魔導士の街に、けたたましい警報が鳴り響いた。
赤い光が塔の上層から放たれ、空を裂くように広がっていく。街の至るところに設置された水晶板が赤く染まり、誰の目にもただならぬ事態が起きていることが明らかだった。
轟音。
“人造勇者研究所”――ダンジョン奥深くに築かれた巨大な施設。その屋上から火柱が立ち上り、爆発の衝撃でガラス片が夜空に舞った。
芝犬の姿をしたガロは、地に足をつけ、そっと目を閉じる。
「……遠視魔法、発動」
彼の小さな体内に組み込まれた魔導機構が静かに稼働を始め、塔の上空の光景が瞳に映し出された。
黒い影。
マントを翼のように広げ、夜空を滑るように飛翔する姿。その腕には、小柄な少女――人造聖女2号が抱えられていた。
「……人造賢者3号……」
ガロの声が震えた。
「なんだって?」レンがすかさず問いただす。
「……あいつは俺の“かつての肉体”と人型の魔物を合成して作られた実験体だ。制御不能な禁忌の存在……本来、外に出すはずなんてなかった!」
芝犬の身体が震える。
恐怖と怒りと、焦燥が入り混じっていた。
「なのに、どうして人造聖女を……!?」
人造聖女2号は、感情の希薄な支援特化の個体。戦闘能力は持たない。
そんな彼女を、なぜあの暴走体が連れ去ろうとしているのか。
「つまり、完全に予定外ってことか」
レンは剣の柄を握り直す。
「……ああ。下手をすれば、自律起動……いや、もっと悪い」
会話を遮るように、さらに大きな爆音が響いた。
人造賢者3号の飛翔の先で、外周の壁が砕け、崩れ落ちる。
黒い影は、空を割るようにして街の外へ、さらに奥へと進もうとしていた。
「まずい! 人造聖女をあいつに渡したら取り返しがつかない!」
ガロが吠えるように叫んだ。
「助けるぞ、ガロ」
レンの目には、迷いなど一片もなかった。
かつて、記憶をなくしながらも歩こうとした少女――アルリアの姿が、彼の脳裏をよぎる。
救える命を、黙って見逃すなどできなかった。
「逃げるなよ。あんた、案内役だろ?」
ガロは小さく吠え、頷いた。
「こっちから先回りするぞ! あいつの飛行魔術は不安定だ、追いつける!」
二人は駆け出した。
赤く染まった混乱の街を駆け抜け、裏道を突き進む。
ガロの記憶に刻まれた道筋を辿り、黒い影の先回りを目指す。
やがて、見えた。
南門へと向かう黒いマントの影。
必死に飛翔を続けながら、その腕には変わらず少女を抱えたままだ。
レンは剣を振り上げた。
稲妻の魔力を剣にまとわせ、一閃――
「――止まれッ!!」
雷撃が空を裂いた。
放たれた雷光は真っ直ぐに賢者3号へと向かう。
しかし。
黒いマントが一瞬、ひらめいた。
賢者3号が片手をかざした次の瞬間、信じがたい反応が返ってきた。
雷撃を、弾き返したのだ。
「――っ!」
反射された雷撃が、暴走した光となって街へ向かう。
建物の壁を貫き、屋根を吹き飛ばし、石畳を砕き、避難する人々の悲鳴が夜空に響き渡った。
「まずい!」
レンは咄嗟に防御結界を張ったが、すべてを守り切ることはできなかった。
街の一角が崩壊する。
「チッ……!」
それでも、黒い影は止まらない。
むしろ、それを好機とばかりに加速した。
「くそっ、逃げる気か!」
ガロが叫ぶ。
目の前には、“次の階層”へと続く巨大な門。
通常、魔導士の管理下にあり、鍵となる術式によって封印されているはずだった。
だが。
人造賢者3号は、少女を抱えたまま門へと腕を突き出し、魔力の奔流を叩きつけた。
ゴオオオオォォォ――ン!
轟音と共に、重厚な門があっさりと破壊される。
禁じられた階層への道が開かれた。
「止めろ……止めろ!!」
レンは駆けた。
だが、間に合わない。
黒い影は、門の向こうへと滑り込んだ。
瞬く間に、その姿は闇に飲まれ、見えなくなる。
そして、夜の静寂が訪れた。
ただ、破壊された門と、崩れた街区と、逃げた影だけが、そこに残された。
レンは歯噛みした。
拳を固く握りしめ、何度も地を蹴った。
「……チクショウ……!」
ガロもまた、肩で息をしながら、じっと門の奥を見つめていた。
「……逃げられた……」
「いや、まだだ」
レンは顔を上げた。
剣を握り直し、前を向く。
「追うぞ、ガロ。あの子は、まだ――」
「……まだ、助けられる」
二人は静かに頷き合った。
赤く燃える街を背に、開かれた禁断の階層へと――。