手を置く。魔力を流し込むと、床に魔法陣が淡く浮かび上がった。
「よし……これで、いつでも転送できる。だが――アルリアはどこだ?」
彼はモニター群に目を走らせ、次々と映像を切り替えた。
中央に並ぶ管理記録を探るが、名前はどこにもない。
当然だ。異種族は“素材”としてしか扱われない。名を記す必要など、奴らにとってなかった。
(特徴を絞れ。女性、白髪、洞窟エルフ、夜目に優れる……)
厳重に管理された一角。
“特殊視覚を持つ個体”――その記録を開いた瞬間、レンの指が止まった。
そこには、拘束椅子に縛りつけられ、頭部に魔導装置を装着されたアルリアがいた。
細い手足を金属の枷に締め付けられ、かすかに身じろぎしている。
目を閉じてはいたが、白髪と、繊細な身体の線――間違いなかった。
「アルリア……!」
レンは即座に通信を開き、ガロに座標を送る。
『了解、位置確認。……だいぶ奥まった場所だな。俺一人じゃ厳しい』
「俺が行く。合流地点、ここだ」
レンは地図を呼び出し、古い保管通路を指し示した。
『そこなら脱出に使える。移動中に転送準備を進めてくれ。仕掛けは……?』
「すでに設置済みだ」
『さすがだ。……よし、こちらも動く。魔物を解き放って混乱させる』
「任せろ。引きつけてやる!」
レンは制御室を飛び出した。
その頃、ガロもまた人造聖女2号の区画を離れ、アルリアを救うために走り出していた。
研究所内部。無機質な白い壁の裏に、無数の命が弄ばれている。
レンは監視結界を解除し、封印扉を破った。
冷たく鉄臭い空気が漏れ出す中、彼は躊躇なく室内に踏み込む。
「……アルリア!」
その声に、かすかに反応があった。
閉じていた瞼がゆっくりと持ち上がり、ぼんやりとレンを見つめる。
「……れん……?」
そのか細い声に、胸が締めつけられる思いだった。
レンは駆け寄り、拘束装置を魔法で破壊すると、そっと彼女の手を取った。
「遅くなった。すぐに、ここから出す」
「……こわかった……ずっと、暗くて……だれも、こなくて……」
震える手を、レンは力強く握った。
「大丈夫。俺がいる。絶対に、守るから」
その時、遠くで警報音が轟いた。
収容区画中の魔物たちが解き放たれ、研究所は混乱に包まれ始めたのだ。
『始めるぞ、レン! 今なら突破できる!』
ガロの声に、レンは頷く。
彼はアルリアを支え、慎重に歩み出した。まだ自力では立つのもままならない彼女を、しっかりと支えながら。
白い廊下を、火花と怒号が交差する中、駆ける。
警備兵が立ちはだかるが、レンは剣を抜き、魔法で道を切り開く。
そしてついに、ガロと合流した。
「彼女は無事か?」
「今のところはな。転送札はどうだ?」
「任せろ、完璧に仕上げた!」
ガロは吠えるように叫び、札を起動する。
転送陣が光を放ち、三人を包み込んだ。
――次の瞬間。
重力が消えるような感覚の後、冷たく湿った空気が三人を包んだ。
そこは、魔導士の街の外縁、かつてガロが逃げた古い空洞だった。
天井には青白い水晶が並び、わずかな光を放っている。
「……ついた、か」
レンが周囲を確認する。追手の気配はない。
アルリアは、彼の腕にもたれながら静かに呼吸を繰り返していた。
その顔色はまだ青白いが、どこか安心したような表情をしていた。
だが、レンはすぐに気づいた。
「ガロ……人造聖女2号がいない!」
「くそ、座標が弾かれたか!失敗した!」
ガロが悔しそうに歯をむく。
「魔力反応は……?」
「ない。今のところは。ただし、奴らが本気を出す前に、次の手を考えなきゃな」
茶色い毛並みを逆立てながら、ガロは静かに言った。
「無茶な作戦だった。転送札の調整、制御盤の掌握、聖女2号とアルリアの奪還……どれも成功率は三割以下。でも、少なくともアルリアは救えた」
レンはアルリアをそっと抱き寄せ、顔をのぞき込んだ。
「アルリア、もう大丈夫だ。誰にも見つからない」
彼女は、微かに笑った。
涙を滲ませながら、かすかな声で言う。
「……レン……ありがとう……」
その言葉に、レンの胸は満たされた。
遅かったかもしれない。でも、間に合った。
「俺の方こそ……ごめん。もっと早く、気づいてやればよかった」
レンが拳を握り締める隣で、ガロが軽く咳払いをした。
「感動的なところ悪いが、次の問題だ。――聖女2号だ」
レンは黙ってうなずいた。
彼女もまた、救うべき存在だ。
「今度は最初から守るって決めた。……絶対に」
ガロも、小さな尻尾を振ってうなずいた。
「なら、計画を立てよう。時間は、あまりない」
静かな洞窟の中で、三人は寄り添った。
空も星もない場所だったが――それでも、確かな光が、そこにはあった。
小さな、けれど確かな希望の光が。